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第三十三話 成長する者、停滞する者

服を着替え終わるとフラメウは見送り、毎度のようにキャシーと王宮に向かう。アントラだけでなく、レティも増えたせいか、キャシーは全く絡んでこなくなっていた。


城につくと、殿下が待っていたように馬車に近づいてくる。


「よかった、元気そうですね、待っていたんですよ」


ニコニコしながら、殿下はスッと私の手を掴んでエスコートするように手をひき歩いていく。普段は手をつなぐことがないので少し驚いた顔をしてしまうと、殿下はそれに気づいたのかくすくす笑いながら口を開いた。


「本当なら、もう少し待っていようと思ったんです。ティア嬢が心許してくれるまで、警戒させてしまわないように、ゆっくりと距離を詰めながら、心が開かれるのを待っているつもりでした。でも、もうそれはやめにするね、ティア。誕生日パーティーの事件で痛感したんだ。手を伸ばして待っているだけじゃもう間に合わない、だから、無理やりにでも手を掴んでしまおうって。だからもう私は待たない」


敬語をやめて呼び捨てに変え、そこまで一気にしゃべった後に殿下は手を離し目の前に立って、じっと目をあわせてきた。


「初めは、興味本位だった。変わった発言をするのも、最初に泣きそうな顔をしていたのも気になって、貴女のことを知りたくて婚約者になった。表情はそんなに変わらないけど、いろいろ楽しい発言をしてくれるものだから、一緒にいて楽しかった。努力家で強がりなところを見て、いじらしく思って近くで支えたいと思った。とても怖がっているのに、震えながら安心させるような言葉を言って私を守ってくれたあなたの強さを見て、私はあなたを好きにならざるを得なかった。ティア、私は君のことが好きだよ。幼いからって流してしまわないで、この気持ちはずっと変わらないから」


あぁ、私も殿下が好きなのだ、物語の通りになって殺されてしまうとしてもヒロインにわたしたくないとおもってしまったほどに。だから、嬉しくないはずがない、顔も熱くなるのを感じている。すごくうれしくてうれしくて……。


そして、どうしようもなく怖い。


この世界に来て、誰かの好意を信じてしまうことがとても怖い。もし今の環境で、好意を信じた結果裏切られてしまったら、きっと一生立ち直れなくなってしまう。とくに、殿下については、ヒロインと出会った後どうなるか未知数すぎて。嬉しい気持ちと怖さで感情の処理が追い付かずに、黙り込んでしまった。


ここで、素直になって自分も好きだと返せない自分だから、物語のヒロインほど可愛くなれないのだろうと勝手に自己嫌悪に陥ってしまう。


「大丈夫、ティアがずっと怖がっているのも、私を嫌っていないことも分かっているんだ。だから、ティアは無理しなくていいんだよ。ティアが怖がらなくて済むように、私からアプローチを続けるから。信じれるまで、何度でも好きだと伝えるから。それを伝えたかっただけだよ。さぁ、ティア。実は今日は城に客が来ていて、今から一緒に会いに行こう」


答えにつまって黙り込んでしまった私を気遣うように、パッと声の調子をかえると、再び手を引いて歩き始めた。訓練場の近くまでくると、普段よりにぎやかな音が聞こえる。なんだろうかと思ってみると、城の兵士などとは別に、エリクやニュアの姿があった。何か教わりながらエリクは剣を振り、ニュアは杖を使って魔法を唱えている。杖を見た瞬間に、ミュリーの顔が頭によぎったが、その瞬間に殿下が私の前に立ち、杖が視界に入らないようにしてくれた。


「ニュア嬢、一回杖をしまってもらってもいい?」


殿下が声をかけたことで、二人がこちらに気付いたのこっちを向く。杖をしまうように言われたニュアが首を傾げつつも杖を収め、杖が見えなくなったのを確認すると殿下が目の前から退いた。


「エテは、そんなに頻繁に会わないと思うけど、エリクとニュア嬢はこれから頻繁に城で見かけることになるだろうから、説明をしておこうと思ってね。二人は、誕生日会で場を混乱させ、王子である私を危険な目に合わせた犯人を捕まえた功績者として、城でより強くなるための訓練をしたいという願いを聞き届けることになったんだ」


「まぁ、功績者は建前なんだけどな。特訓をしたいと殿下にお願いしたんだ、それで城で訓練することを他の人が納得するように理由付けをした感じだ、実際は、無力だったからな」


苦笑いでエリクはそう言いつつ、無力の部分だけはとても悔しそうな声で言った。


「強くなろうって思ったんだ、何もできないのが悔しかったから。それにこれから先、殿下の側にいようと思ったら必要なことだからな、あ、ごめん、こっちの喋り方でも大丈夫か?」


一番最初の丁寧な態度ではなく、一緒に逃げていた時の砕けた態度で話をしつつ、慌てたようにその話し方で大丈夫か確認をとってきた。特に喋り方を気にしてはないので頷いておく。


「私も、似たような感じですわ。私、同い年の子に比べたら、治癒魔法も使えるし、魔力も多めではあるし、そこそこ自信を持っていましたの。でも、あの場で私は、唯一治癒魔法を使える力を持っていたのに、ただの無力な小娘でしたの。パニックで薬草を使えば治癒魔法の効果を増すことができるのも、知っていたのに出てこないで。そもそも、私にはどの薬草を使えばいいかまで知らなくて。目の前の人を助けられずに人が死んでしまう可能性もありました。それで、自分の力不足で目の前の人が死んでしまうことが、すごく恐ろしく感じましたし、自信を持っていた魔法で無力なことがとても悔しかったんですの」


ニュアは、ぎゅっと拳を握りながら、本当に悔しそうにうつむいてそういった後に、ぱっと顔をあげた。


「だから、私は誰も目の前で失わずに済むぐらい、治癒魔法を上達してみせますわ」


決心したような強い表情に、ずっと立ち止まっている自分が酷く後ろめたく感じて、少し目をそらしてしまった。それに気が付いたのか、殿下に心配そうに見られて、その視線からも逃げてしまう。何か言って気まずい気持ちをそらしてしまおうと、何を言おうか考えて、治癒魔法について知りたかったことを思い出した。


「そういえば、あの時はゆっくりと聞けなかったけれど、治癒魔法についてもっと詳しく知りたいと思っていますの。生まれつきと聞いたけれど、それ以外にもあるなるのですよね?」


治癒魔法について聞いた時にそんなことを言っていたはずだ、すぐにできるものではないと、その場で詳しい説明はなかったけれど。


「アウローラ様の立場だと難しいと思いますわ。一応お伝えしますと、治癒魔法を習得する術は、生まれつきか、教会にて何度も祈りを捧げて加護を授かるか、無理やり力を植え付けるかですの」


だいぶ物騒な方法が飛び出てきたな。そして、教会のワードは初めて出てきたかもしれない。この世界の宗教にはあまり触れる機会がなかった気がする。3つ目はともかく、祈りを捧げるならばできそうなものだけど、どうして難しいのだろうかと首を傾げていたら、ニュアが答えて良いものか困ったように殿下の様子を伺っていた。


「できたら、あんまりティアには教会に近付いてほしくないな。詳しい事情はまだ機密事項だからもう少し後にならないと言えないんだけど、あまり王家と良い関係とは言えないんだ」

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