第三十話 足りない(シャル視点)
シャル(王子)の視点になります。
最後に起こされた。最初の方で起こしたら飛び出すだろうと。そりゃ、婚約者の危機なのだから、助けに飛び出すに決まっている。それが、王子として失格であっても。
婚約者の誕生日パーティーに出席していたのだけど、途中から記憶がない。どうやら、意識がなくなる類の毒をうけたらしく、意識ない間に城に運ばれて、治療を受けていた。エテが、城に通報をいれて、ニュアやアントラを起こして救助に向かわせたらしい。兵士たちは、自分を城に護送したあと救助に向かっているから、もうそろそろついている頃だろう。無事に間に合うのを願うしかない。
本当は、願うのではなく救助に向かいたいのだが、抜け出せないようにしっかりと人員を配置して起こされたもので、抜け出すことが難しい。しっかりとこちらの行動をよんでいる友人にため息を吐いた。まぁ、できないことをできないと言い続けても仕方ない。とりあえずは、現状の把握をしておこう。
「それで、なんでエテは起きていたんだい?」
ティア嬢には、もう少し丁寧な喋り方で接しているが、昔馴染みにまであんな丁寧な態度をとっていたら肩が凝ってしまう。普段と同じように砕けた口調で言うと、エテも私的な場面でみせる、気だるげな雰囲気で返した。
「ずっとその説明をいろんな人にしていて、いい加減疲れたんだけど。はいはい、わかってる、説明するよ」
いいから早く説明しろと念を込めながらじっと見ていたら、嫌そうにしつつも説明をはじめてくれた。
「最初は、飲み物や食べ物に毒があると思っていたから、調べにいったんだけどね。まったく食べ物に口を付けてない人が具合悪そうなのが見えたから、空気も悪いんじゃないかって思ってさ。伝える前に人が倒れ始めたから、これはまずいと思って、倒れたふりをしたんだよね。起きていたらなにされるかわからないし。後は、意識ない振りをして魔法で毒から身を守ってた。で、みんなが毒で倒れた後に、数人ながれこんできてさ、殿下と、ティア嬢を連れ去ろうとしていた。なんか殿下に触れようとしていた人は弾かれていたけど」
それは、少し心当たりがある。メファールの時に守ってくれた障壁だろう。ティア嬢が祈ると障壁ができて、全ての攻撃を跳ね返してくれた。攻撃をしてきた人は返り討ちにあったのだが、あの事件の後も守られているような感覚があった。残念ながら今はもうないのだが。その障壁が、今回もまもってくれたのだろう。
「で、今動いても助けれないし、盗み聞きだけしてどこで落ち合うか聞いたから、いなくなった後、換気をして城に通報を入れて他の人を起こしていったわけ。あ、ちなみに犯人だけど、見たことある顔もあったよ、ティア嬢の元教育係」
ミュリー・コロンだ。魔法の腕が良く、ティア嬢の家の侯爵夫人とも交流があることから、白羽の矢が立ったのだが、教育をうけるうちに、ティア嬢の様子がどんどんおかしくなってしまった。それについては後悔していることがある。
ティア嬢がなぜそうしているかは分からないが、変わった発言で自ら墓穴をほっている。そこをつつくのが楽しくて、あの日の茶会の日もつついて、ティア嬢のメファール参加が決まった。魔法があまり好きではなかったから、メファールは憂鬱だったんだけど、ティア嬢も参加するなら楽しくなりそうだとわくわくしていた。
でも、そんなことをしなかったなら。ティア嬢が、杖にあんなに怯えることはなかったかもしれない。様子がおかしいと気付いた時には遅かった。すぐに教育係が取り換えられたが、勉強に対しての過度な緊張、杖に対しての異常な怯えが報告された。
そのミュリーが関わっているなら、ティア嬢の精神状態がすごく不安だ。私が、初めてティア嬢に会ったときに、何かに怯えるような表情をしていた、肩に触ると体を震わせ瞳を潤わせていた。何かに縋りたがるそんなつつけば壊れてしまいそうな雰囲気をしていた。その時のことがずっと忘れられない。何かあれば壊れてしまうんじゃないかそんな危うさを感じながら、今日までいろいろ手をまわしてはいる。でもティア嬢の様子は相変わらずで、そんな状態でまたミュリーと関わったら。
無事でいてほしいと願ったときに、城にティア嬢たちが運ばれてきた。ティア嬢とエリクは重傷。護衛も負傷していた。無傷なのはニュアだけだが、ずっと目に涙をためている。バタバタと、治療班が忙しく動く中、報告をうける。ミュリーとジェインについては地下牢に繋がれたようだ。
「ティア嬢になにをしたのか、ちゃんと全部聞き出して」
只じゃ済まさない、何をして追い詰めたのか全部聞かせてもらおう。
「殿下、ティア・アウローラ様に治癒の魔法がかかりません」
「え?」
エリクや、護衛の傷は綺麗にふさがっていた。だから数人がかりで治癒の魔法をティア嬢にかけているのだが、報告の通りまったく傷がふさがる様子がない。
「どういうこと?」
「稀にあるのです。その、心に傷を負うと、命を諦めることがあり、命を諦めた人に治癒魔法をかけても傷が癒えないことが……」
傷が癒えてしまうのを拒むぐらいに、うちのめされたということだろうか。頭を鈍器で殴られたような衝撃を味わいながら、ぎゅっとティア嬢の手を掴む。まだ、ちゃんと体温があるのに、死にたがっているんだろうか。
側で、できる限り支えようとしてきた。なにでそんなに心を傷つけているか知りたくて、自分の手のものを近くに送り込んだ。心無い噂を無くしてあげたくて良い噂を流した、信じることに臆病なのを感じたから行動や言動だけじゃなくて形に残るプレゼントも渡した。
それでも、ティア嬢を支えるには全然足りていないんだ。メファールの時と同じ、強い無力感が胸に渦巻く。
「どうにもならないの?」
「精神系の魔法を使って、魔力で直接心に呼びかけるぐらいでしょうか。あまり例はありませんが、いくつかそれで目を覚ました例があったはずです、治癒が効かないので今からそちらにきりかえ……、って殿下!? おやめください、精神系の魔法は扱いが非常に」
聞いた瞬間に杖を出した、精神系の魔法は使った本人にも負担が大きいものが多い、でもそんなことは知らない。どうでもいい。制止の声を振り切って、精神系の魔法を使う。が、なんというか壁に向かって話しかけているようなそんな感触をおぼえる。とても効いているようには思えない。
おもえば、これまでだってティア嬢が助けを求めて手を伸ばしてきたことがないのだ。呪いの話を聞く限り、手を伸ばせない状況になっているせいだと思うけれど、それを考慮しても助けを求めることを諦めているように感じることがある。そんなティア嬢に、手を差し伸べるだけで足りるだろうか? ずっと力が足りていなかったから、今の事態が起きているのに。このままじゃダメだ、手を伸ばすのでは足りない、手を無理やり掴んで引っ張るぐらいじゃないと。これ以上無力を嘆きたくはない、ありったけの魔力をティア嬢に向けて込めた。




