殺された社長②
「法事で実家に戻っていたのですか?」
「社長は先々月、奥さんを事故で亡くしています。四十九日の法事で実家に戻っていました」
「事故ですか?」
「ええ、まあ・・・」と篠村は言葉を濁す。
「実家に戻っていた――ということは、南洲社長は、今、実家以外の場所にお住まいだったということですか?」
「はい」と篠村はうなずくと、守弘の実家、南洲家は奥多摩にあり、通勤に不便なため、会社の近くにアパートを借りて住んでいたと説明した。
守弘は会社から歩いて五分程度の場所に、小奇麗だが質素な部屋を借りている。ロフト付きの部屋にトイレとひとつになったユニットバスにキッチンのついた部屋だ。質素過ぎて会社の社長に似つかわしくないが、「実家が広すぎてね。僕はこの方が落ち着くんだ」と守弘は意にも介さなかった。
ただ、駐車場には値の張るセダン車が停めてあった。守弘が奥多摩の実家と往復するのに使っていた。
亡くなった奥さんの法要のために、守弘は金曜日から休みを取って、実家に戻っていたと言う。「滅多に会社を休まないのですが、奥さんの法事とあって、仕事を休んだようです。それで、週末にペストコントロールが行われるという連絡を見なかったのでしょう」
「ペストコントロール?」
「害虫駆除のことです。床にカーペットを引いていますので、ダニ駆除のために定期的に殺虫剤をまいています。殺虫剤を吸い込むと、体によくないので、ペストコントロールをやる時には、事前に社員に伝えて、会社に出てこないように指導しています」
「なるほど~では、社長はペストコントロールのことを、知らなかったのですね?」
「会社にいたということはそうでしょう。社員全員にメールを出しておいたのですが、読まなかったのか、或いは読んだけど忘れてしまったのでしょうね」
「そういうことはよくあるのですか?」
「社長がですか? そうですねえ・・・まあ、しっかりしているようで、抜けたところがある人でしたから」
「南洲社長が会社に出社した時間は分かりますか?」
「ああ、それだったら大丈夫です。社員の出退勤記録は会社の防犯システムにリンクされています。社員カードをカードリーダーに翳せば、入り口の鍵を開けることができます。同時に、そのデータが防犯システムに送られます。誰が何時にやってきたのか、システムに記録されていますので、社長が会社に来た時間が分かると思います」
要は勤務データが残っているということだ。
「防犯カメラはありませんか? 映像が残っていれば助かります」
「はい。防犯カメラも設置されています」
社長室を写したものはないが、職場全体を映した映像があるという。早速、鈴木と宮川の二人は防犯カメラの映像を見せてもらった。
伊納という若いITガイがやってきて、テーブルの向こうに座り、「何時の映像を再生しましょうか?」と手持ちのパソコンを広げた。
「そうですね。南洲社長が会社に出社した時間が分かると聞きました。先ずは、何時何分に、南洲社長は会社に来たのですか?」
「ああ、はい」伊納は頷くと、カチカチとキーボードを叩いて、「十月二日、土曜日の二十時五十六分に社長は会社に来たみたいです」と言って、パソコンを回転させて画面を見せてくれた。出退勤記録システムのデータだ。そこには、南洲守弘の名前と社員番号、出勤日時が記録されていた。
「では、十月二日の社長が出勤した頃からの画像を見せてください」
「分かりました」伊納はパソコンをくるりと回して、またカチカチとキーボードを叩くと、もう一度、パソコンを反転させて画面を見せてくれた。
画面には防犯カメラの映像が広がっていた。
防犯カメラは部屋、全体が見渡せる画像になっていた。今、鈴木たちが座っているミーティング・コーナーも画面の隅に見える。入口はカメラの視角から外れていて見えない。画面に映っているのは机だけだ。
画面の右上に記録されている時刻は十月二日の二十時五十分だった。土曜日の夜とあって、部屋は薄暗い。入口近くにある非常灯の灯りが部屋全体を薄く染めているだけだ。かろうじて輪郭がつかめる程度だ。
二十時五十六分、入場記録通りに、一人の人物が、画面の上部、入り口から続く通路を歩いて来る姿が映っていた。南洲守弘だ。部屋が暗くて、顔が分からない。南洲守弘は部屋を横切ると、画面から消えて行った。
通路の先には社長室がある。社長室に向かったのだ。
「社長室を撮ったものはありませんか?」と鈴木が尋ねると、「ありません」と腕組みをしながら座っている伊納が面倒臭そうに答えた。
(社長の監視なんて、できないよ)と言いたいのだろう。
社長室に入った守弘が電気を点けた。部屋が明るくなった。社長室から漏れてくる灯りで、画面の右側部分は、はっきりと見えるようになった。
二十一時十八分、職場に一人の人物が現れた。痩身の男だ。男は灯りがついている社長室を目指して、一目散に歩いて行く。一瞬だが、社長室からの灯りに照らされて、顔がはっきりと見えた。削ぎ落したように頬がこけ、顎が尖っている。
男が画面から消えた。社長室に入ったのだ。
「だ、誰です? これは――?」鈴木が尋ねると、伊納はつと席を立ち、机を回ってきて、パソコンの画面をのぞき込んだ。そして、キーボードを操作して映像を少し巻き戻すと、男の顔を確認して言った。「いや、知らない人です。うちの社員じゃありません」
「社員じゃない――⁉ 社員ではない人間が、会社に入って来ることが出来るのですか?」
「それは、中から鍵を開けてもらえば、誰でも入って来ることが出来ます」当たり前じゃないかと言いた気な顔だ。
「社長室から入口の鍵を開けることが出来るのですか?」
「できますよ。入口のインターホンは各自の机の上にある電話機に繋がっています。来客はインターホンのボタンを押させば、机の上の電話機に繋がります。机の上の電話機を操作して入口の鍵を開けることが出来るようになっています。例えば社長を訪ねたとすると、インターホンで一〇一番を押せば社長の机の上の電話機が鳴ります」
「へえ、便利ですね」と鈴木が言うと、「斎藤さんがプログラミングしましたから」と伊納は自慢気に言った。
「斎藤さん? どなたです?」
「前にうちにいたCPOです」
「CPO?」
「チーフ・プログラミング・オフィサーの略ですよ。プログラミング担当役員みたいな意味ですかね。天才プログラマーって呼ばれていました」




