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10.この婚約は破談にしてくれ

▽前話

09.拒まれた初めての贈り物


▼次話

11.氷の騎士の号泣とオレのモテ期


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記憶喪失ファンタジー貴族BL

不器用攻め ✕ あほっ子受け


全16話 完結済み/数日おきに更新予定

 予定通りセティアスが騎士団を引き連れて遠征へ出立したと聞いてから、2週間ほどが過ぎた。見送りへは行かなかった。まだ腹が立っていたからだ。団の壮行会へはミラの代わりに父グアロが出向き、ヴァルディール家に媚びを売りまくってきたらしい。


「……なあオンサー、強い魔物と強くない魔物って、どんくらい違うんだー?」

「ふふっ、ミラ様ったらやはりセティアス様のことを心配なさっておられるのですね」

「そうじゃねーよ! オレは! 学術的興味で聞いてんだ!」

「おやお珍しい」


 ニンマリと弓形に細めた目のオンサが憎らしい。拗ねるミラを宥めるように、オンサは魔物について話して聞かせてくれた。

 1番強いとされるのはやはりドラゴンらしい。その他にもデーモン、ビースト、ワーム、プラントなど様々な種類の魔物が存在するが、今回セティアスは小型のビーストが多数発見されたエリアに差配されているとのことだった。

 小型とは言え一度に何体も襲い掛かってきたりしたら、いくらセティアスでも危険なのではないだろうか。つい考え込んでしまっていたらしいミラに、オンサは顔を近付けてさらにニマニマと目尻を下げた。


「……な、何だよ! だから魔物のこと考えてただけだっつーの! ほらオレの次のコートさあ、やっぱドラゴンの刺繍を背中にさあ」

「駄目ですそれは私の美学が許しません」

「普段着でもいいからさあ」

「絶対に嫌です」


 ミラとオンサがそんなくだらない小競り合いをしていると、突然ドスドスと大きな足音を立ててグアロが部屋に飛び込んできた。


「ミラ!! ミラ!!」

「うおっ……、ビックリした」

「どうなさいましたかグアロ様?」


 父は額に汗を流し息を切らし、顔面を青くさせていた。咄嗟に、戦場のセティアスに何かあったのだろうかと心臓が大きく跳ね上がる。

 だがグアロが告げたのは、まったく別の内容だった。




「ミラおまえ……! セティアス様がリイナシオン家のご息女と親密な関係にあると知っておったのか?!」


「えっ……?」




 上手く言葉が出てこないミラより早く、焦りを隠し切れないオンサが尋ねる。


「どっ、どういうことですかグアロ様! リイナシオン家のご息女とおっしゃるのは、ファレク様のことでしょうか? 親密というのは一体?!」


「ええい私が知るものか!!」


 両手で頭を掻き毟って、グアロは息を整えようとソファにドッカリと腰を下ろした。




 事は、屋敷を出入りする使用人たちの噂話からだったらしい。ここのところヴァルディール家に、多数の贈り物を載せたリイナシオン家の馬車が頻繁に出入りしているのだと言う。それを聞き付けたグアロが密かに両家の周辺を調べさせたところ、確かにリイナシオン家のほうから、ヴァルディール家に何やら内々の要請を通そうとしている気配があるとか。

 さらにその動向は社交界にまで広まり、先日のパーティでの出来事と結び付けた者がいたようなのだ。あのときダンスを申し込んだのと同じように、ファレクがセティアスに結婚を申し込んでいるのではないかと。


 セティアスの婚約者に相応しいのは、ファレクのような人物なのでは……と、それはまさしく先日ミラ自身が口にした言葉だ。しかしまさか、本当に……?


 オンサとグアロは、ミラを置いてまだ言い合いを続けている。


「それではミラ様はどうなるのですか! シュレイン家の沽券にも関わります!」

「分かっておる! だが……、相手はどちらも上級貴族だ。我々がどう抗議したとて、決まってしまえばどうしようもない」

「てすがご婚約はお家同士の契約ではありませんか!」

「……ミラの婚約については、この出来損ないをどうにかせねばならんと昔私が半ば無理やり取り付けた口約束のようなものだ。書き付け程度の記録はあるが、正式な手続きに則って交わされた証書ではない……」

「そんな……」


 愕然とするオンサと、消沈するグアロ。

 だが次第にグアロは、損なわれた自尊心からの苛立ちを剥き出しにし始めた。


「……そもそもおまえが無能過ぎるせいでセティアス様に見限られたのであろうミラ! そのうえこのところのその野蛮な言動だ! 従順さの欠片も無い、破談になって当然だ! どこまで役に立たんのだおまえは!!」


 そう言えば、以前兄の誰かにも似たようなことを言われたことがあったような。破談についてはコナーにも言及されたことがある。つまり遅かれ早かれそうなっていても不思議は無かったということかもしれない。

 ミラは黙ってただ床をにらむように下を向いていた。




◇ ◇ ◇




「おかしいですよミラ様、よりによってセティアス様が遠征でお留守の間に別の縁談を進めようなんて。少なくともセティアス様のご意志ではないということだと私は思います!」


 日が経ってもオンサはまだしつこく怒り散らしていた。主人を、主家を侮辱されたという憤りが治まらないらしい。だがミラは努めて平然と振る舞っている。


「知らねーよ。別に婚約とかどーでもいい」

「良くありません!」

「オンサはずっとそばにいてくれるんだろ? のんびりこのまま2人で暮らしてけばいいじゃん」


「……ミラ様って、そうやってたまに私を口説こうとしますよね……おやめください……」


「はっ? 口説いてねーけど!」


 ポッと赤らむオンサにミラは慌てて両手を振った。誓ってそういう目では見ていない。だがオンサとの会話は気を張る必要も無いし、2人でいるのは非常に楽だ。あとは少しずつ作れる薬でも増やしていけたら、結婚なんてしなくてもどうにかなるのではないだろうか。


「それより……、セティアス様の祝勝会へは本当に行かれなくてよろしいのですか? 壮行会もご欠席なさったのに」

「騎士団のパーティにはオレは別に参加しなくてもいいんだろ? だったら行かねー。ドラゴンの刺繍もしてくれないしさ」

「ドラゴンはまあ、しませんが……」


 セティアスたちの騎士団は、大過無く魔物討伐の任務を果たし本日帰還したと報せが入った。今夜このあと団員たちは祝勝パーティへとなだれ込むらしい。つくづく貴族というのはパーティが好きな生き物だ。

 騎士団員の中にはパーティに家族を同席させる者も多くいる。今回ばかりはミラは正統な婚約者としてセティアスの隣に立ち、周囲を牽制すべきではないかとオンサは何度も進言していたのだが。


「壮行会んときと同じように、またクソジジイを行かせりゃいいじゃん」

「お父上様にその呼び方はなりません! それにグアロ様はあれ以来すっかりヴァルディール家に対して弱気になっておられます。次にお顔を合わせたら正式に婚約破棄を言い渡されるかもしれないと、怯えておられるみたいです」

「んはは! 怯えるジジイウケる」

「ウケません! そんなこともあり得ません!」


 ミラは裏の庭園で昼間採集してきた薬草を広げ、学術書と見比べながら笑っていた。嫌いな勉強でも、何もしないよりは気が紛れる。あまり余計なことは考えたくない。セティアスが無事なことだけは分かったので、それでもういいだろうと思っていた。




 しかし、夜も更けようとしていたときのこと。慌てふためいた従僕が、ミラの部屋の扉を叩いた。


「セッ、セティアス様の、お着きですっ……!」


「え! 何で急に?!」


 驚くミラの隣で、何の準備もしていないのに、とオンサはさらに動揺しているようだった。取るものも取りあえずバタバタと、オンサはミラのジャケットを整えタイを締め直す。櫛で髪を撫で付けていたところへ、床を打つブーツの音が近付いてきた。


「ヨッ、ヨウコ、ソ……」


「…………また挨拶もできぬクズに逆戻りか、ミラ」


 低い声が部屋の空気を冷やしてゆく。約束も取り付けず勝手に訪問しておいてその言いぐさは無いだろう。キッとセティアスをにらみつけ、ミラは口を開いた。だがすぐに文句を飲み込んでしまう。


「おまえっ……! その顔どうした!?」


 セティアスの頬には赤い痣が残り、口の横や目の下にも切り傷が見える。左手には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。

 本能的にミラはセティアスに駆け寄っていた。その顔に手を伸ばすが、痛そうでとても触れることもできない。


「魔物にやられたのか? 強くないって聞いてたのに……」


 ひょっとしたらそのミラの言葉を、侮られたように感じたのかもしれない。セティアスは不機嫌に舌打ちをし、ミラから目を背けた。


「……戦場に出れば、傷など受けて当たり前だ。無傷でいられるとすれば、前線に出ず後方から命令だけを下すような臆病者の司令官くらいだ。私は違う」

「そ……、そっか……」


 セティアスは剣技にも騎馬にも長けていると聞く。おそらくこれまでも先頭を切って戦ってきたのだろう。騎士団の役目がこれほど過酷なものだと、ミラは実際にこうして目で見るまで理解できていなかったようだ。遅れて気付いたが、黒い甲冑やマントにも多数の傷ができている。


「す、座れよ……」


「…………」


 ミラはソファを指差した。だがセティアスは首を振る。


「だって怪我してんじゃん! それに遠征で疲れてるだろ?」


「……汚れている、このままでいい」


「けどっ……!」


 扉の近くで仁王立ちをしているセティアスと、それを見上げるミラ。オンサは先ほど退室したが、またお茶の用意でもしているのだろうか。座らないままでいると言われても、一体どうすれば……。

 ミラはハッとして、部屋の奥の棚に目をやった。先ほどの薬草をしまってあるミラの薬棚だ。


「そうだ! 切り傷に効く薬作れるかもオレ! まだ試したことはないけど、やり方は何となく覚えてるしできそうな気がする!」


 しかし意気揚々と薬草のほうへ向かおうとするミラを、セティアスは片手で軽く引き寄せた。そしてそのまま後ろから、ミラの銀の髪に顔を埋める。




「ミラ……」




 すぐ耳元で名を呼ぶ声に、ミラは心臓がキュッと潰されそうになってしまった。


 これではまるで、セティアスに抱き締められているみたいではないか。いや、もしかしなくてもそうなのか?

 うなじに柔らかい感触がある。少しだけ乾いている。ミラはこれが、セティアスの唇だと知っている。


 首筋にキスをされている。

 どうしようどうしようどうしよう。


「ミラ、……ミラ」


「ひぅっ……」


 うなじに押し付けたままの唇が動くので、ミラは思わず声をあげてしまった。くすぐったいのに少しも嫌じゃない。

 いつもよりも土の匂いや鉄の匂いがする。鉄はもしかしたら、血の匂いかもしれない。背中に当たる武骨な甲冑が硬くて痛くて、もしも今これが無ければ、もっとセティアスの体温を感じられたかもしれないのに、ともどかしい。


 ミラは自身に回された左腕を、両手でギュッと抱えて目を閉じた。セティアスも腕に力を込める。2人の心音がぴったり重なったような気がした。




「…………おまえの不確かな薬など必要無い」




 セティアスはミラから体を離さないまま、冷たい声を発した。

 ミラの表情が一気に固まる。あんなに熱くなっていたはずの首筋に、冷や汗のような嫌な寒気が纏わり付いてくる。


「……え……。……で、でも、怪我が……」




「無駄だ、どうせ効かない。無能の分際ででしゃばるな」




 セティアスの言葉はいつも通り冷酷だった。ミラはまだ、腕の中に抱きすくめられたままだというのに。




「……なんで……?」


 声が小刻みに揺れる。


「なんで、……じゃあ、なんで、ギュッてしたりすんの……? キスとか、いつも、なんで……?」


 しがみついていた腕に、ミラは知らず知らず両手の爪を立ててしまっていた。だがセティアスにとっては痛くも痒くもないのだろう。逆にミラの爪先のほうが、ジンと痺れ始めている。




「…………ミラ、話がある。……婚約のことだ」




 ヒュッ、とミラの喉が小さく鳴いた。


 来た、と思った。やっぱり、という思いと、本当に?という疑いとが脳内で激しく交錯する。

 ガクガクと足の力が抜けてゆく。そうか。今、言い渡されるのか。どうやら婚約破棄に怯えていたのは、父だけではなかったようだ。




 いや、笑え。

 父を笑ったように、自分自身も笑い飛ばしてやれ。




 ミラはガバッと後ろを振り返った。セティアスの傷だらけの顔が、わずか数センチのところに迫っている。口もとにうっすらと新しい血が浮かんでいるのは、さっきミラの首に唇を押し当てた際に傷口が開いたせいだろう。自業自得だ。

 真っ直ぐにミラを見つめる瞳はどんよりと真っ暗で、底無し沼のように恐ろしかった。


 スーッと思い切り息を吸い、大きく口を開ける。


「分かってる」


 言われる前に言ってやる。おまえみたいな氷野郎、こっちからお断りだ。




「おまえとオレとの婚約は、破談にしてくれ」




 できるだけ滑舌良く、ハッキリとキッパリとミラは宣言した。


 これでお望み通りだろう。すぐにファレクと婚約し直せばいい。悔しい。これは嫉妬だ。この胸の痛みは、まもなく巨乳美女を手に入れる男へのただの妬みである。


 セティアスの腕が力無く下ろされた。ミラの体はようやく自由になった。あらためてこの黒い男の正面に立ち、両拳を握り、やけくそに似た作り笑いで、ミラは精一杯の威嚇をもって対峙した。


「せいせいするだろ!」


 強がりに聞こえただろうか。せいせいした、と言えば良かったかもしれない。おまえの気持ちなんか知るか、オレは何ともない、と思い知らせてやりたい。


 セティアスはゆっくりと、1歩後ろへ片足を下げた。カツン、とブーツが音を立てる。また、いつもは真一文字に結ばれている彼の口が今は少しだけ開き、空気が漏れ出しているのが分かった。呼吸が段々と短くなり、何故か顔の色が消えていっているようでもある。


 あれ?

 ミラはまたセティアスの瞳を見た。


 真っ暗で真っ黒のはずの瞳に、反射して煌めくような鋭い光が差し込んだ。こんな光景は、初めてだ。




「え!!!!!」




 ボタボタと、セティアスの両目から大量の水が零れて、床へと落ちた。




「おっ……、おい……!! え!! ……ちょ、え!!!!!」




◇ ◇ ◇

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