帰還
「兄上、王政という辛い仕事を押し付けて、ケイキとの幸せな生活をとる自分をお許しください」
「本当だ、私もちょうど楽になれるチャンスだと思っていたのに」
国王の言葉に周囲がどっと笑う。ここは王宮の王族専用転移装置の部屋だ。これから元の日本に帰り、二度と帰ってくることはない二人を見送るために、大勢の人が集まっていた。
王宮広場でケイキの処刑が中止された後、僕達は国王から宮廷に招かれ、歓待を受けた。
ケイキが人気なのは聞いていたが、ものすごい人気でびっくりした。聖騎士団の騎士達が男女問わず祝福に訪れ、ケイキと再会を祝ったり、冗談言ったりとまあ騒がしい。
それだけでも結構な人数なのに、かつてケイキの軍団に所属していた兵士や出入りの業者の人、その他よく分からないような人まで来て、ケイキにお祝いを言っている。
ケイキは僕のことをみんなに紹介するのだが、みんなの目が「ケイキと結婚する殊勝な男は誰だ」的な感じで見ているのがよく分かる。静かに「がんばれよ……」と言って小さく肩をたたかれたりした。
国王の好意で、宮廷内で身内や友人などを招待した、ささやかな結婚式をしてもらった。ささやかとは言っても、正式に大司教様に来てもらっての、王族の格式を満たしたものだった。ケイキの白いドレス姿は初めて見たが、とても綺麗であらためて惚れ直した。
国王から、王家に伝わる古いもので申し訳ないが、二人を守ってくれるはずだと言って小さな黄金の結婚指輪をもらい、ケイキと交換した。ケイキはとっても嬉しそうにしていた。ドレスを着てほっぺたを真っ赤にしてはにかんでいる姿は、天使が舞い降りたのかと思った。
結局、ケイキを連れてすぐ元の世界に帰る予定だったが、三日間も聖王国に滞在することになった。国王の好意で、日本への転移のために、王宮に設置された王族専用転移装置を使わせてくれることになった。王位継承権を放棄した僕でも、王族待遇であるということを世間に示すためだそうだ。いろいろな気遣い、感謝しかない。
「ケイキ、元気でね!」
「ありがとう、ラフレシア。あなたもいい男見つけてね」
「これ、ケイキの好きな『ころがる雌牛亭』のムルミー丼、特別にテイクアウトしてもらっちゃった。向こうで食べてね」
「ありがとう~! これ食べられないのだけが心残りだったのよ! さすがラフレシア! 分かってるね~! ありがと!」
ふたりがひしと抱きあう。ケイキとラフレシアは幼い頃、どちらも魔王軍との戦いで両親や兄弟を亡くし、焼け跡で暮らしていた頃からの親友だと教えてもらった。
「末永くお幸せに。国王の名に懸けて、あなたたちに今後一切の干渉を行わないと誓おう」
「ありがとうございます、兄上」
いろいろとお土産をもらってかなりの大荷物になった僕とケイキは、手をつないで部屋の真ん中に置かれた転移装置の中に入る。みんなの見送りの声を聞きながら、装置が作動し青白い光が僕らを包む。
視界が暗転し、来た時にも通った暗闇の中、青白い魔方陣が無数に輝く。無音無風の世界だ。前方に出口を示す光が見えたと思ったその時、ケイキが手を放して僕の体をとんっと押した。ふとケイキを見ると、ケイキの腹部を剣が貫き、口から血を吐き出している。
怯えた顔をしたルーミがケイキの背中に剣を突き刺したまま、ふたりは転移空間を落ちて行った。荷物が散らばっていく。僕はケイキに手を伸ばしながら叫ぶが声が出ない。ありったけの魔力を込めてケイキを引き寄せようとするが、この空間では魔力は力を持たないらしい。
気がつくと僕はひとりで家の居間にいた。夜明けのかすかな光が居間を照らしている。
「……ケイキ……」
この日、どれだけ死に物狂いで探しても、ケイキはどこにも見つからなかった。




