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2-2 ニート、今日は休む

 ニートはダンジョンへ行くための支度を始めた。支度と言っても大した準備はしていない。タオルで(くる)んだ包丁をウエストポーチに入れて準備完了だそうだ。昨日は祖母の包丁を青い血だらけにして怒られた。今度は母親に怒られる番だ。


 服はいつもどおりの薄着で出かけるようだ。これから危険なダンジョンへ向かうというのに無防備にもほどがある。


 家を出たニートは思わず駆け出した。室内では出来なかった速力の測定だ。凄まじい勢いでけやき通りを駆ける。その瞬間速度はチーターを超えた。ニートの気分的には新幹線を超えたらしい。


 予想以上に速すぎて止まりたいが、さすがにニートの足はタイヤと違うので徐々に速度を落としていくしかない。


 徐々に速度を落としていき、最大速度の半分に落ち着いたが、それでも陸上選手並みの速度で歩道を走っている。まだまだ止まれない。

 車が少ない道通りとはいえ、車窓からニートの走る姿を見る人は少なくない。その中でもひときわ目立つ車が正面からニートを見ていた。


 車体が白と黒で赤いランプをつけた車。その運転手が彼の走り姿を捉えた。車内には同じ制服を着た二人の女性が乗車している。あれは警察だ。

 

 パトロール中のパトカーがニートの手前で停車した。路肩に停めたパトカーの助手席から若い女性警官が一人降りてくる。彼女はキャリア組の若手であり、ニートより数段年下だ。


「すみませーん! お兄さんお兄さん、ちょっと止まって! どーぉもどーぉも。どうしたのそんなに急いで。ちょっといいかな」


「あ、あ、はい」


 警官に声をかけられた瞬間、ニートの脳内はウエストポーチの包丁でいっぱいになった。ウエストポーチには財布と包丁しか入っていない。探られたら終わりだ。


「気持ちよく走ってたところごめんね。最近他の地区で不審者が出てるみたいなんですよー。ちょっと捜査に協力してもらってもいいかなー」


 ニートは安堵した。自分の格好はどう見ても不審者ではない。これなら疑われないと安堵した。それにこれは軽い職務質問だ。所持品検査まではしないだろうと高を括っている。


「それにしても今日は暑いねー。これからどちらへ?」

「え、あ、あ、婆ちゃんとこだす、です」


「へー、お婆ちゃん孝行だねー。いい心がけじゃない。今日はたまたま行くの? しょっちゅう行ってるの?」

「あ、あ、畑ぇ。野菜ば育ててて、うちの庭は砂利やから」


「へー、農業関係のお仕事されてるんですかー?」

「へへっ、いや、あ、無職です」


「ちょっと持ち物見せてもらっていいかな」

「嫌です」


「え?」

「あ、あ、う、運転免許証でいいすか?」


「うん、見せてもらおうかな。それと、そのカバンの中をちょっとでいいから見せてくれないかなー」

「嫌です」


「え?」

「あ、えー、と、今出しますから」


 ニートはウエストポーチに手を突っ込んで財布だけを取り出し、ゴールド運転免許証を提示した。彼はもう何年も車を運転していない。


 女性警官は彼のゴールド運転免許証を見て、眼光を鋭く変えた。なにせ交番に配属されてから初めて血のついた免許証を見たのだから。


「手、怪我してるの? 血が出てるみたいだけど」


「は? いや、あれ、ほんとだ」


 ニートの手から新鮮な血が垂れていた。ウエストポーチに手を入れた時に包丁で傷ついたのだ。タオルで刃を巻いていたはずだが、どうやら走った勢いでタオルが外れていたらしい。


「ちょっとその中見せてもらってもいいかな?」

「嫌です」


「血がすごい出てるよ。手当てしよう。ちょっと待っててね」


 女性警官は血が流れる方の手を強く握って止血する。止血を兼ねた拘束かもしれない。

 彼女は状況を報告しつつ、運転席の相棒を呼んだ。相棒が医療救急セットと共にパトカーから降りてくる。


 ニート焦る。状況が悪化したことを察して焦る。ただ、彼の人生においてこれほど接触してくる女性は身内を除いて初めてだったため、少しドキドキしていた。


「あちゃー、結構切れてるねー。さっきまでこんなに深い傷は無かったよね。どうしてかなー?」


 怪我した方の手は相棒の女性警官に手当てされる。そして何故か無事なもう片方の手まで強く握られていた。両手に花だ。よかったねニート。


「あ、あー、かまいたちがおるのかもしれんね。昨日からちょっとファンタジーでおかしいけん。ダンジョンから飛び出してきとるのかもしれん」


「ちょっと持ち物見せてもらってもいいかな」


 ニートの耳元で女性警官が囁く。

 思わず「はい」と言いそうな気持ちを抑えて……。

 堪えきれず「はい」と言ってしまった。


「じゃあ、開けますね」


「あ…あ……だめ…あ……」


「駄目……じゃないでしょ……ほら、動かないで、危ないから」


 相棒の手がウエストポーチに入り込み、ぬるりと血のついた包丁が出てくる。これはもう言い逃れできない。


「どうしたのー。こーんな危ないの持ち歩いて。何するつもりだったのー?」


「あ、あ、畑ぇ。はたけやからぁ。収穫の時に使うやつやからぁ」


「へー、今はどんな野菜作ってるのかなー?」


 畑の野菜は昨日のうちにほとんど片付けてしまった。残っているのは茄子とズッキーニときゅうりととうもろこし。刃渡りが長い包丁は収穫に適していない。包丁が使われるのはブロッコリーやレタスやキャベツのような茎が太い野菜の場合だ。しかしこれらのメジャーなものは収穫期がズレている。夏どり品種はあるものの栽培難易度が高くて素人には向いていない。


「お姉ちゃんの家はね。農家なんだー。ねー。何作ってるのかなー?」


 詰んだ。ダンジョンの存在を国政に知られたくない。バレたら大穴を塞ぐだけで済むとは思えない。正直に白状するわけにはいかないのだ。


 しかし相手は農家の娘らしい。自身ありげな態度を見るにお手伝いの経験がありそうだ。おそらく包丁を用いた農作業に知見がある。

 農家の真似事とはいえ、実践しているぶんニートは賢い。植えたものを偽らずとも理由は作れる。


「きゅ、きゅ、きゅうりとナスとズッキーニととうもろこしぃ」


「へー、包丁は何に使うの?」


「じゅ、じゅ、ズッキーニの片付けに……マルチシート敷いとるから引っこ抜くの面倒やし……」


 ニートは普段そんな丁寧なやり方で片付けをしない。マルチシートの上からだろうが野菜を無理矢理引っこ抜き、根っこの土を叩き落としてからゴミにする。包丁を用いた片付けは過去に例がない案ではあるが、今年それを実行すれば嘘にはならない。とっさに出た案としては現実味がある。


「あれれー? 収穫の時に使うんじゃ無かったっけー? おかしいなー?」


 どれだけうまい話を作っても警官に作り話は通用しないのだ。もう休め。留置所に転居する日が来たのだ。


「ちょ、ちょっと混乱。間違えた。収穫にも使うけど今期じゃない。今期は片付けに使う。俺、ニート、コミュ障、証拠見せるから、すぐそこやから」


「はいはい。続きは署で聞くからねー。ジッとしてねー」


 女性警官は手錠を取り出した。

 彼女らは二人ともニートより年下であり、女性という筋力のハンデがある。しかし両手を封じた状態の成人男性くらいなら余裕で捕縛できる。


「ほんと、ほんと、信じて……」


「先輩、あんまり追いつめちゃかわいそうですよ。証拠見せられるんだよね。逃げないよね?」


 手錠をかけようとする先輩女性警官に対して、後輩の相棒がニートに助け舟を出した。この助け舟に乗らない手はない。


「逃げない、ほんと、すぐそこ、信号渡ってすぐんとこ」


「だそうですよ先輩。信じてあげましょうよ」

「まぁ、こっちにはお兄さんの免許証もあるわけだしー。ただ、持ち物は全部預からさせてもらうけどいいかなー?」


「嫌です」


 ガシャリ、とニートの両手に手錠がかけられた。万事休す。あとは流れに身を任せるのみ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんどん詰みに近づいてって泣きそうなコミュ障ニート君可愛い
[気になる点] 設定が面白そうだと6話まで見たけど4話で話が展開しそうな大事な序盤からクソどうでもいい意味の無さそうな警官の話でそこから3話も足止めされるなが物凄い不快だった
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