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第二十七話 限界

「お嬢様の護衛だったと思うのですが、護衛が手をあげるなんてどういう了見でしょうね」


聞いたことがないほど、冷たい声をしている。普段穏やかな人ほど怒ると怖いは、こういうことを言いそうだ。


「どうしよう……、どうしよう……うぅ、えぐっ……」


アントラたちに視線をやっていたが、嗚咽に気付いてそちらをみれば、エリクの側にニュアがいた。杖を傷口に向けている様子を見るに、治癒魔法をかけているのだろう。でも、血が止まる様子がまるでない。どんどん顔が青白くなっているように見える、はやくどうにかしないとまずい。


「私も治癒魔法をかけてみるから、使い方を教えて」


私が治癒魔法の使い方を知らない、少なくとも渡された教材には書いていなかったのだ、ぶっつけにはなってしまうけれど、この状況で何もしてないほうがどうにかなってしまいそうで、近づいてニュアにそういうとニュアは首を横に振った。


「無理だと思いますわ。治癒魔法については生まれつきのものですの、それ以外にもやり方はありますけれど、すぐにできるようなものではないですわ」


特殊な魔法だからこそ、教材にはのっていなかったのだろう。いろいろ気にはなるけれど、それを考えている場合じゃない、治癒魔法を使えないのなら別のやり方を考えないと、そう思って立ち上がったけど、ニュアの杖がだんだんと禍々しい色になってきているのに気が付いた。この現象は覚えがある。


「ニュア! 落ち着いて!!」


魔力の暴走だ、こんな状況で落ち着いて魔法を唱え続けれるはずがないのだから、いつ暴走してもおかしくない、むしろ暴走させずによく治癒魔法を今までかけ続けれたものだ。ニュアが私の声にハッとして、魔力が暴走しているのに気づいたようだ。


「私…、私……」


言われてすぐに落ち着けるはずがない、むしろ暴走を自覚してしまったせいでよりパニックになったのか、顔面蒼白で震えている。私が暴走した時は杖を投げ捨てた、そう思えばニュアの手を思いっきり弾く。


魔力が途絶えたからだろう、杖の禍々しい色はなくなった。それでもニュアの震えは収まらず、止めどなく涙を溢れさせていた。ニュアの背中でもさすってあげたいけれど、この間もエリクの血はどんどん失われていっている。アントラとジェインの方はまだ決着がつきそうにない。ジェインが使っている剣、なんだか禍々しい気がする。思わず剣へ意識が吸い込まれるような感覚におそわれたが、慌てて首を振ると視線をよそに移す。なんとなくあのまま剣へ意識をむけていたら危ない気がした。


「ん、あれ、たしか」


視線を移した先に植物が目に入った。何かで見たことがある気がする。たしか、そうだディーダが教えてくれた薬草の中にあったはず。止血効果のある薬草だ、一心不乱に薬草を集めてみたけど、どうみても傷口の大きさに対して薬草が足りてない


「なにをしていますの?」


ふらふらとした足取りで、こちらにニュアがやってくればこちらの手元をのぞき込んだ。


「止血効果のある薬草をみつけて、でもこれだけじゃ足りない」

「それ、止血効果がありますのね?」


止血効果があると聞いた瞬間に、ニュアの声に力が戻った。さっき落とさせた杖を探せば杖をニュアが握りなおした。エリクの周りに魔法陣を書き始める。


「魔法陣の上に薬草を!」


ニュアにそういわれたら、大急ぎで魔法陣の上に薬草をおいていく、ニュアをそれを見ると、杖を振った。一気に魔法陣が眩しく光ればエリクの体がうっすらと光に包まれているような状態になった。相当な集中力をつかうのか、ニュアがとても険しい顔をしている。


「ようやく、追いついたわ」


ニュアの様子を見守っていれば、聞き覚えがある声が背後からし、ゾクッと背筋に寒気がはしる。最悪のタイミングだ。反射的に振り返り障壁をつくると、すぐに障壁に衝撃がはしった。


「あら残念、防がれてしまったようね」


ミュリーが追い付いてしまった。アントラが気付いてこっちに向かおうとするが、ジェインに阻止されている。エリクはまだ起きない、ニュアは慌てたようにこちらを見たが、魔法陣の光が弱まったのをみるとすぐに魔法に集中しなおしていた。ミュリーの攻撃を防ぎ損ねたら、ニュアとエリクは身を守る術をもたないだろう。グッと、杖を強く握りしめなおした。が、予想に反して攻撃魔法を畳みかけるのではなくこちらにゆっくりと近づいてきた。近づかれるのが嫌でやみくもに風の魔法をぶつけるが悉く防がれてしまっている。目の前までくると、視線をあわせるように、ミュリーはその場にしゃがんだ。


「あぁ、やっぱり洗脳の魔法が薄くなってるわ、道理で私に攻撃ができたわけね。呪の魔法が強力で洗脳が薄くなったのか、ある程度精神が回復したのか、離れた期間が長すぎたせいか、自身で精神魔法をかけなおしたせいか、いろいろ心当たりはあるから仕方ないわね。まぁ、それももういいわ」


ゆっくりミュリーの手が伸びてくると、こちらの頬を撫でるように手が添えられた。寒気がおさまらない。


「可哀そうに、あっちのご令嬢、こんな惨状を幼くして目の当たりにしたのだもの、トラウマになると思わない? 標的はお嬢様だったのに。お嬢様のせいで巻き込まれて、一生のトラウマを背負うのですよ」


勝手に私のせいにするな、そう思うのにぐしゃりと心を握りつぶされるような感覚におそわれた。目を離して、耳を塞いで、蹲ってしまいたいのに、体がちっともいうことを聞かない。


「あっちのご令息は、酷いけがね。もしかしたらこのまま命を落とすかもしれない、助かっても後遺症をのこすかもしれない、精神的につらいのは間違いないでしょうね。お嬢様のせいで」


たっぷりと毒の含んだ言葉が聞き流せもせずに耳に入ってくる。だんだんと、否定の言葉が頭が浮かばなくなってくる。


「多くの人に虐げられて、数少ない味方には迷惑をかけてまで、どうしてお嬢様は生きているのですか?」


にっこりと笑顔がむけられた。ドクドクと、心臓が嫌な音をたてている。どうして生きているのか。


本当に何で生きているんだろう? 悲しむ人がいるから。でも早く死んだほうが、もしかしたら迷惑にならないかもしれない。悲しむっていったって、悲しみなんてそのうち癒えるのだから、私がいなくなっても他に大切な人がいるならば、その人のためにまた頑張るだろう。


どうして、私は生きてる? 楽しくもない、望まれてもいない、それなら……。


ぶわっと、赤い粒子が見えた。禍々しいけれど、メファールの時に見た光の粒子に似ている。手を組めば祈りをささげた。このまま消えてしまうことを祈って。



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