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マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

バラの花輪はなぜ広がったのか〜“美しくなる香水”は危険だと知っていたので、俺は扱いませんでした〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/04/01

 「バラの花輪だ、手をつなごう」


 不意に、そんな古い童謡が脳裏をよぎった。


 理由は単純だ。


 今のこの街には、あまりにも“バラ”が溢れすぎていたからだ。



 「見て! 私の方も咲いたわ!」

 「なんて綺麗なの……

  本当に、バラの花を纏っているみたい」


 広場に面した一等地。

 競合相手である大手の商会の店先には、

 今日もむせ返るような甘い香りと、熱狂的な人だかりができていた。


 彼らがこぞって買い求めているのは、最近大流行している新作香水。


 それを肌に数滴垂らせば、数分後にはうっすらと赤い輪のような模様が浮かび上がる。


 それが"美の象徴"として、今や街中の流行を支配していた。



 だが、その光景を遠巻きに眺める俺の背筋には、冷たいものが走っていた。


 かつて、前世で聞いたことがある。


 それは──

 症状を「美しい」と誤認させる、死の流行だ。



 赤い発疹。

 軽いかゆみ。

 そして──


 「ハックション!」


 誰かのくしゃみが響く。

 周囲の人間がどっと笑い声を上げる。


 彼らにとっては、それすらも流行の一部を楽しむスパイスに過ぎないのだろう。


 だが、俺には分かっていた。

 あれは決して美しさなどではない。


 強烈なアレルゲンが引き起こす、病の初期症状だ。



 「その商品、やめた方がいい」

 俺は一度だけ、商会長の男に忠告した。


 同じ商売人としての、最低限の情けだった。


 だが──


 男は鼻で笑った。

 「……なんだ、嫉妬か?」


 「警告だ。その模様は炎症で、くしゃみは重症化の兆候だ」


 「黙れ。いいか──

  “売れている”なら、それが“正しい”ということだ。

  大衆が選んだものが、正義なんだよ」


 周囲の客も、俺を嘲笑う。

 流行に乗れない、時代遅れの商売敵だと。



 それで、終わりだった。


 "理解されない"のではない。

 "理解したくない"連中には、何を言っても無駄なのだ。



 俺は自店に戻り、あの香水を扱うことを禁じた。


 代わりに並べたのは、刺激の少ない香料と、炎症を鎮める軟膏。


 地味だ。

 華やかさも、爆発的な売上もない。


 だが、問題は起きない。

 商売において最も重要なのは、一時の利益ではなく、継続できる安全性だ。



 数日後。


 街中でくしゃみをする者が明らかに増えた。


 さらに数日後。


 “美しい”と持て囃されていた発疹は、無惨に広がり、熱を帯びた。



 それでも、香水は売られ続けた。


 「これが美しさの証だ!」

 その言葉を、人々は信じた。


 ──いや、信じたかったのだろう。


 今さら、自分たちの選択が間違っていたとは認められないから。



 やがて、

 街角で倒れる者が出始めた。


 軽い症状では終わらない。

 呼吸が乱れ、喉が塞がり、動けなくなる。



 「 We all fall down.(みんな転んだ)」


 かつて世界を蝕んだ病を揶揄した、呪いの歌の終止符通りの結果を迎えた。



 そして今日、

 香水を扱っていた商会の扉は、閉ざされた。


 二度と開かない形で。



 原因は、最初からそこにあった。


 彼らが売っていたのは、美しさではない。

 ただの“毒”だ。


 誰もが目を背け、見ようとしなかっただけの話だ。



 バラの花輪は、なぜ広がったのか。


 美しく見えたから。

 売れていたから。

 そして、疑わずに流されるのが一番楽だったから。


 “美しい”から“良い”。

 “売れている”から“正しい”。


 そんな心地よい盲信が、

 彼ら自身の首を絞めた。



 俺は今日も、自分の店のカウンターに立っている。

 一時の熱狂はすっかり冷え込み、代わりにうちの店を訪れる客は静かに増え続けていた。


 彼らが求めているのは、確かな効能と、安全な品だ。



 流行という名の毒は、

 甘い香りで人の思考をいとも簡単に奪い去る。


 そして残るのは──

 醜い傷跡と、消えない後悔だけだ。



 本当に必要なものは、

 目を背けずに真実を見る者にしか手に入らない。

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