6-2 ニート、欲情する
【戦闘開始】
ムカデのターン。素早く部屋の壁を走って顎を開く。攻撃手段は単純明快。飛びついて、刺して、食う。これで終わりだ。
ニートのターン。とにかく逃げる。入ってきた通路へ戻って攻勢に移る。通路の幅は野球の塁間くらいの長さだが、巨大ムカデでもギリギリ通れるくらいのサイズがある。ただUターンするのは難しそうだ。
「追えば追い込まれるのは君の方やで」
ニートが待ち構えているとも知らず、絶対強者の誇りにかけて小細工なしの突撃を決める巨大ムカデ。
ムカデのターン。脚や触角に粘着性のある糸が絡まっている。そんな姑息な手は通用しないとばかりに脚を引きちぎり残った脚で追いかける。
すると獲物のにおいと振動が止まった。狙いを定めて急加速する。
獲物に飛びかかろうとした瞬間。とてつもなく嫌いな光がムカデを襲った。
ムカデは負の走光性を持ち、光から離れる行動をする。
巨大になっても例外ではなかったようで大きな体を狭い空間で無理やり丸めてUターンの体勢になった。
「実はその瞬間を待ってたんだなあ」
ニートのターン。前腕の発光器以外の出力を落とす。光の出力を片方の前腕に集中させた。
「荷電粒子砲! 発射ぁー!」
ニートは荷電した三種毒の粒子を高熱光線に乗せて発射した。
前腕から凄まじい熱が吹き出す。それを冷却するための毒と涙が続々と蒸発する音が発せられた。
ジュイイイイイイイーン!
ムカデの固い甲殻が溶解される。ニートが思っていた以上に甚大な被害を与えられた。
荷電粒子砲と呼ばれた紫色の破壊光線が照射されたのはわずか5秒に満たない。
そのたった5秒の間にムカデはバラバラに切断されていた。
破壊光線はあまり長時間使えない。やりすぎるとニートの全身から水分が全て無くなってしまう。
とはいえ5秒といわず単発でも充分なほど高威力だ。これは人に向けたらダメなやつだ。
「かっはぁ! み、みずぅ〜〜……」
エネルギー消費も激しい。たった一発の破壊光線で全身の脂肪が燃えた。日常生活での使用は危険だがダイエットには向いている。
ギチィギチィと鳴くムカデのもとに、穴という穴から湯気を噴き出すニートがトドメを刺しにきた。
「あっついなぁもう! ここ改善の余地あり!」
命乞いするムカデのことなど見向きもせずに高熱の触手を首筋から侵入させて魔石を取り出した。
大きい魔石だ。ボウリングボールサイズだったヒルミミズのよりも大きい。
ニートはムカデの魔石を食べ終わると久しぶりに坐禅を組んだ。
【戦闘終了】
外見に変化は見られないが魔石との融合は終わったようだ。
ニートは坐禅を解いてムカデのボス部屋へ向かう。ボス部屋にはヒルミミズの魔石や他のモンスターの魔石がゴロゴロと転がっていた。どれも大きいサイズのものだ。ひと口でいけるサイズのものは落ちてない。
「定番のボスはドロップ品が豪華だなあ」
部屋の隅々まで探して魔石を食い尽くす。失った水分が一気に補給できた。
ニートは再び坐禅を組み、破壊光線に関するイメージを加え始めた。
どれだけ高熱だろうとニートの体は耐え切れる。ただしその後にやってくる消耗と乾燥がニートの精神を大きく削ってしまう。死にはしないがニートはそれが嫌だった。
周囲の物音が気にならなくなるまで集中し、とにかく足りない水分を補う冷却システムか水そのものを求めてイメージを付け足していった。
融合が終わるとニートは背伸びをして猫のポーズを取った。
これは脱皮の合図だ。ぱきり、と背中が割れて以前と変わらない姿のニートが出てきた。
いや、細かい違いだが前腕だけ変わっている。これまで前腕には発光器と皮膚しか表面に出ていなかった。
新しく皮膚の代わりに骨が前腕を埋めている。皮下から露出していた発光器は骨に挟まれてスリット状に細くなっていた。
ニートはすぐに理解して両腕をL字に構える。
「嬉シウム光線! 発射ぁー!」
ジュイイイイイイイーン!
ボス部屋の壁に向けて破壊光線を照射した。高熱が空間を支配し、天井からバタバタと巨大ホタルが落ちてくる。その中でニートだけが楽しそうに破壊光線を照射し続けていた。
破壊光線の使いすぎでボス部屋全体が赤くなっている。それでもニートの体内は平熱を保っていた。
破壊光線を撃つのをやめ、ニートはボス部屋を見渡した。そして実験に巻き込んでしまったことを詫びつつ巨大ホタルの魔石を回収していく。
触った瞬間に熱で死骸が崩れるため魔石が回収しやすい。
今に始まったことではないがニートの変化はあまりに超越しすぎている。
現状は単独個体とはいえ、こんなめちゃくちゃな変化をするのならこの先分裂することだって考えられる。
もしも無制限に同個体が増えた場合、地球にとってどう働くのだろうか。生物群系ヒエラルキーのトップに君臨することは間違いないとしてだ。
そうなる前にダンジョンで寿命が尽きてくれることを願うしかないのだろうか。
「お腹が空いた。ひもじい」
もはやこのダンジョンにニートを倒せるモンスターは存在しないのではないか。
そう思えるほどに強く禍々しくなったニート。恐ろしいことに彼はまだ魔石を求めている。
お腹が減ったのならその辺の虫の死骸でも食べたらいいのに、ニートはこれを食わずに魔石だけを求めている。
魔石を食べても体重は増えない。それに融合と共に無くなるため、満腹感が無くなって空腹になるのだ。
アリの蜜を飲んでいた時期は体重が10キロも増えたし、食べた後に満腹感が維持されたようだから代謝が上がりすぎたわけでもない。
要するに、魔石と一緒ならヒルミミズの糞でも構わず食べるが、魔石がないなら昆虫は食えないと暗に示しているのだ。
だからニートは咀嚼できて味を感じられる魔石を求めて彷徨っている。満腹感が続かなくても満足すれば良いという思考で動いている。
お腹が空いたから飯を探すのに、満腹にならなくてもいいというのは矛盾するが、それが気分屋なニートの行動理由なのだろう。
正規ルートの一本道はボス部屋にしか繋がっていない。進み続けると広い場所を発見した。
今度の部屋にもボスクラスの巨大モンスターがいる。
ただ今回の相手は流石のニートも萎縮するほどの存在だった。
そして、これがラスボスなのだという確信があった。
これまでダンジョンの中で出会ってきたモンスターたちにはモデルとなる生物がいる。
ダンゴムシなどの無害なもの、ホタル、ヒル、ミミズ、森の掃除屋、ムカデ、アリ、そしてゲジ。
ニートにはこれらの昆虫の知識があったからこそ臆せずに立ち回れたと言っても過言では無いだろう。
だが今回は違う。この巨大生物のモデルとなる生物は図鑑に載っていないという確信があった。
短く例えるならばキメラ。ダンジョンモンスター集大成の合体生物。
まず第一印象、全身にトゲトゲの発光器がある。
あとは細かく分析する必要がありそうなほど昆虫らしさのある要素が複雑に合体している。
ムカデのように長い胴体と太い多脚。それがゲジのように長い脚で立っていた。立っていたと表現したのは胴体の先に上半身があるからだ。
アリのようにスレンダーな腰と背中。そこから鎌のような触手が8本生えている。
そして顔の部分は異形も異形。大きなイガ栗を乗せたような頭部だ。
それらのイガは全てミミズのように動き、発光器が付いている。イガ栗の中央で大きく十字に割れた部分は口だろう。
「今まで出会ってきたモンスターが可愛く見えるぜ」
おまえが言うか。鏡を見ろ。




