104 神の決闘
全ての花火が打ち上がり、煙で空が覆われた頃、花火の余韻で静まる会場に泣き声混じりの咆哮が響いた。
「てュェェんッッとォォおォォオオオッッ!!! キィィシャァマァァああああッッ!!!!」
並大抵の者は、その怒鳴り声に耐えられない。楽園住人でさえも錯乱する。人によっては気絶していた。
そんななか、高らかに響く笑い声。冥界神たちの嘲笑だ。
涙目のカメーは他の冥界神に目もくれず、ひたすら俺だけを睨んでいた。
「怒鳴らないでください。そんな大声を出されますと、皆さんのご迷惑になります」
マイク越しに喋って恥をかかせる。低いトーンで注意したので、遠くの来場者も揉め事が起きていることには気づいたはずだ。野次馬になってくれたならば、気絶したオーディエンスの代わりを務めてくれるだろう。
「てんとぉ…… てんとぉ…… 許さんぞぉ…… てんとぉ……」
強靭な精神力を持つはずの冥界神が、見るからに平静を失っている。
「素晴らしいショーだったでしょう? カメー先輩も楽しんでいたじゃないですか」
ショーのクライマックスが始まった後、女神たちは花火に夢中になっていた。その時には拘束も解けていたので、カメーはいつでも俺を襲えたはずだ。それなのに、心ここに在らずといった具合で膝をついたままだった。俺には、カメーが花火の世界に没入していたように見えた。
「あああ! 黙れェ!!! しゃべるな! このペテン師め! 詭弁はもううんざりである!!!」
会場が静かだからよく響く。駆けつけた野次馬も、怯えて動けなくなっていた。
「そう言われましても。司会進行は必要ですので口を閉じるわけにはいけません。不満がありましたら、お席に戻ってお耳を塞いだら……」
カメーが勢いよく何かを投げつけてきた。当たる直前にキャッチする。広げてみると、それは丸められた手袋だった。
「けっとうだぁ…… 天道ォォ! 決闘であるッッ!」
嘲笑していた冥界神たちの顔が真剣なものに変わった。
一番に反応したのはプルモート。ステージを揺らすほど強く床を踏み、一歩前に出た。
「おいカメー! たかがオモチャをひとつ失っただけじゃねぇか。それは行き過ぎだど」
「教養のない貴様に何がわかる!! オモチャなどと一緒にするな!」
金魚の糞のエンマも後ろから野次を飛ばす。
「前もそうやって馬鹿やったじょなァ。プルモート兄の妾に手ェ出してよォ」
「ふん! 小娘ごときが私の作品にケチをつけたからである。あいつの首は今も玄関に飾っておるぞぉ。毎朝チューするほどラブラブじゃぁ〜〜……」
「テメェ……。オレがぶっ殺すど……」
「ハァァァアア???!!」
すると、今度は紫の大翼を持つ女神が出てきた。彼女はプルモートの前に立ちはだかり、プルモートの胸ぐらを掴みあげた。
「妾ぇぇ??? 一人になりたいからって、キガルを振ったよねェェ!」
ムツキがいる。おっきなムツキだ。びっくりした。。。
彼女は冥界神キガル。キガルがプルモートの元妻とはボクちゃんも知っていたけど、こんな性格とは知らなかった。普段はウジウジしていて大人しいのに。
怒り狂ったキガルにオドオドと近づいて、後ろから抱きしめる女神がいた。
「キ、キガルちゃんっ。み、みんな見てるよぉ。やめよ」
彼女は冥界神ヤミー。エンマの妹だ。エンマと同じ赤い肌と三つ目を持っている。中学生くらいのちんまりとしたサイズの可愛らしい少女だ。
「ヤミー離して! こいつ! キガルに嘘吐いたのよ!」
「チッ……」
「他の女と一緒に居たなんて最悪! あの泥棒女! あんなクソ女のどこが良いのよ???
いや! いや、嫌、いやっ。女が欲しいならキガルがいるのにっ。毎日、下のお世話するのにっ。全然味わい足りないのにっ。なんでキガルじゃ嫌なのよっ。ずっと好きって言ってよっ」
「そーゆーとこがめんどくせーんだど」
「ハァァァああああ!???!!」
「キ、キガルちゃん。新しい恋見つけよっ。ねっ?」
「おいヤミー、そいつをどっかにやれど」
「え、えーと……」
「親友に命令すんなクズっ!!」
キガルは情緒不安定だし、プルモートは興が冷めたみたいだし。カメーの怒りも冷めて欲しいところだが、どうやらそうもいかんらしい。
「決闘を受けろぉ。天道ぉ」
こうなったらもうやるしかない。マイクを握り直し、ステージの端に立つ。
「メインイベントはこれで終わりません! ここに最後の戦いが始まります! ファイナルステージはメインステージで行います! ぜひお越しください!」
「受けたな? 受けるんだな! 天道!!」
「危険ですので、先輩方はテラス席へ移動をお願いします。移動を終えましたら、一度メインステージを作り替えます。少々時間がかかりますので、休憩時間の間にお食事やお飲み物を持ってお待ちください」
冥界神がメインステージから降りていく。降りたその足でドリンクバーとアイスクリーム販売機に向かっていた。
「カメーも降りてください」
しれっと敬称を外して、ステージに残り続けるカメーに注意した。しかし、頑として動こうとしない。待っていても協力してくれそうにないので、俺もステージを降りる。降りたついでに、テラス席へポップコーンやピザを配給した。
配り終わる頃には、カメーも諦めてステージを降りていた。これでメインステージを改造できる。カメーの最後に相応しいリングをご用意しよう。
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マイクのスイッチをオンにする。
「さあ、ステージの準備ができました。遠くの方も、鉄蟻柱の方向をご覧ください」
俺の声に反応してプロジェクターが起動し、空中に俺とカメーの巨大な像を投影した。
ステージの外に配置したカメラが別角度の映像を集積し、合成して立体的に見せている。
テラス席から拍手が聞こえた。それと共に、俺への黄色い声援が飛んでくる。マイク片手に手を振って、女神たちに感謝の投げキッスを送った。
「さっさと始めるである」
「まぁまぁ、そう急かさないで。観客の皆さんのために決闘のルール説明から入らせてもらいます」
対戦者が説明するのも変な話だが、俺の代わりがいないからしょうがない。
「神の決闘は1対1で行われます。使用する武器はなんでもあり。反則技も無制限。決闘は相手が降伏するか、戦闘不能になるまで終わりません。
勝者は相手の財産を全て得ます。俺は新参者ですが、ボクヴォロスの財産を相続していますので、決闘にはこれを全て賭けました。
自らリングを脱出した場合は、逃亡したと見なし、敗北となります。また、場外へ出てもリング内に戻ってくれば決闘は継続されます。長時間、対戦相手がリングに戻ってこない場合は、立会人の冥界神が捜索し、立会人の投票にて勝者を決めることとなります」
テラス席から冥界神たちが出てきた。テラス席を映すカメラが点灯し、立体映像が形を変える。
「こちらが立会人の方々です。直接拝みたい方はメインステージへお越しください」
巨大な立体映像になった自分に興奮し、冥界神たちがはしゃいでいる。家電量販店のカメラコーナーでモニターに手を振る子どもみたいだ。
立体映像が再びメインステージの映像に切り替わる。
「以上が決闘のルールです。続いてリングの説明に移ります」
「怖気付いたか天道ッッッ!!!」
せっかちだなぁ。
「この特設リングは未完成です。対戦相手が揃った今、リングは最終形態に変化します。
いでよ! 金網デスマッチ!!!」
リングを囲む金網がステージ下からそそり立つ。
「この金網には、戦いの余波を遮断する魔法がかけられています。同時に、外からの妨害も防ぐことができるでしょう」
「こんな檻…… 全く意味を成さんである。
いい加減もう待てんぞ天道。次、引き延ばすような真似をすれば攻撃する」
「せっかちな方だ」
カメーが亜空間から金色の鉤爪を出した。おそらく魔法金属武器だろう。
冥界での器は他のマナガス神と同じ魔法存在だ。これに加えて『しわよせ』の頑強さもあるが、本体ほど無敵ってわけじゃない。魔法金属武器に対する絶対的な抵抗力は無いから、攻撃が直撃すれば器が壊れる。こてんぱんに負ければ、前に死んだ時と同じモヤモヤになるだろう。そうなったら、この器を一から作り直さなきゃならない。時間もかかるし面倒だけども、すぐに転生してしまうマナガス神よりはマシだ。
降伏すれば無傷で済むが、負けるつもりは毛頭ない。
天空に向けて指を鳴らす。屋台や提灯の灯りが全て消え、立体映像がくっきりと見えるようになった。
「決闘開始の宣言をしろ! ゴーレム!」
「デュエル開始ィィィィ〜〜!!」
ドンッッ!
〜〜♪ 〜〜♪
ゴーレムが太鼓を打つと共に、ゴーレム音楽隊が演奏を始めた。さきほどのショーの最後で流れた曲のオーケストラバージョンだ。
音楽隊の規模はオルガンを加えた二管編成の50体。アウトドアの演奏なので残響板を多めに設置しておいた。メインステージに良い感じの音が響いている。
〜〜♪ 〜〜♪
「いつまで突っ立っている?」
いつ来てもカウンターを食らわせられるよう神経を研ぎ澄ませている。この構えの意味が読み取れないのか?
「無防備な貴様を切り刻むのも良いが、それでは足りん! 全力の貴様を正面から叩き伏せ、無様な姿をオナゴどもの前に晒してやるのだ! 早く抜けッ!」
「構えてますけど」
「神器を出せ!」
「身体がカチコチなんで、まずはウォーミングアップから。もし勝てそうでも、あったまるまでは倒さないであげますよ」
わはははは、とテラス席の笑い声が聞こえてきた。ステージの会話は会場全体に届くようにしたため、遠くのスピーカーからも同じ笑い声が聞こえた。
「泣きっ面晒せッッ!!」
カメーは魔法の分身を生み出し、左右から同時に攻めてくる。
初手から小細工をかましてきた。見栄えは良いが所詮は小細工。分身の見分け方は簡単だ。影を見ればいい。実体には影がある。幻には影ができない。戦い慣れしてない人でも簡単にわかる。
ステージを照らすライトがカメーの分身を暴いた。
右だ!
左を無視して右のカメーにカウンターの蹴りを入れる。つま先がカメーの腹を貫き、木っ端微塵に吹き飛ばす。手応えはゼロ。
やられた。初見殺しだ。
実体は左!
俺の動きを見て、カメーはスピードを上げてきた。鉤爪が俺の背中に迫る。
よし。落ち着いて考えよう。みっともなく回避するのは嫌だ。大口を叩いておいて槍で防ぐのは情けない。直撃を喰らうのは最悪。こんな序盤で黒紫のオーラは使えないし。世界を壊すスピードで動いたら、頑張って作ったステージが壊れてしまう。
どうしたものか。鉤爪が刺さる前に良い方法を考えないと。
ほら見ろ。作戦が上手くいったのが嬉しくて、カメーのアホ面がニヤケ面に歪んでいく。徐々に顔のシワが増えていく様子は気色悪いぜ。
決めた。派手ならなんでもいいと思ったけど、回避も防御も直撃も無しだ。
鉤爪が俺の背中を切り裂く寸前、背中が縦にパックリ割れる。そして、中から大量のスパゲッティを放出した。カメーの顔面にソースを浴びせて、ミートボールの弾丸をぶつける。
もちろん、ただのスパゲッティではない。カメーより速いスパゲッティだ。ソースは散弾よりも散らばり、ミートボールはライフル弾よりも速い。
ミートボールの直撃を受けたカメーは怯み、ソースの波に押し負けた。体勢を崩して、足が宙を浮き、バク宙の要領で床に後頭部を打った。
カメーは足をピンと伸ばして、苦しそうに顔を押さえる。人間なら脳漿ぶちまけて決着だろうが、冥界神は頑丈だ。痛みは感じるが、怪我ひとつ負わない。
「「わー」」「「おー」」「「「キャーキャー」」」
テラス席からは歓声が上がるものの、他のオーディエンスはそれほど盛り上がっていない。
それもそうだ。オーディエンスは一般人。目を凝らしても神の戦闘シーンは楽しめない。当然、こうなることは想定していた。
「ゴーレム! ハイライト!」
立体映像が前の場面に切り替わり、先ほどの戦闘がスローモーション映像となって再生される。
スロー再生とはいえ、銃弾レベルの世界のバトルだ。ハイスピードカメラで撮影できる最大の撮影速度でも、一瞬、二人の動きが飛ぶコマがあった。
それでも、戦闘の流れは観れたらしい。遠くからオーディエンスの歓声が聞こえた。
「熱゛ゥゥ゛うぅぅぅぅ………ッッ!!!」
「スパゲッティのお味はいかがですかな?」
「グゥ゛ゥッッ!!」
ソースには粘着液を混ぜておいた。飲んでくれたら嬉しい。ミートボールを喉に詰まらせて苦しむ様を見てみたい。
だが、スパゲッティを味わうつもりは無いらしい。カメーは顔に張り付いたソースを魔法で消し去った。
「正々堂々と戦えッッ!!!」
「そちらこそ。分身だなんて意外と賢しい手を使われる。引っかかってしまいましたよ」
「減らず口を!」
カメーは鉤爪を伸ばし、鞭のようにしならせると大きく振った。計8本の鉤爪が金網を削りながら、前後左右あらゆる方向から迫ってくる。
避けるのは簡単だが、また何か小細工を仕掛けているかもしれない。だから素直に避けたりしない。
念力で全身を前に押し出し、低空飛行で距離を詰める。
カメーは守りを捨てて、攻撃を分散させてきたのだ。こっちも守りを捨てて、攻撃に特化してやることが決闘相手に対するリスペクトってもんだ。
もちろん、全ての鉤爪が攻撃に回ってるわけじゃない。1、2本は正面で暴れてる。とはいえ、たったの1、2本。通り抜ける隙間はいくらでもある。飛行するうなぎのように空中で細く身を縮め、最小限の動きでうねる鉤爪をぬるりと躱した。
カメーは俺の速さに驚いているようだ。目以外は反応できていない。カメーの筋肉が硬直した。今になって鉤爪を戻そうとしている。
もう遅い。カメーの腹に向けて、伸びるパンチを下から突き上げるようにぶち込んだ。
カメーは踏ん張ることもできずに浮き上がり、壁の金網に背中を強く打ち付けた。
ガシャンと音を立ててカメーがずり落ち、鉤爪は力なく床に垂れる。試合ならダウン判定だろう。オーディエンスは歓声を上げ、テラス席は困惑を露わにした。
なぜ、カメーは反撃しなかったのか。なぜ、座ったまま起き上がらないのか。
どうやってカメーをダウンさせたのか。神器も無しに。きっと、そんなことを考えているのだろう。
数少ないが、現世には、神器を使わずにマナガス神を倒す神がいる。代表的なのはムカエルだ。しかし、冥界神には、それほどの高等技術を持った者はいない。現世限定ではあるが、神器無しでマナガス神を葬れるのはボクちゃんくらいだった。だからだろう。俺を見る目が変わっていた。まるで謎を前にした探偵みたいな目だ。いや、連続殺人鬼のいるホテルに閉じ込められた探偵ってところか。目に恐怖の色が見える。
冥界を統べる神々よ。俺の力の底知れなさに心底そこで怯えるがいい。




