22-2 めざせ、指定モンスター!
「ふぅ……」
別れの余韻が空気となって漂っている。
「ふぅ……」
二度もため息がこぼれる。教え子たちの前でドラマチックなシーンを演じるのは精神な疲れをもたらすわ。誰も一言も発しないもんな。
「まぁ、なんだ。ケーさんにもそのうち良いことあるさ」
「そ、そうそう。そうですよ。ケーちゃんさんにはオレたちがいますから!」
「オラもオラも」
いろいろ察してくれてありがとうやで。何も言わずとも失恋したことが伝わったんやな。
「みんな……これから俺のことは先生と呼んで欲しいぜ。
あとさ。もうちょっとだけでええから、帰るのは待っててくれや。いつでも出発できる準備だけしとってくれ」
立ちくらみがして立っていられない。倒れるように屈んでスマートフォンを取り出す。早く鳴れ。
コロコロリー……コロコロリー……
スマートフォンからコオロギの鳴き声。着信相手の名前は〈白田ヤヨイ〉。
『もしもーし。周りに人いるー?』
周りを見渡しても『人』はいない。
「いないぜ」
『無抵抗に捕まったよー。で、弟くんも一緒なんだけどさー』
「そっちは無関係やから解放してほしいぜ」
『いやー。そういうわけにはいかないんだわー。親からそういう教育を受けてるかもしれないわけでしょー?』
「せやな。ヤヨイさんの言う通りや。警察なら聴取したくて当然やな。でも人の頭ん中を覗ける俺からしてみりゃ、時間の無駄だぜ。ロロくんから出てくるのは家族関係だけや。
ロミ少佐との思い出話を聞いておきたいなら、それだけ聞いて帰してやって欲しい。あんまり長くは拘束せんでやってくれ」
『ふーん。まー、掛け合ってみるわー。それで今回の報酬はどうする?』
「別にいらねーけど、一応口座に振り込んどいて欲しいぜ。しばらくは博多ダンジョンでモンスターを育てるんやわ。多分またお仕事が増えるかもしれんけどすまん。
指定モンスター候補たちに会いたかったら森エリアの巨石を探してくれや。巨石の穴が示す方向に進めば俺に辿り着くけんさ」
『連絡はつかないわけね。了解。じゃあまた……ケーちゃん元気出してね』
「寝取られ耐性はあるんや。じゃあな」
周りに『人』はいないけど、今の話を『モンスター達』は聞いてたみたいやな。
「ケーちゃんさん。今の話本当なんですか」
「ハナマルくんすまんな。ロロくんは警察に連れて行かれたわ。ヤヨイさんに任せればすぐに帰してもらえるやろうから、変な気は起こさんでくれよ」
「……はい。ケーちゃんさん先生がそう言うなら信じますよ。そのヤヨイさんって人のことは信じられないですけど」
「ケーちゃんさん先生やと長いから、もう少し縮めような」
「はい!」
よし。気持ちを切り替えて再出発。三人は元気いっぱいだ。しっかり死んで睡眠をとったもんな。俺はロミ少佐の監視のために数日間起きっぱなしで疲労困憊や。失恋まで重なって心がボロボロだぜ。精神が崩れれば体調が崩れる。触手が元気をなくしてヘタレとるわ。
「エルフ村へ帰るときは力を貸さないぜ。ステータス的には万全なトリプルへッドボアをギリギリで倒せる感じやな。その辺のやつでレベルを上げてから進むぜ。死骸は食う分だけ持っていくか放置でいく。バイオームを破壊するつもりで片っ端から潰していけ」
三人は肩を組んだ。欠けた円陣だ。俺も加えてくれるみたいで四人で円陣を組む。
「「「「えいえいおー!」」」」
掛け声をあげ、士気を高めたら殺戮開始。
サキさんは刀に火炎のオーラを纏わせ、黒ヒツジの胴体を泣き別れさせた。羊毛を燃料にして死体が燃え上がる。次々と動物性の焚き火が増えていった。
ハナマルくんは双剣を前面に構えて強靭な脚力で駆け回り、モンスターを見つけると一直線にタックルして刺し殺した。まるで芝刈り機かと思わせる勢いで草原を切り裂いていき、切り拓かれた道の跡にはモンスターの死体が転がっていた。
ユーキちゃんは武器を持たない。解体ナイフを構えるが一体も倒せずにいる。他の二人の爆走のせいでモンスターが近寄ってこないのもある。ユーキちゃんがモンスターを見つけたかと思ったら既に死体と化していた。
二人と比べて圧倒的に足が遅い。そして狩場が悪い。武器もない。
「さすがに最初は手を貸すわ。ユーキちゃんにはこれをやろう。盾と剣や。勇者といえばこれやろ」
「どうも、ばり助かります」
二人にあげたものと同じ魔法金属でできた盾と片手剣。これにも俺由来の素材を使い、工夫もしておいた。
「あの二人は放って置いても良さそうや。俺らはここから離れて狩場を変えようぜ」
「光がなかけん。なんも見えんとじゃん」
ああ、それで遅れてたんか。他の二人が夜の闇を感じさせない動きをするから、視界が悪いなんて気がつかなかったわ。でも丁度いい。さっそく盾の機能が使えそうだ。
「その盾に光れと念じてみ」
パァっと盾から光のレーザーが発せられた。出力と範囲は装備者のイメージで調節できる。俺の発光器と同じものが使われているとはいえ、相手を焼き殺したりはできない。殺傷力は低いものの、相手を怯ませたり、視界を確保するには充分な性能がある。威力を抑えることで魔力回復時間と釣り合わせており、永久的な使用を可能にした優れものだ。
日中の草原エリアには草食系モンスターが多く、肉食系モンスターとは滅多に出会わない。
それが夜になると巣から出てきた肉食系モンスターが増え、他にも死霊系モンスターが徘徊するようになる。
夜の草原エリアは日中の難易度とは全く別次元の難易度まで跳ね上がる。そのため管理センターは19時以降の入場を規制している。
視界の悪い状態で、好戦的な高レベルモンスターが寄ってくるのだから、管理センターの対応は当然の処置といえる。間違っても初心者を入場させるわけにはいかない。野営地の野外拡声スピーカーから放送されたり、見回りにきた自衛官達から日中のうちに引き返すよう警告もされる。レベル50相当でも常に死の危険が付きまとう危険なファーストエリアだ。
「強か! モンスター! 強か! 死ぬ! 先生! ほんなこつ! 助けて!」
ユーキちゃんの服は鋭い爪でボロボロにされていた。肉食系モンスター:博多猫に喉を噛みつかれそうなところを、ギリギリ盾で防いでいる。
「しゃーねーな。ひとつ条件があるけどええか?」
「よか! はよ!」
内容も聞かずに承諾するとはなんと怖いもの知らずか。よくある新規登録の利用規約じゃあるまいし。
まあでもそっか、俺に絶対服従やもんな。拒否する意味もないか。
現在ユーキちゃんを追い詰めている博多猫はマスコット系のモンスターである。可愛い面構えではあるが、獲物に対しては容赦ない攻撃で仕留める。
博多猫の模様は様々で今回のやつは白猫だった。
命名したのは福岡市長だ。博多猫は地域PRのためにグッズ化されている。もうひとつ博多ツチノコというのもいて、これもグッズ化されている。
どちらも人の身長ほど大きなモンスター。森エリアでも生き残れるほどの潜在能力がある。ルーキー殺しの要注意モンスターや。
「はよ! して!」
「しっしっ! あっち行きなさい!」
博多猫を軽く追っ払ってボロボロのユーキちゃんを治療する。
「ほんじゃあこっから方言禁止な。破ったらボディタッチするぜ」
「エッチ!」
「エルフ村で言ったように、指定モンスターになるには意思疎通ができんといかんのや。俺はユーキちゃんの言ってること理解できるんやが、もうちょっと抑えんと他の人には伝わらん」
「えーそがんこつ言われたっちなぁ。これで慣れとるもんやけん簡単にはできんがぁ。オラにゃ標準語のほうが難しくてわからんもん。きゃっ!」
元・男子中学生のお乳にタッチ。人間相手なら事案やが、この娘はモンスターやし合法や。
「せやな。ちょっとずつ慣らしていこうや。最初は単語を意識して短く喋ろうぜ」
「単語かぁ。わかったぁ。標準語。できん。難しい。わからん。これでよか?」
「うーん。ギリギリセーフやな」
それからユーキちゃんは巨大ネズミを優先的に見つけて狩るようにした。巨大ネズミは糞を落としながら移動するから、糞と足跡を追っかけたらすぐに見つかる。
周辺をうろついて見て回ったら、痕跡を発見した。
辿っていくと巨大ネズミの死骸があった。死骸にモンスターが群がっている。大型犬ほどの体躯のイタチが3匹もいる。名称は口裂けイタチ。
口裂けイタチはユーキちゃんを見つけるやいなや襲いかかった。
口裂けイタチが、首の付け根まである大きな顎を最大まで開いて3匹同時に飛びかかる。口内には無数の牙があり、食べカスと血が付いていてグロい。
ユーキちゃんと同程度の背丈がある口裂けイタチが3匹も相手だ。明らかに不利な状態のユーキちゃん。盾で捌けるのは1匹まで。片手剣を振り回して他の2匹を牽制するが、自由な1匹が背後に回り、ユーキちゃんの隙が大きくなる。
次第に完成した口裂けイタチのトライアングルフォーメーション。
ユーキちゃんが攻撃する素振りを見せると、その横っ腹に別の口裂けイタチが突進をかます。
体勢が崩れたユーキちゃんの首筋に向けて更に別の1匹が飛びついた。
「危ない! こわっ! このっ!」
喉への噛みつき攻撃は盾で跳ね返せた。しかし立て続けに1匹が足に噛みつき、噛んだまま暴れてユーキちゃんを転ばせようとする。
ユーキちゃんは片手剣を握り直し、反射的に足元の口裂けイタチの首を撥ねた。
首から先を切り落とされても、イタチの瞳に篭る殺意はそのまま残っていて、ユーキちゃんの足にしっかり噛み付いたままだ。
ユーキちゃんはイタチの首を外す暇もなく、左右から飛びかかってきたイタチ達に対応する。
「呼吸! できん!」
息つく間もなく2匹の同時攻撃。1匹は盾で弾き返したが、もう1匹が片手剣を持つ手に噛み付いた。
「ぎゃあああああああ!」
牙が食い込み、肉を裂く。絶叫と同時にユーキちゃんの右手から片手剣が落ちた。
ヒット&アウェイは終わり。口裂けイタチ達の一方的な攻撃が始まる。
片手に噛み付いたままの1匹は地に足をつけ、首の筋肉を働かせ、自身の側へとユーキちゃんを引っぱる。
引っぱられて体勢を崩したユーキちゃんの首筋に、もう1匹の口裂けイタチが噛み付いた。ゲームセット。
「ユーキちゃんにソロは早いわ。ねーイタチちゃん」
『そーだね! 僕らのトライアングルを破るのは一人じゃ無理無理!』
『なんで逃げないのか不思議〜』
『ねー!』
草原に寝そべるユーキちゃんの前に3匹のイタチの頭を並べる。馬鹿にされて悔しいのかユーキちゃんは涙を流していた。
「1匹は倒したやんか。ユーキちゃんはようやったよ。ねーイタチちゃん」
『うんうん。頑張った頑張った』
裏声に合わせてイタチの口を開閉させる。腹話術って難しいな。
「こわか。退けて。首。はよ」
「はいはい」
イタチの首を持ち上げると、ダラリと裂けた顎からダラダラと血がこぼれて俺の手を汚した。
「ひぃ!」
手を洗うついでに黒紫のオーラで消化する。俺ん家のダンジョン以外のモンスターってあんまり美味しくないんよな。魔石は美味いけども。
「先生って。どんくらいで強くなったん?」
胸にタッチ!
「きゃっ! 今のはセーフやろ!」
「いひひひひ。せやな。今のはセーフや。ユーキちゃんは俺の過去に興味があるんか」
「ある。強くなりたか」
「ほんじゃ、いつか話してやるわ。イタチ1匹で満足してる場合じゃねえぞ。最低でもレベル30にならねえと草原は突破できねえぜ」
円陣組んだのに団体行動じゃなく単独行動やからな。モンスターになったからといってトリプルヘッドボアを単独で狩れるとは思えん。なんせ個人探索者に推奨されるレベルは100やからな。ユーキちゃんのステータスは人間のレベル50相当しかない。
トリプルヘッドボア自体はレベル30やけど、がたいの大きさ、顎の力、牙の強度、すばやさ。殺傷能力の高さは見かけの数値では測れない。
やるなら三人でスクラムを組んでかからないと倒せない。ユーキちゃんひとりでトリプルヘッドボアを突破するのにどれだけ時間がかかるかわからん。
「とにかく敵を狩りまくれ。今のペースやといつまで経っても二人に追いつけねえぜ」
ユーキちゃんは巨大ネズミを探す。そのたびに死骸の巨大ネズミが見つかり、腐肉に群がる他のモンスターと1対多の戦闘ばかりやっていた。
博多猫に敗北。博多ツチノコに敗北。口裂けイタチ4匹のうち2匹を倒して敗北。スカルビーストに敗北。スカルマネキンに勝利。
「スカルマネキン! 探す!」
スカルマネキンとは人型の死霊系モンスター。二足歩行で、『人骨』に他のモンスターの骨が合体した未完成のスケルトン。
脆いモンスターだが知能があったら強そうなモンスターに見える。骨を吸収していくところに可能性を感じる。
「もうすぐ夜明けや。スカルマネキンは地中に帰るぜ」
「そんなー!」
「日が昇ったら草食系モンスターを狩れるからそっちでレベル上げすんべ。今のペースで戦うよりは効率がええわ」
「でも戦闘経験値。溜まったけん」
「せやな。戦いはレベルだけやない」
そうでも言って自分を慰めないとモチベーション上がらねえよな。わかるわかる。俺もあの思い出のダンジョンで、自分の体が変化しなくなってからはそんなことばっか考えてたわ。
「ちなみに。オラなんレベ?」
「レベル5や」
「結構倒したとに!」
戦闘力は微増。でも上昇ペースは一般的な上がり幅と同じ。レベル5+地球人レベル50のステータスって感じやな。その強さでも一人で夜は越えられない。
俺に治療してもらわなかったら死んでるか、生きてても探索者稼業を続けられない体になってたな。
一応、ダンジョンには宝箱が落ちてたりして、ワンチャン回復薬が手に入るから復活できるけども。これがなかなか落ちてない。モンスターを倒すと稀に上空から落ちてくるけど、今日はまだ宝箱と巡り合えてない。
ちなみに空から降ってきた宝箱が頭に当たって死んだ自衛官がいる。これはロミ少佐や。
上空から笛の音が聞こえてきたら要注意。その場からすぐに離れること。音楽聴きながら探索するのは絶対にやめたほうがいい。事故現場に呼ばれて蘇生したら、いの一番にヘッドホンの心配しててびっくりしたわ。
ユーキちゃんには警告した。他の二人にも言っておこう。
空があるダンジョンは上に気をつけろ。




