第9話.将軍様のティータイム
店の方は安井に任せて、溢れた資金を朝廷に献上する。
一万貫文も渡すと、公家全体の生活レベルが上がったらしい。
俺は、朝廷から「従三位弾正少弼」の位と「所司代」の役職を拝領した。
つまり、京の都の治安を何とかしろ、という事だ。
そして、俺のあだ名は「戸島銀弾正」となった。石見銀山の収入全てを、朝廷に渡したものな……当然といえば、当然である。
店の蔵は、五つに増えた。もうじき、もう一つ増えそうな勢いである。
京の町に、大金がばら撒かれるとこちらに戻ってくる仕組みとなっている。
そのまま、店の利益になって帰ってくる訳だ。
……誠に、いい事づくめである。
一応、周辺諸国の緊急事態は、収まったと思うので待つしかない。
時間はあるし、せっかくなので将軍の名前で大茶会を開くことにした。
各国の動向も、この対応で見ることが出来る。
大名に公家から町人まで、あちこちに招待状をばら撒く。
……店の宣伝にもなるので、一級の茶器を持ち寄って、商人達もやってくる。
二度と並ばないような、豪華な茶器の数々。
将軍家からは、あの「銘馬蝗絆」まで届いた。
……隅から隅まで眺めて、冥途の土産にする奴が絶えない。
まあ、俺もじっくりと手に取って眺めたがな。
どちらかというと、白磁やら天目の方がよく手に馴染む。
大殿と一緒になって、あちこちを触り眺め、楽しんだ。
松永殿は「もうこれで思い残すことはない!」とか言い出した。
……縁起が悪いので、止めて欲しい。
そうこうしていると、次々と客人がやってくる。
俺は、将軍の名代としてあいさつに忙しい。
やがて利休の旦那が、誰かを連れてやってきた。
「婿殿、こちらが私の兄弟子の丿貫にござる」
噂に聞いた豪放磊落なエピソードを持つ、伝説の茶人である。
……ここで出会えるとは、思わなかった。
「さて、ご亭主を持て成すから、将軍様の椅子の下に穴を掘るぞい」
『……は?』
いや待て、落ち着け。そんな話、聞いたことがない。
「利休よ、風呂を沸かして着替えを準備せい。ほれ、皆で掘って穴に水や泥を溜めるのじゃ……」
「しかし、丿貫殿……流石にそれは」
だが、楽しそうに笑いながら穴を掘り続ける。
仕方が無いので、我々も手伝う。公家も商人も町人も、子供の悪戯のように穴を掘る。
「……いや、子供の時分にやった遊びのようで楽しいのう」
「ほんに、ほんに」
「ほれ、そっちも手伝ってやろう」
皆、将軍を罠にかけるという、前代未聞の遊びに興じている。
……のどかな春の木漏れ日の中、ザクザクと土を掘る音が響く。
「ははは、これはいい。まるで子供の頃に戻ったようじゃわい」
「そうですわね、懐かしいわ」
呑気な話題とは裏腹に、将軍を騙す悪行である。
……止める訳にもいかず、様子を見守る。
確かに、皆楽しそうではある。
利休の旦那が、おもむろに藁で作った敷物を用意してきた。
これまた嬉しそうだ……。
「さあさあ、これを敷きましょう。きちんと見えないように隠すのじゃぞ」
ああ、もう覚悟済みなのね。
切腹を言い渡されても、文句は言えない。
数寄者とは、こういう生き物なのである。
……俺も腹を括った。
「ほれ、つっかえ棒を用意せい! このままでは穴が大きすぎて、隠せんではないか」
「風呂も着替えも用意が出来ましてござる」
ふむ、将軍様はいずこに……。
そも、亭主役が重役出勤とはけしからん!
……参加者全員が、にやついている。
「こらこら、皆の者。顔に出ておるぞ。知らぬふりをせい!!」
あちこちから、吹き出す者も出る始末。
まあ、どう対応するかで器の大きさも図れるというもの。
……決して意趣返しではない。無いのだが、こちらを見て明らかに笑う者もいる。
そうして、将軍様が恭しく大茶会にやってきた。
一種の緊迫した雰囲気が流れる。やめて、こっちを見ないで!
「将軍様、あちらのお席にどうぞ」
俺は、顔を伏せてそう言うのが精一杯だった。
……殴り殺されても、文句は言えんなぁ。
将軍は、丿貫殿のみすぼらしい恰好を一目侮蔑して、席に向かう。
瞬間、将軍は消えた。物凄い悲鳴とともに……。
「うわっ、なんじゃこれは! 何をしておる、ぺっ……ぐむぅ」
その声が聞こえたとたん、客全員が大爆笑をした。
……おいおい、それくらいにしておかないと。
丿貫殿と利休の旦那は、満足そうに笑っている。
さては、利休殿。過去にやられましたな。
それはさておき、いい加減に助けないと、な。
「将軍様、こちらの綱をお掴みください!!」
……きっちり、結び目のついた綱まで用意済みとは。
うむ、良い仕事ぞ!
皆で綱を引っ張り、泥だらけの将軍を引き上げた。
「こ……このような物を誰が作った!! 正直に、申し出ろ!」
すっと、皆で手を上げる。
武士も町人も商人も公家も男女問わず、老いも若きも……。
全員が手を上げているのを見て、絶句する将軍。
「さあさ、こちらに風呂と着替えを用意しております。泥を落としましょう」
そそくさと、利休の旦那に連れられて呆然としたまま従う将軍。
……大爆笑する客人たち。
そりゃもう、大騒ぎである。
いやー、どうすっかねぇ?
それから、真っ白な衣装に着替え、髷を結い直した将軍様は警戒しながら、俺の方に向かって来る……。
丿貫殿が、手招きするのでそちらに移動する。
「将軍様、喉が渇いておりましょう。お茶をどうぞ」
質素な器に並々と茶を注ぎ、そっと手渡す。
……黙って飲む将軍様。
「……美味い。美味いな」
丿貫殿は、満足そうに頷いた。
「儂がやらせましたわい。皆、良く協力してくれました。驚いたでしょう?」
……沈黙ののち、器を投げ捨てる将軍様。
「手打ちにしてくれる!」
「だまらっしゃい!! 亭主役とは、真心を持って客人をもてなすもの。見て下され、皆の顔を!!」
丿貫殿の言葉に、一人……また一人と拍手を始める。
瞬く間に俺を含めて、全員が拍手喝采を送った。
……確かに、乱暴ではあるが楽しかった。子供の様に自由に触れ合った。
それだけは間違いない。
良い茶席であったと、皆が証明してくれる。
「将軍様、侘茶というのは心でもてなすのです。姿形ではありません。客人を喜ばせる事こそ、本質なのです」
利休の旦那は、花が咲いたような笑顔でそう言い切った。
これが数寄者というものだ。
何にも捕らわれず、ただ面白い事を探して夢中になる。
それを聞いた将軍様は、顔を真っ赤にしたまま帰って行った。
……なるほど。俺の将軍に対するわだかまりは、柔らかくほぐされた。
あそこで無礼打ちをする事も出来た……その怒りを収めて帰る。
「なかなか出来る事ではありませんな」
これが、丿貫殿の侘茶というものか。
……俺を含め、全員飲まれてしまった様だ。
一心不乱のコメディ回です。序盤の山、とも言う。
……利休殿がやられたのは、どうやら史実のようです。
丿貫のエピソードは、どれも楽しそうな子供の様なお話ばかりです。
そして、超絶マイナー武将? である。知っている奴がどれだけいるのやら……。
詳しくは分かりませんが、数寄者による、ちょっと楽しいお遊び。
さっぱりと着替えて、茶を振舞る。
それもまた、侘び寂びのおもてなしなのである。
元々、太閤立志伝Ⅴの有志の方が造ったイベントから流用してある。
オマージュではあるのだが、将軍を落とすという発想は無かったwww
これのお陰で、将軍家からの禅譲が民衆に広く伝わった……と思う。
愉快な将軍様が、穴っぽこに落ちて京から逃げ出して~♪ などと言う童の数え歌や噂話が流れる筈だからね。
室町幕府の権威……何それ? 状態である。
三好家が天下を取ったという、明確なエピソードになるだろう。
……にしても剣豪将軍というあだ名が悪いのか?
信長の野望新生では、オリジナルの戦法まで使える優遇なのに……最近の研究では、その剣術も権威付けじゃね?
そう言う話も上がっているのだ。間違っても、印可なんて貰ってないでしょ。
人騒がせな事をして、信長が躍進する原因を作った奴、という作者の評価なのでした。
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最近の動画も良いよね。たぶん「信長の野望 新生PK」で一番有名だけど。
たまにはそう言うのも良いかなって……やっていない人への宣伝だし。
【信長の野望・新生PK】関ケ原の戦い・もし真田昌幸が西軍敗北後に九度山行きを拒み、上田城に居座ったら・・・【ゆっくり実況プレイ】
「https://www.youtube.com/watch?v=Y264NbsTKiQ&list=PL_ot0rB6M75d_0w8TqWI9OCWK8o294TKo」
もう、詰将棋のような流れと、何故か凄い勢いで奇跡が重なる信勝君がおすすめ!!