121 別荘
観客達の前を通ってライブ会場を出た後、『冥府送り』でボクちゃんの別荘までワープした。すぐ向こうに地獄の門が見える。だが、興奮したキガルをサーベラスのところへは連れて行けない。
「ちょっと! いつまで掴んでるの?! そろそろ離しなさいよ!」
キガルが本気で嫌がっていないのは、手から伝わる感覚でわかる。昔の俺ならば、女の大声に怖気づいて手を離していただろう。だが、今の俺には性欲お化けの精霊王の経験がある。精霊王の愛人にはこういう女も大勢いた。女に刺されたことだって何度もある。その失敗談から学んだことは数多い。故に、ムツキ相手にはできないような大人の対応も知っている。
「どこ連れてく気!?」
聞いていないフリをして家に連れ込む。玄関のドアは槍で突いたら勝手に開いた。
寝室の扉を蹴破り、奥のキングベッドに狙いを定めて、キガルを放り込んだ。
「きゃっ!」
キガルは可愛げのある声を出し、こちらを睨んだ。その頬は、運動した後みたいに紅潮している。
「なにすんのよ! サイテー!」
「乱暴にされるのが好きなんやろ?」
「は、はあ!? 意味わかんないんですけど! なに訳わかんないこと言ってんのよ!」
「自分に正直になれよ。こんなことに意地張っても損するだけだぜ」
「損? はあ? 得することなんて無いんですけど!」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうな顔してんだよ」
「え?」
キガルは自分の口もとにあるヨダレに触れた。彼女の全身に汗が浮かぶ。そして、恥ずかしげに自分の股間を押さえた拍子に、着物の帯が緩んだ。
「めちゃくちゃに痛めつけて、最高の景色を見せてやるよ。メス豚」
「い、嫌よ……。やめて……」
そう言いながらも、キガルは体をくねらせ、手を使わずに少しずつ着物を脱いでいた。
「ほら、楽しくなってきた」
ふぅ……────。疲れた。
窓を開放し、新鮮な空気を取り込んだ。部屋にこもった湿気が徐々に薄れていく。
触手だらけのベッドに戻り、そこに張り付けられたキガルを見下ろす。俺が近くに来ても、キガルは見返してこない。なぜなら、彼女の目は今、触手で塞がっているからだ。
イソギンチャクのようにした触手を目の隙間から入り込ませ、直接脳内を洗浄している。頭がスッキリするらしく、ウヅキさんにもウケがいい。
汗だくで荒い呼吸をするキガルは、枯れた声で苦痛にうめきつつも、俺を求めて舌を伸ばした。
キガルの口に指を突っ込んでやったら、まるで天ちゃんのようにチュパチュパと吸ってくる。なんておっきな赤ちゃんだろう。
「んむぅ……。んむぅ……」
口から指を抜いたら、キガルは首を持ち上げて指を探した。
「まだ欲しいか?」
「ハァ…… ハァ……。いるぅ……。もっとぉ……」
「ちゃんと従順なペットになるか?」
「なるぅ……。なるからぁ……。ペットになるからぁ。はやくぅ。はやくちょーだいよぉぉ……」
「ほんじゃあ、『天道様のペットになると誓います』って言え」
「ハァ ハァ キガルは天道様のペットになりますぅ。誓いますぅ」
現世にまで追いかけて来そうな未亡人を抱えるつもりは無かったが、エステをするだけで反対派の一人を抱き込めるのなら儲けもんだ。プルモートは死に、残る反対派はヤミーとエンマのみ。どっちも腰巾着だから楽に取り込めるだろう。
「よーし。よく言った。今日からおめぇは俺のペットだ。ご褒美にラスト一回逝ってみよう」
「はやくっ。はやくぅ……」
「ご主人様に対してなんたる態度だ。お礼を言え」
「ありがとうございますぅ!」
「よろしい。深く息を吸って、リラックスしろ。いきなり来るぞ」
「スゥーーー……」
脳に直接、快楽物質を注入する。麻薬が効いた瞬間、キガルの全身に侵入していた無数の触手が棘を立て、神経を削るようにゆっくりと動いて刺激を与える。キガルは悲鳴のような嬌声をあげ、興奮でベッドを揺らした。体の内側からヤスリをかけられるような感覚だろう。常人ならショック死するほどの痛みだが、キガルにとってはご褒美らしい。
「あがががががッ! ギギギ……! くりゅううぅ!」
まだ正気を保っている。どうやらこの程度では足りないらしい。触手を擦る速度を上げる。加えて、キガルの弱いところへ微弱の電撃を放った。
「来ちゃぁあああああっっっ! イクぅ! イクイクイクッ! 逝っちゃう! ビビビビビッ! 死んじゃううぅぅううう! しぬ゛ぅぅぅ! やめてェェエエェェ!」
「死んじゃうよーん」
脳を洗浄した後、脳に直接オキシトシンとセロトニンを流し込み、強制的におだやかな状態へ引き戻す。気分の急上昇からの急降下を味わったからか、キガルは声も出ないほど衰弱していた。吐き出しすぎた空気を補充するために、懸命に息を吸い込んでいる。
呼吸で忙しそうな口に指を近づけると、キガルは欲しがるように舌を伸ばした。そのまま唇の周りを撫でると、彼女の舌が指の後を追いかけてくる。楽しくなって、何周も指を走らせる。
焦らしプレイに我慢できなくなったのか、キガルが顔を持ち上げて、指にしゃぶりついてきた。
「ちゅぱ。ちゅぱ。ちゅぱ……」
「おめぇに会わせたい奴がいる。そのまま聞け」
「ちゅぱ。ちゅぱ。ちゅぱ」
「そいつは提灯持ちをやってる奴でな。2000年以上、地獄の門で暮らしてんだ。知ってるか?」
「ひはない」
そう言って、キガルは首を横に振った。
サーベラスが可哀想だ。あんな何もない所に押し込められているのに、当の飼い主の関係者は、サーベラスを押し込めたことすら忘れている。俺がもしサーベラスと出会わずに門の封印に成功していたら、彼は永遠にあの暗闇の中で、来ることのない客を待ち続けて提灯を振っていたかもしれない。
「今から俺の言う通りにしろ。上手くできたら、また構ってやる」
「にゃにしゅればいいのぉ……」
最初に比べればずいぶんとお利口さんになった。でも、こういう女は猫みたいに気まぐれだ。急に態度を変えるかもしれない。ちゃんと言うことを聞いてくれたらいいが。
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地獄の門を開く。開いたそばから、こちら側の光が扉の向こうへ吸い込まれていった。
「サーぁぁベラぁぁス! 聞こえるかー! 天道だー」
「ペットの分際で生意気ね。呼んだらすぐに出てきなさい! ぶち殺すわよ!」
すっかり初対面の時と同じ態度に戻ったキガルの頬をつねる。
「ああんっ! 天道さまぁん……」
「焼きもち焼いちゃって。可愛いなおめぇは」
もじもじするキガルを放置し、少しずつ中へ進みながら、大声でサーベラスの名前を呼ぶ。しばらくそうしていたら、恐る恐るといった感じに小さな光が近づいてきた。
「キ、キガル様……。ご無沙汰しております。キガル様におかれましてはますますのご健勝お喜び申し上げます」
「ノロマ。呼んだらすぐに出てきなさい」
「ははぁ。申し訳ございません」
「キガルがおめぇに言いたいことがあるんだってさ。ほら、言ってやれ」
「はい?」
「サーベラス、だっけ? 今までご苦労さま。お前の提灯持ちの任を解く。地獄の門には二度と近づかないように」
「へ? キガル様? そんな急に……。いったいなぜ……」
「良かったな。これでおめぇは自由だ。好きな所に行って、好きなように生きたらいい」
事前に退職させることは伝えていたのに、まだ心構えができていなかったようだ。いきなりの解雇通告にサーベラスは面食らって、オロオロしている。左右に歩きまわり、見えない何かを掴もうと手を伸ばしていた。
「天道様、わたくしめはどうしたら……」
長年勤めていた職場から突然追放された人の気持ちはわからない。しかし、全てを無くした人が取るその後の行動は、ボランティアを通して散々見てきた。見守るだけでは、彼らと同じようにサーベラスも道を踏み外しかねない。
解雇の原因を作った者としての責任を果たすためにも、そうなる前に今、手を差し伸べる。
「とりあえず、こっから出ようか」
話の場をボクちゃんの別荘へ移した。
道中、薄氷の上を歩くように、のろのろとサーベラスがつま先立ちで進む。それを見かねて抱っこするていでサーベラスを抱きしめ、幸せホルモンを補充した。
リビングのソファに腰掛ける。
サーベラスを抱っこしたままの俺を見て、キガルがムスッとしている。癇癪を起こさないところを見るに、ペットに注ぐ愛情と人に注ぐ愛情の区別はできているようだ。
「天道様、わたくしめはこれからどうしたらよいのでしょうか? 外に出たはよいものの、右も左もわからず、できることならもう一度提灯持ちの仕事に就きたいのでございます」
今まで大人しく撫でられていたのに、とうとう痺れを切らしたようだ。
「無礼者ッ! 畜生の分際で生意気な口を叩くんじゃないわよッ!」
「そう喚くな。すまんがサーベラスくん。君を復職させることはできん」
「そんな殺生な。外の光はわたくしめには強すぎます。刺すように目が痛いのでございます。どうかご慈悲を」
「目の痛みだけならばなんとかなる。これをつけろ」
亜空間からサングラスを出し、三つに複製する。ここは物騒な所だから、割れた時のために予備もあげよう。
「どうだ? 目の痛みが和らいだだろう?」
「はい……。ありがとうございます……」
不満みたいだ。その不満がサングラスのことじゃないのはわかってる。地獄の門に帰る理由を探していることなんてお見通しだ。
「あっ。そういえば、今、地獄の門に人がいない状態ではありませんか? 提灯持ちを天道様が引き継ぐという話でございましたが、忙しいようでしたら、天道様が現場に来られるまでの間、引き続きわたくしめがお役目を務めさせていただきますけれども」
「地獄の門に近づくな、と言ったはずよ。脳みそが小さすぎて忘れちゃったのね」
キガルに威圧されて、サーベラスは縮こまる。
よほど外の環境がストレスのようだが、サーベラスを地獄の門へ戻すわけにはいかない。なんせ、俺の目的は地獄の門を封じることだからな。サーベラスが猫じゃなければ、そのまま封じることになんの躊躇も無かっただろうが、猫だから可哀想な目に遭わせたくない。
「今は外の環境に戸惑っているだけさ。慣れたら居心地もよくなる。けど、住むところもないやろうし、何もしないでいるのもストレスやろ。だから、君にこの別荘の管理を任せたい。住み込みで働いてみらんか?」
「良かったじゃん。就職先が見つかって」
「し、しかし……。わたくしめは提灯持ち以外の経験がありません。料理も掃除もしたことがありませんので、これほど大きな屋敷を任されましても上手くできるかどうか」
「知識はあるみたいだし大丈夫やろ。そのうち仲間を住ませるつもりだから、わからないことがあればそいつらに聞けばいい」
「わたくしめは不安でございます……」
「自分で決めさせるのは難しそうやな。命じた方がいいか? キガル」
「天道様の慈悲を無碍にする無礼者なんて生かしておく理由もないんじゃないの?」
「俺は猫が好きなんだよ。犬なら見捨てた」
「ならキガルが命じてあげる。その代わりに〜」
「後でご褒美してやるよ」
「穢らわしいゴミ猫。天道様の言う通りにしなさい」
「はい……」
ソワソワしていたサーベラスだったが、命令したあとから急に大人しくなった。
「屋敷にある物は自由に使っていい。部屋も沢山あるから選んで自分の部屋にしろ。金庫の鍵もあげておこう。必要な物があれば買い足せ。それと、家事はできる限りで構わんが、重要な仕事を一つ覚えておいて欲しい」
「なにでございましょうか」
亜空間から甲虫型のゴーレムを出す。
「窓から地獄の門が見えるだろう? 常に門に意識を向けておいてくれ。誰かが近づいたり、門が開いたり、異変があったら、このゴーレムのボタンを押して報告した後、屋敷の外へ飛ばして欲しい。そしたら、俺が持ってるもう片方のゴーレムの所に届くから。いいか?」
「かしこまりました」
サーベラスに金庫の鍵と甲虫型ゴーレムを渡して別荘を出た。
これで地獄の門での心残りが無くなった。それに、サーベラスの実質ペット化にも成功した。あとは、地獄の門を封じるだけだ。あともう少しだ。あともう少しで俺の悲願が叶う。




