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18-1 全体、走れ!


 悪逆非道。この悪魔のために作られた四字熟語だったんだ。そう思わざるを得ないほど人の生き方をねじ曲げることに長けていた。

 それはきっとこの悪魔が自分の生き方を曲げていないからだと思う。人の道を逸れてきた僕の心をまっすぐな悪戯心で叩いてくる。何が正しくて何が悪いのか自分の心の指標がぐにゃぐにゃにされた。


 血塗(ちまみ)れの手で合掌し、ダンジョンモンスターを(とむら)う。

 事前情報では人語を操るモンスターがいることは知っていた。渓谷エリアの脇道深くに生息するモンスターだと資料にあった。

 そのモンスターは人に危害を加えることはなく、むしろ怪我した自衛隊員を助けたり食べ物をくれる善良なモンスターだという。モンスター名は『小人』。


 悪魔は刈り取った小人の首に紐を通してネックレスをつくり、世捨て人グループの首にかける作業をしている。新鮮な小人の血が世捨て人のスカジャンを赤く染めた。


 その小人たちを殺したのは僕らだ。

 触手を巻きつけられ、動きを封じられた小人の腹を槍で突き刺した。僕はあの感触を一生忘れないと思う。


 小人は日本語を話した。口に出すのは「なぜ」「どうして」「助けて」「呪ってやる」。


 とても小人の顔は見られなかった。殺すときは下を向いて槍を前に突き出すだけだ。

 泣き叫ぶ声、命乞いする声、怨嗟の声が耳にこびりついて離れない。女子供関係なく僕らが殺した。

 声が無くなったとき、悪魔は「ひとつの集落の小人を全て殺せた」と言った。


 そのおかげでレベルが25になったらしい。悪魔の言う通りなら確かに経験値は多いようだ。多いけど僕らは乗り気じゃなかった。

 僕らは経験値が良いからという理由で小人を殺したんじゃない。悪魔に毒を注入された小人が、地獄の苦しみを味わっていたから楽にしてあげたんだ。


 あれだけダンジョンを楽しんでいた世捨て人グループすら泣きながら小人を殺していた。なかには悪魔を棍棒で殴る人も出たくらいだ。

 悪魔は殴られて喜んでいたけど、それは殴るたびに小人が締め上げられ、命乞いが悲鳴に変わっていたからかもしれない。


 子どもを優先的に殺してあげようと僕が提案したときは、標的が悪魔から僕に変わるくらい状況は最悪だった。仲良くなった四人がフォローしてくれなきゃやばかった。


 悪魔はお仕置きと称して、世捨て人グループの面々に小人の首を与えた。連帯責任にしては重すぎる罰だ。

 帰ろうとする人は現れたけど引き返してきたし、発狂する人はひとりもいない。これも悪魔の計画のうちかもしれない。

 レベルが一気に上がったと悪魔に報告されたときには本心から喜んだ。表情に出た人もいたくらいだ。

 僕らはいつのまにか人の心を失いつつある。いや、大人に成長したのかもしれない。自己の利益のために小さな命を犠牲にできる冷酷な大人に。


「いひひひひっ! 似合ってるじゃねえか! これでおめえらに喧嘩売る奴は二度と現れないぜ!」


「ふざけんな!」「悪魔!」「こんな真似させやがって!」「地獄に帰れ!」


 世捨て人グループから非難の声が上がった。でもなぜだろうか、声に喜びの色が隠せていないのは。


 こいつらをダンジョンから出すのは果たして正しいことなのだろうか。スタートダッシュを決めた世捨て人を野放しにしても良いのだろうか。


 いや、この考えは間違いだね。野放しにしてもらわないと困るよね。世間にとっては世捨て人だろうが僕だろうが、同じ脅威に違いないもん。高レベルだからという理由で束縛されるのは嫌だ。


「よーし、次の集落を潰そうか!」


 非難轟々。悪魔は笑う。レベル30にして帰りたくないのかと問いかけてくる。


 みんなが「NO」を突きつけると悪魔がいじけた。


 小人を殺す前から「人を殺しているみたいで嫌だ」と言っても「たかがモンスターやんか」とスルーしていた悪魔がついに折れた。僕らはそもそも今日の研修でレベル30にすることを目標にしていたわけじゃない。この悪魔が勝手にそう言ってただけだ。


「やーめた。こんな言われるくらいなら引き受けなきゃよかったわ。こっからは自分らで帰れ。じゃあな!」


 背中の触手が翼になり、悪魔が飛び去っていった。あっという間に姿が見えなくなった。


「え? ちょっ! ケーちゃん殿! みんなで帰ろうよ! あーもう、無責任なんだから!!」


 大丈夫。お姉ちゃんと自衛隊のみんながいれば怪我なく帰れるはずだ。

 お姉ちゃんのステータスは知らないし、戦ってる姿を見てないけど信じるしかない。いくら駆け出しの探索者より僕らのレベルが高いと言われても、渓谷エリアの推奨レベル100には達していない。


「ここからは自分がガイドを引継ぎます。まだ早い時間帯ですが、予定を前倒しして帰還したいと思います。本当に申し訳ございません。それではすぐにでもこのエリアを離れましょう」


 お姉ちゃんは早口でしゃべる。まるで何かに追われているかのような焦りを感じた。


「全体、進め!」


 お姉ちゃんが先頭に立ち、やや早足で来た道を戻る。


 なんだか胸騒ぎがする。悪魔がいなくなった途端に周囲の空気が変わった。

 肉食獣が住む森の中に放り込まれたかのような緊張感。悪魔がガイドとはいえ、今まではサファリバスのような安心感があった。僕らは肉食獣の縄張りの中で、自分からサファリバスを降りてしまった。高レベルモンスター地帯に餌だけ残された状態だ。モンスターが僕らを見過ごすはずがない。


「各員! 探索者を警護! 各自襲撃に備えよ!」


 自衛隊員たちはダンジョンを往復してトリプルヘッドボアの死骸を運んでいたけど、必ず少人数はついてきていた。

 レベルがどれくらい高いかはわからないけど頼もしい人たちだ。ただ、僕ら20人を警護するには人数が足りていない。


「あの、みなさん……ちょっと良いですか……」


 メガネさんが僕ら四人だけに聞かせたいことがあるみたいだ。メガネさんの名前は佐々木サキ。オタクっぽくて寡黙だけど頭が切れる女子だ。耳を貸す価値はある。


「みなさんはビデオの内容覚えてますか。人数差を物ともせず、モンスターが襲いかかってくる場面は多々ありました。

 それなのに私たちが戦闘したのって、たった2回じゃありません? それがずっと気がかりで……」


「実はおいらも引っかかってるものがあるっす」


 この機に乗じてバンダナさんも疑問を口にした。名前は森アルムといって、細身で感覚が鋭い男子だ。フェンシングをやっているらしい。その直感力の高さから、ときどき核心をつくことを言ってくる。ふとした会話の中で、みんなの第一印象をゲームキャラに当てはめる遊びを始めたときだ。僕をゲームキャラに当てはめるなら『遊び人』って言われた時には焦った。隠してるつもりだったのに。


「あのガイドさん、遊んでただけとは思えないっす。おいらにはステータスは見えないけど、自分の心の中で恐怖に対する何かが変わったのは意識できるっす」


「ケーちゃんさんは本物の英雄だからさ。やり方はぶっ飛んでるけどオレらのことをちゃんと考えてるんだって。オレはそう信じてる」


「実は私もあの一言が頭から離れないのよねぇ。ロミさんが言ってたじゃない。『ケーちゃん殿は無駄がない』って」


 ハナマルとモモコまで悪魔の擁護をし始めた。みんな正気を失ってるみたいだ。


「みんな、あの悪魔の所業を良い方に考えすぎだよ。存在自体がホラーだもん」


「でもさロロ君。オレたち怪我したか? 確かに怖い思いはさせられたけどさ。ナイフは無事だし、レベルは上がっただろ」


「確かに体は無事だけど。レベルが上がったかは本当かわからないよ。ステータスカードが無いわけだから」


「オレは信じる。あれだけのことをしたんだからレベルが上がってないと気が済まない」

「そうよねぇ」「そっすね」「うん」


 ハナマルだって、モモコだって、サキだって、アルムだって、みんな泣きながら小人を殺した。わかるよ。レベルが上がっていて欲しい気持ちはわかる。でも僕は悪魔の言葉を信じられない。


「みんな現実逃避しすぎだって。あの悪魔がいなくなって、確かに命の危険を感じるようになったけど。悪魔に戻ってきて欲しいと思うのは危ない思考だよ」


「戻ってきて欲しいなんて言ってないけどさ」

「思ってるでしょ」

「それはみんな同じ気持ちだろ」


「全体、止まれ!」


 みんなを黙らせ、うつ伏せに寝るお姉ちゃん。地面に耳をつけて何かを聞いている。


「全体、走れ! 全速力で! 遅れたら死ぬであります! 殿は自分が務める! 各員は探索者の避難誘導! 上に気をつけておけ!」

「「「了解!」」」


 急に慌ただしくなった自衛隊員たちが僕らの背中を叩き、「走れ!」と急かした。

 指示通りに走るけど、何事かと思って後ろを振り向いた。


 後方から土煙を上げながら敵が迫ってきていた。大軍だ。装備を整えた人型モンスターが大軍で攻めてきた。

 ガチャガチャと重い金属音をさせ、鎧を着た猪が先行してやってきた。猪の上には槍を構えた小さな体格の鎧武者が乗っている。


「振り返るな! 前だけ見て走れ!」


 最後尾のお姉ちゃんに怒られた。だって気になるんだもん。


「もしかしてロロ!? え!! 生きてたの!??」

「いまごろ!?!???」


「ここは自分が食い止めるであります! お前たちは止まらず走れ!!」


 あの数を相手に戦うつもり!?


 お姉ちゃんが接敵した。交戦する音が後ろから聞こえる。

 距離がどんどん離れて音が小さくなっていく。猪は僕らの走力より上に見えたから、まだ敵が一体も漏れてないってことなんだ。お姉ちゃん強すぎ。

 でも、いくらレベルが高くても大軍を相手に戦い続けるなんて無理だ。いつかは体力の限界がくる。だって人間だもの。


 走りながら槍を強く握りしめる。ようやく会えたのに、こんなところでお別れなんて嫌だ。


「ごめんみんな! 僕戻る! みんなは無事に帰って!」

「ロロ君! 死ぬぞ!」


「僕のお姉ちゃんだから」


 振り返った瞬間、紫色に光る稲妻が空から落ちた。金色のオーラを放つお姉ちゃんが猪を真っ二つに切り裂く。

 お姉ちゃんは武器を持っていなかったのに、いつのまにか両手の先から長い剣が血を滴らせていた。

 長い剣に紫色の電気が走り、膨大な量となって小人に浴びせられた。


「な、なにあれ。魔法? そんなのあり?」


 魔法が使えるのは悪魔だけじゃないのか。テレビでは魔法なんて見たことがない。ダンジョン検定1級でも出題されなかった情報だ。


 みんなと離れ、お姉ちゃんのもとへ駆けつける。ここで死んだっていい。覚悟はできてる。


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