81 才能
俺は最強の矛となった。
最初は魂を吸収するか迷った。ポコ珍鳥の魂をそのまま飲み込むと意識の混濁が起きる可能性がある。俺は大丈夫でも、影響されやすいボクちゃんがどうなるかわからない。せっかく俺色に染まってきているのに、一度の失敗で台無しにしてしまったらもったいない。
だがしかし、やっぱり『刈払う貝』が欲しい。捨てておくのはもったいない。その所有権を得るために魂を食うしかない。
そこで頼りになったのが冥界神の知識だ。その知識を応用し、ポコ珍鳥の魂を調理して食べることにした。上手にできるか不安だったけど、なんとかポコ珍鳥の自我になりそうな部分を切除できた。魂を食べ終わって数分経過したが、ボクちゃんの意識はおかしくなっていない。うまく吸収されたはずだ。
どうでもいいことだが、調理した魂に残っていた記憶から、ポコ珍鳥が突然現れた理由もわかった。
ポコ珍鳥は土佐ダンジョンのダンジョンマスターで、フィールド内の過去現在を把握する権限を持っていた。だから前に一度、俺が調査のためにここに来たことも知っていた。また来るかもしれないと思ってずっと張り込んでいたわけだ。
しかし、ポコ珍鳥はワープ能力を持っていない。代わりにダンジョンマスターの力を使って移動したようだ。フィールドのモンスターを生贄にして、自身を召喚するという力だ。当然、俺も同じことができる。
ポコ珍鳥が考えつくことなのだから、他のマナガス神も同じことを思いつくだろう。つまり、マナガスのダンジョンは全て張られていると考えていい。
俺がマナガスのダンジョンに行けば、今回と同じように見つかるだろう。日本にあるマナガスダンジョンはここを含めて5ヶ所だから、俺の管理下にない3ヶ所には気軽に入らないようにしよう。
遠い未来のことはともかく、欲しかった『刈払う貝』の所有権も得たことだし目先のことを考えよう。
ポコ珍鳥の記憶から『刈払う貝』の使い方を学び、それと融合することには成功した。
万事うまくいっていると思いたいところだが、自爆の問題は解消できていない。試しに触手を一本使って、『刈払う貝』と融合したまま『なんでも切れる能力』を発動してみた。そしたら触手が弾け飛んでしまった。
そのため、『なんでも切れる能力』を使う際は体外で展開する必要がある。
どうやって使うか考えたとき、ふとアイデアが浮かんだ。最近使い始めたヒーロースーツに『刈払う貝』を組み込んでみよう、と。
試してみると意外に着心地がいい。動きを阻害しないし、絶対的な攻撃力があらゆる障害を切り裂く。攻撃は最大の防御ってわけ。ちゃんとオンオフの切り替え可能だ。全身を守る術は得られた。これで無敵だ。
たとえ、『刈払う貝』がもう一つあったとしても、俺の体を傷つけることはできない。問題があるとするならば、人を抱えたままでは使えないってところか。バラバラになっちまうからな。
「長居しすぎた」
スマホを開く。もう夕方だ。そろそろ合流していいだろう。ウヅキさんは今どこにいるだろうか。
ケアエナジーから検索してウヅキさんの視界をハックする。
ウヅキさんは淡路島にいるようだ。淡路島研究所付近にある繁華街に一人でいた。徒歩で来るにはかなり遠い。途中で車を使ったのだろう。バスかタクシーかヒッチハイクか。セクハラされてなきゃいいけど。なにより無事で安心した。
ウヅキさんはスマホを片手に、栄えた大通りを恐る恐る歩いていた。
高層ビルの表面を自由に飛び移るプテラノドンにいちいち驚いたり、客引きする半透明のメイドにお辞儀したり、甘い香りを排出する人工光合成クーラーの前で立ち止まったりと、街中の新技術に圧倒されていた。
そのうちウヅキさんは何かを見つけたように立ち止まると、急に大通りから外れた。行き先は噴水広場だ。空いたベンチを見つけて腰掛けた。
きっと休憩タイムだろう。そろそろ出て行ってやろうかと思ったそのとき、男女のカップルがウヅキさんに声を掛けた。
「あの、すみません。ちょっと良いですか?」
二人の見た目は完全にホストとキャバ嬢だ。これから夜の街に繰り出そうって感じの派手な服装をしている。
「なんか引っかかるな。変な感じがする」
俺にはわからないが、ボクちゃんは何かを感じ取ったらしい。スパルナを呼び戻し、ワープを準備しつつ様子を見る。
ホスト風の男がポケットから何かを取り出す仕草を見せたのでウヅキさんは身構えた。が、すぐに緊張を解いた。
男が見せたのはスマホだった。二人は初めて淡路島に来たそうで、知り合いに紹介された会員制のバーに向かっているところだったと云う。つい先ほどスマホのバッテリーが切れて地図アプリが使えなくなり、助けを求めて彷徨っていたところ、独りで寂しそうにしている女の子を見つけたので勇気を出して声を掛けたらしい。
怪しい。たしかに怪しい。どこのバーだ。不良の溜まり場になっているバーなら幾つもある。まさかウヅキさんに案内させて、そのままバーに引き摺り込むんじゃなかろうな。そんなところに未成年の子どもを連れて行くのだけは絶対に許さん。
最近はダンジョンで採取された違法薬物が流行っているみたいだし、会員制のバーみたいなアングラなら、そういったヤバい物が取引されていてもおかしくない。ウヅキさんみたいな可愛い女の子は標的になるだろうし危険だ。
「ワープ」
噴水広場には、マイナスイオンを求めて涼みに来た市民が何人も出入りしている。事故防止を考えて噴水の中にワープした。座標はウヅキさんのすぐ後ろだ。
急に声をかけても驚かせてしまうだけだ。なので、少しだけ理由付けしよう。理由があると人は安心するものだからな。
「美しいお嬢さん。あなたが落としたのは金のペンですか? それとも、銀のペンですか?」
「ヒィゃァァーーーッッ」
ウヅキさんよりも先にカップルが俺に気づいた。カップルの悲鳴は広場に響き渡り、恐怖は伝染する。泣きだした子ども。しきりに吠える犬。慌てて遠ざかる足音。噴水広場は阿鼻叫喚の嵐となった。
「そこまで怖がらなくてもいいのにな」
正式なテレビ出演も叶ったし、俺はみんながよく知るスーパーヒーローになったんだ。それに淡路島は俺の拠点だ。淡路島なら俺を見てもビビらない人が多いだろうと思っていただけに、ちょっと寂しい。
肝心のウヅキさんは固まっていた。ペンの質問に答えてくれないし、こっちをふり向こうともしない。
水の中でボーッと突っ立ったままでいるのも可笑しいんで噴水設備から出た。
横から顔を覗いてもウヅキさんは固まったままだ。俺に気づいているし、気絶したわけでもない。驚きすぎて頭が回っていない感じだ。
無理に起こしても混乱させるだけな気がする。ウヅキさんは一旦放置して、先にカップルに謝罪を申し上げた。
「驚かせて悪かった。お詫びと言っちゃなんだが、今困っとる問題をひとつだけ解決しちゃろう。ほら、モバイルバッテリーや。こいつが助けになるはず。無料で差し上げます。どうぞ」
カップルは依然抱き合ったまま震えている。返事もしないし、モバイルバッテリーに手を伸ばそうともしない。このまま硬直状態が続くと困るんで、女の豊満な胸の谷間にモバイルバッテリーを差し込んでやった。それが引き金になったらしい。カップルは「ひゃー」と悲鳴を上げて走り去った。
ズバッと解決。今度はウヅキさんの番だ。その前に身だしなみを整えよう。
土佐ダンジョンほどじゃないが、噴水の水はやや臭う。【大黒紫星食点】で全身を洗い、新しい『刈払う貝』のスーツを纏って清潔感を出す。スーツの色合わせは以前と同じ、白銀と赤と金の模様。表情を見せるためにマスクオフ。乱れた螺旋の二本角もセットし直した。スパルナの翼は前で組む。
「もっと早く合流したかったが、仕事を優先してしまった。独りにさせてごめんな」
謝っているのにウヅキさんは一向に目を合わせてくれない。青ざめた顔で目を伏せている。
「どのようにして……」
「ん?」
「いったい……どのようにして、わたくしを見つけたのですか。しかも噴水から現れるなんて、何もかも訳がわかりませんわ」
「夜になったら質問するって言ったやろ。『このまま生きる』か『記憶を取り戻す』か、って」
「まだ夕方ですわ。自由にさせてくださいまし」
「もちろん良いぜ。ただし、今のカップルみたいな怪しい奴と関わろうとするなら止めに入る。これを不自由とは思わないでくれ。常識を知らない子を守るのは大人の務めなのだから」
「ストーカー行為ですわ。ついて来ないでくださいまし」
論破されちまったぜ。だけど、しぶとく粘らせてもらう。今のウヅキさんには保護者が必要だ。ひとりにしておけない。
無言で横に座り、幅を寄せる。逃げるかと思いきや、ベンチを立とうともしない。ツンデレのデレが出たのかと喜んだのも束の間、もう一段階近づいたら横にズレた。
「誰か待っとーと?」
優しい声で質問しても、ウヅキさんは顔を逸らし、鼻を上げてスンとした態度を取っている。嫌われたみたいだ。
スカートのポケットからスマホを取り出し、周囲をキョロキョロと見回し始めた。誰かを見つけたみたいだ。手を振って立ち上がったと思うと、俺を無視して走っていく。
先で待っていたのは高身長でスーツを着た金髪の女。ヤヨイさんだった。今日もムツキのところで仕事のはず。サボりか?
「ヤヨイ先輩! お会いしたかったですわ!」
嬉しそうな声でその名を呼び、大きな胸に飛び込んだ。
「うっわ。マヂで若返ってんぢゃん。え、うらやまなんですけど」
抱きついたウヅキさんの髪を撫でるヤヨイさん。どっちも高身長のモデル体型なんで、そこだけ切り取ると映画のワンシーンみたいだ。
「先輩。夢などではなく。本当に先輩なのですね」
ウヅキさんの横顔にキラリと光る一筋の涙。
泣いとるやんけ。涙が出るほど嬉しかったのか。でもそうか。ウヅキさんの立場で考えてみれば、若返ってから初めて会う知り合いだもんな。現実のような悪夢に落ち着きを与えてくれる存在だ。そりゃあ嬉しいに決まってる。
ただ、さっき言ったように怪しい奴と関わろうとするなら止めに入らなきゃならない。ヤヨイさんは男も女も神も惑わす日本で一番怪しい女だからな。
「よお、ヤヨイさん。仕事抜け出してきたんか?」
指揮監督権がお義父さんにあったときは俺の指示者という高い地位にあったヤヨイさんだが、ウヅキさんの台頭により、その地位を奪われた。今はムツキの監視という、ある意味左遷みたいな扱いをされ、簡単には出入りできない淡路島研究所という牢獄に縛り付けられている。
休みの日以外で研究所を抜け出すのは大変なはずだが、現にここにいるのだから、何かしらの手段で抜け出したことになる。
時を止められない今、実力行使で抜け出すのは、できなくないとはいえ、やるメリットがない。政治力の強いヤヨイさんのことだから、きっと言葉巧みに人を操って研究所を抜けてきたのだろう。
「あら、ケーちゃん。オタク趣味満載のカッコいいスーツじゃん。ウヅキが好きそうね」
「わたくし、オタクじゃありませんわ」
今のウヅキさんは知らないだろう。オタクの素質があってもオタクじゃない。オタクになったのは大学生活のために家を出た後だもんな。
初めてできた暇を何で埋めようかと考えたとき、幼い頃に見た特撮作品のシーンが浮かんで、その作品の名前が思い出せないから探し始めたのがきっかけだっけ。貪るように特撮作品を見て、そのシーンを見つけた後も見るのをやめられずにオタクの世界に入門したんだよな。
「カッコよく思わないの?」
「あいにく、わたくしの趣味とは合いませんわ。お腰にあるおベルトはコーディネートを間違えてませんこと? 法螺貝を付けていらっしゃるのはどうしてかしら? わたくしにはとても考えつかない個性的な装いをなさっていますわね」
ウヅキさんは毒を吐いたあと、俺の目から逃げるように膨よかな胸へと顔を埋めた。
「おめかししたのに残念ね。あとはウチに任せて」
「いいや。すまんが任せられん。喧嘩別れした元カノと一緒にするわけにはいかん」
「喧嘩別れ? 元カノ?」
離れようとするウヅキさん。それを許さないヤヨイさん。細い腰に手を回し、ウヅキさんを自分のところへ引き戻した。
「ウヅキはあなたのモノじゃないわ。さ、行きましょ」
口論でヤヨイさんに勝つのは無理だ。この場は一旦引き下がろう。二人が別れるまで待って、夜になったら会いに行けばいい。
時間まで何をしようか。ムツキのところに行ったら途中で抜け出せなくなるし、残してきた仕事の続きをするか。そう思って四国の地図を取り出したとき、雲行きが変わった。
ウヅキさんがついて行くのを嫌がり、ヤヨイさんを突き飛ばすように離れたのだ。
「ごめんあそばせ。わたくしの知る先輩とはどうやら別人のようですわ。こちらから連絡しておいてとても恐縮なのですが、お一人でお帰りくださいませ」
「ど、どうしたの急に。何か気に障った?」
「元カノに未練がおありのようですけれど、その人とわたくしを重ねるのはやめてくださいまし」
「そうよね。ごめん。まだ頭の整理ができてなくてさ。いつ頃の記憶はあんの? 昨日は何してたん?」
「付き纏わないでください。迷惑ですことよ」
腰に纏わりつく手を振り払い、ウヅキさんは走って噴水広場を出ていった。
近未来都市に消えていく少女の背中をヤヨイさんは呆然とした目で見送っている。
「振られたな」
開いた地図を閉じ、失恋した女の肩に手を置く。寂しい女の子を慰めてやるのは大人の務めや。
「うっさい。それはアンタも同じでしょ。めちゃくちゃ怖がられてたじゃん」
「こんな見た目やし、しゃーないやろ」
「本当に見た目だけかねぇ……。それよりさ、少し話そうよ。アンタと二人きりになれる機会なんて珍しいんだからさ」
直接会わなきゃ話せないことか。なら、一つしかねーな。
「時を止められなくなったのは俺のせいじゃねーぜ」
肩に置いた俺の手が振り解かれた。ヤヨイさんはベンチの方へ歩いていく。あそこで座って話そうという意思表示だろう。
「アンタ以外に誰がやんのよ。こんなデタラメな迷惑」
「俺だって迷惑してんだぜ。ちっとも時間が足りねーや」
「そうなの?」
「そうだよ」
「でも絶対にアンタが関わってるでしょ。責任取りなさいよ」
「んな無茶苦茶な。なんでんかんでん俺の責任にしないでくれよ」
「日頃の行いのせいよ。で、元に戻す方法はあんの?」
「前にも同じようなことがあったんだが、そんときは呪いをかけた術者を倒して解除した」
天使の記憶によると、ムカエルが使った【サクリファイス・スキルファビドゥン】は宇宙編集権限を含むルール改変魔法だ。宇宙のルールを書き換え、対象のスキルの使用を禁じる。
全てのスキルを保有する者に対して術をかけ続けたならば、理論上、世界からスキルを無くすことができる。
『無法』のように他にもスキル封じの方法はあるが、今回禁止されているのはスキルではなくスペックの方だ。【サクリファイス・スキルファビドゥン】とは別物かもしれないが、犯人はおそらくマナガス神の中の誰かだ。
「今回、俺は呪いをかけられた記憶もねーし。いつ、誰が、誰に、なぜ、呪いをかけたのかもわからん」
「前に同じことがあったって、そのときは誰にやられたわけよ?」
「迎カミナだ」
「……あの人ね。でも今は人間なんでしょ。術者の可能性は低いんじゃない?」
「擁護するのは構わんが、これからも付き合いを続けるつもりなら侮るなよ。相手は百億年も政治してきた大ベテランやからな」
「ご忠告どうも」
どうやらムカエルと縁を切るつもりは無さそうだ。だとしても、ウヅキさんがああなっちまった今、行政の中枢にいるムカエルとヤヨイさんを無理矢理引き離すわけにもいかない。宮内庁がなくなり、護皇派のメンバーも内閣に入り込んでいないのだから、行政に俺の意見を反映させるにはヤヨイさんの力が必要だ。その力を削ぐような真似は極力避けたい。
さっさと始末しちまいたかったのに、政治に関わる機会が増えるにつれて、ムカエルの評価が高まるなんて思いもしなかった。俺と志を共にするウヅキさんさえ、日本の復興にはムカエルと同レベルの知性が必要だという認識だ。
人類を滅ぼすマナガス神は決して許せないが、俺の仕事の大半がムカエルの依頼と考えたら皮肉なもんだな。
「それはそうと、ウヅキはいつ頃元に戻るわけ?」
「今夜だ。あるいは二度と戻らない」
「……どういうこと?」
「ずいぶんと理解が早いから、わかってるもんだと思ってたぜ。ウヅキさんに聞いとらんのか」
仕事中に突然ウヅキさんから連絡が来て驚いたらしい。文面で何度かやり取りしたが、ウヅキさんは俺のことを一切話さず、知らないうちに未来にいたとしか言わなかったそうだ。それを怪しんだヤヨイさんが写真を要求すると、ウヅキさんの自撮り写真が届いたと言う。
その自撮り写真を見せてもらう。汗ばんだシャツの前側を開け、俯き気味な角度で恥ずかしそうにピースしていた。
背景を見るに、写真を撮った場所は車内だ。隣に人が座っていて、後部にも座席がある。窓枠の形からして鳴門警察署のバスだ。淡路島に向かう途中で拾ってもらったのだろう。
「左手に指輪してるでしょ。それを見てピンときたのよ。タイムスリップしたのではなく、若返りで記憶を失ったんだってね。正解?」
「大正解。景品にペンをどうぞ」
せっかく作ったので壊すのはもったいないと思い、ウヅキさんに無視されてからもずっと握っていた二本のペンだ。処分に困っていたそれらを窮屈そうな胸ポケットに差し込んでやる。
「ありがとう。あとで換金するわ。それで、ウヅキが戻らないならアンタ独りになるけど、これからどうすんの?」
「つれないこと言うなよヤヨイさん。俺ら仲間やん。頼りにしてるぜ」
「はぁ? ウチを蹴ってウヅキを選んだくせに、調子こいてんじゃないわよ」
「その件については本当にごめん。ウヅキさんの才能を腐らせるのはもったいないし、世渡り上手なヤヨイさんは指揮監督者に収まる器じゃないと思ったんや」
ヤヨイさんは深くため息を吐いた。
「首をすげ替えるつもりなら、この場で約束してもらわないと信用しないわよ」
「いやいや。すげ替えるつもりなんかないぜ。これからもお互い協力し合おうって話よ。ヤヨイさんは今まで通り、自分なりの出世街道を歩んでくれていい」
「嫌な言い方。なんかキープされてるみたいで不快だわ。ウチが欲しいなら素直に欲しいって言えばいいじゃん。なんでそれが言えないわけ?」
「欲しいだなんて、そんな大それたことは言えないぜ。俺の横にいるよりも、今の距離感でいる方がヤヨイさんのためになると思っただけよ」
「いくじなし。そんなにウチが怖いわけ?」
「うん。怖い。俺の力を一番上手く使えるのはヤヨイさんだから」
ヤヨイさんの反応を見てみると、眉はハの字なのに口もとは笑っている。悲喜こもごもな表情をしていた。
「でも感謝してるぜ。最初から俺一人だったら、今の俺はなかった。今の立場になれたのは、ヤヨイさんが色んなところに連れてってくれたおかげだからよ。ヤヨイさんがいてくれたおかげで、俺は自分の敵を倒すだけの殺戮マシーンにならなくて済んだ」
「なによ。ちょっと嬉しいじゃない」
少しだけヤヨイさんの顔がほころんだ。ここでもうひと押しできるのがモテる奴なんだろうけど、俺はモテない男だから言えない。
もう少しだけおしゃべりしたら、噴水広場を出て行こう。ヤヨイさんとの関係修復も大事だけど、それよりもウヅキさんの身が心配だ。




