ルーミの十字架
ルーミとラフレシアの着ている聖王国騎士団の礼服の十字架の色は、どちらも赤色だった。
「わたしが筆頭を辞めさせられた後、当然ルーミがなるものだと思っていたわ。わたしと同じ実力がある者って言ったらルーミしかいない。逆にルーミ以外がなったら許さない」
ルーミはアジフライにタルタルソースをつけようとするが、動揺したのかうまくつけられない。
「私は……別に何も功を挙げていないからな。当然だ」
「何言ってるのよ。魔王に勝ったのだって、一番の要素は兵站よ。あれだけ敵地に深く進入して、補給が伸び伸びに伸びた状態にも関わらず行動が出来たのは、兵站を担当していたルーミの功績よ。兵站には先を読む力と綿密な計算が出来ないと務まらない。あの軍団でそんなことが出来るのはルーミだけだった。最後は補給線もズタズタにされちゃったけど、最終決戦でヘルグレス最大の誤算は、彼が計算していたよりわたしたちが疲弊していなかったこと。それが最大の勝因よ。みんな派手なわたしの戦果にばかり注目しているけど、戦術のプロが見れば誰が最大の功労者かすぐにわかるはずよ」
ルーミは静かにアジフライをかじると、うつむいたまま言った。
「だから貴様はバカなんだ。本当に何もわかっていないな。私の兵站なんて、勝因でも何でもない。どれだけ食糧がなかろうが、疲労困憊しようが、兵達はお前について行っただろう。兵達はお前だからこそ信頼して敵地深くまでついていったのだ。そんなこともわからんのかバカ」
僕の隣のラフレシアが笑いながら僕に耳打ちする。
「おもしろいでしょこの二人。いつもこんな感じよ」
ケイキが不満そうに言う。
「ちょっと人のことをあんまりバカバカ言わないでよ。ルーミみたいな頭のいい人に言われると、反論できなくってつらいのよ」
「バカにバカと言って何が悪い」
「ひどい~! あ、そうだ! わたしこの前の学力テストで学年で一位を取ったのよ」
「それ、この世界の学校でしょ。すごいケイキ! どうしちゃったの?」
ラフレシアが嬉しそうに言う。この子本当に純粋でいい子だな。
「ふふ、恋する乙女にとって学年一位くらい楽勝よ。むっちゃんを将来養うのよ」
「ケイキ幸せそうね。恋ってすごいわね。あのケイキがこんなこと言うなんて。わたしも恋人欲しくなっちゃった。そう言えば最近ルーミはどうなの?」
ルーミはまたアジフライを噴き出した。
「な、な、……何を言っている。私に恋人なぞいない。」
「第一皇子様は? あ、今は国王陛下か。絶対ルーミに気があるわよ。だって何かあるとルーミによく声かけてくるじゃない」
「き、き、ききき貴様陛下に対して失礼だぞ。騎士団の対外交渉役を担い、アスペクト家の実質的な当主でもある私とは、いろいろと事務的な話があるのだ。それだけだ」
「あ~そう。陛下に話しかけられているルーミが、いつも耳まで真っ赤にしているものだからてっきり陛下のことが好きなのかと思っていたわ」
ケイキもアジフライを食べながら追撃する。
「へ~、ルーミは皇子様のこと好きなんだ。優しそうな人だよね~」
「やめろ、ひとをからかうのもいい加減にしろ!」
「でもさ、ルーミは王国でも有数の名家、アスペクト家の令嬢でしょ。結婚しても全くおかしくないでしょ。というかこれだけ頭も良くて強くて美人で家柄も良かったら、王妃にならない方が不思議じゃない?」
ケイキがルーミを覗き込む。うつむいたルーミの耳が真っ赤に染まっているのがよく分かる。雪のように白い肌は、赤くなるのが分かりやすい。僕は女子トーク花盛りのちゃぶ台を離れて、割れた居間の窓ガラスの修復に取り掛かった。さすがにこの季節、窓がないのは辛い。ケイキは騎士団団長就任を受けるのだろうか。団長になるということはケイキにとって素晴らしいことだ、応援できる僕でいたい。でも、団長になるということは元の世界に帰るということだ。
そんなことを考えながら窓枠に段ボールをガムテープでくっつけていると、ルーミがやってきて手伝ってくれた。割れたガラスにルーミが手をかざすと、青白い光の粒が集まり、きれいにガラスの破片が集まって、もとの一枚のガラスに戻っていく。
「すごいですね!」
「私はケイキと違ってこのような地味なことが得意なのです」
青白い魔力の光に照らされた、雪のように白い肌と淡いアクアマリンブルーの髪に瞳。異世界美少女とはこういう娘のことを言うのだろう僕は思った。そして、最初見たときは厳しそうな人に見えたけど、ルーミはとってもいい人なのだと思った。ケイキは良い仲間に恵まれて、元の世界では楽しくやっていたのだなあ。僕はルーミとラフレシアに感謝した。
「乙浜殿、私、ケイキのことが大っ嫌いなんですよ」
ルーミはガラスをつなぎ合わせながらそう言った。
「私が小さい時から誰にも負けなかった剣の腕も、ケイキと初めて手合わせをしたときに、天才ってこういう人のことをいうのだと思い知りました。ケイキって兵達からすごい人気があります。カリスマっていうものでしょうか。今でもケイキの帰還を待っている人は大勢います。それはわたしが渇望して得られなかったものです。筆頭だって、聖剣アルテミスだって、私が幼い時から憧れて必死になって鍛錬して得ようとしたものを、彼女は軽々とあたりまえのように手にしてしまう」
ルーミが静かに僕を見る。
「家柄だけは負けないつもりだったのに、ケイキが私と同じ、公爵家の娘だったなんて分かったときは、もうあきれました」
ケイキは公爵家の令嬢だったのか。とてもルーミと同じようには見えないが。
「だから私はケイキが大っ嫌いです。神様を呪うほど。……でも、その大嫌いなケイキだけが、私のことを誰よりも理解してくれる。誰よりも評価してくれる。頼りにしてしまう自分がいる。戦場であれほど信頼して背中を任せられる者はいません」
アクアマリンブルーの瞳がかすかにふるえている。
「私、どうすればいいんですかね」
そう言って悲しそうに笑ったルーミは、ゆっくり立ち上がってケイキ達の方に向き直った。
「もう夕食も済んだ。そろそろ王宮に行くぞケイキ」
ケイキは顔を上げるとルーミをまっすぐ見た。ケイキは団長を受けるのだろうか。
「分かった。王宮には行く。でも団長は受けない」
ケイキははっきりとそう言った。
「貴様、団長だぞ。騎士にとってこれ以上の栄誉はない。何故受けない」
「これは罠だ。わたしを処分するためのな」
そう言ってケイキは笑った。




