もう一度、ゼロから
俺は様々な災難を経て、逮捕、勾留された。
取り調べにも全て嘘なく答え、誠実な姿勢を見せた。
賽銭泥棒が誠実なんて言葉を使っていいのか、疑問だが。
もちろん、実家の両親にも連絡がいき。俺はますます、ことの重大さを感じた。
面会に来た父は、不機嫌そうに一言も喋らないし、母親は泣きそうになりながら「どうして相談しなかったのか」と聞き続けた。
お前らのいる実家が嫌でここに来た。
俺の本音だ。しかし、今は助けられる立場にある。
そんなこと口が裂けても言えない。
ちなみに、ちゃんとした飯を食べれた。
味は特に気にしない。暖かくもない、しかし俺には十分な栄養が体に染み渡った。
後日。両親以外の面会人が来たという。
名前は貞本。助けた妊婦の旦那だ。
彼はこの前病院であった時とは違い、髪型もキッチリ固めていた。
「久保川信作さん。まさか私の妻の命の恩人とこんな形で会うことになるなんて残念です」
「まあな。あん時、病院で自首しとけば良かったっかもな」
俺の言葉に微かに笑った貞本だったが、すぐに警察官の目に戻った。
「久保川さんはある意味、警察への協力者なんですよ」
「どういうことだよ」
「まずあなたの拾った子供のハンカチ、そして電話番号の書かれた紙。この証拠品から三好家族を逮捕することが出来ました。それに、バスターミナル周辺であなたを捜索していたおかげで4人の少年のカツアゲを現行犯逮捕出来ました。」
「へー。俺って役立ってたんだ」
「最後にひとつ。元気な息子が生まれましたよ」
そういうと、貞本はスマホの画面にうつる小さな赤ちゃんと妻の写真を見せた。
母子ともに健康そのものどった。
俺はなぜか涙が出た。
「久保川さんのお父さんが破壊した賽銭箱について示談交渉してくれてるそうですよ。話がまとまればあなたは不起訴処分で釈放されます」
「そうですか」
父が俺のために、そんな事をしてくれていたとは知らなかった。
「ゼロからやり直して下さい。まだ間に合います」
「はい」
俺は涙のせいで霞む視界の中、震える声で答えた。
ここからがスタートだ。
多少、地元の人々の目は冷たかったが、俺はこの春から農家として働いている。
父と母とも関係は良好だ。
もう賽銭泥棒はしない、たくさんの人との関わりや繋がりの中にある人生を無駄にはしない。
俺は、今日も日差しの中で仕事を始めた。