第三話 王子とご対面
味方につけようと心に決めたものの、これ、無理ゲーでは?
目の前には王子が座っている。が、こう拒絶感をありありと感じる。そういや、このあたりからティアの悪評はしっかりまわりに噂されていたんだったか。こうも拒絶されたら仲良くは難しそうだ。
しかしまぁ、よくこれで原作は婚約に至ったものだ。多分決定的なやらかしがない限り、原作通り婚約することになりそうだ。味方につけれるならそれでもよかったけど、嫌われそうなら婚約しないほうが面倒くさい展開は少なそうだ。最近の異世界転生だと、ヒロインも転生者パターンが多いし、そうなると何を仕掛けられるかわかったものじゃない。何より、一般庶民が王子の婚約者とか鬼畜過ぎる。まだ、礼儀作法も分からない、おおぅまずは不敬で首が飛ぶんじゃなかろうか、物理的に。
死なない程度にやらかして、やべぇ奴と思わせて婚約はお流れ。やべぇ奴なので今後の人生で王子と関わることもない、結果ヒロインと関わることもない、王妃教育なんて鬼畜ゲーもない、よしこれを目指すしかない!
問題は何をやらかすか。軽い癇癪は、多分見こした通りでインパクトがないだろう。じゃあ暴れまわるか? 下手したら首が飛びそうだ、超絶汚い飲み方に挑戦するか、いやそれぐらいでお流れになるものか? 王子が言わなかったり、強い政治的意味があれば、そのまま婚約になるだろう。つまり物理方向の暴走では厳しい展開が待っている。
なら、脳内暴走させるか、幸い得意技である。古傷が痛んでこれから羞恥に悶えることになるだろうが。要は、頭やべぇ奴になって王子をドン引きさせればよい、おバカであればおバカであるほど、ヒロインをいじめる悪役令嬢のポジションから遠ざかるだろう、いじめができるほどの頭もないと思わせればよい。
いわゆる電波系少女だ。電波は分かりやすくひかれるはずだ。問題はどんな設定で行くか。中二病時代の古傷をあさると、右手に黒炎、左手に氷の力を宿す、ドラゴンを封じた一族の末裔だったか。ぐあぁぁっ、思い出しただけで、無理、死ぬ、私が死ぬ! いろんな意味で!! 無理だ、私の昔の設定を持ってきたら、悶え死んでしまう、別のなんかこう! いい感じのやつは。あ、そうだ、確か美香も一緒に発症していたはず、うん、友人の設定を演じていると思えば多少なりともこの羞恥緩和されないだろうか、緩和される、されろ。
闇の契約により、闇の呪いと雷の力をその目に纏う、世界への復讐者だったか。
「ぐあぁ、右目、右目があぁぁ」
「え、どうされました、ティア嬢」
静かだった私が急に呻きだしたものだから、王子が分かりやすくびっくりした。なんか申し訳ない。
「いえ、失礼致しました。右目に纏われた呪いが痛みを発し始めまして。しかしこれも、雷の力を得るための契約、ぐっ、とはいえ、普通なら耐えれるようなものではありませんね」
あぁぁぁ!! 痛い痛い痛い!! 目じゃなくて中二方向で、ぐっ、これは結構自分にダメージが来るぞ、漫画だったら血を吐きだしていること間違いない。
「誰かに呪われたのですか?」
頼むからマジレスしないでくれ、とっととひいてくれ、うちのメイドは頭を抱えているし、母付きの監視用メイド達は顔を引きつらせているじゃん、なんで王子だけひいてないわけ!?
「えーと、ある意味世界に?」
「世界にですか、なかなか厄介そうですね、解呪はできないのですか」
「な、並の力ではできません、強い魔法使いがその力と、特殊な日に採取できる特殊な素材、それらを用いてようやく緩和できる程度の、それはもう恐ろしい呪いなのです、並の力の人がやると、その、し、死にます!!」
のおぉぉぉ、こんだけやってるのになぜか引いてくれない、心配そうに眼をのぞき込んでくる。頼むから、眼じゃなくて頭を! 頭を心配してくれ。
「その呪い、侯爵夫妻はご存じなのですか」
知られてたまるか!! 多分母親からばっちばっちに叩かれるぞ、まぁ監視がついているからそこから報告が行く気もするが。うっ、鞭を想像しただけで傷口が痛いんだが。目より傷が痛い。
フッと、鞭をふるう姿が頭をよぎると体の震えがおさまらなくなった。昨日は混乱していてあまりわからなかった、でも、はっきりした状態で叩かれたら、どれほどいたいか。あんまりうたれると、死ぬって聞いたこともある。日本で生きていて鞭でぶたれたことなんてない。
「ティア嬢? どうされたのですか?」
気遣わしげに肩に手を伸ばされる、が、当たりどころが悪かった、傷口に触れてズキンと痛みが走り、目に涙が浮かぶ。王子は慌てて手を放しつつ、じっと肩を見つめている。
やべぇ、ボロが出る。いっそ全部話して助けてもらうか? 今なら拒絶感がだいぶ薄れているし、結構心配してくれているようにも見える。いやでも、失敗した時だよ。告げ口がバレたら電波騒ぎ以上にやばいことになるだろうし、それに原作設定だと腹黒なんだよぉ、これでもし心配してもらうための演技なんて思われたら目も当てられない、そもそも悪評が轟いているなら、そう思われている可能性の方が高いかもしれない。あぁ、でも縋りたい、だめだこれ以上優しくされてしまったら……。
「で、殿下、そろそろお時間です。私もあまり気分が優れませんの、少し早めではありますが、これで失礼してもよろしいでしょうか」
「あ、あぁ、ゆっくりと休んで。じゃあ、私はこれで」
王子は何度かこちらを見ながらも、従者と一緒にその場を去った。なんとか誤魔化しきれただろうか。
「奥様に報告してまいりますので、お嬢様はその場にいてください、逆らったら分かっていますね?」
冷ややかな声がふると、監視メイドは部屋から出て行った。自分付きのメイドが近寄ってくる。
「お嬢様、何を考えてあんな発言を。はぁ、まぁ過ぎたことですね。言動にはお気を付けくださいませ、お体がもたなくなります」
ガチャリと扉があくと、メイドはサッと距離を取り、何もなかったように壁際になっていた。
「いろいろとやらかしたそうね?」
怖い顔をし鞭を持った母親の近くには、少しだけ楽しそうに口を緩ませた監視メイドがいる。あぁ、いやなものをみた。幼女がいたぶられる姿はこの人にとって、良い娯楽ということか、なんて趣味が悪い。監視メイドを横目に見た後、振り上げられた鞭にぎゅっと目を瞑った。