第十話 父親
「戻ったわ」
部屋に戻るなり、勉強用の本を回収された。かなり重たかったから助かる。
「なんですか、この分厚い本。魔法の本ですけど、まさかこれを見て勉強してこいなんていわれてないですよね」
「うーん? そんな感じじゃないわよ。1日で全部覚えてこい、ってところね」
もはや、投げやりな気持ちで返事を返す。自分で言っていて気分が沈んで溜息を吐いてしまった。気力の湧かないままベッドに倒れこむと、体に激痛が走り呻く。
「私の予想より悪いじゃないですか。あぁ、まだ寝転がらないで。先に手当てします」
傷を見て、うちのメイドが息をのんでるんだが。無理、自分じゃ見たくない。
「お嬢様の口から説明させたら、呪いが発動しそうですね。聞くこともできないのは、もどかしいです」
なんでメイド方が辛い顔してんだか。傷の手当ても、できる限り傷が痛まないように慎重な手つきでしているのが分かる。でも、そんな気遣いもなんでかわからないけど癪に障る。ファンタジーが嫌いになりそうだ。少なくとも、あんなに憧れていた魔法は、考えるだけで苦々しい気持ちになって、息苦しくなってしまう。
「信号魔法は、できるようになられましたか?」
「一応、問題なくできていたと思うわ」
めちゃくちゃ吐きそうになりながらやっていたけど、普通の状態でやれば問題なくできると信じたい。
「障壁魔法はいかがですか?」
「まだ、やってない」
やったのは攻撃魔法に対して、攻撃魔法で相殺する練習だ。まぁ、相殺どころじゃなかったんだけど。あ、うちのメイドの表情がなんか怖い。
「つまり、あれですか。攻撃魔法を浴びた形跡があるのですが、防ぐための練習ですらなかったと?」
「一応、防ぐ練習ではあったのよ、攻撃魔法で」
「攻撃するための魔法は普通は的に向かってするのですよお嬢様。いきなり魔法に向かってやることじゃありません」
ミュリーにとっての的が私だったんじゃなかろうか、言ってて笑えぬ。
「本当は障壁魔法を早く教えたいのですが、顔色的にこれ以上魔力を使えないと思います。それに、こっちの分厚い本をどうにかしないとお嬢様の明日が心配でございます」
私も心配でございます。と心の中で返しながら深々溜息を吐いた。いや、これ一生懸命やったところで無理でしょ。流石にそのぐらいはわかる。
「できうる限り分かりやすくまとめて紙に書いていきます、お嬢様はそれを覚えましょう。本来は自分でやったほうが良いのですが、そんなこと言っている場合じゃありませんので」
それは助かる。フラメウがまとめ始めたので、他の本から読み始める。私が今読んでいるのは、魔法の種類や、具体的にどんな魔法があるのか、どんなイメージをしたらよいのか、どれくらいの魔力がいるのか、そんなところだろうか。あまりの量にうんざりしながら読んでいると、部屋をノックする音が聞こえた。キャシーの声がする。
「お嬢様、旦那様がお帰りになりました。お嬢様にお話があるそうです」
このタイミングかよ!? 超絶忙しいんだが! ほら、うちのフラメウが頭抱えているからっ。
「なんというか……、とりあえず、お嬢様が旦那様のところに行かれている間も、頑張ってまとめ作業をさせていただきますね。流石に当主の呼び出しを無視するのはかなり体裁が悪いと思われます」
そうだよね? 私もそう思う。これはまた、拒否権なしかとため息を吐きながら軽く身なりを整えて、キャシーについていく。何気に転生してから初のご対面だ。扉を開けると、美形な男性がそこにいた。お母さまも面食いだな。美形の眉間にしわが寄っているせいで、少し怖い顔つきに見えるから、私は全くときめかないが。
「お呼びでしょうか、お父様」
「王子の婚約者になったと聞いた。だが、王宮であまり良いうわさを聞かないな」
王宮でどんなうわさを流されているかあまり考えたくない、というか、このクソ忙しい中、そんなこと言われるために呼び出されたのか。手近なツボを思いっきりぶつけて返事をしてやりたい。
「これ以上とない良縁だ。余計なことはせずに勉強に励むように」
家族を全く顧みてないような人に言われたくはない。良縁って、私じゃなくお前にとってだろうが。まぁ、貴族の結婚はそんな物なんだろうけれど。こちらに全く興味のなさそうな父親にため息を吐きたくなる。
「お話はそれで以上でしょうか? 今日は沢山課題が出ておりますの。忙しいお父様のお時間を沢山頂戴するわけにも参りませんし、これで失礼いたしますわ。
失礼ではあるけど、返事も聞かずに部屋から出る。あれ以上聞いていたら、マジでツボをぶん投げる自信がある。悪役令嬢の癇癪はああやって起こるんだなぁと他人事のように思った。とりあえず急ぎ足で戻ると、部屋には紙の束が積みあがっていた。本の分厚さに比べたらいくらかマシである。にしても、この短時間でまとめ上げてくメイド、もしかして有能では?
「思っていたより早く帰られましたね、とりあえずまとめましたので、ここからできる範囲で勉強していきましょう」




