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6-3 ニート、欲情する



 ニートは発光器を全開にしてボス部屋エリアの把握を最優先にする。

 通路は2つ。ニートの現在地とラスボスを挟んだ向こう側。


 向こう側の通路の入り口にはどうやら糸が張り巡らされている。簡単には通過させない造りになっていた。


 戦う上で大切なのはエリアの広さ。加えてその複雑さを理解しておかなければならない。


 このエリアは4階建の闘技場だ。一番広いフロアにラスボスがいて、4階の位置にちょうどラスボス頭部が位置している。4階から頭を狙ってくださいとでも言っているようだ。


 まるでボス攻略のギミックをダンジョン側が用意したかのような構造物。


 エリアの天井にはホタルがいない。戦いながらの栄養補給は出来なさそうだ。

 天井がもう少し高ければ上から無双できたかもしれないが、そんなヌルい設計はされていなかった。



 エリアの全体像が把握できたところでニートはバトルエリアに踏み込……む前に。遠距離から破壊光線を照射した。


 ジュイイイイイイイーン!


 ゲーム脳とは思えない外道戦法。いや、むしろゲーム脳だからこそ試せたことなのか。


 ボス部屋の入り口にはゲームでありがちな結界の妨害はなく、破壊光線は直線に飛んでいく。


 ニートは先制攻撃に成功した。しかもダメージが大きい。

 即座に反応されて死角に入られてしまったが、ラスボスの下半身に大きな風穴が空いている。


 先制攻撃が成功したらそのまま倒すつもりでいたが、ニートは一度退くことにした。お腹が空いて力が出ない。


「ここには食料を探しにきたのにラスボスと戦うなんて調子に乗りすぎやん。あー腹減った」


 破壊光線を照射したことで周辺の温度が致死レベルまで上昇しており、通路の天井から落ちてきたホタルの魔石をいくつか食べた。

 もっと大きい魔石でなければ満足できないとニートが独り言ち、来た道を引き返す。


 正規ルートから戻ろうとすると必ず3択の分かれ道に突き当たる。今回は探索してからラスボスと戦闘するつもりのようだ。ニートにしては準備がいい。


 問題は、正規ルートに一発で戻るには運が絡むという点だ。

 非正規ルートにもボス部屋があり、ボス部屋には分岐ルートがある。総当たりで探せば正規ルートに戻れるが時間を浪費してしまう。それはラスボスに回復の時間を与えることと同じ意味となる。


 こうなったときに使えるのが魔石だ。魔石はニートを除いて積極的に食べる生物がいない。この事実は新女王との共同生活で身にしみてわかった。ムカデまで魔石を嫌っていたのが決定的だった。


 ニートは迷子になったのが相当こたえたようで分かれ道を見つけたら魔石を置くように心がけている。


 正規ルートとは別の非正規ルートに入って道なりを行く。非正規ルートのモンスターは交戦的な性格の持ち主が多く、近づいただけで飛びついてくる入れ食い状態だ。

 おそらく逆走しようとする者を襲う習性があるのだろう。ヒルミミズもそうだった。


 そんな罠的な習性もお構いなしに進んでいる。


 歩いていれば勝手に飛び込んでくるおかげで探す手間が省けてラッキーとしかニートは思っていない。


 道なりに進むと3択の分かれ道に突き当たる。天井のホタルを1匹落として目印となる魔石を取り出した。


「どの道から行くか、それは全部左に決まってる。スマホの文字を読むときも全部左からだ」


 謎のこだわりを発露(はつろ)すると魔石を左のルートに置いて進んでいく。

 襲いかかるモンスターから魔石を回収しつつ、しばらく進むと広間に出た。非正規ルートのボス部屋だろう。

 真っ暗なボス部屋を蜘蛛の糸がびっしりと埋めていた。光源がニートしかない。天井のホタルが死に絶えている。


 部屋の至るところに巨大クモがいて地面には虫の残骸と魔石が山積みにされていた。


 見たところハエトリグモに似ている。普段は益虫だが人を食える大きさとなれば完全に害虫だ。


 ハエトリグモの特徴として素早い動きとジャンプ力がある。しかし巨大化したことでそれらの持ち味が潰れている。

 他の虫よりは速いが、人間からしてみれば目で追える程度のスピードだ。ましてやニートの運動能力であれば見てから回避も余裕である。


【戦闘開始】


 ニートのターン。地面に落ちているクモの糸のクズをかき集め始めた。触手と両手を器用に使って糸くずを塊にすると神経毒を大量に垂らして染み込ませる。


 化学処理を施した糸の塊にスパークさせた前腕の光を照射した。


 するとボッ、と勢いよく燃えて糸の塊は火の塊と化す。ニートはそれを触手で掴んで部屋の中央に投げ入れた。


「喰らえファイアーボール!」


 部屋の中央から燃え広がる光景を期待したようだが、周りの糸が一瞬で溶けて鎮火した。



 クモのターン。巣の一部が破壊されたのを察知して補修に向かう。補修隊とは別のクモ達が周囲に散らばって火元の確認を急いだ。


 ハエトリグモは人に匹敵するほどの視力を持っているため、補修隊はすぐに敵の存在に気づいた。


 敵は変なポーズを構えてジッとしているだけでまるで敵意を感じない。徐々に敵の全身から光が消えて一点に光が集中し始めた。



 ジュイイイイイイイーン!



 ニートのターン。クモが集まってきたところで破壊光線を照射した。半分以上が今の一撃で焼失したようだ。


 だがそれで終わらない。数千度の熱がクモの糸を溶かし、天井からバタバタと落ちてきたクモを破壊光線で焼き殺す。

 悪逆非道の駆除方法。民家であれば町村ごと焼き尽くすような灼熱波がボス部屋を襲う。


 小グモの死骸が薪となって更に燃え上がり、奥に控えていた母グモは姿を見せることなく息絶えた。


【戦闘終了】


 真っ赤に燃えた洞窟内をニートがひとり歩いて魔石を回収する。一酸化中毒など気にも留めずに死の空間を踏破した。


 酸素を失って火は自然に鎮火した。けれどもボスエリア全体が炭化したクモの死骸で灼熱としている。


 そんな中で炭を破壊しながら魔石を回収する光の怪物がいた。


「なんか、いい匂いするね。焦げた果物の匂いだ」


 これまでニートは洞窟内では火気厳禁という意識があったため火起こしなどはしてこなかったが、クモが火の有効性に気づかせてしまったようだ。


 破壊光線の二次災害があるまで自身がここまでの耐火性を身につけていたとは知らなかったのだろう。

 今回は大量の薪があったためエリア一帯を覆うほどの地獄を作り出せたが、ラスボスに同じ手は通用しない。それはニートも分かっているようだ。


 しかし戦いの幅が広がったことでニートは自信を付けてしまった。

 ニートが自信を付けるというのは危険だ。いずれ恐ろしい事態を引き起こすだろう。

 火の力を知ってしまった人類がのちに何をしたかと思えば当然の危惧だ。


 火を知ってしまったことで食の幅が広がった。

 ニートはクモの炭で焚き火をつくり、集めた魔石を触手の串に刺して炙ってから食べていた。


「クモの蜜団子を串焼きにしてやるぜえー。ドロドロのゼリーなんだぜえー」


 一見アホが火で遊んでいるようにしか見えないが、この食べ方は理にかなっている。


 魔石はそもそもが有害物質であり、何を施そうと猛毒だが、魔石内には他にも有害な不純物が含まれている。その中のひとつに有毒ガスがあり、火を通すことで魔石内のガスを燃焼させられる。有害物質が減ればそれだけ融合のペースが早まる。


 それに火を通せば魔石の表面に付着した細菌などもついでに殺菌消毒できる。ニートは強力な消化液と致死性細菌への強い耐性を獲得しているため腐った肉を食おうと腹を壊さないが念のためだ。


 ニートはそんな難しい考察はしない。食材の加工を楽しむだけだ。火を通せば食べ物が美味しくなる。ただそれだけの理由があればいい。


 そんなことよりも新しい能力だ。大量のクモの魔石を摂取したことで体内に新たな器官が作られた。糸腺だ。

 ニートは破壊光線を好んで使い始めたため、糸線から出る糸の耐火性は皮膚と同程度ある。

 糸腺と毒腺の出口は共通していて、糸は3種の毒と組み合わせることで麻酔と接着と切断の自由が効くようだ。


 ニートは早くも糸を出せることに気づいた。火を消すために溶解液を出そうとしたら違和感があったらしい。


 まず最初に調べたのは糸の強度。火に強いか、どれほどの重さを耐えられるか、切れにくくないか、どこまで伸びるか、伸ばしたら変形前の状態に戻るか。


 結果、火に当てても特に変化はなく。溶解液を垂らすと溶けて切断される弱点が見つかった。


 糸の限界を知るために一本の糸でどこまで伸びるかを調べた。頑丈な巨大甲虫の甲殻を破断させるほど強力なニートの引張力を持ってしても、糸はほんの少し伸びる程度で手を放すとすぐに復元する弾性を持っていた。

 

 ニートは試しに母グモの死骸に糸をくくりつけて牽引してみた。およそ重さ1トンある母グモを引きずっても糸は変形しない。

 高強度の糸の性能にも驚きだが重さ1トンを引きずるニートの怪力にも驚きだ。

 

 自らの怪力で糸を千切れずに悔しい表情を見せたが、糸が問題なく使えるとわかったところで大量に糸を生成し始めた。

 飽き性のニートが糸の生成にとても長い時間をかけたのだ。


 生成作業は寝る間も惜しんで続けられた。腹が減ると魔石をつまみ食いしていたため、作業中にクモの魔石のストックが尽きてしまった。


 すると空腹がやってくる。ニートは生成作業を中断して立ち上がった。魔石を取りに行くのかと思ったら、足を運んだ場所は母グモのところだ。


 母グモの脚に輪っか状の糸を引っ掛けて両側に引っ張る。ぱきんと軽い音がして母グモの脚が落ちた。


 炭化した小グモに着火して焚き火にすると、直火焼きで母グモの脚を焼いて食べ始めた。


 ずいぶん長いこと迷子なニートだが、ついにダンジョン飯を食べた瞬間である。糞や蜜のようなナマモノではない調理したモンスター肉だ。



 ニートは毛深い脚に手を突っ込み、つるんと出てきたブリンブリンの白い身にかぶりつく。味付けもなく火を通しただけなのに過去最高の旨味が口いっぱいに広がった。まるでカニと鶏肉を同時に食しているような食感。磯臭さがなく油っこくないヘルシーなお肉。ブチンと歯切りのいい音と一緒に喉へ流れ込む肉汁が、乾いたニートの全身に染み渡るようだった。



 ニートは自然と涙をながしていた。噛むたびにホームシックが押し寄せてくる。

 噛むたび噛むたび、居酒屋の風景やレストランの店内が頭に浮かぶ。噛むたびに現世を思い出したくはない。

 でも食べたい。もっと食べたい。やめられない。溢れる涙が止まらない。


 ニートは久しぶりに胃もたれの不快感を得て夜の分の作業を休んだ。これからゆっくり寝るらしい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] カニは蜘蛛の仲間だからカニの味がするわけで、つまりカニは蜘蛛味がするとも言えるわけですね [気になる点] スパイダーマッ
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