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2-3 ニート、今日は休む

 ニートはパトカーの後部座席に乗せられ、隣で先輩が見張ることとなった。


「すぐそこなんだなー?」

「はい……あそこの信号を右に曲がって、すぐ左に脇道があるんで、そこに入ってちょっと進んだとこに門が見えるんで」


「だそうだぞー、行くかどうかはそっちに任せるわ」

「はい先輩。行きます」


 ウィンカーを立ててパトカーが発進。進行方向と反対の車線に停車していたため、Uターンして車線を変える。車通りの少ない道であるから詰まることなく動き始めた。


「ねぇ。お兄さん。今までどんなお仕事をしてたのー?」

「……黙秘します」


「免許証の写真と比べてずいぶん若い印象だけどなんか薬やってんのー?」

「それは……去年からエクササイズし始めたんで、最後の免許更新は2年前なんで……その頃はやさぐれてたんで……若返ったの自覚したのは今朝の話なんすけど」


「へー、筋トレしてる割には細い体じゃーん。お肌すべすべだしー。綺麗な指してるねー。かわいい」


「先輩、勤務中にナンパはやめてください。報告しますよ。お兄さん、そこの門ですか?」


「あ、はい。そこっす。前庭に停めると目立つんで、奥の方に停めて貰ってよかですか」


「はい、あそこのカーポートですか?」

「そす」


 パトカーが停車してエンジンが切られた。昨日から一連の流れがまるで夢かのように思っていた。しかし覚えのある匂いがニートを現実に引き戻した。


「じゃ、このお兄さんに畑とやらを見せて貰うからそっちのほうで許可とっといてね。よろしくー」

「わかりました」


「よーし出るぞー。キリキリ歩けー」


 パトカーから引きずり出されたニートは二の腕を先輩に掴まれた状態で連行される。


 前庭と裏庭の境界線には倉庫がある。包丁よりも見られたくない倉庫を横切ることになる。ただこれが面倒なことに例の倉庫の扉が開いていた。


 天気が曇りならバレずに横切れるものを、本日の天気は晴天である。倉庫の中がしっかり丸見え。

 大穴は昨日と同じまま塞がれておらず、今日燃やす予定の怪しい生ゴミが大穴のすぐそばに置いてあった。


 ニートが緊張を隠すこともせずに倉庫を確認したのが悪かったのか。先輩も倉庫の方向を見た。

 何か聞かれるんじゃないかとニートは怯えるが、なんの質問もされることなく無事に通り過ぎてホッとした。


「確かに、栽培してる野菜に嘘はないみたいだねー。何か隠してるように感じたんだけどなー。ねー、どうしたら白状する?」

「あばばばばばば」


 先輩は胸を押しつけ、ニートの耳元で静かにささやく。全身をバイブレーションさせる彼の反応が面白いのか、両手が塞がっているのをいいことに彼のお尻を撫でていた。

 ニートの羞恥心はとっくの昔に壊れたとはいえ、屋外で童貞を性的に刺激するのはかわいそうだ。人前で股間のテントを晒すと中学生時代のトラウマが彼を刺激しかねない。


 先輩は廻しを取るようにニートのズボンとベルトを握る。その状態で彼の腰を前に押し、野菜の近くへ誘導して膝をつかせた。


「へー、上手に野菜できてるじゃーん。ズッキーニにしても受粉不良起こしてないしー。こんなに太くて長いのは市場にあまり出ないよー。ほら、表面も綺麗でツルツル」


「へへっ、持ってっていいっすよ」


 褒められて嬉しかったのか、彼は手錠のことも忘れて目の前の野菜を採ろうとする。慣れればハサミ無しでも綺麗にもげるのだ。


「こらー、動くな動くな。ジッとしなさい。手錠してるの忘れてんじゃん」

「うす」


 警察官とニート。普段なら相容れない二人が立場も忘れてイチャついていると、捜査協力の許可を取ってきた後輩と許可を出した祖母がイチャイチャ現場に到着した。


「せんぱーい。どうでしたかー。疑わしいところありましたかー?」

「この男は童貞の疑いがあーる。未遂とはいえ犯行の動機には充分に値しそうだー」


 しまった。嵌められた。彼は心の中でそう思った。隠しきれない童貞性を見抜かれてしまった。もはやこれまで、と諦めかけたその時。助け舟を出したのはやはりこの女。


「せんぱーい。冗談はやめてくださーい」


 前科者になりそうなところを二度も助けてくれた彼女はもしかして俺に惚れてるんじゃないかと、ニートは心の中でそう思った。

 童貞はすぐ勘違いする。なんならさっきのやり取りで先輩のことを自分の恋人だとでも思っていそうだ。

 こうなったらもうニートの妄想が止まらない。彼女たちの家に引っ越し、居候として家事を担当する彼が3人用のベッドを整えるシーンが浮かんだ。朝昼は普段どおり各々の仕事をして、夜は彼女たちが彼をシェアするのだ。妄想の中では猫たちまでもが転居していた。結局のところ猫なのだ。


「へへっ、なるほど。あ、それ、いいっすね」


 なんの脈絡もなく笑顔で謎の賛成をする彼に対して、祖母を加えた3人の女性は等しく困惑した。手錠をされてるのに良いもクソもないだろう、急にどうしたんだと。3人の思いが共通していた。


「お母さんすみません。この人はあなたのお孫さんですよね。薬物を使用していた過去とかありますか?」

「いいえー、無いです。そんなこと一度も耳にしたことがないです。ケーちゃんあんた何したと! こんなびっくりこいたの初めてぞ。いまも心臓が爆発しそうよ」


「あ、婆ちゃん。こん人たちに野菜ばやろうと思うんやけど、あげていいかいな」


「あんた! 今それどころじゃないでしょーが! なんば考えよーとかい! すいませんねーお見苦しいとこ見せてしまって。この子はちょいーと、頭がコレやから。ご迷惑おかけしますー。すいまっせん。いったい何があったんでしょうか?」


 先輩は一連の事情を説明する。後輩が証拠品の包丁を祖母に見せ、彼の手の傷を手当てしたことを話した。


 膝をつかされたままのニートは会話に割り込めず、ズッキーニの葉の上で交尾中をしているウリハムシに息を吹きかけていた。


 一説によるとウリハムシは一日中交尾することもある絶倫の虫らしい。彼はその邪魔をするのに夢中だ。幼虫は根を食うし、成虫は葉を食うしで忌々しい害虫だ。なんとしても交尾を中断させたいという強い思いで息を吸っては吹きかけている。


「すいまっせん。すいまっせん。今回だけは見逃してください。この子に悪気は無いんです。ただちょいーと頭がコレなだけで。どんな理由であろうと二度と刃物を持ち歩かないようキツく叱っておきますから。どうか、このとおりです」


「お母さん、お母さん、頭を上げてください。そんなことされても困ります。今回はこちらにも非がありますし、不審者の疑いが晴れたわけではありませんが厳重注意ということで帰らせていただきます。お兄さん、次から気をつけてくださいね。お兄さん? 聞いてます?」


「すぅー…ふぅーー……すぅー…ふぅーー」


 このウリハムシカップルはなかなか手強い相手で、ただ息を吹きかけた程度では交尾を中断しないようだ。単発の強い息では離れなかったため、唇をつぼめて短い間隔で息を吹くスタイルに切り替えた。


「先輩、どうしましょう」

「こらー、お兄さん。虫と遊んでないで手ぇ出してー。釈放だよー」

「うす」


 両手の手錠が解かれたことで自由になった利き手を使い、デコピンでウリハムシカップルを弾き飛ばした。2匹は合体解除どころか木っ端微塵に吹き飛んだ。


「ウリハムシが交尾しよったんすわ」

「はいはい。よかったねー。退治できて偉いねー。よしよし。虫に嫉妬しちゃったのかなー」


 ニートに対する先輩の対応が児童に接するときと同レベルにまで格下げされていた。自身よりも年上と知っていながらも、自然と手がのびて頭を撫でている。


「先輩……帰りましょう。こちらが預かっていた彼の所持品です。包丁は危ないので丈夫な袋に入れたままそちらにお返しします。取り出すときはお気を付けください。それでは失礼します」

「わざわざありがとうございました。二度と不審な真似をしないようしっかり言いつけておきますので。本当にご迷惑おかけしました」


 後輩は祖母に挨拶し終えると、ニートで遊び始めた先輩に声をかけた。後輩は公務に戻りたくてウズウズしている。


 そんな後輩とは裏腹に、公務に戻りたくない先輩は引っ付くほどニートへ近づき、次々ともぎたて野菜を受け取っていた。手もとに袋が無いため、野菜を両手いっぱいに抱えてバランスを取っている。


 顔には出ないが苛立ちを強めた後輩の空気を察し、貰った野菜を落とさないようにしぶしぶと畑から先輩が出てきた。


「バイバイ! ケーちゃん! またねー! 野菜ありがとー!」


 またねー。という言葉に些細なストレスを感じたニートは別れ際の挨拶を無視しようとした。

 けれども先輩に対して淡い恋心を抱いてしまった彼はせめてもの好印象を残そうと、最大限の挨拶で彼女たちを見送ったのだった。


「またー、うーす」


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