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10-3 俺、酸っぱい思い出


 蟻だよ。蟻。しかも二足歩行をする奴ら。でもマリアのコロニーの奴らじゃねえ。こりゃ多分、マリアの元旦那の実家の奴らだ。だってでけえもん。

 おそらく血族の匂いを辿ってきた。チェリーの香ばしいフェロモンを辿ってきたんだな。馬鹿が。


「その肉はお前らに残したもんじゃねえ。うちのマリアのところのもんだ」


 お、なんだなんだ。大勢で寄ってきやがって。


「こちとら子どもサイズやぞ。2メートル超えのおめーらがリンチするには小さすぎるんじゃねえか。間合い管理できねえぞコラ」


 体重と硬度を増やせるだけ増やせ。これが〖スーパー黄色人〗だ。


「なんだオラ。くすぐってえぞ。ひひひ」


 攻撃するつもりなら噛みついてるよな。でもこいつらはただ持ち上げようとしてる。俺を巣まで運びたいのか。


「重いだろお?」


 今の俺は10人がかりでも持ち上げられないくらい重い。いいや100人おっても持ち上げられんぜ。


「あ、チェリー。おいこら! チェリーに触るな!」


 ズドン! ズドン!


 その場で足踏みしただけで蜘蛛の子を散らすように離れていった。チェリーを持ったまま。


「はい。コロニー落としまぁす。最悪の選択しちゃったねえ」


 今の重さでも四肢の触手を爪のようにして、地面を這わせたら素早く走れる。

 俺くらいの筋力があれば重い方が空気抵抗を破壊できて速い。


 あっという間に追いついてチェリーと薙刀を奪い返す。もち、お姫様抱っこよ。

 奪い返しても連中の歩みが止まらない。せっかくだから案内してもらおうと思って行進に参列することにした。



「おおー、なかなかの出来ばえですなあ」


 マリアの元旦那の実家のコロニー、略して元旦那コロニーは巨大なタワーだった。おそらくボス部屋が改装されている。

 空間は横に広いだけじゃなく縦にも長い。

 掘削した土を積んで高層ビルのような形に固めた蟻塚だ。

 マリアコロニーのような闘技場に穴を開けるだけの単純工事ではない。


「ビルの光は全てホタルか」


 蟻塚の表面が点々と輝いている。とてもロマンチックな光景だ。もしチェリーが起きていたら抱き合ってチューしていたかもしれない。


 行進する連中が蟻塚に帰還していった。


「これはさすがに壊せねえわ。美しくすぎて」


 今の体重だと入っただけで壊れる。一応、チェリーと同じぐらいの重さにして戦闘可能な状態を維持する。

 そして蟻塚へと足を踏み入れるのだった。


「おじゃまするぜえ」


 内部もすごいわ。天井がアブラムシとホタルでキラキラしている。とても最近建築したとは思えない出来栄え。もしかしたらこのダンジョンはずっと昔からあったのかもしれない。地殻変動をきっかけに入り口が露出しただけで。


「綺麗だけど嫌だなあ。アブラムシをみると駆除したくなるぜ」


 連中は徐々に列を崩していき、前を歩く塊が小さくなっていく。

 中を歩いても襲ってこないってことは俺たちが敵として見られていないって解釈でいいよな。


 連中が大きな部屋の中央で止まった。どうやら俺はまんまと蟻に連れてこられたらしい。こいつらずいぶんと賢いな。


 お、チェリーが起きた。おはようのチューをしてあげよう。


 抵抗されるかと思ったら、顎を開いて迎え入れてくれた。むしろチェリーから舌を入れてくる。これはもう相思相愛や。結婚しよ。


「チュギイイイ! チュギ!」

「「「チュ!」」」


 回れ右した連中が足並み揃えて部屋から出て行く。

 チェリーをお姫様抱っこしたまま、俺をここまで誘導した連中の後を追って出ようとするが。


「チュギイイ!」


 部屋の出入り口で槍を持った兵隊アリに止められた。逃げられない。


 どうやらこの部屋の主は兵隊アリに命令を下せるみたいやな。

 でも部屋の中にはそれらしき存在がみえない。怪しい蜜の壁があるだけだ。

 怪しい。あの壁を挟んだ向こう側に絶対誰かがおる。

 それより今は腕の中でモゴモゴ動く物体が気になる。


「なんねチェリー。降ろして欲しいんか。そんなウチの猫みたいに嫌がらんでよ。傷つくじゃん」


 降ろしてやると充分に離れてからグッと背伸びをした。周りをキョロキョロしている。でも自分の身体を見て動きは止まった。


 やっと抜け殻スーツに気づいたな。触ってる触ってる。初めての皮膚に感動しただろう。あえて俺がやったとは伝えないでおくぜ。一生脱げないのはやりすぎだったしな。


 俺の方にきた。さすがに気づかれたか。あ、薙刀か。薙刀をぶんどられた。


「チュギイイイイ! チュギチュギ!」


 声は蜜の壁の向こう側から聞こえる。やっぱりあそこに誰かいるのか。

 今の叫びは俺らに向けたものなのか。それとも仲間か。なんなんだ。なぜ俺たちは連れてこられた。


 一つしかない出入り口からザッザッと物音を立てて馬鹿でかい図体をした蟻が4体入ってきた。


「どうやらおめーらが相手らしいな」


 ステップを踏みながら体重を段階的に上げていく。


 ズボッ!


 部屋の床が抜けた瞬間に一段階体重を下げて床を糸で補修した。


 向こうから前に1体出てくる。他のデカブツは待機か。試されてるな。


「っしゃオラ! こいや! 先に一発殴らせてやるぜ!」


 お、間合いに入ったぞ。どうした。こいよ。


「なんだおめー、チェリーのほうばっか向きやがってよお。一目惚れですかー? わかるよー。わかるけどさあ。俺を差し置いてそれはダメだぜ。一発殴らせるのは撤回だ!」


 俺が殴りかかるより前にチェリーがそいつの首を斬り落とした。一瞬だった。


「黒紫光線!」


 蜜団子がもったいない。敵の巣の中やし、回収される前に消化させてもらうね。


 どうやら一体ずつ連戦させられるようだ。矢継ぎ早にデカブツが前に出た。

 今度の相手は足が速い。さっきのやつのように俺を無視するノロマではなさそうだ。


「黒紫光線!」


 ヒャッハー! 頭をかじってやったぜ!

 のこり2体だな!


「チュリイイ!」


 頭の後ろをパシンとやられた。


「いったあ! なにすんだよチェリー! しかも薙刀で!」

「チュリー! チェリー、チチュ!」


 残りの2名様は自分の獲物って言いたいわけね。ほんとチェリーは戦闘狂なんだから。


「はいはい。それじゃあ後ろで見てますよお」


 ウッキウキで薙刀振り回すんだもんな。あの2体もドン引きしてるよ。


「やあ、壁の向こうの方。もしかして女王かな? 残念だけどみんな死ぬぜ。彼女、戦いとなると頭がプッチンするからさ」


「イイ。チョゲデ、イイ」


「え。なんて?」


 まさか反応が返ってくるとは思わんかった。なにを言ってるのかさっぱりわからんが。


「チュリイイイイイイイ!!」


 チェリーが勝利の雄叫びをあげた。はっや、瞬殺やんけ。


「蜜団子はいただくぜ。黒紫光線!」


 美味い。ノドは乾くけど黒紫食いはたっぷり味わえる。


 チェリーは解体ノコで死骸を切り刻んでるけど、共食いに抵抗ないんかな。社会が違えば命なんてそんなもんか。マリアも同胞の死骸から蜜を吸いまくってたしな。人間だってやばい時期には共食いしてきた。


 チェリーは尻尾が好きなのか、オスの尻尾を切り取っては糸製の腰巻きに括り付けてる。


 チェリーが最後に拾った尻尾を自分の尻尾に当てがって握り潰した。


「あれれー。もしかしてー。それ精子バンクですかあ。えー積極的……流れるように注入したねえ」


 じゃあもしかして、最初からチェリーはここを目指してたってことか?

 今まで倒してきたボスたちはこいつらへの土産?

 いやいや、悪い方に考えすぎよな。


「よーし、こんな辛気臭いところさっさとおさらばして、俺たちだけのランデブーをしようぜチェリー」

「シャッ!」

「あいたっ!」


 手を引こうとしたら叩かれたんですけど。しかも次の精子を注入してるし、ここで産むつもりですか?


「チェリーぃ。イチャイチャしようぜチェリーぃ……。俺の愛も受け取ってくれよお」


 だめだ。全然ちんちんに力が入らない。どうしてだよ。こんなに心が熱いのに。

 ちくしょう。ベロチューと頭なでなでが精一杯かよ。

 ベロチューしながら他のオスの精子を注入される敗北感。本当にいつくるんだ俺のモテ期。


「くそっ。なんだよこの状況。寝取られなのかこれは。どんなジャンルだよ。これは純愛ですか……」


 チェリーが苦しみだした。はやい! さすがダンジョン! 交尾から産卵までが早すぎる!


「俺の子だ。この娘も俺の子よ。

 やっぱごめんチェリー。すまん。育児放棄するわ。ここにずっとは居られねえ。おめーはおめーの幸せを探せ」


 耐えきれねえ。これ以上の負荷をかけられたら俺の心が壊れてしまう。ずっと一緒にいたいのに限られた空間でずっと生殺しは嫌だ。


「決めた。ベロチューが恋しくなったら会いにくる。チェリーのコロニーができるのを楽しみにしてるぜ」

 

 そうして俺はチェリーを元旦那コロニーに残して去ることになった。


 ボス部屋から繋がった巨大空間に蜜団子塚を発見。蜜団子は蟻たちも食わないらしいから全部回収。普通に口から食べて充分にノドを潤してから、残りの蜜団子を〖黒紫のオーラ〗で全て飲み込む。


 遠くまで光を照らして無数にある横穴の入り口をひとつひとつ見回っていたとき、ダンジョンに似つかわしくないキラキラを見つけた。


 小さなキラキラにどうしようもなく引き付けられる。


「ビニール紐だ」


 ビニール紐だよ。こんなところに。

 こんなところまで誰かが来ている。


 こんな家庭用の道具を使ってここまで……。


 気づいたら涙が噴き出していた。

 流れ落ちる涙が止まらない。誰が何のためにこんなところまで来るんだ。こんな死と隣り合わせの奥地まで。


 何のためかはわからない。でもどこから来たかはよくわかる。

 このダンジョンは出口がひとつ、そして入口もひとつしかない。

 いろんな思いが胸の中をぐるぐるするけど、心から溢れる言葉は一つしかなかった。



「ありがとう……ありがとう……」


 ああ、どうか、どうか生きていて。


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