第三十五話 ゲームスタート
「お嬢様、いよいよですね」
フラメウが服装に乱れがないか、確認をしながら言う。そう、いよいよこの日がやってきた。学園入学、乙女ゲームの開始地点。電波系になって殿下にドン引きしてもらう作戦はあえなく失敗。最有力の婚約者候補、というよりも殿下が私の気持ちをまってくれているだけで、ほぼほぼ内定という形になっている。
「聖女も、やってくるのよね」
ここ最近の王都は騒がしい。今年が私や殿下の入学の年であること、そして聖なる力に目覚めた聖女が誕生し、同じ年に学園に入学すること、噂には事欠かないようだ。
「はい、噂でもちきりですよ。お嬢様はやけに聖女を気になさいますね?」
ゲーム上では魔王が復活する。それをどうにかするためには、聖女が目覚めないほうが大事件だと言える。それでも、やっぱり頭が痛い。ヒロインと出会って、殿下はどんな反応をするのか。
「まぁ、いろいろあるのよ」
言葉を濁しながら馬車に乗り込み、学園につくまでに乙女ゲームと現在の情報を頭の中でまとめる。
学園入学後、起きる可能性がある危険なイベントは三つ。魔王の復活、これはどのルートでも起きていた、何がきっかけか、どうすればよいか情報がないからおそらく回避不可能な確定事項。もう一つは、王弟派勝利のバッドエンディング、今の王様と王弟が仲が悪いようには見えないし、そもそもバッドエンディングなので必ず起きることではない、なにより攻略情報のみでしか知らない、未知数のイベント。
最後は、私の断罪イベント、わかっててヒロインをいじめるつもりはない、学園でも電波を押し通して裏でいじめができる人物ではないと周りに思ってもらう作戦も実行するつもりだ、おそらく一番回避の成功率の高いイベントである。
「お嬢様、着きましたよ」
学園の中に使用人や護衛が入れず、子供が身分に関係なく学び、コミュニティを築いてくことが求められている。そのかわり、学園の周りには多数の見回りの兵士がいて、中にいる生徒が外部から暗殺されないようにしている。思えば、こっちの世界に来てからは、良い悪いにはせよ、必ず使用人が側にいたわけで。そんなことを思いながら馬車を降りてフラメウの方を振り返ると、そっと背中を押された。
「放課後にまた、お迎えに上がります。いってらっしゃいませ、お嬢様」
やわらかい笑顔に少しだけ勇気づけられて、学園の中へと踏み込む。
「アウローラ様も今学園におつきになられましたのね。良ければ一緒に教室に向かいませんこと?」
少し歩くと、先についていたニュアがこちらを振り返った、どことなく緊張して落ち着かなさそうな雰囲気をしている。特に断る理由はないので一緒に行く。
「なんだか、騒がしいわね」
ニュアの言葉の通り前方に人だかりができている。これはヒロインと殿下の出会いイベントではないだろうか。他の令嬢の帽子が風で飛び木にひっかかってしまい、ヒロインがとってあげようと木に登る。帽子が取れたというのも束の間、ヒロインは木から落ちるのだ。それを咄嗟に受け止めるのが殿下になるわけである。
そのシーンを見た、悪役令嬢はちなみに、その後ヒロインを責め立てるがしっかりと殿下がヒロインを庇い、悪役令嬢はその場に置いていかれる。
さて、風の魔法で帽子を落とせば簡単にとれるのだけど、聖女ではあるけど平民だったヒロインは、魔法の扱いを熟知しておらずまだ聖なる魔法以外を使えない。同じく、私みたいに様々な属性の魔法をしっかりと使える令嬢子息も少ない。今回帽子が飛ばされた時に、たまたま風の魔法が得意な人がいなかったのだろう。
ヒロインはすでに結構高い所まで登っている、私が今風の魔法を使ってしまうと、木が揺れてヒロインが危ないだろう。下手をすると平民であるヒロインを差別して、木から落とそうとしたなんてあらぬ誤解を生みそうだ。
……、ヒロインの手が帽子に届いたのを見て、落下しても大丈夫なように杖をこっそり握っては見たのだけど、ヒロイン、なんだかものすごくスタイリッシュに飛び降りたのだけれど!?
「すごく綺麗な着地だったわね」
ニュアも少しぎょっとしながら見ている様子だ。え、まさかの出会いイベント、こんな形で潰れることあるの!?
「あ、ティア!おはよう、先についていたんだね。なんだか人だかりになっているね?」
そしてまさかのヒーロー、出会いイベントを通り越してからの登場。思わずヒロインの方をちらりとみると、ヒロインは殿下の方を気にも留めずに、帽子の持ち主と楽しそうにしゃべっている。
「あぁ、聖女がいたからみんな注目していたんだね、さっそくご令嬢と仲良くなれているようだし、きちんと馴染めているみたいだ。ティア、一緒に教室まで行こう? 私とティアは同じクラスだから。あ、ニュア嬢も同じクラスですよ」
「殿下、思い出したかのように私を気遣わなくても結構ですわ。全く、出会うたびに目の前で砂糖を製造される私の身にもなってくださいます?」
ニュアはあきれたように殿下に言った。この数年で、何回も城に出入りするのを繰り返して、そこそこニュアとも交流をしていたのだけれど、そんな風に思われていたなんてと思わず頬がほてってしまう。
「すみません、ニュア嬢を蔑ろにしていたつもりはないです、ただ、ティアが私が来ても聖女の方ばかりをみているものだから、どうにか気を引きたいと思いまして」
火照るを通り越して、顔が真っ赤になっていくのを感じる。頭がぽわーっとし始めたすきに殿下に手をとられそっと手を引かれた。その場に沢山の人がいて多くの人に目撃されていることを、恥ずかしくて俯いていた私は気づいていない。




