むっちゃん聖王国へ行く
翌朝、起きるとルーミが朝食を作ってくれていた。面倒くさくてそのままにしておいたシンクの中の洗い物も、きれいに片付いていた。ルーミは本当にしっかり者だ。
学校に出かけるときは、玄関に三つ指ついて『いってらっしゃいませ』と見送ってくれたのには驚いたけど、これを見たらケイキが怒りそうだなと思ったら可笑しくなった。
今日の学校の授業は、まさにうわの空だった。ケイキがいないというだけでこれほどまでに心が落ち着かなくなるのだろうか。こんなことなら何があっても僕も一緒に聖王国に連れて行ってもらえばよかったと思った。でも、きっと僕はケイキにとって足手まといになるかもしれない。僕が捕まったら、ケイキは何でも言うこと聞かざるを得ないだろう。
そうだ、今晩はルーミから聖王国でのケイキのことをいろいろと聞いてみよう。きっとケイキはエピソードには事欠かなそうだから、ケイキが帰ってきたらそのことをネタにしてからかってやろう。そう思うと少し元気が出てきた。
今日は部活にも寄らず、学校帰りにスーパーに行って食材を買う。昨日のアジフライをルーミは気に入ったようなので、今日は肉じゃがを作ろう。
あの透き通ったような白い肌に、淡いアクアマリンブルーの髪と瞳をした美少女が、ちょっと場違いな肉じゃがを美味しそうに食べる姿を見てみたい。
ルーミに美味しいものを食べさせて、ケイキの恥ずかしい話を聞きだすのだ。十二月の陽が落ちるのは早い。家に帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
自宅が遠くから見える道に出ると、家の電気が点いていないようだ。近づいてもやっぱり家が死んだように暗くなっている。ひょっとして刺客とやらが送られて、ルーミはやられてしまったのだろうか。急いで玄関を開ける。居間に入ると真っ暗闇の中、ルーミが膝を抱えて座っていた。
「ルーミ、どうしたの?」
僕は明かりを点けてルーミに尋ねる。
ルーミは幽鬼のようにぼんやりと僕の方を向くと、ゆっくりと立ち上がった。と、その瞬間、剣を抜いて剣先を僕の首に突き付けた。ルーミの白い頬は青ざめ、視線は定まっていない。まるでルーミの方が剣を突き付けられているかのようだ。
「大丈夫……ルーミ?」
「……私は……あなたを……殺すために……この世界に来ました」
ルーミは絞り出すようにそう言った。
「ごめんなさい……あなたに恨みはありませんが、死んでください」
そう言いながらも、ルーミの剣からは全く殺気というものが感じられない。
「ルーミ、辛そうだね。僕に何か出来ることはない?」
ルーミは、はっと我に帰ったように俯くと、持っていた剣を床に置き、僕の前に跪いた。
「申し訳ありません。私、何てことを。私を……殺してください」
ルーミの体が小刻みに震えている。
「何を言っているの? ……ケイキに何かあったの?」
ルーミは答えない。ルーミの指がカーペットをかきむしる。
「教えてルーミ。ケイキに何かあったのか知っているの?」
ルーミは虚ろな淡いアクアマリンブルーの瞳を僕に向けて、絞り出すように言った。
「……ケイキは……ケイキは今頃処刑されて……もうこの世にはいないでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中で何かが割れる音がした。本能的に、七つの封印が割れる音だと解った。足元から金色の光の粒が渦巻き、自分の魔力が解放されるのを感じる。
頭の中に封印されていた記憶が流入する。宮廷で過ごした記憶、やさしい母の記憶、母が死んで悲しかったこと、父王が泣いていたこと、ひとりでさみしかったこと、宮廷を追い出されたこと、この世界に転移させられたこと、フランスにいる両親なんて存在しないことを思い出した。
急激に戻ってきた過去の記憶のせいで、僕が崩れ落ちそうになるのをルーミが支えてくれる。
「ルーミ、僕をケイキのもとに連れて行ってくれないか」
「……もう手遅れです……今頃すべて終わっていることでしょう。ラフレシアが持っていた転移装置の行く先は王宮ではなくて檻の中。聖王国一の宮廷魔導士の構築した、魔力を無効化する幾千にもおよぶ仕掛けが張り巡らせられた檻の中です。さすがのケイキもこれにはどうすることも出来ません」
僕を支えるルーミの手が震えている。
「まだ終わっていないよルーミ。君の持っている転移装置を貸してくれ。」
「私はケイキを裏切りました。自分を信頼してくれているケイキを自分のために裏切りました。でも、もうこれ以上は出来ません。ケイキの一番大切なものまで差し出すようなことは出来ません。私の力で殿下を聖王国から隠しきって見せます」
アクアマリンブルーの瞳から涙がこぼれる。
「ありがとうルーミ。君がケイキを大切に思ってくれているのは知っているよ。僕はね、約束したんだよ。何があってもケイキを守るって」
ルーミが首を振る。
「もう王宮広場で処刑が実行されている時間です。殿下に、殿下にケイキの変わり果てた姿を見せることは出来ません」
「お願いだルーミ。それでも僕は行きたいんだ。転移装置を貸してほしい」
ルーミは少し俯いた後、しっかりと僕の目を見て言った。
「分かりました。私が殿下を王宮広場にお連れします」
懐からいくつもの魔方陣が刻まれた丸い球体を出すと、ルーミは魔力を込めて装置を起動させた。
「しっかりと私におつかまりください」
転移装置を中心に発生した青白い光に、すぐに僕達は包み込まれた。
すると世界は暗転し、無数の魔法陣が青白く輝く真っ暗な世界になった。無音無風の世界で、一緒にいるルーミの姿も白黒に見えて、すぐ隣にいるのに何の感触も感覚もない。やがて遠くに光が見えたかと思うと徐々に近づいてきた。あの光の先に王宮広場が、ケイキがいるのだと思った。
「何があっても君を救う! ケイキ、すぐ行く!」
僕の叫び声は転移空間では無音のままだったが、周りの魔法陣が瞬いた気がした。




