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彼の家

ーーー着きました。駅前のコンビニの前にいます。ーーー


あ、あの人かな。


遠目でそう認識した私は、考えるよりも先にその人に駆け寄っていた。


「えっと、はじめまして。モモです。急に誘ってすみません。」

とびきりのスマイルを相手に向ける。

ファーストコンタクトでその人の印象が決まるらしい。こういうのは得意な方だ。というかもう慣れた。


うーん、顔にかかった前髪で目はよく見えないけど、細身でスラりとした感じ?雰囲気イケメンって感じ?イメージ通りではあったことに安堵する。


すると相手は私に目を合わせることなく、コーヒー牛乳のパックに突き刺さったストローを眺めながら、ぼそっと「「よろしくね。」」とだけ言った。


??????????????

素っ気ないというよりは、え、いや、この人かなり人見知りだよね?

まず私と会ってくれたことに疑問を感じるほどの単調な返事をされてしまいひどく戸惑った。

これはすごく気まずいかもしれない。ファーストコンタクトで、この男と会ってしまったことを後悔した私は、これから始まる長い長い数時間を覚悟した。




「私から誘っておいてなんですけど、今からなにします?カフェでも飲みでもなんでもいいですよ。」


小雨が降っている。

顔にまとわりつく細かい水滴が不快になってきた。

少しの沈黙の後、この男はこう言った。


「「なんでもいいなら、うちくる?」」


えっと?やっぱただの体目的だった?

やっぱそうだよねー。こんなに急に会える人って本命になるわけないか。そうだよ。わかってたけど、そんなのわかってたけど、押し付けられる現実に正気を失ってくる。こういうのほんと何回目なんだろう。いい加減学ばないと。



……まあ、もう今日はなんでもいいや。


げんなりしながらも憂さ晴らしにこの男の家についていくことにした。



ところで歩き出してもまだ尚、なかなかこちらを見てくれない。

服とかネイルとか髪とか褒めるとこ沢山あるだろ……。お気に入りの赤いワンピースが街灯の灯りで静かに照らされる。


道中、沈黙が気まずくて私が色々この男に話しかけた。思い返すと話の内容なんて記憶がないくらい、私は運命の出会いの難しさに頭を悩ませていた。良い出会いってどこにあるんだろう。



大通りから路地に入り、駅から10分ほど歩いた。


「「うちここ。怖い?エレベーター故障してるから階段でごめんね。」」


いーやいやいやいや、え、ここ?

怖いなんてもんじゃない。この重たい暗さと廃墟のような静けさは、とても花町駅が最寄りとは思えない殺風景だった。青く錆びた壁は所々剥がれ、古い落書きがみっしりと施されている。


いやそんなことよりもこれ家なの…?どちらかというと倉庫にしか見えない。


「え?ここに住んでるの?え?本当?私殺される?笑」


冗談ぽく聞いたつもりだが、内容に関しては至って真剣だ。殺されかねない、と思った。逃げようかな……。頭の中で危険を感知し、目の前が赤く点滅している。

8割の恐怖と2割の好奇心で男の後ろから階段を上がった。


301


ドアに小さく書かれた文字に、一層恐怖を覚えた。男が剥き出しの家の鍵をポケットから取り出し、鍵穴に刺す。



キィー

想像通りの錆びたドアの音がすると同時に、お香のような渋い華やかな香りに包まれる。


「わぁ」

思わず息をのむようなオレンジ色のあたたかい光景が目の前に広がる。アンティークなステンドグラスのライトがワンルームを明るく照らしていた。


「「お香の匂い、大丈夫だった?」」


恐怖が一瞬にして解けていくのを感じた。

外観からは想像できないほどの部屋だった。

私は正直この男に会わなければよかったと後悔していたけれど、この安心感がここに来て良かったと少し思わせる。


男の趣味なのか、ワンルームでありながら一目で部屋を把握できない密集感のある空間だった。物で溢れているのに、清潔感とまとまりがあった。私は隅々まで部屋を見尽くしたくて胸がいっぱいになる。同時に、こんな部屋を創れるこの男に興味が湧いていた。




「「ここ、座ってね」」




大きなソファの端っこに腰を沈める。




男はなにやら、部屋の奥へ行き、突然あるものを持ってきた。




「「昨日のガチャガチャ開封していい?」」



男は床に座り込む。4〜5個くらいのカプセルに入ったままのガチャガチャが男の手から床に転がった。

この見た目でガチャガチャ……とかやるんだ。掴みどころのない人だと思った。真顔でカプセルに貼り付いたテープを真剣な顔つきで剥がしている。



「「あ、これアタリだ。……ごめんね楽しい?」」




楽しい、、というかこのシュールな状況をまだ飲み込めていない。

全然ムードないし…?

てかこの部屋ベッドなくない…?ラックに綺麗に陳列された剥き出しの服に、ステッカーで埋め尽くされた腰くらいの高さの冷蔵庫、壁一面には様々なポスターが貼られている。観葉植物に、大きいソファに、椅子が二脚。てかキッチンもないじゃん。それに加えていたるところに見飽きないほどの小物が密集している。




「ねえ、ここに住んでるの?…あ、いや、すごい素敵な部屋だと思って、ある意味生活感ないっていうか、別荘みたいだなって。」



男は少し笑みを浮かべて一瞬私と目が合う。



「「ここに住んでるよ。それと俺、今日仕事辞めたんだ。いわゆるニート?」」




へ?なにそのカミングアウト。ニート?将来性ゼロじゃん…。

それは好きな人を探している私にとって死活問題だった。

そう思うと同時に、この男をもっと知りたいと思ってしまった。




「「タトゥー好き?彫り師になろうと思って。だから今日仕事辞めてきた。」」




いやあ、そんな身近なものではないし、好きとかもよくわかんないんだけど、と思いつつ、好奇心のままに興味を覚えた。




なんだかこの家に来てからというもののこの男に完全に圧倒されている。





すると突然男は私の目の前で立ち上がり、黒いロンTを脱ぎ出した。




!?


「「みて。どうかな、これかっこいいと思う?」」



上半身に彫られたいくつかの繊細なタトゥーを見せつけられる。素直にかっこいい、いや、よく似合っていた。


私は男の上半身をまじまじと見て、細い線で描かれたタトゥーを順に辿り、目に留まるものを見つけた。



「えっと、これ椅子?」



「「そう。椅子好きなんだ。」」



「へぇ。」



私は言葉を失う。……椅子が好きって何?

仮に椅子好きだとしても普通胸元に椅子のタトゥー彫らなくない?

なんだか面白おかしくなってきた。



「じゃあこれは?"葉"ってなに?」

一文字の漢字が鎖骨下にぽつんと彫られていた。



「「"(よう)"って、子供の名前にしようと思って、先に彫った。」」



「え、もしかして結婚してるの?」



「「独身だよ。違ったらこうやってきみと会わないよ。」」



そういうこと言うんだ。

ありきたりな言葉に少しキュンとしてしまった。

この男にそれを察させないように必死に表情を保つ。

私はすかさず話を逸らした。



「そういえば何歳なの?」



「「24だよ」」



「へぇ。私19。」



「「若いね。」」



「うん、若い、よね。」


若いって言われて、悔しく思った。

若いって思われることが、大人に憧れている私にとっては苦痛でもあった。まだ未成年という肩書きが私を締め付ける。おじさんに若いって言われるのとは違う。少し伸ばせば手が届きそうな年齢の人にそう言われると、突き放された気分になる。仲良くしてもらえないのかと不安になる。

この男の恋愛対象に、私はならないのかな…。

それよりも、この男の恋愛対象になりたいと思っている自分に驚いた。




男は服を着た。


「お腹すいたね。ユーバーする?何食べたい?」



「「普段そういうの頼まないから。なんかおすすめある?」」



「タコライスとか食える?これ今ハマってる。なんかトッピングほしい?」



彼にお任せした。


タコライスって提案されて、正直全然惹かれなかったけど、びっくりするくらい美味しかった。

そんなこんなで彼と会ってからあっという間に3時間ほど経過していた。



「じゃあ、そろそろ帰るね。2000円これ、タコライス代。」



「「いいよ気にしないで。駅まで送ろうか?」」



「大丈夫。1人で帰れる。」



こうやって男に頼らず強がってしまうのは私の悪い癖だ。送ってほしいって可愛く言えばいいのに。でも、そういうのは彼女という称号を得てからしか許されないことだと思っている。だからまだこれでいいのだ。


彼に手を振り、スマホで地図を開いてひとりで駅まで歩いた。


帰り道はずっと彼のことを考えた。

なにより、体目的じゃなかったことが私にとってすごく嬉しいことだった。男の家まで行って誘われなかったことは初めてだった。またあの家に行きたいと思ったし、彼に会いたいとも思っていた。そしてこの高まる思いを今すぐに誰かに知らせたくなった。


プルルルルー

「あ、カノン?どうしよう私、好きな人できたかも。」


「「え、マジ?超気になるー!明日詳しく聞かせてよ。大学の帰りごはん行こ。」」


カノンにはやく彼のことを話したかった。

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