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91 監視カメラ

 スマホをテーブルに置く。何を言われるか内心ビクビクしながら、監視カメラの映像を再生した。


「げっ……ちょっとなんですかこれ……私の許可なくこんなの仕掛けないでくださいよ」


 執務室を映す9画面の映像。ウヅキさんは自分の映る画面を押すと、服を脱いで裸になる場面が拡大された。次々と画面を押して映像を切り替えている。


「天ちゃんの寝顔が見たかったんよな」


「絶対ウソですよね。だったらベビーベッドのところだけでいいですもんね。何ヶ所も仕掛ける意味がないじゃないですか」


「天ちゃんが逃げるかもだから」


「うわ。私の机の真上にもある。机の裏にも。こんなに隠し撮りして、完璧に変態さんじゃないですか。きっしょ。なんでこんなに仕掛けたんですか?」


「セットし始めたら止まんなくなっちゃって。下心でちゃった」


「下心でちゃった、じゃねーですよ。バレたらやばいって思わなかったんですか?」


 声を荒げないものの、背後に雪鬼でも召喚したみたいなプレッシャーを感じる。


「……マジでごめんなさい」


「ま、個人で楽しむ分にはいいんですけど。他人には絶対に見せないでくださいよ」


「絶対に見せない。ちゅーか見せたくない。俺の宝物だから」


 ウヅキさんのヌードシーンを早送りする。この日の夜は日頃の疲れが解消されるまでたっぷりとマッサージしてやった。当然のように逆は無いのよねこれが。

 マッサージが終わると、ウヅキさんは再びスーツを着て執務室を出て行く。ソウルノートの作製に入ったのはその後だ。

 翌朝、ウヅキさんが若返る。ここからさらに早送り。ユーキちゃんを連れた3人で執務室に帰ってきた。そして俺は不意打ちをくらい、先に天国へと送られる。

 それから数時間ほど、ウヅキさんは一人で時間を潰していた。スマホをいじったり、紅茶を淹れたり、部屋を散策したり、ベビーベッドに気づいて固まったり、トイレで泣いたり、また紅茶を淹れたり、スマホを弄ったり。

 そうしているうちに俺が目を覚まして、今度こそウヅキさんを天国へ送った。ここからソウルノートが無くなるまで早送りする。身動き一つしない3人の代わりに部屋の中の影が動き、シークバーを見ずとも時間の経過を教えてくれた。光の加減以外に景色の変わらない映像を注意深く眺めていると、突然執務室のドアが開いた。そして次の瞬間、ソウルノートが消える。


「今のところを早戻ししてください」


 言われなくともわかっている。俺は見逃さない。録画を巻き戻して再生だ。


「これは……私?」


 ドアを開けて入ってきたのは、もう一人のウヅキさんだった。彼女は眠る俺らを一瞥するだけで指一本触れることなく、ソウルノートだけを持ち去った。


「いったいどうなってんだ。ウヅキさんが二人もいるなんて。双子じゃないもんな」


「はい。でも、もしかしたら私が知らないだけでお姉ちゃんが居るのかもしれませんね」


 映像のウヅキさんは俺の記憶にある大人のウヅキさんと瓜二つだ。姉妹とはいえ、ここまで似るのはあり得ない。


「いやいや。もしそうだとしたら、いきなり妹の職場に現れて、物を盗んでいったことになる。それはあまりにも不自然じゃないか」


「まっすぐノートを盗りに行きましたもんね。確かに変です」


 一見するとソウルノートは臭いだけのノートだ。外見からは価値が見出せない。名前を書くために使ったペンの方が高く見えるほどだ。そんなノートを迷いなく盗るなんて、事前にどんなアイテムなのかを知っていなければ取れない行動だ。

 それに、俺らがここに居ることを彼女はどうやって知ったのか。転々とワープするから動向が掴めないことで有名な俺だぞ。

 執務室は防音加工されていて、外から中の音は聞こえない。窓から覗くにしても、ここは官庁の最上階だ。国防の観点から覗けない構造になっている。常日頃から窓枠に住み着いていない限り、俺らの動きは掴めない。


「ウヅキさん、スマホの通信履歴はどうなってる?」


 よって、俺らの位置情報を誰かに伝えられたのはたった一人しかいない。ティーンエイジャーウヅキさんだけだ。漏らしていないと信じたいが、もっとも疑わしい人物は彼女だ。スマホに履歴が残っていれば黒なのだが。


「全部消えてますね」


「限りなく黒に近いグレーってところか」


「盗まれたノートが無いとユーキちゃんは帰って来れないんですか?」


「そんなことはないぜ。いくらでも複製できるけんな」


「それなら深刻そうにしなくてもいいじゃないですか」


「それがそうでもないんよ。盗まれたのは核兵器並みに人命を奪えるノートや。しかも名前と顔さえわかっていれば、相手を自由に選べて、世界中のどこにいても痕跡を残さずに殺せる。絶対に人の手に渡しちゃならん代物なんよな」


「なんてもん作ってんですか!」


 強く頭を引っぱたかれた。強く叩きすぎてウヅキさんの手のほうが腫れている。謝罪の意味を込めてその手を握った。


「だからこそ秘密にしとったんよ。話したのは若返ったウヅキさんにだけや」


「過去の私だからって信用しないでくださいよ。漏らしたの絶対に私じゃないですか。責任感じます」


「ウヅキさんが責任感じることねぇよ。俺が全部悪いから。ただ、大惨事になる前に取り返さなきゃならんのも事実。一緒に考えてくれるか?」


「そうですね。考えてみれば、全ての元凶はあなたです」


「うっ」


 自分で言うのはいいけど、改めて他人に言われると傷つくなぁ。


「でもノートを作った理由が人助けのためだってことはわかります。それを悪用されたら胸糞悪いです。だから付き合ってあげますよ。パートナーとして」


「助かるぜ」


 よし。高橋を実験台に使ったことは内緒にしておこう。


「情報漏洩したのが私であると仮定して、気になるのは窃盗犯の正体ですね。姉の線を含めても、私の知らない人に連絡するわけがありませんし」


 あえて口にはしないが、二度も姉と言ったのは窃盗犯の見た目が老けて見えたからだろか。


「映像を見る限り通話した形跡はないし、なんとかメッセージ履歴を復元できないか?」


「ゴミ箱から完全に削除されています。バックアップも上書き済みみたいです」


 スマホを弄っていたウヅキさんが突然目の色を変えて文字を打ち込み始めた。


「なんか手がかりを見つけたんか?」


「はい。連絡先に知らない人がいまして。間違いなら恥ずかしいですが、共犯者のていでメッセージを送ってみました」


 そう言って見せられた画面には、


『彼がノートを探し始めました。しかし犯人の見当は付いていませんのでご安心を。共犯者として怪しまれていますから、これからは行動をマークされる可能性が高いです。今後は直接会えませんので、文面での連絡を望みます』


 と、山本メイ宛に送っていた。まさか犯人は俺自身なのか?


 あり得る。ソウルノートを誰にも渡さないために自主的に動いた可能性は充分にある。確認のためにメッセージを送っておこう。


『もしかしてノート回収した?』


 送信からまもなく返ってきたメッセージがこうだ。


『草』


 どうやら回収してないらしい。さて、最悪の展開に一歩近づいたぞ。


「メッセージが返ってきました」


「どれどれ」


 肩越しにウヅキさんのスマホを覗き込む。


『どうしたのいきなりwww 大丈夫? 記憶を戻すためとか言って頭叩かれたりしてません?』


「窃盗犯とは無関係な人の反応って感じですね。てゆーか、誰なんでしょうかねこの人。体調を心配してくださるのは大変ありがたいことなんですけれど、馴れ馴れしい。あなたこの人に会ってます?」


「ああ。ウヅキさんを迎えに行った時に一度だけな。二人ともなんか親しげな感じだったぜ。ウヅキさんなんか、こいつのことをお姉様って呼んでたんだから。多分、今も淡路島におる。会いに行ってみるか?」


「会ってみたいとは思いますけど。今はそれどころじゃなくないですか?」


「ここにはもうヒントが無いんや。閉じこもって考えてもしょうがないぜ」


「それはそうかもしれませんけど」


「ほんじゃあ、決定な」


 スマホを覗く姿勢を少し変え、背後から抱きしめる。そして淡路島研究所にある職員用マンションへとワープした。


「あの、ユーキちゃんは……?」


「そう焦らんでもよかろう」


 ユーキちゃんは山本メイの正体を見破っている可能性が高い。

 人間社会に溶け込むにあたって、山本メイの姿は何かと便利だ。今後、山本メイの姿で外に出る機会も増えるだろう。俺がウヅキさんと山本メイの仲を取り持つことで二人の関係が深まったりすれば、その恩恵を享受するのはこの俺だ。友人の目線から普段見られないウヅキさんの一面を見られるだろうし、気兼ねなくデートを楽しむこともできるだろう。当然、そうなると天ちゃんの存在が邪魔だから、シングルマザーであることも徹底的に隠すつもりだ。

 もしもユーキちゃんに山本メイの正体をバラされたりすれば、夢のプランが台無しになる。眠ったままでいてくれた方が好都合だ。


 吉田さん家の階にワープした。玄関に飛ぶこともできたが、あえて距離を置いた。天ちゃんを隠すよう指令を出すためだ。


 すぐに返信が来た。天ちゃんはノブくんのベッドに寝かせていたらしい。吉田さんも泣き疲れて寝てしまったので山本メイはフリーの状態だ。グッドタイミング。


「この部屋や。俺は天ちゃんを迎えに行くけん。終わったら連絡くれ」


「一緒にいてくれないんですか?」


「可愛いこと言うやん。いつからそんな人見知りになったのさ」


「あんな恥ずかしいメッセージを出したあとなんですよ。何を話せばいいのでしょうか」


「ごめんなさいって謝ればいいんじゃねーの? ほんじゃあ行ってくるわ」


 ワープするフリして光学迷彩と存在消失を同時掛けする。すぐそこだから歩いて行った方がいい。

 インターホンを押そうとするウヅキさんを横目にドアをすり抜ける。玄関にて出待ちする山本メイと目が合った。


「一旦、記憶を共有しようぜ」


「それもそうやな」


 俺とボクちゃんで重なり合い、魂を同期する。これで互いの記憶を共有できた。いやー、おもろい。天国って最高やな。次の地獄も楽しみだ。


 ピンポーンとインターホンが鳴る。俺は急いでノブくんの部屋へ。ボクちゃんは玄関のドアを開いた。


 天ちゃんが起きても泣き声が漏れないよう、天ちゃんの周りに『静寂』の結界を張って音を消した。


 ノブくんの部屋で玄関の音が消えるのを待つ。最初は恥ずかしがってたくせに、今では楽しそうに談笑している。笑い声がここまで聞こえてくるほどだ。20分ほど経過した頃だろうか。ウヅキさんの方から区切りを付けた。再会を約束し、別れを告げる声が聞こえた。


 ようやくボクちゃんが部屋に戻ってきた。ニヤニヤした顔でノブくんの部屋をウロついた。その怪しい動きで流石に察する。


「この部屋の監視カメラは動いてんのか?」


「動いてる。だから怪しまれないように動いてる」


 机の引き出しを開け閉めしたりして、怪しさ満点なのだが。


「そうか。で、なんでそんなに嬉しそうなんだ? なに話してきた?」


「デートの約束を取り付けたぜ。羨ましいやろ?」


「そんな簡単に休めねぇだろ。嘘つかれたんじゃねぇの?」


「嘘じゃねーよ。あれだよあれ。オフパコよ。あの話したら、ムツキに確認取り始めてさ。トントン拍子で俺もついて行くことになったってわけ」


「ナイス。で、いつの予定よ」


「今週末が休みやろ?」


「その日は地獄やんけ。天ちゃんどうすんだよ。一緒に地獄行くわけにもいかんし。そっちに預けたらムツキがいるし」


「ムツキがやばいことしようとしたら力尽くで止めるけど、流石に怪しまれるよな。ムツキを止められる奴なんてそうそう居ないし。俺の正体がバレる可能性は高い。それでもウヅキさんに預かってもらうしかねーだろ」


 天ちゃんを地獄に連れて行くということは、天ちゃんも一緒に死ぬということだ。これ以上、天ちゃんの成長を止めるのは良くない。しょっちゅう死なせたり、存在消失させているせいか、天ちゃんの体は他の同い年の子よりも格段に小さい。この成長速度だと、早生まれの子よりも身体的に不利な状態で学校教育を受けなきゃならなくなる。

 全部俺が忙しいせいだ。仕事の都合で連れ回すたび、天ちゃんの成長は同じだけ止まる。いずれは同級生と2歳差とかになるかもしれない。

 どうにか対策しないと他の子との差が開くばかりだ。将来、周りとの実力差に絶望して、競争に参加することを拒絶するかもしれない。ダメな自分を責めるようになるかもしれない。そうなってもおかしくない。金銭的に何不自由ない暮らしはさせてやれるが、孤独な少年時代を過ごさせるのはあまりに酷だ。

 もし自分の境遇に絶望しなかったとしても、物心つく頃には説明しよう。天ちゃんは何も悪くないよって。毎年土下座で謝ろう。


「ほんじゃあ、後で合流するぜ。天ちゃんは貰っていくからダミー頼むよ」


 シングルマザー山本メイは、この日をもって卒業だ。


「あいよ」


 ボクちゃんは天ちゃんを抱きかかえて部屋をウロつく。その際、すれ違いざまに天ちゃんを貰った。その瞬間、監視カメラでは捉えられないほどの超スピードでワープする。あとはボクちゃんが上手いことダミーを隠して村の外に出てくれるだろう。


「よ。なんか話せたか?」


 ウヅキさんは吉田さん家で貰った荷物を持ち、ひとりエレベーターに乗っていた。


「はい。色々と。KS村の人なので最初は少し警戒しましたけど、話してみると結構気が合いました。案外、普通の人もいるんですね」


「みんな普通の人よ。それより、あの人は共犯者に見えたか?」


「何度かカマかけてみましたけど、それらしい反応はありませんでした」


「そうか。これで犯人候補がひとり減ったな。他に思い当たる人はいるか?」


「幼い私が頼ったとしたら、お父様かヤヨイでしょうね。ですが、あの窃盗犯の正体がわからない限り、二人はボロを出さないでしょう」


「もう一人のウヅキさんか。未来からタイムスリップしてきたって説は無い?」


「あり得ませんよ。あんな格安のスーツは着ませんもの。それに結婚指輪もしてなかったでしょ?」


 録画を最初から見直して確認する。言われた通り、左手薬指に指輪がない。代わりに右手薬指に指輪をしているが、その指輪には宝石の装飾があった。俺のあげた指輪にそんなものは施していない。完全に別人だ。全く気づかなかった。


「別人だと思ってたんよ俺も。なんか違うなーって」


「はいはい。私の部屋にワープしてもらえますか? この服ちょっと若すぎるので他人に見られたくないんです」


 白いブラウスに黒のミニスカート。昨日は服を選ぶ時間も無かったので、マネキンが着ていた女子高生向けの夏コーデを買った。

 ティーンウヅキさんは普段、制服以外はドレスか和服しか着られなくてストレスだったそうだ。だから、未来とはいえ今どきの服を着れて喜んでいた。そんな高校時代の喜びも、今のウヅキさんにとっては恥の範疇にあるらしい。


「えー。可愛いけどなぁ……」


「捨てるとは言ってないじゃないですか。夜に着てあげますよ」


「エッチだなぁ。そういうところ本当に好きだぜ」


「さっさとワープしてください」


 執務室に戻る。ウヅキさんはすぐに部屋を出て、着替えのある寝室へ移動した。手持ち無沙汰なんでソファに座り、ユーキちゃんの顔についたヨダレや汚れを拭いておく。


「まだ生き返らせないんですか?」


 いつものスーツに着替えてきたみたいだが、袖の部分が少し緩い。スカートから覗く足はいつもより短い。若干の変化なのにちんちくりんに見えた。


「ユーキちゃんの前だとノートの話ができなくなるやん。ちなみにそのスーツは幾らくらいなん?」


「イタリア製のフルオーダーで大体100万円くらいだったと思いますけど」


「何着あんの? それ」


「これ含めて5着ですね。あ、そうだ。さっきの家で私のスーツを回収したんですよ。これ、直してくれます?」


 昨日、ティーンウヅキさんが着ていたスーツだ。険しい山道を通ったせいかボロボロになっている。ちゃちゃっと修復してやると、それはもう嬉しそうにスーツを抱いていた。


「サイズ合っとらんけどええんか?」


「問題ありません。成長期ですから」


 ウヅキさんはそう言って、直したばかりのスーツを木のハンガーに通すと、壁の出っ張りに引っ掛けようとした。ただ、そこは衣紋掛け用に作られた長押じゃない。ただの装飾だ。

 いつもスーツを掛けている位置だが、今の身長じゃ足りないらしい。つま先立ちをしてチャーミングなお尻をフリフリさせている。後ろから抱きしめたい気持ちに駆られるが、グッと堪え、細い腰を掴んで持ち上げた。


「ありがとうございます」


「警察の手を借りるってのはどうよ。盗まれた証拠もあるんだし、公共の監視カメラを辿ってもらえば犯人を突き止められるんじゃなかろうか」


「肝心なのは窃盗犯の逮捕じゃありません。ノートの奪還です。もし相手がお父様かヤヨイでした場合、警察力を使うと逆にこちらの捜査状況がバレます。物が物ですので、窃盗犯は既に口封じされたと仮定して動きましょう。大っぴらには動かず、静かに捜査するんです」


「そんなこと言ったって。警察の手を借りずにどうやって探すんだよ」


「読心術を解禁してください。人を支配する力も使いましょう」


「本気で言ってんのか?」


「手段を選んでたら人が死にますよ」


 何も言い返せなかった。ウヅキさんは追跡のプロだ。そして俺は素人だ。もはや他の術を思いつかない。だから、従う以外に解答がない。探し物を見つける魔法があればいいのに、と心底思うが、そんな好都合な魔法は存在しない。


 ウヅキさんがすぐに取り掛かるべきだと言うので、天ちゃんのご飯を先に済ませておく。


「ユーキちゃんの蘇生をお願いします。それと、今後の生活についても説明しておいてください」


「人使いが荒いんだから、まったく」


「どの口が言いますか」


 天ちゃんのオムツを変え、寝たのを確認してからソウルノートを出す。ユーキちゃんの名前を書いた。


「ごほっ! ごほっ!」


 さぁ、どうだ。ちゃんと元通りになったかな。


「おはようユーキちゃん。頭の調子はどうだ。指何本に見える?」


「えー……っと。1、2、3、4…ぅんぅん……28?」


「大正解! 絶好調みたいやな」


「もう! 先生! なして置いていくんよ! オラ、バリ怖かったとよ!」


「ごめんごめん、ほら」


 亜空間からケージを取り出し、そこに俺の魂を分け与えた。ボクちゃんのおかげで意識を分ける実験に成功し、山本メイの体であっても俺の思想を守って行動することまで確認した。同じことをケージに施せば、既存の脳みそを元に自律した思考を持ってくれるはずだ。


『ここ……どこ……』


「ケージ? ケージィィ……!!」


『おっ母……』


 天ちゃんと同じサイズほどのコウモリが目を覚ました。ぬいぐるみみたいで可愛いな。


 ユーキちゃんはケージを抱きしめ、生きていることを確かめるように全身を撫でた。

 ケージの魂は今もマナガスの小人の中にあるので、実際には別人と言えるかもしれない。しかし本人かどうかはどうでもいい。一番大事なのはユーキちゃんの気持ちだ。

 昔のケージと同じ声で話をし、同じ考えを持つならば、魂が入れ替わったところで同じだろう。気づきさえしなければ幸せなのよ。


「そいつは復活祝いだ。もう二度とそいつの魂を好き勝手に使わない。色々とすまんかったな」


『本当に勘弁してよ。おっ父』


「こらケージ! お前におっ父はおらんよ!」


『ごめんおっ母』


「ずっとおっ母と一緒だよ」


 産んだのは俺なのに……。ある意味、俺がお母さんなのに。羨ましい。早く天ちゃんも喋るようにならないかな。大きく育って欲しいな。


「今後の話をしよう。今まで国連の要請もあって指定モンスターの管理は厳しいものだったが、世界中にパトロン・ケーを配ったことでユーキちゃんの監視は要らなくなった。これからは日本国内の好きな場所で生きていいんだ。移住するならどこがいい?」


「博霊隊のみんなはどうしてるだ?」


「ああ。二人とも元気だぜ。九州で仕事してもらってる。ハナマルくんが毎日のようにメールしてくれてな。ユーキちゃんの容態をずっと気にしてたぞ」


「オラ、みんなに会いたい。元気な顔、見せたい」


「二人とも同じ住所みたいだぞ。ユーキちゃんもそこに住むか?」


「住む!」


「ほんじゃあ契約しに行くか?」


「行く!」


 二人は福岡の清水さん家に住んでいる。普段は寮や合宿に使っていた場所を賃貸アパートとして提供しているそうだ。まだ部屋が余っているかわからんが聞いてみよう。ついでに謝礼も送ろう。指定モンスターに理解のある大家は貴重だから、多額の謝礼を送って逃がさないようにしよう。


「すぐに戻る。天ちゃんを頼むぜ」


「帰って来たら始めますよ」


「わかった。ほら、ユーキちゃん。ウヅキさんに挨拶しなさい」


「あの、その、なんち言ったらよかか。わからんっちゃけど、その、あんがとうございました。あ、お疲れ様でした」


「はい。お疲れ様でした」


 清水家の門までワープして、玄関のところまで来た瞬間、俺のスマホがけたたましく鳴った。差出人はウヅキさん。さっき別れたばかりなのに、寂しくなっちゃったのかな。


「どうしたよ」


『大変なことになってました。なんでもいいんで、すぐにニュースを見てください』


 返事をする前に通話が切られた。


「ピンポン鳴らすのちょっと待ってくれ」


 ウヅキさんが慌てるのだから、よほどのことだろう。インターホンを押そうとするユーキちゃんを静止し、ネットニュースを見る。ニュースサイトを開いた瞬間、ありえない速報が目に飛び込んできた。


〖【訃報】各国首脳に相次ぐ不審死、侍従長関係か?〗


 怖すぎて続きのページを開けられない。俺のせいにされていそうだ。いや、俺のせいなんだろうけど。それでも実行犯じゃない。ソウルノートのせいだとしても、作った奴より使った奴の方が悪いよね。そもそも、この事件がソウルノートのせいなら犯人を断定できないよね。


「ユーキちゃん。すまんが一人で交渉してくれ。必要なものは渡しておくから」


 利用限度額無しのブラックカード一枚と謝礼に渡す用の金の延べ棒三本を渡して帰る。すぐに執務室へと戻り、事態の収拾を急いだ。

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