30-1 微笑みと怒り、ムカエルとスマイル
海の向こうから朝日がのぼる。夜明けと共に、さあ見えてきた。城エリア・ジュフタータ迷宮国だ。
エルフのエルフェン国は城エリア西部、小人のクレイン国は城エリア東部、ダンジョンコアがあるジュフタータ迷宮国は城エリア中部に位置している。
草原・森・火山エリアのような、ありのまま自然に任せた土地と違って、三カ国では舗装された道路や住宅地が広がっている。
電気は無いが、浄水場から排水施設まで揃っていて住み心地はいい。これらは全て在来種民族の手で作られた。潜在的な技術力は近代と同水準と見ていいだろう。
エルフェン国とクレイン国の二カ国に挟まれる迷宮国だが、二カ国から直接攻められることはない。その理由は大陸の形にある。
ジュフタータ大陸は鳥の足跡の形をしていて、三カ国の国境は海で隔てられている。三カ国間の海上距離は長い。陸路で火山エリアの山脈を越えるか、森エリアから迂回したほうが国境を越える近道になる。足場の悪い火山エリアの山脈を徒歩で越えるのは自殺行為であるため、大軍での移動は森エリアからの迂回が最善のルートになるだろう。
要するに激戦区は森エリアになるわけだ。森エリアの占拠を任されたダークエルフ達は優秀なメンバーで構成されていたというのがよくわかる。なにせ火山エリアを担当するのが理性の劣るサキュバスなのだから、ダークエルフは比較的マシな部類だろう。
迷宮国上空を優雅に飛行して魔王城のある首都を目指す。眼下には火山エリアから流れ込む綺麗な川、その周りに美しい田畑が広がっており、色彩豊かな果樹園も多く見られた。今回の戦線に加わらなかったダークエルフたちがせっせと汗水を流している。
こうして飛んでいるから敵とエンカウントしないが、徒歩ならば首都までの道のりで襲われたりする。穏やかに見える百姓たちでも、道行く人が余所者とわかれば表情を変えて農具を振り回してくる。時期が時期だけに今は出払っているが、普段は用心棒のオークやゴブリンが付近を巡回しているため、戦闘を避けて通るのは難しい。
迷宮国は複数の種族が共存する稀有な国だ。他の国ではダンジョンモンスターであるオークやゴブリンなどが討伐対象になっている。
城エリア級ダンジョンモンスターは他にもオーガやリザードフェイスなど居るが、森エリアでも見ることはなかった。戦線に加わらなかったか、火山エリアに居たのだろうか、よく見てなかったからわからん。
村々を抜け、山を抜け、また村々を抜け、川をまたぎ、ついに城が見えた。
城下町は上空からでも視界に収まらないほどの広さで、海沿いから反対側の海沿いまで広がっている。
驚くべきはその広さだけでなく景観の素晴らしさもだ。城下町の大門から、まるで平安京の朱雀大路のような一本の大道りが城まで繋がっている。その造営には、信仰する神を歓迎する上で無礼のないようにと、最大限の努力が感じられた。
この都を造ったのはダンジョンコア。元々こうだったから俺が造ったわけじゃないが、迷宮国は俺の支配下にある。
ダンジョンコアの履歴を見たら最初の方でこの都が造られていた。創造者は不明。その性質上、ダンジョンコアに設定を施した元々の創造者がいたんだろうけど、今は俺のもんだ。俺のだ。
後からノコノコと来た先輩使者が、俺の都を土足で踏み荒らしているんだから怒りも湧いてくる。それが親の仇なら尚更だ。
ムカついてきたから、逆らう住人を虐殺するつもりで、堂々と大通りを歩く。ところが俺の思惑とは真逆のことが起きた。
住人たちは道端の店や家から出てきて、俺にお辞儀してきた。これは不思議だ。奴らは俺を主人と認識しているのだろうか。
初めて魔王城を攻略したあと、ダンジョンコアに支配者登録を済ませたことで、ダンジョンについて多少は詳しくなった。
ダンジョンモンスターはシステムに従いやすいことから、ダンジョンモンスターに依存する迷宮国の統治は後回しにしていいと考えた。
そのときは地球で別の仕事が立て込んでいて、支配者登録後すぐに迷宮国を離れたため、ここいらのモンスターたちとは面識がない。
ダンジョンモンスターのオークやゴブリンは言わずもがな敵対していた。ヤタガラスやトロールなども、俺が直々に懐柔するまでは敵対していた。そのことから、お辞儀を見せる初対面のこいつらも敵対しているはずだ。
それなのに住人は反抗する気配も攻撃してくる様子もない。町に漂う空気は穏やかだ。
何事もなく大通りを渡りきり、城の前まで来てしまった。降りたままの跳ね橋を渡り、大きな城門の前で立ち止まる。
俺の帰還を目にしておいて、身動きひとつ見せない門番が目障りだ。こいつを殺し、閉じたままの城門を壊してやろうかと構えたところで門番が動いた。
「門を開けろ!」
「はっ!」
門番は俺に一言も声をかけず、城内へ門を開けるように指示した。中の者も何の疑いもないまま返事して、門が開かれる。
うまくいきすぎて怪しい。怪しがらないほうがおかしい。
開いた門の先では、跪いた魔王城モンスターたちが二列に並んで道を作っていた。
彼らは惨めにも朝露に濡れた芝生の上に膝をつけている。中には魔王城の主でラスボスであるはずの〈博多鬼人〉も参列していた。
モンスターの様子からして、どうやら既に俺の来訪は先方へ伝わっているらしい。もしくは、ずっと跪いた状態で俺の来訪を待たされていたかだ。
城の扉が開く。中から喪服を着る天使が現れた。戦闘の意思はないらしい。挨拶の仕草を見せると背中を向けて歩き出した。どうやらこの天使は案内人のようだ。
天使の後をついて行く。玉座のある大広間まで連れて行かれた。本来ここはラスボスと戦いを繰り広げる場所だ。
大広間では、予想していたよりもずっと粗末な者たちが俺を迎え入れてくれた。
俺を倒すために多くの先輩使者が待ち構えていると思いきや、広間にいるのは使者ですらない天使ばかりだ。
数々の先輩使者を葬ってきた俺を警戒してたんじゃないのか。罠じゃなかったのか。
それとも他の先輩使者の助力無しで俺を相手するつもりなのか。
「よお。茶化しにきたぜ」
真っ先に目を向けたのは玉座。そこに座る者は、まず間違いなく日本の仇だからだ。
玉座にいたのはハンティングキャップを被り、安物のパーカーを着た金髪少女だった。スマートフォンを両手持ちで操っている。
「今デイリー終わらせるから、ちょっと待つのじゃ」
デイリー……? デイリーミッションのことか?
もしかしてアプリゲームをやってんのか。俺も昔はそれに時間を奪われていたぜ。
「それオンラインか?」
「便利じゃのう。この〖明鏡止水〗というスキルは。これさえあれば、わざわざ携帯キャリアと契約しなくて済んだのにのう」
なるほどなるほど。新しいスキルにも即対応か。やるやん。
「俺に手紙を出したのはおめぇか?」
「そうじゃ。ずいぶん遅かったのう」
実家のピラミッドに送られてきた手紙を出して広げる。
『新人の君をゲームに招待する。君に死をプレゼントしてあげよう。鬼の城にて待つ』
「手紙の文とキャラが違うやん」
「それは天使に書かせたものじゃ。わざわざワシが書くものでも無かろう。先ほどからうるさいぞ。こっちに集中するから待っとれ」
なんか拍子抜けやな。こっちは静かに怒りを溜めてきたってのによ。こうものんびり構えられると緊張感がなくなる。怒りも次第に失せていく。
しかし意外やな。先輩使者にも不真面目な奴がおるやんけ。相手の出方を探るために少し煽ってみるか。
「わざわざ? わざわざ砦まで来てトロールを殺していったのはおめぇやないんか?」
「それは……ワシじゃな。主神天ムカエルとはワシのことじゃ」
それだけ聞ければ充分だ。
〖スーパー黄色人〗〖神パワー:高速移動〗〖黒紫のオーラ〗
時が止まる。減速した世界とか、加速の先の世界とか、そんなちゃちなものではなく完全に時計の針が止まった世界。
『針の世界』系のスペックを持つ存在だけが物を動かせる世界。俺の場合は、『針の世界の支配者』というスペックを『極複製神の神鏡』で肉体に染み込ませている。
自力で取得したいが、どんな条件を満たしたら『針の世界』系を得られるのかわからない。どんな仕組みかもわからない。道具の製造方法を知らずに使っている感じだ。
でもまあ。世の中そんなもんだ。使えるなら使う。使い方がわかれば中身は知らないでいい。
論理的には動くことができないはずの世界を自由に動く。
黒紫のオーラを絡ませた拳を握り、写真のように固定された世界の中を走って、ムカエルに殴りかかった。




