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第一巻・番外編 神話・遅刻・収穫祭

登場人物


ルゥコ………本編の主人公。シュム村生まれ、シュム村育ちの少女。


カウル………ルゥコの幼馴染。〈霊切れ〉。

ヌイ…………語り手。ルゥコの幼馴染。医者の家系。


ネーヴ………シュム村の長老。

イギル………シュム村の役人。

ウシグ………シュム村の医者。〈森の人〉。

×


 〈世界樹〉の実が成って、その収穫祭が始まる。


×


 今朝起きたとき、おじいちゃんから言われた。


 私たちの村の始祖とされる〈風の王〉(ベル・ハ・ルーハ)たちが、神話の中でそれを使って、世界を創造したという、〈世界樹〉。その木の実が、数十年ぶりに収穫されたのだそうだ。

 当然私は、初めて立ち会うことになる。以前には、おじいちゃんがとても幼いころに一度だけあったとか。おじいちゃんは村の中でも高齢なほうだから、他にこの祭りを見たことがあるのは、きっと長老様ぐらいのものだろう。

 マントを羽織り、箒に座って、いつものように学校へ飛んで行けば、エニク先生に「集会所へ向かえ」と告げられた。ほかの先生も、儀礼の際に着用する〈森の人〉の装束を、そろって身に着けていた。〈世界樹〉の枝葉からとった繊維で作られた、ローブや帽子。意図的に〈世界樹〉の葉を残して作られた、儀礼用の箒。普段の役人制服と違って、ボリュームのある、毛の塊のような印象だった。

 〈森の人〉たちの姿を見て、「妖精みたいだ」と漏らす生徒の声も聞こえた。そうだろうか、と私は疑問に思った。あんなに毛むくじゃらな妖精なんて、見たことなかった。しかし、私たちと同じ森に暮らしていると言っても、全ての妖精を知っているわけじゃない。彼ら妖精と、私たち人間との接触は、推奨されていないから。〈森の人〉らはこの手の掟を厳しく説く。おじいちゃんも例外ではなかった。それに、〈世界樹〉の上で生活がほぼ完結する私たちにとって、森の中の妖精たちと直接関係する機会だってほとんど無い。狩猟はそれを専門とする人たちの仕事だったし、現代ではすでに、狩猟に依存した生活はしていなかった。


 学校は〈世界樹〉の幹をくりぬいて作られており、集会所とも繋がっていた。集会所への経路も、村伝統の模様を用いた、特別な飾りがしてあった。〈森の人〉たちを含め、ほとんどの人々が初めての収穫祭だろうに、いつの間にこんな準備をしていたのだろう、と思った。そりゃあ、私だって、収穫祭のことは知っている。伝承が残っているからこうして執り行うことができるのだ。しかし、知っているのと実際にやるのとでは違うってことも確かだろう。

 私自身の境遇と重なっているのかもしれない。私は、医者になるべきなのかな。勉強だけしたって、誰かの力になることなんてできる気がしなかった。ただ家系だからと言うだけで。


×


 集会所にたどり着いた。普段は食堂として使われていて、机や椅子が整列してあるのだが、今日それらは片付けられていて、代わりに部屋の中心には、四角い祭壇のようなものが出来上がっていた。

 世界を創造し、私たち人間を作り出したとされる、四柱の〈王種〉。彼らになぞらえてなのか、四や四角というモチーフが、お祭りのときには頻出する。

 祭壇を中心に、人だかりが円形にできていた。そこに合流し、しばらく待っていると、やがて村中の人々が集会所に収まった。カウルの姿は見かけたが、ルゥコが見当たらなかった。二人は、私の幼馴染だ。カウルには〈霊切れ〉という先天的な障害があるため、魔法がうまく使えない。だから、ルゥコがいつも彼を連れて、一緒に登校するのだった。しかし今日は一緒ではないらしい。二人の保護者代わりをしている役人のイギルさんが、カウルを椅子に座らせると、何か話した後、集会所から出て行ってしまった。

 ルゥコはいつも川で沐浴をする。冬も近づいて寒くなってきているというのに、「これをしないと目が覚めない」とか言って。だから朝寝坊することも、遅刻することもそんなに無かった。授業中は寝てばっかりだけど。何かあったのだろうか。心配になる。


×


 私の不安をよそに、〈世界樹〉の実が姿を現した。過剰なまでに着込み、仮面を着けた四人の〈森の人〉が、それを厳かに祭壇へ供えた。ふわふわと細かい毛が生えている〈世界樹〉の実は、人の頭より二回りほども大きかった。

 四人の〈森の人〉は、頭の仮面から足先のブーツまで、〈世界樹〉由来の繊維でおおわれて、誰かの見当もつかないほどだった。違いは仮面の色くらい。〈王種〉それぞれが司っている〈元素〉、地・水・風・火を象徴した色に塗り分けられていた。観衆にいないようだから、あの四人の中におじいちゃんがいるのかもしれない、と思った。しかし、〈森の人〉らは統率された舞を踊っていて、身のこなしからの推測もできないほどだった。

「其れは我が光、遍く照らして総てを満たす」

 収穫祭が始まった。〈王種〉の役を演じる四人の司祭たちは、神話をなぞり、それぞれの〈王種〉が得意とした〈属性魔法〉(リゾーミア)の呪文を歌いながら、〈世界樹〉の実を攻撃する。

 魔力を込めていないのではないか、と思うような小規模の魔法だった。神話通りに本気で攻撃して、大惨事にでもなったら困るけど、なんだかちょっと醒める。


 〈世界樹〉の実は、切れ込みでも入っていたのか、四人分の魔法を受けた後、きれいに四等分されて、中から種を現した。〈創世神話〉では、はじめから種だったはずだけど。

 シワシワで硬そうな種を見て、〈世界樹〉も植物なんだ、と思った。生まれたときから木の上で暮らしている私にとって、〈世界樹〉とは初めからあるものだった。〈創世神話〉のなかでも、〈世界樹〉ははじめから種として登場していた。それ以前のエピソードは、私の知る限り存在しなかった。

 だから、それに始まりがある、ということがピンと来なかった。しかし種があるということは、神話の中でも、現実でも、それを実らせた〈世界樹〉が先にあった、ということになるのだろうか。そうすると、またその樹が生えてくるための種があるべきだ、となってしまう。樹が先か、種が先か。よくわからなくなってきたけど、現実存在しているものなのだから、どちらが先かの答えが、きっと歴史上にはあるのだろう。

 神話的な原初の〈世界樹〉が実際どうであろうと、私たちの暮らすシュムの〈世界樹〉には、それが生育してきた記録が、年輪として刻まれている。この大樹がここに植わる前、この土地はどんなだったのだろうか。この種を植えたら、新しく〈世界樹〉が生えるのだろうか。集会所の天井にあるその模様に目をやった。


 私の思いをよそに、儀礼は先へ進んでいく。〈森の人〉らによる再度の攻撃で、種も四等分された。種の中身は白く、先ほどよりもおいしそうに見えた。そのあと、種は集会所の奥へ運ばれていった。集会所は普段食堂として開放されている。つまり〈世界樹〉の種は、調理場へ連行されたということだろう。

 戻ってきた〈森の人〉らは、余った種の殻を使って、祭壇の上で何かを組み立て始めた。天地創造の再現だろうか。たくさん着込んだ彼らは手元がおぼつかないらしい。アーチ状の何かを組み立てては何度も崩壊し、そのたびに観衆たる私たちは落胆の声を上げた。さっきまでの舞と比べて絵面は地味だし、奥の調理場からは料理の匂いが漂ってくる。そのよくわかんないやつを早く完成させて、収穫祭をさっさと終わりにしてほしかった。


×


 初めて見るはずなのに退屈な、長い儀礼が終わった。私たちには、〈世界樹〉の実や種の中身を使った料理がふるまわれた。食べることで、その力にあずかろうというわけらしい。

 私たちは動植物を食べることで魔力を得る。動物たちも他の動物や植物を食べる。こうやって魔力が世界を循環する。魔力がすべてに通じていて、すべては魔力で繋がっているという考え方を、たしか〈汎魔論〉とか言うのだそうな。最近勉強した話にあった気がする。これに倣えば、ゴミ捨ての儀式も〈汎魔論〉的な儀式ということになるのだろう。

 私はカウルのそばへ向かった。ルゥコもイギルさんもいないのなら、私が彼を手伝うべきだろうし、ルゥコのことも訊きたかった。カウルは、「僕のところにも来なかった」とだけ答えた。あいつも寝坊することくらいあるだろう、という風だった。

「ルゥコのこと心配じゃないの?」

 責めるように私が言うと、カウルは「心配しすぎだよ、ヌイもルゥコもお互いに」と言って笑った。ルゥコの過剰な世話焼きと、私を同列にしないでもらいたい。


 カウルの分の食事をとってやった。先ほど割ったばかりの、〈世界樹〉の種を練りこんだパンだった。ほかにも、フウセンジカの焼肉とか、クォルの実のクッキーとか、普段この季節に、食堂では出てこないようなメニューが並んでいた。冬が近づくと、狩猟が制限され始める。買ってくる肉も村で貯蔵されている肉も、長期保存のため基本的に干し肉にされる。そうじゃないのは珍しい。クッキーも、砂糖がふんだんに使われているようで、甘くておいしい。

「んぐっ」

 料理に舌鼓を打っていると、カウルが呻いた。何か詰まらせたのだろうか。慌ててその辺にあった飲み物を渡した。

「動物の乳じゃないね。〈世界樹〉の種から作ったのかな」

 飲み干した直後に、カウルはそう呟いた。まったく心配させやがる。しかし〈世界樹〉の種から、その乳白色の液体が採れるものなのか。不思議に思った。


×


 食べ始めてからしばらくすると、集会所の中心に巨大な壺が、〈世界樹〉の種代わりに持ち込まれた。長老様だろう。彼女は自身の部屋からあまり出てこず、集会の時も〈水鏡面〉での遠隔通信を使って演説することが多かった。

「私もこの収穫祭を経験したのは数えるほどでね。年甲斐もなく緊張してしまったよ」

 長老様の言葉で、場が和んだ。彼女はとても長生きだった。おじいちゃんが生まれたときには、すでに今の長老様が長老をしていたらしい。ほかの人が長老をしているところを、もう村のだれも見たことが無いのではないだろうか。

「〈風の王〉から脈々と受け継がれるこのシュムの〈世界樹〉に暮らす、われわれ〈傅きの民〉の長老の任を受けている者として、この収穫祭を執り行うことができたのは非常に喜ばしいことだ」

 長老様の演説の最中に、カウルが呟いた。

「こんな大きな実が生ってたら、存在に気づきそうなものだけど。収穫祭やるまで誰も気付かなかったのかなあ」

 〈世界樹〉は大きい。その内側で暮らしていたら、見えない範囲も広いだろう。冬の森には、基本的に入ってはいけないことになっているし、外から見る機会が無かったからかもしれない。

 冬の森への立ち入りが禁じられているのは、妖精たちの場所となるからだ。この掟がどういう意味か具体的には知らないけど、それが〈森の人〉らの説く、〈風の王〉によって定められた、大事な戒律だという。

 それが破られると、人間は妖精に酷い目にあわされるのだとか。私も小さいころから、伝説や昔話の類を聞かされて育った。「木に変えられた男の話」、「閉じ込められた狩猟者の話」……。どれも、妖精の前でよくない振る舞いをした人間が、罰を受ける話だった。しかし、そのどれもが、理不尽と言える仕打ちだった。妖精にくすぐられて笑ってしまうと、特殊な空間に閉じ込められて一生出られなくなる、そんなような話もあった。

 冬でなくとも、森に妖精はいる。おとぎ話にどれほどの真実が込められているのか知らないけど、〈森の人〉らが語り継いでいることには一定の意味があるのだと思う。

 そう考えると、ルゥコのことで不安になってきた。いつも心配させられるこっちの身にもなってほしい。しかしカウルはさほど気にしていないようだった。

「あの掟は、人間だけじゃなくて妖精にも向かって語られたものだ。人間とかかわると、彼らも粉末のようになって消えてしまう。人間と妖精がかかわりあうなんて、お互いに利益が無いのだから大丈夫さ」

 カウルは半笑いだった。そのへらへらした顔が気に食わないけど、たしかに私が心配したところで、何かが変わるわけでもない。私にできることなんて、特にないから。


 そう思いながら、耳飾りへ無意識に手が伸びる。ルゥコが小さいころに、〈世界樹〉の枝の端材を削って作ったお守りを、私が改造したものだった。お守りを作る際には、相手のことを想って念じるのが、伝統的な魔法の過程、〈魔技〉(メグネ)だった。〈世界樹〉の端材とはいえ、そこには彼女の、私へ向けられた想いがある。そう考えると捨てられない。

 もう何年も前にもらったものだった。捨てることなんてできないけど、仕舞い込むのも気が引ける。だから、アクセサリーとして私が改造したのだった。私が手を加えたことで、もうお守りとしての魔法の力は、無くなってしまっているのかもしれないけど。おじいちゃんとの特訓が増えて、放課後にみんなで遊ぶ時間も減ってきている。そんなときでも、これがあれば、彼女たちと一緒にいる、そうやって自分を奮い立たせられる。

 木の部分に埋め込んだ、ガラスのパーツに手を触れる。彼女の無事を祈った。



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