第二話 悪役令嬢
床が固い、体中が痛い。どうして床に寝ているのか。あぁ、どうやら悪夢じゃなかったらしい。私は地震で、それから……。
「って、とりあえず体起こそうか」
正直何の現実味もない、死んだ実感もないし、学校に行けばまた普通に生活が始まるようなそんな気もしている。でも、私は知らない家にいる、おぼろげにある記憶をたどると、見知らぬ人に叩かれたし、メイドもいた。知らない家にいるし、日本人離れした、ピンクの髪にピンクの瞳。うん、日本じゃなくてもこの髪色はないわ。つまりのところ、異世界転生系というやつだろうか。それこそ現実味がない気がするけど。
「はぁ、なんでこんなことになっているかなぁ」
とりあえず、リアルに体が痛い、化膿しないようにせめて傷口を保護したいんだけど。明らかに嫌われてるよなぁこの体。じゃなきゃ、あんな傷だらけの幼女を床に転がしたままにしないだろうし。
「お嬢様、おはようございます」
昨日のメイドだ。非常にめんどくさそうな顔をしている、プロなら表情ぐらい隠してほしい。でも、全く世話をしないわけではなさそうだ。料理を運んで来たり、傷口に薬を塗ったり、と表情の割にはきちんと動いている。そういえば、昨日止めた声もこの人だったけ。
って、薬めっちゃしみる!? めっちゃ痛いんだけど!!
「っぅ~……いたっ……」
思わず泣きそうな声が漏れる、いやこれを我慢とか無理なんだけど。呻いた瞬間、少しメイドの手が躊躇うように止まったが再び塗り始めた。
「塗らないと化膿してしまいます」
まぁ、その通りである。とりあえず嫌がらせではなくきちんと治療をしてくれていると思おう。
「終わりました、今日は最後まで我慢されましたね、ご立派ですお嬢様」
あれ、めんどくさそうな表情が消えている、どこか驚いた感じだ。うーん、今日はということは、普段は我慢できていないんだろうか? まぁ、実際にかなり痛いわけだし。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
じっと見ていたら、不思議そうにそう返されてしまった。意外なことに嫌悪の表情は見当たらない、まぁ、うまく隠しているだけかもしれないけど。
「な、何でもない……」
「左様でございますか、では、髪をセットいたしますね」
櫛が髪に入り、痛くない程度に綺麗に結われていく。勘違いでなければ、一度頭を撫でるように手が動いたような気がする。
「いかがでしょうか」
髪を結われた後、鏡を見せられる。やっぱりこの顔と髪どっかでみたような……。
「あっ!? 乙女ゲームじゃん!!」
魔法や魔物の出てくるファンタジーな乙女ゲームの悪役令嬢。ティア・アウローラ、確かそんな名前だった。侯爵令嬢なんだけど、家庭環境は劣悪である。
母が父を好きになり無理に求婚。父親は仕事人間で家庭は顧みず。母親は、跡取りを産めば父が興味を向けてくれることに期待したけれど、生まれたのは女子、父は相変わらず仕事一辺倒。
結果として、その怒りは男として生まれてこなかった私に向けられてしまった。ティアは、幼いながらに理不尽さを理解し憤るのだけど、受け止める人もおらず、また癇癪でしか憤りを表現できない幼さのせいで救いのないまま歪んで成長する。
6歳の時にできる婚約者である王子も、周りの大人や、同年代の子も、ティアの環境ではなく歪んだ心だけを見て辟易して嫌う。ティアは、嫌われているのを自覚して益々歪む悪循環。なんというか、非常に救いようのない悪役令嬢だ。
婚約者である王子はヒロインにとっての攻略対象の一人。ヒロインは聖なる魔力を持っており、平民でありながら貴族の学校に入学。ひたむきな努力家であるヒロインに王子は徐々に恋に落ちていく。それに焦るのは婚約者であるティア。
王子と婚約者になったことで父親が最低限声をかけてくれるようになり、父が愛してくれる日が来るのではないかと淡い希望を抱いていた。でも、万が一にも王子がヒロインと結ばれてしまえば、父親にとって自分は無価値になることを理解していた。その焦りから、悪役令嬢は悪辣ないじめをして、ヒロインはそれに耐える日々。
ある日、この国に封じ込められていた魔王が復活、魔物は次々狂暴化。聖女であるヒロインは、国を守るために聖女の力を使うことを決意する。王子を含む攻略対象たちは、ヒロインを守るために同行、そして見事魔王を封印。その功績を国は大いに讃える。そして、そんな功績者をいじめたティアは断罪、婚約破棄の後、同じ苦しみを味わえとありとあらゆる責め苦の後に処刑され、聖女は攻略対象と結ばれてハッピーエンド。
ちなみに、聖女が他の攻略対象を選んでも、王子は努力家なヒロインと仲良くなるので、悪役令嬢はバッドエンドが確定している。自分がなると全く笑えない、夢ならとっとと覚めてほしい所だ。
「遠い目をされていますよ。今日は、王子様との顔合わせですので、しっかりなさってください」
「え? 顔合わせ!?」
まさかの今日が婚約が決まる日でありました。いやいやまってよ、つまりあれか、母親は王子と顔合わせがある前日に娘をあんなにバチバチ叩いていたのか。目が覚めなかったらどうするつもりだったんだろう、実は相当なおバカじゃないだろうか。
「お嬢様にとって王子がご不快な態度をとったとしても、王子に癇癪を起こさないようにお気を付けください。顔合わせが恙なく終わりますことを祈っております。上手くいけば侯爵様が、お嬢様にも目を向けられるかもしれません」
少しだけ、案ずるような目をメイドがした。このメイド、案外わたしをきにかけてくれている、なんてことはないだろうか。一人でも味方がいるといないじゃ、環境も随分変わるだろう。となると、目標はこのメイドと、今から会う王子を味方につけることだろうか。とりあえず、痛いのは嫌なので何とか足掻いてみるかぁ。