推しに好かれて最高です?
「お嬢様が意識を取り戻しました!!」
バタバタと周りが騒がしい。
「エミリア!」
せっかく気持ちよく寝てたのに、うるさいなぁ。
「エミリア、ここがどこだかわかるかい?」
どこって、私の部屋でしょ?
ていうか、エミリア?誰それ。私は絵美なんだけど・・・いや、私はエミリア?
んんん?
「お嬢様!」
「エミリア!あぁ、よかった。もうダメかと思ったよ!」
「おとう、さま?」
ベッドサイドに座り、私の手を握っているダンディな男の人。絵美の記憶では知らない人だけど、"お父様"だとわかる。
「エミリア!」
バンッと蹴破る勢いでドアを開けた美しい女性は、私の"お母様"。
「意識が戻ったって聞いて!本当によかった!」
"いつもは"お淑やかで淑女の鑑!て感じの人なのに、ボロボロ泣いてお顔はやつれて・・・。
それだけ"家族"に心配をかけてしまったようだわ。
それにしても、なんでこんなことになったんでしたっけ?
「エミィ!」
あら、お兄様まで。
「本当にお転婆なんだから!木から落ちたって聞いたぞ!」
あぁ、確か降りられなくなった猫を助けようとして・・・足を滑らせてしまったのね。
「心配かけてごめんなしゃぁい。」
「お兄様が絵本を読みに毎日来てやるから、しばらくは部屋から出ちゃダメだぞ!」
えーーっ!とぷっくり頬を膨らませてから、あれ?なんだかすごく子どもっぽいことしてない?と気づく。忘れかけてたけど、私は絵美じゃなかったっけ?日本の、女子高生の。
「ご主人様。お嬢様も起きたばかりですから、無理は禁物です。」
ザ!って感じの格好をした執事さんがお父様に声をかける。
「そうだな。何かあったらすぐに言うんだぞ。夕飯までゆっくりしなさい。」
「はい、お父様。」
まだ近くにいる!て言うことを聞かないお兄様を、お母様が引きずっていく。
そこはお父様じゃないのね・・・。
3人と執事が出ていくと、途端に部屋は静かになった。
ゆっくり状況を整理するのにピッタリね。連れ出してくれた執事のセバスに感謝しなくちゃ。
さて、今の私はエミリア・シューリット。地位的には辺境伯の娘、つまり伯爵令嬢。髪の色は・・・白ね。瞳の色はお母様と同じ空色。歳は・・・先日、6歳の誕生日パーティをしたばかりだったわね。
そして絵美の記憶。
絵美は・・・うん、これは死んでるわね。だって、通学の為に乗ったバスが橋で大きく傾いて・・・からの記憶がないんだもの。これは転生というものかしら?2つの人格があるわけではないから、憑依って感じでもないみたいだし。
それにしても、何か大切なことを忘れている気がするのよね・・・。私の名前だからかもしれないけど、それ以上にエミリア・シューリットっていう名前に馴染みがあるし。
とりあえず、日記でも書いておこうかしら?この記憶は木から落ちた衝撃で一時的に思い出したものかもしれないもの。絵美の記憶は忘れない方がいい気がするのよね。
ベッドサイドに置いてあるベルを鳴らすと、私付きの侍女がやって来た。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ラナ、今日から日記を書こうと思うの。急だけど用意してもらえる?」
「日記・・・ですか?」
今までのエミリアなら日記を書くなんてしない。だからといって、そんな驚かなくても。
「木から落ちて、頭も打ったでしょう?だから記憶が少し混乱していて・・・。あ、お父様たちには言わないでちょうだいね。これ以上、心配をかけたくないの。」
「かしこまりました。しかしお嬢様。日記を書いたから安心だとか言って、これ以上危ないことをするのはおやめ下さいね?」
「もう、そんなんじゃないんだから!」
ラナはまだ疑っている顔をしているけど、私ってそんなに信頼ないかしら?・・・まぁ、これまでに何度かラナの言いつけを破って、怪我したことがあるけども・・・。
それにしても、文字がもう書けるようになっていてよかったわ。お兄様のおかげね。勉強があまり好きではない私のために、パズルゲームを使ったり絵本を読んだりしてくれた。
この歳で文字を覚えているのは、貴族の中でも早い方だ。中にはこの歳から文字を覚え始めるところもあるらしい。私が文字を覚えたのは4歳の頃。当時はお兄様が「天才だ!」なんて私を褒めていたけど、お兄様と遊ぶのが楽しくて覚えただけで勉強は得意ではないのよね。
ラナが持ってきてくれた日記帳は鍵付きで、ロココ調と言えばいいのかしら?濃いブルーをメインに、銀の装飾がついている。私の中の絵美の言葉を借りれば、ザ!貴族!て感じの日記帳。それにしても、6歳の子供に渡すには渋い色合いじゃない?私の部屋はパステル系の色合いが多いのに。
「実は、お嬢様が日記を書きたいと仰ったとサイラス様がお知りになりまして。」
「お兄様が?」
「はい。是非、自分のオススメを、とくださったのです。」
なるほど。この色合いはお兄様の趣味でしたか。自分の手持ちで使ってないものをくださったのでしょう。
「ありがとうと伝えておいてもらえるかしら?もちろん、お会いした時に直接言うつもりだけど。」
「かしこまりました。」
「それから、こちらを。」
「ガラスペン?」
「はい。こちらは旦那様からプレゼントだそうです。インクと一緒に、お嬢様にと。」
「あら、お父様まで?」
透き通るような黄色いガラスペン。お父様とお兄様の瞳の色と同じね。なんだか愛を感じるわ。
「今日の夕食はお父様も一緒かしら?」
「はい。今日は急な仕事もありませんし、お嬢様が倒れてからはなるべく外出なさらないようにしていらっしゃいましたので。」
よし、じゃあ2人には夕食の時にお礼を直接言えそうね。
「ありがとう。」
「では、隣に控えておりますので何かあればお呼びください。」
ラナが部屋を出るのを見送り、テーブルの上に先程もらったものを広げた。
絵美の頃はガラスペンどころか現代的に進化した万年筆さえ使ったことがなかったけど、エミリアの記憶のおかげで使い方はわかる。
今日、思い出したことを日記帳にまとめて書き留めた。といっても、そんなに多くは思い出せていないけど。今回の落下事件みたいに、何かがきっかけで思い出すこともあるかもしれないしね。
さてさて、夕食まで時間はあることですし一眠りしようかしら。動き回るより、怪我にもいいでしょうし。
使った道具をチェストの上段に入れた。念のため鍵付きの引き出し。
この世界で、前世の記憶持ちがいるのは普通なのか。まだ知らないし、そんな人のことを聞いたこともないからね。用心するに越したことはないわ。
部屋を出る前にラナが用意してくれた紅茶を飲み干して、再びベッドに戻った。