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第6話.辻商売と、情報収集の手筈について

 武士として仕官はしたが、辻での噂話が気になるので、時々街に出る。


 京の通りは、いつもの賑わいで人が溢れかえっている。


 旅人に……坊さんが托鉢をしていたり、女房が油や食材を買う事もある。


 決まった日にある市とは違い、近隣の畑や森から取って来た食材を並べて売っている。


 俺の変装は、決まって『油売り』なのだ……今日は伊都も付いて来ている。


 甲賀で雇った情報人との、情報交換を済ませる為だ。


 一月百貫文で雇ったは良いが、誰が誰やら、さっぱりわからん。


 時々、こうして油売りに扮した俺に手渡しで丸めた書簡をくれるのみ。


 ……内容については、文句のつけようがない。ま、多少面倒ではあるが。


 金が無い訳では無いが、甲賀衆の信用が足りん。


 専門の人を付けてもらうまでの辛抱だ……。


 

 ともあれ、『油売り』としての口上なら誰にも負けない。


 ……昔取った杵柄とは、よく言ったものだ。


 まあ、女を口説いて、面倒事を起こされる事になる場合もある。


 若かったから、仕方が無い……浮気はしないって!! 黙って睨むの、やめて!


 油を壺に移すのも、時間が掛かる……その間に、噂話を聞いたり話したり。


 自分が忍者でない……そう言い切る自信はない。


 この前に出会ったくのいちが、唖然としていたからな……。


 どうやら、知らずに口説いていたらしい。


 身なりと口調から、忍びと思われたそうだ……知らんけど。


 ともあれ、前口上から始めよう。


「取り出したるは、一文銭! この穴の真ん中に油を通して見せましょう! もしも、こいつに油が付いたら、ただで構わんよ……さあ、掛け金は明銭(みんせん)で四文。鐚線(びたせん)なら16文だ。さあ、買った買った!!」


 ざわざわと、遠巻きに見ている通行人。京の町は、日替わりなので常連を作りにくい。


 こうやって、軽い博打で女房たちを引き付けるのだ。


 ひょいとご老人がやって来て、壺と4文を置いていく。


 どいつもこいつも博打が好きだねぇ……。


「さあさあ、よく見てくれなまし……たらーり、たらりと落として見せましょうぞ!!」



 とは言っても、今まで無料にした事は無いし……その辺は相手も分かっている。


「うむ、綺麗な美人であたしゃ嬉しや、手が滑る。うひひひ……」そんな感じで軽く褒めるのがコツだ。


 あまりに熱心にやると、隣の旦那に怒られるからな。


 一度、喧嘩に負けてえらい目に合った。


 ……それ以来、妙齢の女性を限定での口上にしている。


「あ、さて。暇を持て余したあたしに、ちょいと噂の一つも教えてくんなまし……」


 油一つ売るのも、半刻は掛かる。あちこちで、面白おかしい噂話が飛び交う。


 こいつが俺の十八番の情報収集なのだ……西から東まで、産物を売り歩いて稼ぐ、その日暮らしの根無し草。


 何処へ行っても、噂話が嫌いな人はいない。


 げらげら笑いながら、庶民の生の声を聞けるのは、商人として有難い。


 なんせ、ただの油売りなのだ……お上への不満や文句もポンポン飛び交う。


 そう言った新鮮な情報程、商売人が嬉しい物も無い。


 皆が欲しがるものを安く仕入れて、大量に売る……。


 苦労せずに、銭が儲かり客は喜ぶ。


 なるほど「手前良し、相手良し、世間良しで三方良し」とはよく言ったものだ。


 物流ほど、大事なものはあまりない……右から左へ運ぶ手間と、仕入れさえ何とかなれば幾らでも儲かる。


 ……うむ、これぞ商人の醍醐味!!



 そんな訳で武士にはなったものの、「儲かりまっか?」と「まいど、おおきに」が口癖になっている。


 幸い、三好家ではこういう奴が重宝される……殿も大殿も商売人だ。


 銭の話が好きで、権威や武力に負けないように、頭を下げて商売をする。


 ……兄弟で、それぞれ武勇と商売を分担したら、こうなったそうだ。


 それはともかく、あちこちの武家相手の商売もある。


 武士なら面子が立たないが、商売人なら話は別だ。


 喧嘩相手の仲裁や、銭で解決する問題など、山ほどあるのだから。


 そういう訳で、この末世を機嫌よく生きるには、銭と信用が第一。


 どこかで誰かが必要とするものを用意して、商いで解決する。


 それが、この世で生きる道なのだ。


 ……まあ、武家の娘だった伊都には、ちょっと刺激が強いかもしれない。


 こういうもんなんだよ、世間って……。


 旦那の仕事を見せるのは、決まって恥ずかしいものだ。


 とはいえ、忍者からの情報提供の方法としては有難いらしくて、ちょっと値引きしてくれた……。


 こちとら、根っからの商売人だ。


 金はいくらあっても良い。そして、支払いは少ないほどいい……。

 

 蔵が埋まる位、金があっても心配で、けちけちする事になる。そう言うものだ。



 ともあれ、三人目の客が手渡しで紙くずを渡してきた。


 ……なるほど、この前のくのいちの人だ。会うのは二回目だけど。


 あいも変わらず、びっくりしているなぁ……そんなに油売りの侍が珍しいかねぇ?


 まあ、これで目的も達成できたし、もう二~三人相手をしたら、帰るとしよう。


 うん、商売人の性でね……目の前の客を逃がすのって、嫌じゃない?

太閤立志伝Ⅴとかで、よくやる交易の奴ですね。


多分、こんな感じ。三方良しの言い方は、わざとです。


売り買いって、自分と相手のものだから。


人を集めて、情報を聞いて安い所で買ったら、足りない所でそれなりの価格で売る。


無茶な価格だと、信用されない。


逆に安く手広く売ろうとしても、品物を信用して貰えない。


そう言う物です、適正価格って。


だから「三方良し」という考えになる。「三方良し⇒三好」という訳ですよ。


……良い考え方じゃないですかね。権威や面子も関係ない。


とにかく銭を扱えれば、一人前!!


三好長慶だって、10歳の頃には稼いでいたと思いますよ。


だって、堺の出身で武士になろうと思う筈が無い。


必要ならば、頭を下げて愛想笑いもしますって。


それが商売人……武士では出来ない仕事です。


明治維新のあった頃、武士が廃業になって商売を始めた人もいるそうです。


でも、基本的に面子と権威で生きていた人間です。


普通は、頭を下げられません。


武士から商人、商人から武士。どちらでも構わないですが、そういう奴は大成する。


皆から重宝される事になります。


銭と信用ってのは、シンプルな力なんですから。

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