ルーミ・アスペクト
ルーミ・アスペクトは、聖バルト王国三大公爵家のひとつであるアスペクト家の長女として生まれた。
幼い時より文武両道に優れ、その美しさも相まって、父親のアスペクト公自慢の娘だった。ルーミは特に剣術に優れた才を持っていたため、貴族の子女が通う聖王国兵学院を首席で卒業。自他ともに将来聖王国騎士団筆頭になるのは自分だと思っていた。
ところが、聖王国騎士団に入って初めて自分の勝てない相手に出会った。同い年のケイキ・ハーミアだった。
ケイキはもともと戦災孤児で、孤児仲間と徒党を組み、貴族から食糧を盗んでは仲間に配っていた。やがて本気になった警察隊に捕縛され、処刑されるところをその実力を買われ、平民出身者が入学する聖王国幼年団に放り込まれた。当時は魔王軍との戦争で兵士の消耗が激しく、こういうことがよくあった。ケイキはたちまち頭角をあらわし、10才で騎士団に入団すると多くの活躍をした。
真面目で貴族社会の秩序を重んじるルーミと、野盗あがりのケイキは全く性格が合わず、何事においても衝突した。
その頃、魔王ジルデモンの軍勢は王国の版図を次々と奪い取り、王都までもうすぐというところまで迫っていた。
聖王国は軍勢を集結し、この一戦で起死回生すべく大軍団を結成した。その軍団の主力はアスペクト家が担っており、当然その軍団長にはアスペクト家長女でもあるルーミ自身がなるものだと、本人も周囲も思っていた。
しかし直前になって、ケイキがずっと首から下げていた古い首飾りがハーミア家のものであることが分かった。ハーミア家も聖王国三大公爵家のひとつで、かつて魔王軍を北方で抑える重責を何代にもわたって担っていた。対魔王軍と言えばハーミア家と言われていた。しかし魔王ジルデモン軍との激戦に次ぐ激戦の上、破れて滅亡していた。国民や兵士たちの間に、ケイキこそ、魔王軍相手に善戦したハーミア公爵家の三女だという噂が流れた。
その噂話に飛びついたのは国民からの支持低迷に悩む聖王国の中枢だった。『魔王軍を討つのは、かつて魔王軍に対して国境を守り続けたハーミア公の遺児ケイキ・ハーミア』というプロパガンダは、国民や兵士達から熱狂的に支持された。その結果、軍団長はケイキが拝命し、出陣に際して国王から聖剣アルテミスが授与された。この聖剣も、ルーミが小さいころから憧れていたものだった。
ケイキが率いる聖王国軍と魔王軍との戦いは熾烈を極めた。魔王軍は知将ヘルグレス大将軍の策により、直接の戦いを避けつつ聖王国軍を自領内深くに誘い込み、補給線を分断した。補給を絶たれて長い行軍に疲れた聖王国軍の前に、ようやく魔王軍は姿を現してデルミッドリバーという、水がほとんど流れていない涸れ川を挟んで対峙した。
夜半からしとしとと雨が降り続き、視界が霧で悪い中、聖王国軍の左翼に悪魔大将軍「輪廻」が夜明けとともに突撃してきた。
左翼を指揮するルーミは、ケイキの配下として戦うという屈辱を挽回すべく、ケイキ以上の軍功を立てようと奮起し、軍の先頭に立って戦った。ルーミの反撃を受けて撤退する「輪廻」軍を追撃して敵陣深くに入り込んだところ、突然側面から「輪廻」軍の別動隊による猛攻撃を受けた。ルーミの左翼は途端に総崩れとなった。
その頃王国軍右翼を担うラフレシアも、魔王大将軍「転生」の猛攻に耐え切れず後退。ケイキ率いる中央の本隊は左右を敵に囲まれ、いわゆる包囲殲滅の危機にあった。
徐々に朝の霧が晴れる中、魔王ジルデモン率いる魔王軍本隊が、この戦いの総仕上げと言わんばかりに本陣を構える丘を下り、デルミッドリバーを渡河し始めていた。
ケイキの部下達は、包囲されることだけは避けるべきと撤退を進言したが、ケイキは「ジルデモンを追ってここまで来た。いままで逃げ回っていたジルデモンが今回わざわざ向こうから来てくれる。出迎えないのは失礼にあたる」として、全軍に突撃を命令した。その際のケイキの活躍はすさまじく、先頭に立って魔王軍を蹴散らし、魔王ジルデモン、悪魔大将軍ヘルグレスを討ち取り、この戦いを大勝利で終わらせた。
魔王を討ち取るという歴史的大勝利を挙げたケイキは王都に凱旋し、国民は熱狂した。ケイキは聖王国騎士団最強の証であり、長らく空席であった騎士団筆頭に任命されるとともに、ハーミア公爵家の正統な後継者として公爵の爵位を与えられ、もとの領地である、ハーミア領主となった。
一方ルーミは、敵将の挑発に乗って自軍を危機に貶めた思慮に乏しい騎士と評価され、国民からの評判は地に落ちた。ケイキがすべてを手に入れたとき、ルーミはすべてを失っていた。
ただ、すべてを失っても、ルーミは立ち止まるわけにはいかなかった。父であるアスペクト公爵は病床につき、妹二人は既に他家へと嫁いでいた。伝統と名誉あるアスペクト家はルーミの双肩にかかっていたのだ。
戦後、細かい事務処理の出来ないケイキに代わり、魔王軍に支配されていた領地の復興、死亡した兵士遺族への補償、多くの将兵の論功行賞などの雑務をすべてルーミが取り仕切った。ルーミの高い事務処理能力は王国中枢にいるものには評価が高かったが、国民の誰も目を向けなかった。ケイキが毎晩戦勝パーティーに呼ばれている中、ルーミは書類の山と格闘していた。いや、仕事に没頭することで、すべてを奪われた現実から目を背けようとしていた。
そんな中、ケイキは元老院議長に対する公の場での暴言によって追放されてしまった。
再び筆頭の地位は空席になった。ケイキがいない今、その地位に最も近いのはルーミ自身だと思った。しかし、ルーミに対する筆頭就任要請は来なかった。ケイキがいなくなったというのに、ルーミの待遇には何の変化もなかった。
そんな折、国王が崩御され、新国王となったのはガイゼル枢密院議長の娘が生んだ、20歳になったばかりの第一皇子ヘルムート・バルト閣下だった。第一皇子はルーミの初恋の人だった。とても温和な性格の第一皇子は、苛烈な性格から周囲があまり話しかけようとしないルーミにも、いろいろと声を掛けて普通の女の子に接するようにしてくれた。ルーミにとって、第一皇子が自分に普通に話しかけてくれることが嬉しかった。
ルーミは家柄的にも王妃になるのは自分が選ばれるのではないかと期待したが、声は掛からなかった。国民的人気が無い自分が王妃になることは、第一皇子にとってマイナス要因にしかならないと思った。
仕事に没頭する日々を過ごす中、病床の父からケイキのことを聞いた。ケイキが追放先の異世界で守護しているのは前国王の隠し子で、魔力量の最も多い者が王位を継ぐという聖バルト王国のしきたりで言えば、十分王位を継げるほどの魔力の持ち主らしい。その隠し子の皇子は、宮廷魔導士リヒャルトによって魔力を封印されているとのことだった。
ただ、悪魔大将軍二人をケイキがいとも簡単に討ち取ったことから、その皇子の封印が解け、ケイキに魔力を分け与えているのではないか。皇子の封印が解けたということは、即ちその皇子が王位の正統な継承者として聖王国にやってくるかもしれないと父は言った。
なんという皮肉だろう。どうしてこういうことになるのだろう。自分からすべてを奪ったケイキは、いつも思いのままに行動し、戦功を挙げ、人気もある。挙句の果てに思いのままの言動で失脚したと思ったら、その追放先には真の王位継承者の皇子がいて、悪魔大将軍二人を圧倒するほどの強大な魔力の供給を受けるほど信頼されている。
神様がいるなら、何故ケイキばっかりを愛して、自分は愛してもらえないのだろう。ルーミはアスペクト公爵家をひとりで支えるために、人一倍努力してきた。他人にも厳しさを要求する代わりに、自分も厳しく律してきた。いままで生きてきて怠惰に過ごした日など一日もないと断言できる。なのにこの差は何なのか。自分に何が足りないのか。自分はもう限界だ。
夜半に枢密院議長棟に来るよう連絡が来たのは、ルーミがそう悩んでいる最中だった。




