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むっちゃんなぐられる

 最有力候補だった告白勝率10割の男、井上先輩が撃沈した後、雪崩を打ったように校内のイケメン達がケイキに告白しているらしいと、同じ将棋部の同級生、五十嵐哲(通称テツ)が教えてくれた。


「これは奇襲しかありませんな」


 テツの得意戦法は奇襲。というか、奇襲しかしない。手の内を知っている仲間内には弱いが、試合で初対面の相手には滅法強い。


 今日も角道を桂馬で止める。奇襲戦法の極致、鬼殺し戦法だ。圧勝かボロ負け、中間はない戦法だ。


「イケメン度に学力、スポーツで劣る弱者が強者に勝つ方法は奇襲以外にはなし」


 ケイキに直接井上先輩の告白をどうしたのかを聞く勇気のない僕は、テツにその結果を教えてもらった上、道を乞おうとしている。進退ここに極まれりだ。


「テツ先生、奇襲戦法とは……ご教示ください」


「ふむ。他ならぬ朋友(とも)の頼み、この五十嵐哲教えて進ぜよう」


「して、奇襲とは?」


「……チューだ……」


 こんな奴に聞いた僕が馬鹿だった。よっぽど精神的に追い詰められているのだろう。貧すれば窮すとはこのことだ。


 あ〜、自分はクズだ。ケイキのことが気になっているのに気になっていないと言い張り、そのくせ何も行動できないクズだ。イケメン達はちゃんと告白という行動を起こしている。行動出来るところがイケメンなのか。


 そう思って薄暗くなった校庭をトボトボと歩いていると、もう一人のクズに声を掛けられた。


「リーリーリーリー! よう乙浜! いいところにいたなあ」


 聞いてもいないのに自分は軽薄なバカだと自己主張するボサボサの茶髪に、だらしなく制服を着崩したこの男を、僕は中学一年の時から知っている。榊原という奴だ。もともと臆病で気弱で卑怯な奴だったが、最近茶髪に染めてからはちょっと悪ぶったチャラ男にキャラ変したらしい。しかも似たようなバカを五人も引き連れている。


「おい、待てよ。無視すんなよ、話があんだよ!」


 通り過ぎようとした僕の腕を強引につかむ。


「乙浜! おめえに頼みがあるんだよ。お前華宮さんと一緒に住んでんだろ。俺に華宮さん紹介してくれよ! なあ、いいだろ」


 榊原とは久しぶりにしゃべったが、中学の時は『乙浜君』って呼ばれていた気がした。急に呼び捨てか。


「やだ」


「つれねえこと言うなよ乙浜、いいだろ。ちょっと一緒に食事したいだけなんだから。乙浜はいい奴だから俺の言うこと聞いてくれるよな~。断られたら俺、ショックで何しちゃうかわかんないよ~」


 そう言って榊原はぼくの首に腕を回して羽交い絞めのようにしてきた。


「華宮と話したいなら俺なんか介さずに自分で直接話せ。みんなそうしてる。それとも直接話す勇気がない腰抜けだから俺に言ってるのか」


 ああ、それはまさに僕そのものだ。


「もう一度言ってみろ! 誰か腰抜けだと!」


「何度でも言ってやるよ。直接相手の気持も確かめられない腰抜けのクズのウンコ野郎だってな!」


 ヤケのやんぱちってこういう事を言うのかなあ。もう誰に何を言っているのか自分でもわからない。


 クズの榊原は、クズ仲間達とクズの僕を取り囲んだ。悲しすぎるクズの集団だ。下校途中や部活中の生徒達が、遠巻きにあまり関わり合いになりたくなさそうにこっちを見ている。


「てめえ殴るぞ」


「腰抜けのクズに殴れんのか? 榊原、お前は昔から口ばっかりの臆病野郎だ。やれるものならやってみろ!」


「ヒャーウィー!」


 榊原は珍妙な叫び声とともに殴りかかってきた。うずくまって頭を抱えているだけで反撃してこない僕に安心したのか、取り巻きのクズ五人も加わり、どんどん調子に乗って暴力はさらに強まってくる。弱い奴ほど手加減って出来ないんだよなあ。ああ、口の中が血の味で苦い。


「お前にバカにされるいわれはねえ! お前なんかに、何にも抵抗出来ねえじゃねえか! 臆病野郎はお前だろう! 何とか言え!」


「女に好きって自分で言えない奴はクズだ! 臆病野郎!」


「てめえ!」


 榊原はどこから持ってきたのか、とうとうバットで僕を殴りだした。頭を守るためにかばった腕にバットが当たる。嫌な音と衝撃が右腕に走る。骨が折れるときってこんな音がするのかと思った。


「謝れ、謝れ、謝れ、謝れ!」


 榊原がヒステリックに叫ぶ。取り巻きのクズ五人は、バットで僕を叩きまくる榊原にドン引きして押し黙ってしまった。なおも叩き続ける榊原。遠巻きにしていた女子生徒から悲鳴が上がる。


「お前が悪いんだ、謝れ臆病野郎、あやまっ……ウワア!」


 突然榊原が悲鳴を上げた。何事が起きたのかと恐る恐る顔を上げてみると、僕を榊原から守るように仁王立ちしたケイキが立っていた。ケイキに突き飛ばされた榊原は、尻もちをついておびえたようにケイキを見上げていた。


「貴様、わたしのむっちゃんに何をした! ……何をしたかと聞いている」


 今まで聞いたことのないような殺気のこもったケイキの低い声に、僕の頭の中で警報が鳴り響く。


「やめろケイキ……僕は大丈夫だから……」


「むっちゃんが許しても、わたしが許さん!」


「うっぎゃあああああああ~!」


 目にもとまらぬ速さでケイキは榊原を蹴りつけ、右手と左手がどちらも前腕の途中からありえない方向に曲がっていた。


「ひいいいいいいいいいぃ、腕が折れたっ、痛いいたいいいいいいいいいい!」


「次は足だ!」


「やめろケイキ!」


「よくも、よくもむっちゃんに……」


 前に歩を進めるケイキに怯えて、榊原はかわいそうに尻もちをつきながら折れた両手で地面を必死にかいて後ずさろうとする。


「やめろって言ってるだろケイキ! 僕の言うことが聞けないのか! こんなこと頼んでない!」


 自分でもびっくりするくらいの大声で怒鳴ってから、僕は心底後悔した。


 秋の早い夕暮れに残った光の中、振り向いたケイキの顔は、この世のありとあらゆる希望を遮断されたかのような絶望と哀しみにつつまれていた。


「……ご……ごめんなさい……あたし……ごめんなさい……」


 ケイキはそう言うと、ゆっくり膝をついて僕に土下座をした。


「ゆ……ゆるしてください……おゆるしください……」


「ご、ごめん、言い過ぎたよ。土下座なんてよしてよ、痛っ!」


 土下座しているケイキを引き起こそうとして、右腕が折れているのにもかかわらず、右手でケイキの腕をつかんでしまった。それを見たケイキが優しく僕の折れた腕をさわる。するとじんわり温かくなり、あっという間に治ってしまった。ケイキはこんなこともできるのか。


「ケイキ、これ、榊原にもやってあげて」


「え……あ……はい。わかりました」


 ケイキは榊原のほうを向くと、僕にやったのと違って乱暴にむんずと榊原の両手をつかんだ。


「うわあああああ、折れてるのにさわらないで痛い痛い痛い痛い痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ殺される! わああああ・・・あ? あれ、痛くない・・・治った? 折れてなかったの? 骨折り損?」


 榊原達は驚きのあまりすっころびながら逃げ去って行った。


 ケイキは僕の全身にも手を当てて怪我を治してくれた。


「ありがとう、すっかり治ったよ」


「……ごめんなさい……あたし……ゆるしてください……ううう……」


「あやまることなんてないよ。助かったよ、ありがとう」


 僕がそう言っても、この生徒達の衆人環視の中でケイキはずっと泣き続けた。


「帰ろう」


 泣き続けるケイキを抱えるようにして、僕らは暗く薄ら寒くなった街をとぼとぼと歩いて家に帰った。




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