いつもゲーセンで一緒に遊んでいるガサツなおねえさんが、俺が入学した高校ではアイドル的な存在だった
「こんにちは、四方子さん」
「よお晴臣! 隣座れよ。一緒にやろうぜ」
「うん」
商店街の一角にある、老舗の小さなゲームセンター。
その中のメダルゲームコーナーに行くと、今日もそこに四方子さんはいた。
毎週日曜日の午後は必ずと言っていいほど四方子さんはここにいるので、常連同士の俺たちは今ではすっかり顔馴染みになっている。
とはいえ、四方子さんは今日もキャップにサングラスにマスクといういつものスタイルなので、素顔を見たことは一度もないのだが……。
「もう少しでオーブが落ちそうなんだよ! 晴臣も手伝ってくれ!」
「了解」
メダルを投入してオーブと呼ばれているゴムボールを押し出し、穴に落とすとジャックポットの抽選が始まる。
実写映画さながらの超美麗画像のゲームが家庭でも楽しめるようになった昨今だが、このメダルゲームのアナログ感はゲーセンでしか味わえない。
俺の入れたメダルがちょうど隙間に収まり、それがオーブを落として派手な音楽と共に抽選が始まった。
「オオ! よくやったぞ晴臣! これ当たったら、コーラ奢ってやるからな!」
「ふふ、約束だよ」
オーブがルーレットゾーンに投入され、グルグル回りながらどこに収まろうか品定めしている。
12個ある穴のうち、ジャックポットは1つだけ。
そこに見事入れば、今なら約2000枚のメダルが貰えることになる。
「イケ! 入れ! 入れえええッ!!!」
手をブンブン振りながら絶叫している四方子さんは、競馬場で馬券を握りしめているオッサンを彷彿とさせた。
ふふ、今日も四方子さんは可愛いな。
大分勿体振った後、満を持してオーブが落ちた穴は――ジャックポットだった。
「うおおおおおお!!!! ヨッシャアアアアアアア!!!! よくやったぞ晴臣いいいいい!!!!」
「っ!?」
四方子さんにギュッと抱きつかれた。
おぉふ……、凄くイイ匂いがする……。
それにいろんなところが柔らかい……。
普段はガサツでオッサン臭いところがある四方子さんだけど、こういう瞬間は、やはり女性なんだと意識してしまう――。
「ホレ、ご褒美だ」
「サンキュー」
約束通りコーラを奢ってくれた四方子さん。
もちろん自分の分も買っている。
四方子さんはコーラが大好物なのだ。
マスクをずらしてプシュッと栓を開け、四方子さんはゴクゴクと喉を鳴らし、それはそれは美味しそうにコーラを飲んだ。
「プハァッ!! この一杯のために生きてるな、チクショウッ!」
「あはは、四方子さん、居酒屋のサラリーマンみたいだよ」
「うるせーな。こんなに美味いもん飲んだら、そりゃサラリーマンにもなるっての。アタシの将来の夢は、公園の蛇口を捻ったらコーラが出てくるような世の中にすることだ」
「スケールが大きいのか小さいのかよくわからない夢だね」
コーラで手を洗ったら逆にベトベトになりそうだし。
「まあさ、せっかく人間としてこの世に生まれてきたんだからよ。毎日楽しく生きたいじゃんか。そうだろ?」
「……!」
ニカッと太陽みたいに笑う四方子さん。
「……うん、そうだね」
「よっしゃー! もっともっとジャンジャンメダル増やすぜぇ!」
毎日楽しく生きたい……か。
俺が今楽しいのは、隣に四方子さんがいるからだ。
特にこれといった刺激のなかった無色透明な俺の人生が、四方子さんと出逢ったことで鮮やかに色づいた。
今では日曜日が待ち遠しくて堪らない。
――多分俺は、四方子さんが好きなんだと思う。
素顔を見たこともない人を好きになるなんておかしいと言う人もいるかもしれないが、世の中にはオンラインゲームの中で出逢った人とゲーム内で結婚する人だっているんだ。
その人の心に惹かれたなら、容姿なんてただのアバターに過ぎないのかもしれない。
「ん? どうした晴臣? アタシの顔に何か付いてるか?」
「い、いや!? 何でもないよ」
そもそも顔は見えてないし。
「へへ、そっか。ホレ、晴臣もガンガンメダル入れろよ!」
「うん」
こうしてこの日も俺たちは、日が暮れるまでメダルゲームに興じた――。
「あーあ、あんなにあったのによぉ」
「はは」
一時期はカップに山盛り三杯もあったメダルは、すっかり空になっていた。
ちょっと寂しいけど、夏の思い出の花火みたいなもので、儚く散るからこそ美しいのかもしれないなんて感傷に浸ってしまうのも、俺が恋の病に頭をやられているからだろう。
「……でも、いよいよ明日から晴臣もアタシの後輩になるんだな」
「……うん、そうだね」
四方子さんはへへっと楽しそうにはにかんだ(マスク越しだからそんな気がしただけだが)。
――そう、明日から俺は高校生になるのだが、何の運命の悪戯か、四方子さんは俺の入学する高校の一個上の先輩だったのだ。
これからは学校でも四方子さんと会えるかもしれないと思うと、ついにやけそうになるのを抑えられない。
遂に四方子さんの素顔が見られるかもしれないしな。
「晴臣がうちの学校に来たら、アタシがいろいろうちのこと教えてやるからな!」
「はは、よろしくね、四方子先輩」
「くうう、四方子先輩か! 悪くねえ響きだぜ!」
ふふ、四方子さんは本当に可愛いなあ。
――そして迎えた入学式当日。
入学式自体はつつがなく終わり、各クラスで簡単に自己紹介をしたところで、今日は解散になった。
同じクラスに中学の知り合いは誰もいなかったため、現状は若干ボッチ感が否めないが、まあまだ初日だし、こんなものだろう。
そういえば四方子さんは何組なのかななんてことを考えながら、校舎を出ると――。
「ん?」
出てすぐのところで、黒山の人だかりが出来ていた。
何だ何だ!?
よく見れば、それは一人の女性をドーナツ状に大勢の男女が取り囲んでいる様子だった。
みんな思い思いに「綺麗~」だとか「女神だ……」とか呟きながら、恍惚とした表情を浮かべている。
まるでちょっとした宗教画みたいな光景だ。
だが、中心にいる女性の顔を見て、腑に落ちた。
――その顔が、まさに宗教画の女神様並みに美しかったからだ。
サラサラの長い黒髪に、吸い込まれそうなほど輝く大きな瞳。
神が生み出したとしか思えない芸術品が、そこには存在していた。
そりゃみんな恍惚とした表情になるわな……。
「あっ! オォイ晴臣! やっと見付けた、探したぜ!」
「「「――!?」」」
その時だった。
女神様が俺と目が合うなり、そう叫んだのだ。
こ、この声は――!?
「アッハッハ、なかなかブレザーも似合うじゃねーか、晴臣!」
「……四方子さん」
それは他でもない、四方子さんその人だったのである。
四方子さんはいつもみたいにドカドカとガサツに歩いて来て、俺の肩をバシバシ叩いた。
嘘おおおおおおおおおん!?!?!?
「ほ、本当に四方子さんなの……?」
「オイオイつれねーな晴臣! このアタシの顔を忘れちまったのか? あっ、晴臣に素顔を見せたことはなかったっけ? こりゃ失敬失敬!」
「……」
四方子さんはガハハと豪快に笑った。
うん、この感じ、間違いなく四方子さんだ。
……それにしても、まさか四方子さんの素顔がこんな超絶美女だったとは。
いつもとのギャップに、脳がバグりそうだ……。
「アタシはこれから部活だからさ、また明日ゆっくり話そうぜ! 晴臣は何組だ?」
「い、一組だけど……」
「了解! じゃ、また明日なー!」
「う、うん」
ブンブン手を振りながら、四方子さんは嵐のように去って行った。
狐につままれたようというのは、まさにこういうシチュエーションを言うのだろう。
「――!」
その時だった。
四方子さんを取り囲んでいた無数の男女が、今度は俺に対して粘度のある瞳を向けていたのにやっと気付いた。
そ、そりゃあんな超絶美女に俺みたいな超絶モブが気安く話し掛けられてたら、そんな顔にもなるわな……。
「オイ、テメェ」
「っ!」
その中の一人の、鼻ピアスをつけたいかにもヤンキー風の男に、声を掛けられた。
ネクタイの色的に四方子さんと同じ二年生らしい。
「な、何でしょうか……」
「テメェ、綿貫とどういう関係なんだよ、アァン?」
「どうって……、ただの知り合いですけど……」
所謂メダルフレンドってやつです(メダルフレンド?)。
「ただの知り合いの割には随分親し気だったじゃねえか、アァン!? 綿貫は滅多に下の名前で呼ばせるの許さねえんだぞ、アァン!?」
「そ、そうなんですか……」
いちいち語尾に「アァン」ってつけなきゃ喋れないのかこの人……。
俺はゲーセンで初めて会った時から、「四方子って呼んでくれよ!」って言われたけどな。
「いいか、綿貫はうちの学校のアイドルなんだ。お前みてぇなド底辺の陰キャが話し掛けていい存在じゃねーんだよ! わかったか、アァン?」
「――!」
その理屈だと、四方子さんにとってあんたは、ド底辺の陰キャ以下の存在ってことになるけどいいの?
四方子さんが下の名前で呼ぶのを許してないってことは、つまりそういうことなんでしょ?
そんなこと言ったらブン殴られそうだから、ここは沈黙を貫くが。
「……チッ、あんまチョーシ乗んなよ、アァン」
「……」
鼻ピアスはポケットに手を突っ込んで、肩で風を切りながら去って行った。
今時あんな昭和のヤンキーみたいなやつ、まだいたんだな……。
「よお晴臣! 一緒にメシ食おうぜー」
「「「――!!」」」
そして翌日の昼休み。
クラスのドアをスパーンと豪快に開けながら、四方子さんがドカドカと教室に入って来た。
四方子さんんんんん!?!?
「ここじゃあれだからよー、外で食おうぜ」
「う、うん」
突如現れた超絶美女の存在に、クラスがざわつく。
俺はクラスメイトたちの視線に耐えながら、四方子さんと教室を後にした。
「おっ、晴臣の玉子焼き美味そうだな! 一個もーらい」
「あっ」
裏庭のベンチで弁当の蓋を開けた途端、四方子さんに玉子焼きを一つ奪われた。
あわわわわ。
「んー! 美味えー! 晴臣の母ちゃん料理上手なんだな!」
「そ、そうかな?」
いつも食べ慣れてるから、自分じゃよくわからないけど。
「でも、アタシも料理は結構自信あるんだぜ! ホラ、このミートボール食ってみろよ!」
「――!」
四方子さんが箸でミートボールを刺して、それを俺の口元に近付けてきた。
これもしかして、四方子さんの手作り!?
「ホレホレ、アタシのミートボールが食えねえってのか、オウ?」
「……い、いただきます」
くっ、ここで動揺したら負けだ。
俺は必死に平静を装いながら、ミートボールを一思いに食べた。
「へへ、どうだ、美味いだろ?」
「う、うん。美味しいよ」
「そうかそうか。へっへっへ」
ヒマワリみたいな笑顔を浮かべる四方子さん。
確かにミートボールは美味しかったが、それ以上に好きな人が手作りしたものを食べられたという多幸感で、俺の胸はいっぱいだった……。
「――!」
その時だった。
凍てつくほどの殺気を感じたので視線を向けると、茂みの中から無数の男女が怨嗟の籠った瞳をこちらに向けていた。
その中には昨日の鼻ピアスも交じっている。
あ、あれは――!
「あの、四方子さん……」
「ん? ああ、あいつらか。あれは電柱に止まってるスズメみてーなもんで、特に害はねーから気にすんな。そのうち晴臣も慣れるさ」
「そ、そうなの?」
つまり四方子さんは、毎日あんな人たちの視線に晒されながら学校生活を送ってるってことか……。
――四方子さんがいつもゲーセンで素顔を隠していた理由が、やっとわかった。
四方子さんにとっては、ゲーセンだけが周りの目を気にせず好きなことに没頭できる場所だったんだ。
美人すぎるっていうのも、それはそれで大変なんだな……。
「なあ晴臣! よかったら明日からアタシが、晴臣の分も弁当作ってきてやろーか?」
「えっ!? そ、そんな、悪いよ……」
「まあまあ遠慮すんなって! アタシに任せとけよ!」
「っ!」
俺の肩をガシッと抱いてくる四方子さん。
あわわわわ……!
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「へへ、素直でよろしい!」
この瞬間、ギャラリーからの殺気が一段階増したような気がしたのだが、気のせいだと思いたい……。
「オイテメェ、ちょっと面貸せや、アァン?」
「――!」
その日の放課後。
校舎を出たところで鼻ピアスに捕まり、半ば無理矢理校舎裏に連れて行かれた。
いや、全然無害じゃないじゃん、四方子さあああああん!?!?
「昨日オレ、あんまチョーシ乗んなって言ったよな、アァン?」
「ぐっ!?」
胸倉を掴まれ、壁に押し付けられながら威嚇される。
く、苦しい……!
「いいか、もう二度と綿貫には近付くなよ。じゃなきゃテメェの顔を、原形がなくなるまでボッコボコに潰すかんな、アァン?」
拳をグリグリと頬に当てられる。
……クソッ。
「な、なあ、あんた、四方子さんが好きなものって、知ってるか?」
「アァン? ……あー、そりゃあれだ、い、生け花……とか?」
「……」
この瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。
「……メダルゲームとコーラだよ」
「はぁ? フザけたこと言ってんじゃねーぞ、アァン? あの綿貫が、そんなガキクセェもん好きなワケねーだろーが、アァン!」
こいつ……!
「――あんたみたいな人がいるから、四方子さんは素顔でゲーセンすら行けないんだろーがッ!!」
「なっ!!?」
ひ弱な俺が突然キレたのが余程衝撃だったのか、鼻ピアスは胸倉を掴んでいた手を緩めた。
「そうやって自分の理想ばっか四方子さんに押し付けてッ! 四方子さんは着せ替え人形じゃねーんだよッ! 一人の人間なんだよッ!! あんたみたいな外見しか見てないやつに、俺と四方子さんのことをとやかく言われる筋合いはねえッッ!!!」
「……ウ、ウルセエエエエ!!!」
「がっ!?」
思い切り左頬を殴られた。
口の中に鉄の味が広がる。
クソッ……!
「殴りたきゃ好きなだけ殴れよッ! どれだけ殴られても、俺は絶対に四方子さんのことは諦めねーからなッ!」
「クッ! チョーシ乗んなよクソガアアアアア!!!!」
鼻ピアスが拳を振りかぶる。
――四方子さん。
「――アタシの晴臣になにしやがんだテメエエエエエエッッッ!!!!!!」
「ぶべら!?!?」
「っ!?!?」
その時だった。
どこからともなくやって来た四方子さんの放ったドロップキックが鼻ピアスの顔面に直撃し、鼻ピアスは10メートルくらい吹っ飛んで壁に激突した。
えーーー!?!?!?
「晴臣ッ!! ああもうッ!! 可愛い晴臣の顔がこんなに腫れてッ!! あの野郎、ブッ殺してやるッッ!!!」
「いや!? 俺は大丈夫だから、落ち着いて四方子さんッ!」
「は、晴臣……!」
慌てて四方子さんの腕を掴む。
これ以上やったら、マジで四方子さんが殺人犯になってしまうかもしれない。
「助けてくれてありがとう四方子さん。……情けないよね俺、男なのに」
「そ、そんなことねーよッ! さっきの晴臣、滅茶苦茶カッコよかったぜッ!」
「……!」
四方子さんにガッと両肩を掴まれる。
四方子さんの銀河を散りばめたみたいなキラキラした瞳が、真正面から俺を見つめている。
嗚呼、サングラスとマスクの四方子さんもあれはあれで可愛かったけど、素顔を知ったらもっと好きになったなぁ。
「……四方子さん」
「っ! ん、ああ……」
今から俺が言おうとしていることを察したのか、途端にしおらしくなってモジモジし出した四方子さん。
ふふ、四方子さんもこういうとこあるんだな。
「――俺は、四方子さんが好きです」
「――! 晴臣……」
四方子さんの大きな瞳が、水の膜で潤む。
「だから俺と――付き合ってください」
「う……うぐ……、晴臣いいいいいッッ!!!」
「っ!?!?」
四方子さんにギュウと思い切り抱きしめられた。
ふおおおおおおおお!?!?
何だか途轍もなく柔らかいものが当たっているうううううう!!!!
「ア、アタシも……、晴臣が好きだよおおおおおおおお!!!」
「――!!」
四方子さん……。
ああ、よかった……。
俺と四方子さんの想いは、同じだったんだね――。
俺たちは互いの気持ちを確かめ合うかのように、無言で抱き合った。
「きゅ……救急車を……、呼んで……くれ……」
「「っ!」」
鼻ピアスが全身を痙攣させながら、震え声で助けを求めてきた。
「うるせぇバーカ! 呼びたきゃ自分で呼びやがれ!」
うん、まあこれは自業自得だし、俺も同意見かな。
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