第三十七話 呼び出し
「ティア、どこにいるの?」
話が一段落したころに、殿下の声が廊下の方からした。急に走り去ってしまったから探しに来てくれたのかもしれない、少し申し訳なさを感じつつ扉を開ける。
「あ、ティア! ……、ティア、目が赤いね」
こちらに気付いて、殿下が近づいた後にじっと目をのぞき込みながら言ってくる。しまった、さっきまで泣いていたからか。いったいどう返そうかと悩んでいる間に、殿下がヒロインの方に向かってしまう。
「ええと、たしかミレーユ嬢ですね、君はティアと一緒にいたわけですが、どうしてティアが泣いているのか話せますか?」
「魂が共鳴した結果です、殿下」
何その雑な返答!? 殿下も、予想外過ぎてかたまっちゃてるじゃん! え、私この返答に合わせなくちゃいけないの!? 頼むからもう少し合わせやすくしてよ。
「あ、あの、殿下、ミレーユに何かされたわけではなくて、本当に。こう、魂の共鳴により、呪の力が少し暴れてそれを、二人で協力して押さえつけるのに体に負荷がかかり、思わず涙がこぼれたのを介抱していただいていたのです」
無茶ぶりした本人が、肩を震わせながら笑いをこらえるんじゃない! もう少し抑えなさい。
「……、とりあえず、もう少しティアから話を聞かないといけないね。ミレーユ嬢を問い詰めた形になってしまい申し訳ありません」
「滅相もございません。それでは、私は失礼します」
ミレーユ、このカオスな状況のまま逃げやがったな、あいつ、明日とっちめてやる。殿下がミレーユが出て行ったのを確認した後に、にこやかなままこちらに振り返ってきた。
「で、本当はなにがあったわけ?」
そりゃ騙されませんよねー! 騙されたらびっくりだよ、殿下の笑顔の圧に顔をひきつらせつつ、なんとなく後ずさりをしてしまったら、その分距離を詰められてしまった。
「放課後、少しでもティアと一緒にいたいと思って誘っている最中で置いてけぼりにされて、ようやく見つけた私に、何があったのかも教えてくれないのかい?」
罪悪感をゆすぶらないで、ぐっ、心が、心が痛いよ。
「……、とても、本当に久しぶりに会った友人だったのです。もう二度と会えないとまで思っていた。会えたことがうれしくて泣いていたのです」
「どこで出会ったのか、すごく気になるところだけどね、優華」
「うっ、それは……」
なんて答えようか悩んでいるとさらに殿下は笑顔を凄めてきた。
「ところで、どうして優華って呼ばれていたのかな。私が優華と呼んでも違和感なさそうにしていたし。ねぇ、ティア」
しまった、ミレーユと話したことで意識が前世になってしまっていた、こんなのにひっかかるなんて。どう言い訳すればと冷や汗をかいていると、ぐっと目を離せないように壁際に追い詰められてしまった。こんなときこそ、中二病設定を生かすしかない。
「その、ミレーユは前世からの友人でその時に優華と呼ばれていていましたの。なので違和感もなくて」
嘘は何一つついていない、冷静に聞いたらただの中二病だけれど、普段から中二病発言をしているから何も問題ないはず。
「すごく色々聞きたいところだけど、とても答えづらそうだね?」
ここは物語の世界で、自分たちは登場人物です、なんて急に言われて私はあまりいい気分にはならない、なんとなく作り物だと言われているような気がして。殿下がそう思うかまでは分からないけれど、ずっと殿下と接してきた身としては言いづらいし、私もそんなことを言いたくはない。少しの間黙っていると、殿下は諦めたようにため息を吐いて普段の様子に戻った。
「もういいよ、言いたくないなら。答えれる範囲で答えてくれた気もするしね。ティア、校門まで一緒に行こう?」
当たり前のように手を掴まれて先導される。だんだん手を急につかまれることにも慣れてきてしまった、なんて思いながら、手を引かれるままついていく。校門ではフラメウが待ってくれていた。けれど、どことなくフラメウの表情が暗い気がする。
「殿下、ではまた明日学校で」
挨拶をした後、迎えの馬車に乗り込み、殿下の姿が見えなくなるとフラメウが口を開いた。
「その、お嬢様、屋敷に戻ったら至急部屋に来るようにと」
誰の、なんて言わなくてもわかる。この数年もたまに呼び出しては虐待が繰り返されている。最近はまた頻度が上がってきた気がする。美香に会えて幸せだった気持ちがしゅっとしぼんでいくのを感じた。
「わかった」
ずっと屋敷につかなければいい、そんなことを思いながら外を眺めたけど外の景色はだんだんと、屋敷に近づいていることを教えてくる。
「お母様の部屋だもの、供はいらないわ」
供を連れて行っても母の命令で、余計な人間は除外されてしまうし、最初から連れて行かないほうがいい。心配そうなフラメウの顔を見るのもつらくて、フラメウと顔をあわせないようにしながら一人で母親の部屋に向かう。
「お母様、ただ今戻りました。何の御用でしょう」
中に入り、母の様子を見ると、どことなく愉快そうな表情をしていた。機嫌が悪いから読んだわけじゃないのかと思いながら、じっと様子を窺う。
「あなたはまだ、殿下の婚約者候補で正式な決定ではない。だから、少し面倒だけれど撤回することは不可能ではないわ。殿下との婚約を辞退しなさい」
予想していない言葉が飛んできて、思わず頭が真っ白になる。でもこの婚約はもう、ほぼ決まっているものだといっても差し支えはないし、なにより家の地位が向上するこの婚約に父は喜んでいるうえに、全く帰ってこなかった父親が帰る頻度が上がり母も喜んでいたのではなかったのか。急にそんなことをいう意図が分からずに返事できずに口を噤んでしまう。
「ティア、私は婚約を辞退しなさいと言ったのよ、返事は?」
低くなった母の声にビクッと体が震える。返事をしないと、と口を開いた。
「嫌です」
怖くて、承諾してしまいたかった。でも、頭に浮かんだのは殿下の笑顔で口をついて出たのは明確な拒否だった。母の表情がガラッと変わるのが見えた、反射的に扉の方に走るが、控えていたキャシーに押さえつけられる。
「よくやったわキャシー。どうやら、教育が足りてなかったみたいね」
スッと、ナイフが取り出された、初めて呪いをかけられた日の痛みがフラッシュバックして半ばパニックになり拘束を解こうと暴れたら、頬の横にナイフを勢いよく突き立てられる。
「大人しくしなさい」
頷く以外できるわけもなく、ナイフを見るのも嫌で固く目を閉じた。




