無敵のケイキ
「ウフフフ、うわははは、フハハハハハ!」
僕が生まれて初めて口づけをした翌朝は、その相手の女の子の不敵な笑い声で目が覚めた。
「最強だ、今までで一番だ、ウワハハハハ!」
「……ど、どうしたのケイキ?」
眠い目をこすりながら見てみると、ケイキがよだれを拭きながら立っていた。
「あ、むっちゃん起きた? わたし今すごい魔力量だよ。今までで最強だ。たぶん今なら指で弾くだけでビルを何棟も吹き飛ばせる感じ」
そう言って手のひらからパリパリと青白い光をほとばしらせていた。暗い部屋の中、青白い光に浮かび上がったケイキの顔が怖い。
「これ、たぶんむっちゃんの魔力だ。キスしてくっついて寝ていただけで、ありえない魔力量がわたしにチャージされちゃってる」
あの青白いイナズマみたいのが魔力なのだろうか。
「いままでの前言撤回、むっちゃんすごい魔力量だよ。封印のせいだね。わたしもくっつくまで分からなかった。封印されても漏れ出てくる魔力を、くっつくことでチャージしちゃったんだ。封印取れたらマジヤバいね、これ」
すごいと言われても自分では何にも分からないし、あんなイナズマみたいなものも自分の体から出たことない。
「あ~、この力がみなぎる感じ。全能感。やばいなこれ、クセになりそう」
そう言うと、ケイキは僕にくっついてきてチューをした。
「うぐぐぐ!」
「ぷはーっ、最高! たまらん!」
なんか、凌辱されるってこんな感じなのだろうか。昨晩のキスと全然違う!
「朝からチャージ完了! 今日から毎日むっちゃんにくっついて寝ようっと!」
とってもうれしい発言なのに、何か怖い。ケイキってサキュバスかなんかだったりして。
「むっちゃん、いまわたしをサキュバスか何かだと思ったでしょう」
「いつも何でわかるの!?」
「わたしは聖騎士よ! あんな低級魔と一緒にしないで! ……でも、このむっちゃんの魔力に気づいたら魔王軍もほっとかないわね。そんじょそこらの悪魔ならむっちゃんの魔力で返り討ちに遭いそうだから、来るとしたら結構大物が来るかもね」
「だ、大丈夫なの?」
「へーきへーき! 今のわたしに敵う奴なんていないよ。だから何かあったらすぐにわたしを呼ぶのよ。『僕の愛するケイキ、すぐに来て~』って」
落ち込んで泣いていたケイキが立ち直ってくれたのはすごく嬉しいけど、なんか想像していたのと違う。でも、毎日一緒に寝てくれるって言うし、まあいいか。
◇ ◇ ◇
その日以来、学校での僕の立場が一変した。
ケイキはあっけらかんと僕とつき合っていることを公表し、キスしたことまで話していた。僕とのキスは最高だとか言っているようだった。なんかちょっと意味が違う気がするが……。いずれにしても、数々のイケメンを撃沈させたケイキとつき合うことになった僕を、皆畏敬のまなざしで見るようになっていた。
「我が献策を採用いただいたようですな」
今日も角道を桂馬で止めたテツがそう言った。
「いや、あれは奇襲というか、なりゆきというか……」
「五十嵐の奇襲策を採用するとは。乙浜、奇襲もまた良しだぞ」
桜井先輩は棋譜を並べながら満足そうにうなずく。
なんか、僕が強引にチューしたことで、ケイキとつき合うのに成功したみたいになってる!
女子部員が創部以来ひとりもいないという伝統を誇る、我が将棋部の部室にも、部員の仲間がイケメン達に一矢報いたという満足感が漂っていた。そんな満ち足りた放課後のひと時を、部のイメージとはかけ離れた明るい声が見事に打ち破った。
「むっちゃんいますか~?」
ケイキがひょっこり部室の入り口から顔を出す。みんなびっくりして固まってしまう。それもそのはず、決して女子がいたためしもない部室に、学校一の美少女が現れたのだ。
「これはこれは、君が華宮桂騎君かな。わたしが将棋部の部長をしている桜井だ。乙浜なら奥にいるよ、案内しよう」
「ありがとうございます、桜井先輩!」
桜井先輩はケイキを連れて僕とテツが将棋を指している長机までやってきた。
「むっちゃ~ん、遊びに来ちゃった。へえ~これが将棋なんだ。『王将』って書いてあるのは王様のこと?」
「そのとおり。このゲームはね、どれだけ駒を獲られようが、どれだけ自陣を攻められようが、相手の王、王将を獲ったほうが勝ちというルールだ」
桜井先輩が王将の駒を手に取ってケイキに教えてくれる。
「へえ~、本当の戦争みたいですね」
「ああ、このような戦争を模したゲームは世界中にある。ただ、たいていは西洋のチェスというゲームのように、敵の駒を獲ったあとはそれきり使えない。だが日本の将棋は獲った敵の駒を味方にし、活躍させることが出来る。そこがおもしろいところだ」
「一度戦って、負かした相手とともに戦う……面白いですね!」
「どれ、桂騎君に駒の動かし方を教えてあげよう。そこにすわりなさい」
桜井先輩はそう言って、僕とテツの隣でひとつひとつの駒とその動きをケイキに説明しはじめた。テツはすぐ隣にケイキがいるのが気になるのか、顔を真っ赤にして動揺している。おかげでテツの鬼殺し戦法はグダグダになってしまい、一度グダグダになった鬼殺し戦法は、防御の弱さも相まって、壊滅的な将棋になってしまった。
「あ、むっちゃん勝ったんだ! すごい! 強いね~! さすがだね~!」
ケイキ、やめてくれ。テツは君に動揺した挙句負けて、結果的に僕の引き立て役になってしまったことを、嬉しいような悲しいような顔になっていて、こっちがやるせない。
◇ ◇ ◇
ラブラブのふたりが手をつないで部室から出て行ったあと、部室では桜井先輩とテツが将棋を指していた。
「華宮さんって、とても素敵な娘でしたね」
「ああ、いい娘だったな。なかなか将棋の筋も良い」
「僕も彼女が欲しくなっちゃいました。いいなあ乙浜のやつ」
テツが角道を桂馬でふさぐ。
「言っておくが五十嵐よ。おまえは奇襲は禁止だ」
「ど、どうしてです?」
「お前がいきなりチューしたら、すぐさま逮捕だ」
……今回も五十嵐哲の鬼殺し戦法は、どうしようもなくグダグダだった。




