103 メインイベント
3発目の照明弾が消えかけた頃、メイン会場に全ての冥界神が揃った。ようやくこれで次に移れる。
「それでは本日のメインイベントを開始いたします。ご来場のみなさん、あちらをご覧ください」
鉄蟻柱に向けてパチンと指を鳴らす。
すると、周辺の竿燈が燃えるように光を放ち、111本の鉄蟻柱を照らした。磔にされた飾り人たちの苦しむ顔まで鮮明に見える。
「おお〜〜っ……」
感嘆の声を上げるのはカメー。拍手喝采は起きない。他のみんなは言葉を失っているようだ。
柱の飾り人たちは、膨大な光の照射に目を瞑り、叫べない代わりに頭を振り続けた。鉄蟻に噛まれ、千切れかけた首を振り落とさんとばかりの勢いだ。そうやって苦しみもがく度に、潰れた喉から血が噴き出ていた。
「あちらにありますのは、カメー先輩が111年かけて製作されました『鉄蟻柱』にございます。今日初めて来た時には、煩わしいほどの絶叫を放っておりましたが、今はご覧の通り、カメー先輩の手によって新しい姿へと生まれ変わりました」
アイコンタクトで4人の女神に合図を送る。
「どうぞ、みなさん。ステージに上がって最前列でご照覧あれ。さ、どうぞどうぞ。上がってください」
一番に上がってきたのはやっぱりカメー。ステージから見渡して周りの反応を見ていた。
観客がどんな顔をしているのかなんて、下を見なくても想像がつく。
カメーがこっちに駆け寄ってきた。
「ありがとうである! ありがとう!」
飛び出た目に涙を溜め、嬉しそうな笑顔で感謝された。
おかしいな。あんなの誰も喜ばないはずなのに。どうして感謝されているんだ。そう思って、ステージに上がってきた冥界神たちを見る。
綿菓子とジュースで顔が隠れていて、表情が読めないショロポルカとニーニャを除けば、みんなが嘲笑に似た笑顔をしていた。
変だ。なぜ笑う?
何か変だと思って、謎を解こうと見ていると、二人の男神がこっちへ来た。
「ガハハハッ! おい、カメー。見直したど」
身長2メートルはありそうな黒髪黒肌の中年がカメーの頭をバシンと叩いた。
彼は冥界神プルモート。エルフみたいに尖った耳と鋭い顎が特徴的だ。河童の皿のようにお面を乗せ、帯にはイカ焼きを挟んでいる。貸した浴衣にタレが染み込んでいた。返すときはクリーニングして返せ。
「グフフフ……そうそう。前よりは少しマシになったじょ」
彼は冥界神エンマ。赤肌で太めの体型。額に第3の目がある。名前からして閻魔大王っぽいが、この地獄には死者を裁いて特定の場所に振り分けるシステムは無い。
ボクちゃんの記憶によると、こいつはいつもプルモートに付き従っている金魚のフンみたいな奴だ。こいつもプルモートと同じように浴衣を汚していた。クリーニングして返してもらおう。
「フンっ! お前らに褒められても嬉しくないである! 悔しめ! 悔しい顔をしろ!」
「悔しいって? ガハハハ! こりゃあ傑作だ! こいつなんにも気づいてねーど! 天道! お前すげぇやつだな!」
「グフフフ……グフッ……グフフフ……」
それだけ言って離れていった。
「なんであるかあいつら。天道、お前何か知ってるであるか?」
「いえ、さっぱり。祭りの空気に狂わされたのかもしれません」
あいつら……何故かは知らんが、俺の作戦を知っているかのような物言いだった。それなのに、止めようともしなかった。どちらかといえば協力的な態度だ。大人しくしてくれるなら助かるが、不安要素には違いない。変な動きをしていないか一応警戒しておこう。
「しゅるる……。カメーさん。こちらへいらして。私たちと一緒に見ましょうよ」
代わり番こで6人の女神がこっちに来た。
「おほぉォォ〜〜〜〜ッッ!」
カメーは気色悪い声を上げ、シワポルカに連れて行かれた。
「本当に素晴らしいわ」「うんうん」「それそれ」「すごいすごい」
女神たちはお世辞のような褒め言葉を並べてカメーをおだてる。変に飾り立てない方が効くようで、カメーの表情はゆるゆるに蕩けていた。
そんなピンク色の空気を抜けて、アルパヌが俺のところに来た。
「ごめーんなー。我慢できなくてみんなに言っちゃった。口止めしてなかったからいいよなー?」
これからカメーをどん底に突き落とす。二度と気色悪いアートを生み出せなくなるくらいに。
その大まかな作戦内容を4人の女神に伝えたら、4人は笑い転げ、喜んで協力してくれた。カメーの素行の悪さには普段からうんざりしていたらしい。
基本、冥界神になるのは、他のマナガス神に不満を持つ者や群れるのが嫌いな者だ。だからか、冥界には明確な法律がない。
現世のマナガス神は、法を犯した者を大勢で叩くやり方で秩序を守っている。しかし、法律がない冥界では、マナー違反に文句をつけても、取り締まる力が無いというわけだ。だからこそ、迷惑なアートを好き勝手に作りまくるカメーが目障りなのだろう。
どうせ突き落とすなら高い所からがいい。そのために、カメーの幸福度に高低差をつける。落とす直前まで気持ちよくしてやり、歓喜の絶頂まで登ってもらう。俺ひとりでやるつもりだったので、贔屓していると思われないように説明したら、4人の女神は褒めちぎる役割まで引き受けてくれた。
「どうりで変だと思いました。全員にですか?」
「ううん。カメーには言ってないなー」
「それなら構いません」
だとすると、逆に気になるのはショロポルカとニーニャの顔だ。
二人は今、どうしてる?
ショロポルカは鉄蟻柱を見ながら綿菓子を舐めている。
ニーニャはストローを咥えたまま、こっちに来なかったもう一人の女神と話していた。話相手は冥界神セドナだ。彼女は男が嫌いだからこっちに来なかったのだろう。
そのセドナという女神は隻眼の美女だ。アザラシの赤ちゃんみたいな体毛を生やしていて、片目を眼帯で隠している。神話によると、その目は父親に潰されたそうだ。勝手な推測だが、男嫌いもそのときからだろう。
「あとなー。ずっと訊きたいと思ってたことがあるんだけど。いいかな?」
「ええ、いいですよ」
「どうして天道くんがボクヴォロスの槍を持ってんのかなーって。継承者とか言ってたけど、そんなの別に誰でもよくねー?」
やっと聞いてくれたか。誰も聞いてこないから不思議だったんだよ。
俺が新しい冥界神になるって話をすんなり聞き入れてくれたけど、こういうふうに疑っているってことは、やっぱり実際にはまだ認められていない。ボクちゃんの記憶があるからこそわかるんだけど、冥界神になるのはそんな簡単なことじゃないし。
「ボクヴォロス先輩に託されたんです」
「ふーん。ボクヴォロスが死んだって言ってたけど。それって、あいつがどんな死に方したか知ってるってことだよなー?」
アルパヌの目には殺意が込もっていた。返答次第じゃ、この場で殺し合いになるかもしれない。慎重に言葉を選ばないとだな。
「もちろん知っています。ですが、今は答えられません」
「なんでー?」
「あなただけでなく、皆さんにも知る権利があるからです。メインイベントの後に説明します。どうか、それまで待っていただきたい」
「話さなかったらどうなるか。わかってるよなー?」
「ええ、もちろんです」
「わかった。楽しみにしてる」
「はい。楽しんで」
アルパヌはカメーのところへ行った。そろそろ次のステップに移ろう。
DJテーブルにCDをセット。再生ボタンを押す。それと同時に竿燈が消灯。ヤグラと繋がる提灯も消灯。
鉄蟻処に闇が訪れる。
「それでは、最新のプロジェクションマッピングを使った音と光のショーを始めます。今宵あなたの目と耳は、新次元のエンターテイメントを体験することでしょう」
ゆったりとした癒し系の和風曲が流れ始めた。それと同時に複数のプロジェクターが光を放つ。曲のビートとリズムに合わせて、カラフルな映像を鉄蟻柱に投影する。
あちこちから感嘆の声が聞こえてきた。地獄じゃ見られない鮮やかな光景に目を奪われている様子。柱の飾り人を見て言葉を失い、口を閉じていた者たちも、今では瞬きすら忘れて柱に釘付けとなり、顎の力が抜けている。
映像はただ色をカラフルに変えるだけじゃない。ストーリー形式で流れる。
鉄蟻柱を森に見立て、そこにやってきた鬼たちが枝に家を建てるところから始まる。
春夏秋冬。葉の色や咲いた花、実った果実の出来具合で季節の移り変わりを演出する。
「鬼たちは子を宿し、子はやがて狩人になります。弓矢で鳥を射殺したり、ナイフでトカゲを刺し殺す。鬼たちは環境の変化に適応しながら、木の上で穏やかな暮らしをしていました」
穏やかな曲調の上に、少しずつ不穏な音が重なり始める。
「しかし、始まりがあれば終わりもある。鬼たちの家に危険が迫っていました」
一曲目のループが終わりつつあった。
音程の変化とともに森がざわつく。不穏な風に吹かれて葉っぱ同士が擦れ合い、ノイズが増える。曲のテンポが徐々に上がる。上がるにつれて、鬼たちの動きが忙しなくなった。
「略奪者です」
柱と柱の間に巨大な影が生まれる。ポツポツと影の数が増えていく。だんだんと、その姿がはっきりしてきた。
影の正体がわかった者から驚きの声、それから嘲笑混じりの声が聞こえてくる。
「私である! ほら見ろ! 私だ……」
喜ぶ声もある。
そう。略奪者の正体はカメーだ。事前にカメーの写真を何枚か撮り、それをコピーして、AIに読み込ませた。
こんな素晴らしいショーができるのも、全部このプロジェクションマッピング生成ソフトのおかげだ。家でも市民祭りでも、簡単にプロ級のプロジェクションマッピングができる最新鋭のソフトだ。鬼たちのモデルは全てサンプル。物語も全部AIが作ってくれた。
このソフトは、ムツキを喜ばせるために購入したものだ。いつも窮屈な部屋で同じ壁ばかりを見ていてつまらないだろうと思って。サンプル画像と大まかな脚本さえあれば無限にアニメーションを使ってくれるから飽きもこない。かなり値が張ったけど、まさかこんなところで役に立つなんて思わなかった。買ってよかった。
略奪者たちの姿が露わになったとき、冥界神たちがざわつきだした。
「しゅるる、あれは幻術?」
「いや、ちげーよ。わかんねーけど」
「攻撃は受けてないだわね」
「魔力も感じないことよ」
「すげーなー。なんだあれー」
どうやら、カメーの大群の出現が彼らにとって衝撃だったらしい。魔法では再現できない事象が起きているためだろう。
おっと。文明の利器に感謝するのは後だ。語り部の仕事に専念しよう。
「略奪者たちは鬼たちにとっての宿敵です。鬼たちはこの森に移り住むずっと前、もっと大きな国に家を持っていました。そこにやってきたのが略奪者たち。鬼たちの故郷は略奪者によって蹂躙されたのです。鬼たちは散り散りに逃げ、住む場所を変えながら国を離れていきました。この森も何度目かの引越し先でした。その悲劇が繰り返されようとしています」
怯える鬼たち。息を呑む観客。喜ぶカメー。
「鬼たちは恐れ、震え、森から逃げ出そうとしました。しかし、これ以上どこへ逃げると言うのか。略奪者はどこまでも追いかけてくる。森に来た略奪者の数は、前に襲われた時と同じ数でした。
永遠に逃げ続けることはできない。恐怖の連鎖をここで断ち切ろう。大人たちは武器を取り、立ち上がりました」
奮い立つようなBGMから疾走感のある戦闘曲へ。
鬼たちは枝と枝の間を飛び回り、巨大なカメーへ特攻を仕掛ける。
しかし、鬼たちの攻撃は通らない。鬼たちは略奪者の手前で吹き飛ばされた。
このソフトにも限界がある。サンプル同士の激しい戦闘アニメーションは作れない。だから鬼たちが勝つことは絶対にあり得ないわけだ。
とはいえ、略奪されて終わるエンディングなんてつまらない。俺が鬼を勝たせる。AIにできない部分を補うのが語り部である俺の仕事。
「二種族の攻防は夜まで続きました。犠牲になった鬼は多く、それに対して略奪者は一人も減っていません。しかし、夜の帷が降りると、略奪者たちは森から出て行きました。彼らは目で獲物を捉える昼行性の生き物です。夜には甲羅に籠り、身を守る習性があります。その習性のおかげで、鬼たちにひとときの休息が訪れました」
照明を徐々に落としていく。
「攻撃が通じないとわかり、鬼たちは最後の策を講じます。危険な手段です。成功しても、かならず命を落とします。しかし、鬼たちの目には黒く燃え上がる闘志が宿っていました」
静かな夜を表現するBGMとともに明かりを消した。
「さあ、皆さん。ここからがクライマックスです。鬼たちは最後の抵抗に野蛮な方法を用いました。弓矢や剣が通じないのです。無理もありません。
そして、気になるその方法とは、なんと強力な爆薬でした。鬼たちは国を捨てた時、大量の火薬を武器庫から持ち出し、後生大事に取っていたのです。略奪者に一矢報いる爆薬を作るために。
爆薬は完成しましたが、起爆方法に問題がありました。遠隔操作で起爆するスイッチなんて鬼には開発できません。
故に!」
パッと明かりがついて、朝の日差しを表現する。照らされた森にいたのは、爆薬を持った鬼たち。……ではなく全身に爆薬を括り付けた鉄蟻柱の飾り人たちだった。
実は、あいつらには最初から爆薬を括り付けていた。つまり、プロジェクションマッピングのショーはその時から既に始まっていたのであーる。
「こちらにご注目ください。俺の手です。この手から、鉄蟻柱に向かって紐が伸びていますね。この紐は一番下の段で磔にされた飾りたちの首と繋がっています。この手にあります紐を引っ張ると、喉の縛りが解け、一斉に悲鳴が上がります。それを聞きつけた鉄蟻たちが再び悲鳴を止めたとき、彼らに括り付けた爆薬が起爆します」
「て、天道……? なにを言っているのであるか?」
アイコンタクトを送ると、女神たちがカメーに抱きついた。がっしりと。下手に動かないように。
「起爆すると、爆発が上へ向かって連鎖します。天辺まで行けばご喝采。勝利の火を打ち上げますので、その火が空に灯ったときには、皆さん。大きな声でご一緒に。
『かーめやー!!』
と、叫んでください。練習しましょうか。
『かーめやーー!』」
「「「「かーめやー……」」」」
「離せっ! 天道っ! なにを考えている!?」
「まだまだ声が小さいな。恥など捨てて楽しみましょう。かーめやー!」
「「「「かーめやー」」」」
「本番はもっと大きな声でお願いします。それでは再開致します!」
クライマックスはラスボス戦のように壮大で、重厚で、激しい交声曲を流す。
ラスボスはもちろん巨大な略奪者カメー。カメーが悪者だという潜在意識を観客たちに植え込むことがこのイベントの目的だ。
一人を悪者にして集団で叩く。俺の大嫌いなイジメのやり方だ。こんなこと本当はやりたくない。できることなら、真正面からぶちのめして冥界神どもを屈服させたい。
でも、俺は冥界神としてみんなに認められたい。そのために、冥界神を一人引き摺り落として優劣を見せつける。階級社会ではよくある格付け方法だ。こういうイジメみたいなやり方でなければ、この無法地帯で昇進することはできない。だから、カメーには踏み台になってもらう。
「鬼たちは最後の作戦を開始しました。この頃にはもう略奪者に怯える鬼はおりません。夜のうちに子どもや女は遠くへ逃しておりました」
「よせっ……! 天道っ……!」
女神たちに拘束されて嬉しいような、作品を爆破されそうで焦るような、分かり合えた友に裏切られたような、ごちゃ混ぜの思念が伝わってくる。
でも、やめてあげない。
「無視するなっ……! なぜこんな真似をするッッ!」
「朝日を背にした略奪者たちの大きな影が、森に暗闇をもたらします」
「私が何かしたであるか? 気に触ることをしてしまったか? だったら謝るっ! 謝るから! 落ち着けッッ!」
「何も知らない略奪者たちは、昨日と同じように森へ侵攻を始めました」
「無視するな! 話し合おう! 話であるぅ!」
流石に可哀想になってきた。無視しすぎるのは可哀想だ。いったんマイクをオフにする。
「カメー先輩。どうかされましたか?」
「ああ、天道っ! 頼むっ! 馬鹿な真似はやめてくれっ! 危ないぞ。危ない。あんなものを使ったら作品が壊れてしまう! こんなことはもうやめよう!」
「カメー先輩……。楽しんで!」
マイクのスイッチをオンにする。
「略奪者たちを罠の場所へ誘い込むために、囮となる鬼たちが大きな声で悲鳴をあげます」
「よせっ! よせよせよせっ! 天道っ! よせっ! そんなもの使うなっ……!」
思いっきり紐を引っ張った。紐と説明したが、これは触手だ。掃除機のコードを巻き取るように、しゅるしゅると触手が戻ってくる。
「ああァーーーー……!」
それと同時に、飾り人の首の圧迫が解放される。
『ギャーーー』『イヤーーー』『アア゛ァァー』
『グェェーーー』『ヒィーーー』
──────
──………
悲鳴を聞きつけた鉄蟻たちが、飾り人の喉に喰らいつく。そして、
──カチッ……!
ほぼ同時のタイミング。柱の下段で111発の爆音が鳴り響いた。続けて連鎖で爆発し、柱を包み込むように黒い火炎が広がっていく。
ドドドドッッ……! バチバチバチッッ! ドドドドドドドッッッッ……!
「作品がァァァァ────ッッ!!!」
耳障りな爆音でノイズを全て消し去った後、静かな瞬間が訪れる。カメーの泣き声が虚しく響く。火炎の柱が鎮火したとき、柱の天辺が光を放った。
ヒュー〜〜ルルルゥゥ〜〜〜……!
「皆さーん! せーの!」
──パンッ!
「かーめやー!」
「「「「かーめやーーーー!!!」」」
耳に心地よい炸裂音の後に、色鮮やかな火が空一面に花咲いた。会場いっぱいに広がる拍手喝采。同じような音を立てて消える大輪の雫。
111本の柱から同時に打ち上げられた、黄や緑、紫や青に色を変える4尺玉。111発で終わることなく、222発、333発と絶えることなく大輪を咲かせた。
涙があふれたカメーの目にも、鮮やかな色の花火が大きく咲いては、光の雫となって消えていく。




