表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

テラー・アパート

作者: 文月 ヒロ
掲載日:2026/01/19

 皆様は引越しを経験されたこと、ございますか?


 初めまして……の方が多いかなと思いますので、最初に名乗っておこうかと。

 私、プロを目指して小説家をやっております文月ヒロと申します。


 で、引越しの話なのですが

 唐突に申し訳ございません、変な質問でしたかね。


 ……そうかもしれません。人間、同じ場所に死ぬまでずっと留まっているということはそうありませんから。

 仕事、結婚、遠方の学校への進学。

 理由は様々ですが、きっと皆一度は経験した――もしくはこれからする――ものかと思います。

 かの葛飾北斎は生涯で90回以上も引越したとか……本当でしょうか(笑)。


 かくいう私も、少し前に仕事で実家から引越しておりまして。

 できるだけ職場から遠くない物件を親が見つけて、今はそのアパートで暮らしながら小説を執筆しています。


 えっ。その割に、去年は活動量少なかったじゃないか?

 まま、それはさておき話の続きに戻りましょうよ。


 コホン。そうですね、引越し話というと住んでから感じるアレコレについて。大抵アクシデントや不満話が多いイメージです。

 ほら、暮らしていたら部屋に欠陥があったり、自分の求めていた環境と違っていたりなんてことありますし。


 私の場合ですか?

 はいはい、そうですね。うーん。

 住み心地は、どうでしょう……。


 なにぶん引越しは初めてなもので、他と比べるということが難しいんです。

 ですので比較対象は実家になるわけですが、そんなもの住み慣れた家の方が基本快適に決まっていますよね。


 一応、親は内見の時に「悪くない」と呟いていましたが。

 実際のところどうなのでしょう。


 やはり、私には判断しかねます。


 というのも実は、その時私のきょうだいが変なことを言っていたのです。


「何か臭くない?」


 きょうだいは確かにそう言いました。

 私は「臭い?どこが?」と、その発言の意味が分かりませんでした。


 もちろんアパートに入った時に匂いは感じましたが、別に悪臭というわけではありません。

 どう表現しましょうか。

 何というか至って普通の……そう、他の家に上がった際にふと思う実家と違う香りだなぁという程度のものです。


 おかしいのは、そう感じていたのがそのきょうだい1人だけだったということです。

 どう臭いのか尋ねても、「何か嫌」だとか「気分悪くなる感じ」だとか……返ってくるのは要領を得ない返事だけ。


 わけが分かりません。


 それでも条件が良かったので入居はすぐに決まりました。

 が、問題が1つ。


 あれは住み始めてから少し経ってからのことでしたか。

 生活にも慣れてきたので、私は離れて暮らすきょうだいをアパートに呼んだんです。


 それで、そういえばと、きょうだいが匂いが気になるとうるさかったのを思い出して消臭剤を購入しまして。


 かなりいい匂いで、これなら大丈夫だろうと安心した私は、きょうだいを招いて料理を振る舞うことにしました。






「やっぱ臭くない?ここ」




「は?」と思いました。元の匂いは消えたはずなのに、部屋に入ってまもなくきょうだいは私にそう言ったのです。


 考えてみればそこまで変な話ではありません。私にとっては毎日過ごしている部屋ですから、匂いに慣れてしまって自分では気付けない。そもそも、それを悪臭と認識していなかったので、余計に鈍感になっていたはずです。

 消臭剤もきょうだいを招いた当日に置いたわけではなかったので、知らないうちに匂いが元に戻っていたのかもしれません。


 ただ、納得はいきません。消臭剤がよく分からない会社の安物1つだったなら分かりますが、私が購入したのはそこそこ有名なメーカーのもの。しかも複数個を置いていて、でしたから。


 きょうだいも別に匂いに敏感なタイプではなかったので、普段と違うその様子が不思議でした。


 そうそう。不思議といえば、思い返してみると私も、自分の部屋で過ごしている時の行動が時折おかしいのです。


 それをこれからお話ししたいのですけれども、そうなるとどこから話したものか……非常に悩みます。いけませんね。小説家を名乗っておきながら人に伝えるのが得意ではない、というのはかなり致命的ですから。


 笑えませんよ?本当に。


 ただ、それでもこうして小説を書いていると色々なジャンルを書こうと思うわけで、怖い話なんかも短編で執筆しているんです。


 怖いのは苦手なのに何作も。恐らく心の奥底では幽霊だとか妖怪だとか、そういうのを信じていないんだと思います。

 いないものだから、害がないものだと分かっているから書いていられるのでしょう。


 で、この作家としての経験がどんな役に立つのかと言いますと、今からお伝えする話の入り口になるのです。

 というのも、執筆していると必要な知識を調べることもありまして、皆様は「合わせ鏡」という言葉をご存じでしょうか。


 言葉通り、鏡同士が向かい合ったもので、何でもそこに()()()()()()()()らしいのです。

 有名な話なので知っている方は多いかもしれませんね。


 まぁ、真偽はさておき、これについては今まで気にしたことがありませんでした。

 何せ散髪に行くといつも美容師の方に合わせ鏡で後ろ髪を見せてもらいますから、普段から目にしているものを怖がる道理がないのです。


 けれど、唯一アパートにある鏡だけは別で、誤っても合わせ鏡にならないように気を配ってしまいます。


 理由といいますか、これはアパートに越して来たばかりの頃の話なのですが、私も社会人ですので身だしなみにも気を付けたいなと全身鏡を自宅から持って来たことがありまして。

 一応、アパートにも鏡は置いてあったんですよ?

 とは言っても、全身を見れるくらい大きな物ではなかったので仕方なく。


 それで、丁度その鏡の近くに立てかけられそうなスペースがあったので、そこに実家の鏡を置いたんです。

 一度鏡で自分の姿を見て、「これで良し」と位置もバッチリ。


 ただ、ふと鏡の中にもう一枚背後の鏡が映っているのを見た時に思ったんです。


「あぁ、まずいなこれ」


 そんな風に。……どうしてでしょう?


 怖いと感じたならまだ説明がつくんです。

 幽霊を信じていないと言っても怖いものは怖く、やはりホラー映画なんかを見た後だと暗闇を恐ろしく感じることがありますから。

 でも、直近でそういうのを見たわけでもなく、しかも怖くもなかったんです。


 どちらかというとこう思いました、「危ないな」と。


 何となくですがその時は鏡の位置を変えて、それからはずっとアパートでは合わせ鏡にならないよう、なっても鏡を見ないようにしています。


 改めて考えると、やはり不思議です。自分らしくないような……。


 ――そうそう、不思議繋がりでもう1つ思い出したことがあるんです。


 こっちはわりと最近の話ですね。

 私は仕事の関係で就寝がかなり早くて、夜の11時には完全にぐっすりなことが多いです。


 その日も10時前にベッドへ入っていました。

「明日も早いな、さっさと寝よう」だなんて思いつつ目を瞑りました。


 でも、眠れなかったんです。

 近所がうるさくて。

 正確に言えば真上の部屋だったかと思います。

 子どもの声が聞こえていました。2人でしょうね、何やら盛り上がりながら歌を歌っていました。


 少し前に流行っていた曲でした。


「うるさいなぁ」


 一般的にはまだ大人が寝入るには早い時間だったものの、十分に夜の遅い時間でしたので明らかに騒ぎ過ぎでした。

 布団の中で早く歌い終わってくれるのを願って、私は自分の意識が沈むのを待ちました。


 ()()()()()と思いつつ。


 実は私、引越し前に自分の部屋以外の物件情報も見ていましてね?

 それで、覚えている限りだと――私の上の部屋、誰も住んでいないんですよ。


 ……まぁ、もしかすると私の勘違いで、歌っていたのはその隣の部屋だったのかもしれません。

 上の階の方とは滅多に顔を合わせませんから、そもそも子どもがいるのかも分かりませんが、現実的に考えるとそれが一番しっくり来ます。


 ですので、本当に勘違いであれば構わないんです。


 ただ、それだと自分の感覚としてはそれが受け入れ難いなと、奇妙だなと思うだけで。


 それでちょっとこう思ったんです。


 もしかしたらきょうだいの言う異臭とは、私が聞いた歌声とは、今はこの世にいない上の階の住人のモノだったかもしれない。

 私がアパートの部屋でだけ合わせ鏡を避けるのも、ひょっとすると本能では分かっていたのかもしれない。


 上の階に留まっていたその子どもが、鏡を通じて出てきてしまうのだと直感で理解したんだ。


 ……なんて。




 すみません、この話はあまり気にしないでください。


 これだけ話して、最後の最後でどうしたんだと思われた方。

 確かにこれは私の体験談ですが、嘘も混ざっています。


 個人情報に関わるものなのでかなりぼかして話していますし、それ故にどこまでが本当でどこからが嘘なのかはお話しできません。

 本当に、ふと思い立ってこの話を皆様にしてみただけなのです。


 ですので、この話を不気味に思われた方がいらっしゃるなら、恐らく気にしない方がよろしいかと。


 ただの作家の戯言(ざれごと)とでも思っていただければ幸いです。


 ほら、よく言いますでしょう?




 世の中、深く首を突っ込まない方が良いこともあると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ