7-1 ニート、VSラスボス戦
繭のようにグルグル巻きにした糸を背中に抱え、ニートが決戦の地にやってきた。
「この通路の先にラスボスがおるぞ。気合入れろ」
準備は万端。母グモは完食、来る途中のモンスターからも魔石を回収して食べてきた。魔石のストックもある。
「あれだな……とにかくあるもの全部使って、後はなるようになれだ」
こうは言ってるが一応の作戦を練ってきているようだ。得意のゲーム脳をフル回転させて細かい対応プランを脳にインプットしてきた。
母グモを食べながら非正規ルートを探索し、ラスボスの特徴に似たモンスターを探しては喧嘩をふっかけた。
最初は手を出さずに自身がサンドバッグになることでラスボスとの対戦のイメージを膨らませ、素手で倒すことで本番前のスパーリングを入念に行なっていた。
意外と用意周到なニートだ。それでも社会に不適合なのは肝心なところが欠けているからだろう。ダンジョンでの生き様を見ればわかるが共同体に向いていない。今の姿こそがニートの正体だ。
まずは先制攻撃のために全体像の確認。発光器の出力を上げてラスボスの位置を探す。
前回ラスボスは闘技場の真ん中でどっしりと構えていたが今回はそこに姿がない。どこにいるのだろうか。
「まずい!」
ニートは後ろに飛び退き、胸の前でガードを組む。
直後、鎌状の触手がガードの上から襲いかかった。
【戦闘開始】
ニートのターン。吹き飛ばされながら体勢を立て直し、帰っていく鎌に向かって手を伸ばす。ニートは空中を掴んで力いっぱい引っ張った。
ラスボスの鎌が一時停止。ニートの方に引っ張られる。
攻撃を受ける直前、複数の触手から粘着糸を噴射して鎌に付けておいた。その糸を手繰り寄せるように引っ張る。
ニートとラスボスの力比べが始まった。
「せーの! せーの! オーエス! オーエス!」
この力比べ、分があるのはニートの方だ。その差は地に足がついているかどうか。
ラスボスは先制攻撃を避けるために闘技場の入り口から見えない場所へ移動をしていた。前回の時からずっと入り口の真上の壁に張り付いてニートの接近を待っていたのだ。
ニートがクモと戦闘している間も、糸を生成している間も、ウォーミングアップしている間も、何週間も入り口の上で待ち続けていた。
その根気強さはダンジョンボス界隈でも上位に食い込むレベルだろう。
ただし、ラスボスが奇襲に成功したからといってそれが直接勝利に結びつくとは限らない。
未知の戦いに正解はない。実際にぶつかり合うまで何があるかわからないのが戦の醍醐味というもの。
情報を集めて最善の選択肢を作れたらいいが体が大きすぎてエリアから出られないラスボスにその手段は取れない。情報戦を有利に運べるのはニートだけだ。
ニートの策略に乗らないためにラスボスがすべきだった行動は、奇襲に成功した時点で触手を自切することだったのだ。
「もう網がいらんかもな」
糸を手繰り寄せてからニートは素手で鎌を握る。離さないように力比べをしながら、ラスボスの触手に神経毒を注入し続けた。
神経毒にいくら強力な麻酔効果があるといえど、相手がゲームのラスボスなら状態異常攻撃の効き目は薄いと踏んで大量に流し込む算段を練っていた。
そもそも神経毒が流し込める状況を作り出さなければこの計画はご破算なため、計画を上手く運ぶために糸の網を作ったのだが使うまでもなく神経毒を流し込めた。
ニートの神経毒は麻酔効果が強い。力比べに夢中のラスボスは自身の体が鈍ってきていることにも気付いていない。
ラスボスのターン。このままニート優勢で戦闘が終わりそうだが、ラスボスはラスボスで力比べに勝つ算段を練っていた。
このダンジョンの王者であるが、どんなに汚い手段を使っても勝利をもぎ取るというプライドがあった。
最初は『鎌と糸の引っ張り合い』だったが、ニートが優勢になるにつれ、『鎌と素手の引っ張り合い』になってくる。ラスボスはこれを狙っていた。
鎌と素手が接触して少し経ったタイミングが望ましい。ニートが鎌を手放してしまったら射程を外れてしまう。
触手と鎌の接合部にニートの胴体が近づいてきた瞬間を見計らって……。
パカっと二段階に鎌が開く。
それとほぼ同時に全力で引いてニートを鎌でガッシリと挟んだ。
この一撃で終わったと確信するラスボスだが、そうは問屋が卸さない。
このニートはなかなか潰れないのだ。
ニートのターン。鎌に挟まれながら不意打ちを喰らったことを悔やむ。しかし相手が一枚上手だったとすぐに切り替えて脱出プランに取り掛かった。
ラスボスとは一度対面して全容を掴んでいるのだ。当然、鎌に捕われたときの対策も考えてきていた。ただし鎌が変形するとまでは想像できなかったようで、脱出プランに少し修正を入れているところだ。
鎌はニートの両脇を離さず、凄まじい力で挟んでいる。
「いだだだだだ! 離せ! 千切れるぞ!」
そうは言うものの不滅の骨は分断されないし、筋肉と皮膚はよく伸びるため物理的ダメージはない。皮下の神経が圧迫されて痛みを誤認しているのだろう。
ニートを挟んだ鎌がラスボス側に引っ張られる。
「今相手のフィールドに入るのはまずい!」
ニートは全ての触手と尻尾を地面に刺してその場に踏みとどまろうと耐える。
耐えながら発光器の出力を引き上げていき、一気に前腕に集中させた。
「お返しだ! このやろう!」
ジュイイイイイイイーン!
『ギィイイイイイイイ!!!』
ラスボスエリアの方からけたたましい叫び声が聞こえた。黒板に爪を立てたような、ガラスを釘で引っかいたような、硬質で甲高い声だった。
「光線の味を思い出したかい」
8本あるうちの鎌がこれでひとつ無くなった。
一旦うしろに退がったニートは、放置された鎌と網を持ってさらに後退する。本来この網は4階まで全力で移動してから使う想定だったが、読みが良い方に外れて神経毒を注入できたことで休憩する余裕がうまれた。
採れたての鎌はすでに熱が通っていて香ばしい匂いを出している。
「これを食べんわけにはいかんなあ」
網の中に入れてきたストック分の魔石を鎌の上に置いて加熱しておく。
「蜜団子に熱を通しとる間に鎌の身を堪能しましょうね」
鎌の中身を触手で掴み、慎重に引っ張り出すとマジックステッキから出てくるように鎌からプリプリの白い筋肉が花咲いた。
「まるでカニ刺しの花咲きやぁ。氷水にくぐらせていないのに不思議やね」
軽自動車も挟めそうなほど大きな鎌から出てきたのは大人5人前ほどしかない贅沢な細い身。それに躊躇もなく豪快にかぶりつく。
プリプリの肉が噛むたびに弾けて舌の上で踊っている。まるで巨大な蜜柑の実の一粒一粒にカニの肉汁が封じ込まれたようなプチプチの食感。素材を熱しただけで料理が完結している。味付けなんていらない。
「うみゃああああああああ!」
これはうますぎる。ラスボスは丁寧に仕留めなければダメだとニートは自分に誓った。
デザートがわりに熱していた魔石を頬張ると、網だけ持って無策に進む。
どうやら神経毒を流すまでの策しか考えていなかったらしい。ここから先は臨機応変で勝つ気でいた。
見通しがあまい。行き当たりばったりの間違いだろう。
ちなみに先程ニートが食べた鎌の肉にも神経毒が回っていたのだが、ニートは眠っていない。いつのまにか毒耐性まで手に入れていたようだ。
ヒルミミズの中で神経毒を初使用したアリ戦。アリの蜜を吸って昏睡したあの時と同じ失敗をしたのに気づいていない。
魔石が優秀でなければニートはラスボスの手前で寝落ちしていただろう。
ニートがエリアの前に立ってもラスボスからの攻撃が飛んでこない。ラスボスはもう壁には張り付いておらず地面に降りている。
脚も立たないのか下半身は腹這いで、上半身は壁に寄りかかっていた。
どうやら神経毒が全身に回ったようだ。眠ってはいないがラスボスの全身の力は抜けていた。
衰えたラスボスの様子を見て、ニートはようやくボス部屋に入ってきた。
ウォーミングアップのボスカマキリを除いて、ボスを倒す前にボス部屋に入ったのはゲジ以来だ。
ラスボスのターン。光る怪物がゆっくりとテリトリーに踏み込んできた。倒したくても体が思うように動かせない。立ち上がろうものならそのまま上半身が倒れそうなほど体の自由がきかない。
(ここで倒れるわけにいかない。あの光る怪物を先に行かせるわけにはいかない。約束がある。ここを通っていいのは一人しかいない。
それにしてもなんなんだ。この光る怪物は。なんなんだ。なぜここまで強い。なぜ。なぜ。ダンジョンモンスターはどれだけ変化しようとエリア守護者に勝てないはずなのに)
なるほど。どうやらラスボスはダンジョンの発生に関する秘密を持っているようだ。
しかし、この秘密は何者かにより厳重にプロテクトされていて誰にも解除できないようになっている。
秘密を知るにはラスボスを倒して先のエリアに進むのが手っ取り早い。
この世界にあるはずのないダンジョンがなぜ現れたのか。早く真実を知りたい。
頼むぞ、がんばれニート。このダンジョンを攻略しうる唯一のイレギュラー。




