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68 決め台詞言ったとき、どんな気持ちで見てたんだよ

 今夜は満月。街灯は点かず、夜空が映えると思いきや、あちらこちらで燃える家屋が街を照らしている。立ち上る黒煙が空を汚して、ちっとも星空を楽しめない。

 悲鳴。笑い声。怒号が響く。まるで悲劇のクライマックス。夜になっても休めない。

 眠らない街を2台のハイビームが切り裂いた。逃げ回る白いステーションワゴンを黒いバンの光が照らし続ける。どちらも法定速度を著しく超過して走行中。遮る障害物を跳ね飛ばし、行き先も定まらないままアクセル全開。


「あぶなすぎいいぃ! 事故っちゃいますよ!」


 助手席でウヅキが喚いた。片手で天をしっかり抱いて、アシストグリップを強く握りしめる。


「しっかり捕まるんだぜー!」


 助手席に抱きついて慌てるハナマル。ヘッドレストを掴んで呆れた目のサキ。

 楽しそうに運転するので、ただただ遊んでいるようにしか見えない。こんなチェイスを繰り広げなくとも、ケーなら容易に白いワゴンを止められるはずだが、ちっとも捕まえる気配がない。


「あなたがよくてもあっちが事故ったら意味ないでしょーがぁ! バカやってないで早く捕まえてくださいぃぃぃ!」


「んなこと言ってもよー。うまくいかねぇのよー。実はさっきからやってんだぜ。時を止めたり念力送ったりよ。なのにぜんぜん、ビクともせんのよな」


「だったらもう力ずくで止めてください!」

「んー、じゃわかった。こうしよう」


 速度を徐々に落としてバンが停車した。その間にもワゴンはどんどん距離を離していく。


「ちょ、ちょっと? どうしたんですか急に」


「俺がひとりで止めてくるから、誰か代わりに運転してくれ。ほんじゃあ、頼んだぞ」


「えええッ!?」


 ケーが車から降りた途端に、スパルナの翼が巨大化した。ウヅキの頼りない声を掻き消して翼が力強く羽ばたき始めた。

 周りのゴミを吹き飛ばし、黒いバンを左右に揺らす。車内の悲鳴も我関せずと、地面を蹴ったら飛び去った。


 ワゴンが地上を走行している。チェイス時よりも速度を落としていた。ケーが真上にいることにも気づいていないらしい。


 ドンッ、とフロントガラスの前に着地。鉄製のボンネットに大きな凹みができた。

 凹みに穴が開いた。穴は更に深くなり、エンジンルームを貫通して車内と繋がった。

 穴から新しい風が吹き込む。一緒に入り込んだ黒い手がカーマットを叩いた。何かを探すように何度も叩く。そして、ブレーキに指が触れた。ブレーキを探していたようだ。探り当てたことを喜んでいる。恋しそうにブレーキペダルを撫で、そして握りつぶした。


 金属が擦れ合う甲高いブレーキ音。ワゴンが煙を吐いて急停車。続いて天井が開いた。このステーションワゴンに天井を開閉する機能はない。見上げればわかるだろう。車内を覗くケーの仕業だ。


「やられた。どうりで効かないわけだ」


 ケーは犯人を掴んで運転席から引き剥がす。車に接続されたスマートフォンも一緒に回収した。


 あとからバンがやってくる。運転席から降りてきたのはウヅキ。ハナマルと、それから天を抱いたサキもケーのもとに駆け寄ってきた。


「犯人は!?」


「車は囮だった。トランシーバーも残ってない。送信者は俺に見つかったと知って、車を囮にリモート運転してたわけだ」


 そう言って、スマートフォンを見せつけた。


「いやー、すげーよ。一瞬のうちに逆探知に気づいたんだな。トランシーバーが探知されるなんて普通考えもしねぇのに」


「あなたが隙を見せるから気づかれたんじゃないですか?

 ……あれ? でも、おかしくないですか? なんでリモート運転できてるの? 電波は届かないはずなのに」


「コレがその答えや」


 ケーは手に持っていた犯人を3人に見せた。それはまるで人形。小さなぬいぐるみのようだ。


「「ケージ!?」」


「そう。コレの近くなら通信可能。そして、俺の力を自動防御で弾いたのもコレってわけ」

「こんな大事なものを手放すなんて、よっぽどあなたが怖いみたいですね」


「ふん。コレをテロリストの手から取り戻せたのはいいが、かなり困ったことになったな」


「居場所がわらなくなりましたもんね」


「ああ、それは問題ない。むしろ囮に引っかかったおかげで近道できるかもしれん」


「どういうことですか?」


「このスマホから送信者の端末にアクセスできた。送信者は今、淡路島の近くにいるみたいや。四国で通信エリアの範囲内って言ったらそこくらいやしな。

 リンという女はケージを経由して、仲間に囮作戦の協力を依頼したんだろう。位置情報を共有しなければ操作できないリモート運転アプリのおかげで、居場所をピンポイントに特定できた。ただ、厄介なことに送信者は既に移動を開始してるみたいやな。圏外に出られると位置が掴めなくなるから、俺たちも急ごう」


「わかりました。みんな車に乗ってください」


 さっきのようなトラブルにも臨機応変に対応できるよう、今度はウヅキが運転する。ケーはそれが気に食わないみたいで、腕を組んだままスマートフォンの画面を見てナビゲーションしていた。


「くぉ〜いかん。地図が更新されとらんやんけ。ここでハンドルを右に」


「特捜班が調べたルートとも被ります。キエフ公国に近づいてますよ確実に」

「せやな」

「あっ、そういえば」


 思い出したように切り出した。気になったことがまだ聞けていない。


「さっきケージを取り戻したとき、あなた困ってましたよね。なんでですか?」


「ケージを通信用に持っていたっちゅーことはユーキちゃんが覚醒した可能性が高い。ケージのWi-Fiパスワードを知っとるのはユーキちゃんだけやからな。

 対ロシアのために兵士化するって話やし、パスワードを明かしてしまうくらい心を傷つけられているかもしれない。助けても元のユーキちゃんに戻れるかどうか」


 ショックを受けるハナマルとサキ。薄々感じていたが、言葉にされると不安になる。


「まずは無事に救出することを考えましょう。あなたはいつも先のことを考えすぎです」


「そうは言ってもな。……なあ、みんな。戦闘前に言っときたいことがある。心構えだ。もし敵を殺しても泣くな。人質が死んでも泣くんじゃない。任務に集中するんだ」


 ケーはまるで自分に言い聞かせるように言った。


「……とは言ってもその状況に直面したら平静さを失うかもしれん。そうなったときは縮こまれ。俺が守る」


「守られるつもりで来てないよ。ユーキは必ず取り戻す」

「先生の足手まといになるくらいなら死んだ方がマシです」


 政府が下した命令を聞いたときから二人の覚悟は決まっていた。最優先はキエフ公国の殲滅。次にユーキ救出。その次に生還。最後に人質救出だ。

 国家の利益を優先した冷酷な達成目標。それを課せられたときにはもう死ぬ気でやると決めていた。そして、ケーとウヅキが考えた今回の作戦を聞いたときには、さらに気合を入れたものだ。


「ほんじゃあ、何も言うことはない。いつ戦闘になるかもわからんから備えとけ」


 ふんどしを締め直して周囲を警戒する。大毛島近郊は比較的平和で、燃える家屋もなく真っ暗闇だ。

 しかし夜目が効く指定モンスター達にとっては昼間も同然。ポイ捨てされた吸い殻も、意味をなさない標識も、林に潜むモンスターまでバッチリ見える。懐中電灯も持たずに夜道を歩く人の姿もあった。

 人を見つける度にハナマルが声を漏らす。モンスターがいる中で移動するなんて危なっかしくて心配だった。子ども連れの歩行者を見ると胸が締め付けられた。


 彼らがキエフ公国のメンバーかどうか確かめなくていいのか訊く。本心ではケーを車から降ろし、遠回しに歩行者を手助けしてあげたいハナマルだったが、いちいち確認する必要はないと一蹴されていた。


 やがて明かりが見えてきた。海の向こうの街の明かりだ。橋の先にある大毛島の光。


「あの橋の向こうにいる」


「橋……ですか。なにもなければいいんですが」


「なんか引っかかることがあるんか?」


「ええ。競技場で聞き込みしたとき、橋に関する噂を耳にしたんです。淡路島へ行きたかったのに橋の手前で追い返されたと」


「え、なんやそれ。追い返された? 通行止めになってんのか?」


「噂が本当ならそうなりますね」


「ほ、ほんじゃあ、さっきホームレスの前で決め台詞言ったとき、どんな気持ちで見てたんだよ。めちゃくちゃ恥ずかしいやんけ」


「『本土に行ってやり直せ』ってやつですよね。かっこいいなーと思いながら見てましたよ?」


 馬鹿にされると思ったら、不意打ちで褒められてケーの唇が歪んだ。


「あ、今、照れました?」


「な、なんだよ。言ってくれればよかったやろ」

「あなたを悩ませたくなくて」


「ま、まぁ、そうか。でも困るよな。俺らは大毛島に渡れればそれでいいが、これから淡路島を目指す人たちにとっては死活問題だろ」


 徳島県から淡路島へは大鳴門橋を渡ることで行ける。それ以外のルートは無い。ただ、その前に大毛島を通らなければならない。

 大毛島へ渡るには3つのルートがある。徳島県の北端にある島田島から堀越橋を渡るか、小鳴門大橋を渡るか、小鳴門橋を渡るかだ。現在地から一番近いのは小鳴門橋であるため、ケーはそちらへ行くよう誘導した。


「噂では『手前で追い返された』と言うだけで具体的な場所がはっきりしませんでしたし、もしかしたら大鳴門橋じゃないかもしれませんよ。大毛島の手前かも。そしたら私たちが介入できますね」


「確かめないとな。とにかく急いでくれ」


 指示された方向へハンドルが切られる。小鳴門橋付近では、武装した集団が橋を警備していた。橋の手前にはバリケードが作られ、高台まである。その高台から見張り役が車を止めろと大声で叫び、手を振ってジェスチャーでも伝えている。


 相手は弓を装備しているため近づくのも危険だ。危害を加えられないよう、ケーはなるべく離れたところに車を停めさせた。


「噂は本当だったみたいですね。どうしますか?」

「サキさん、車を通すよう頼んできてもらえんかいな」


「なんであたいが?」


「淡路島と繋がる要所であんな大勢にたむろされちゃ困るんよ。善良な集団か、それとも賊か、それを今のうちに見極めたい。サキさんみたいに若くて綺麗な娘が行けば正体を現すやろ」


 そこでウヅキが手を挙げた。最後の言葉が引っかかったらしい。


「私が行きましょうか? 若いですし?」

「運転手に行かれたら困るやろうが」


 ケーは肯定も、否定も、冗談も交えず合理的に言い放った。隙をみて褒められたかったウヅキは、挙げていた手を渋々下げる。


「で、もし賊だったらどうすんだい?」


「物を盗られそうだったり、理由をつけて連れて行かれそうになったら、ぶちのめして海に沈めろ。それが合図だ。すぐに加勢する」


「わかりやすくていいね。了解」


 サキは武器も持たずにバンから降りた。


 燃え盛る赤髪をフワリと揺らしながら歩いてくる若い女を見て、黒いバンを警戒していた集団は少しだけ緊張を緩めた。


「この橋の先に用がある! 通してくれないかい!」


 離れた位置から会話を試みる。すると男の野太い声が返ってきた。


「何の用だ!」

「知り合いに会いに行く!」


「その知り合いの名前はなんだ!」

「そこまで言う筋合いは無いね! その人に迷惑をかけたくないからさ!」


「言わないならば通さない!」


 門前払いを受けるサキ。これでは賊かどうかの見当もつかない。

 一旦サキはバンに戻り、言われたままをケーに伝えた。


「もう少し粘ってくれ。それと……」


 サキは再び橋へ向かう。懇願しても無理そうなのはさっきのやり取りから察せられる。繰り返しになるのを防ぐため、命令とともに助言も貰った。

 次で橋を占拠する集団の意図がわからなければ、その次はウヅキが行く。

 サキは自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。満足に仕事をこなせないままバトンタッチするのだけは避けたい。


「ここを通してくれ!」


「何度来ようと通せない!」


「どうしてだい! ここはみんなの橋じゃないか! 誰にでも通る権利があるはずだよ!」


「怪しい人間を通せば島民が不安がる!」


「ここを通らなきゃ淡路島に行けないんだ! ここを通れないことで困る人がたくさんいるだろ! 四国にいる大勢の人間よりも島民を優先する気かい!」


「うるさい! 会いたい人間の名前と住所を言え! 確認が取れなければここを通さない!」


「あんたじゃ話にならない! ここを仕切ってるやつと話をさせな!」


「ここは我々に任されている!」


「任されているぅ?」


 その言葉を待っていたと言わんばかりにサキは笑みを浮かべた。人から言質を引き出すのはこんなに気持ちのいいことなのか。ケーが常に笑っている意味がわかった気がした。


「今、任されていると言ったね! 誰にだい! 誰にここを占拠しろと言われたんだい!」


「占拠だと!? 人聞きの悪いことを言うな!」


「占拠してないなら通させてもらうよ!」


 サキはバンを待たずに歩き出す。しかし、すぐに足を止めた。次の瞬間、足もとに矢が突き刺さる。警告もせずに射撃された。


「今のは明らかに殺人未遂だね」


 2射目は飛んでこない。だが、歩けばまた矢が放たれるだろう。ここが正念場だ。サキはスマートフォンに表示されたメモを読んで大きく息を吸った。


「あたいはテロリスト掃討のために国から派遣された指定モンスターの佐々木サキ。いいか、よく聞け。警告は一度のみ行う。すみやかに武装を解き、この集会を解散しろ。さもなくば、公共の資産を不法に占拠し、住民を脅かしたお前たちをテロリストとして処分する。直ちに解散し、このような集会を二度と開くな」


「お前! 政府の犬だったのか! 出ていけ! 出ていけェーッッ!」


「死ね税金泥棒!」「どのツラ下げて現れた!」「出ていけ!」「消え失せろー!」「帰れー!」


「でっていけ! でっていけ!」「でっていけ! でっていけ!」


 出ていけコールが始まった。ひとりの音頭が周囲に広がって大きな音の波となる。

 もうサキが何を叫んでも出ていけコールに掻き消されるだろう。「警告は一度のみと言っておけ」と言われた理由がわかった気がした。


 こうなったらもう話し合いはいらない。ケーゾウが亜空間から『長月丸』を召喚する。抜刀。高台の見張り役を狙って炎の斬撃を飛ばし、合図を出した。


 合図を受け、黒いバンで動きがあった。


「ハナマルくんとウヅキさんはバンを守ってくれ。サキさんの援護には俺が行く」


「お気をつけて」


 気をつけるほどの強敵ではないが、ケーは頷いてバンを降りた。


 橋の方では既に戦闘が始まっていた。サキは何の躊躇もなく刀を振り、政府の怠慢に恨みを抱くテロリストたちをバッタバッタと切り伏せた。

 放たれた矢を頭突きで弾き、伸ばした刃で一刀両断。四方の敵を〖火炎のオーラ〗で怯ませてから、回転切りで敵の胴体を泣き別れさせた。

 サキは止まらず駆け抜ける。刀を振る度、鮮血が飛び、炎の嵐が吹き荒れて、悲鳴と怒号が入り混じる。戦闘開始から数十秒で小鳴門橋は大混乱となっていた。


 騒動を聞いてテロリストの援軍が到着。慟哭響く戦場に参戦した。

 この大毛島は最後の楽園。本土の電波を受信でき、かつ四国で唯一電力もある。救援物資を独占でき、働かなくとも飢えを凌げる。あらゆる娯楽が実質無料。住み心地の良い治外法権。政府の犬には見せられない場所だ。

 いずれは終わる夢だとしても、もう少しだけ夢に酔いたい。夢守るために命をかけて戦う。

 しかし早くも挫けそうだ。仲間の死体が散乱している。悪夢のような地獄絵図。斬殺。焼殺。斬殺。焼殺。かつての仲間が焦げ臭い。あの日ハイタッチした手は今どこにある。おどろおどろしく焼ける肉の音。ゆらめく景色の中心で、悪鬼羅刹が舞い踊る。火の粉を散らして舞い踊る。


「兵隊足りんぞ! 次まだか!」

「弓兵! 一斉射!」

「ダメだ効かない! 誰かロケラン見つけてこい!」


 火炎のオーラに弓矢は効かない。広範囲に渡って高熱を発するため、矢羽根は燃えて、軸は脆くなり、矢尻も溶ける。

 サキに弾かれた矢尻を見てみれば、原形をとどめていなかった。周囲に転がる死体もそうだ。近づくだけで大火傷を負わして顔の判別もつかない。

 刀剣使いでありながら、近接戦闘の前に殺してしまっている。敵は遠距離からしか攻撃しない。ただの刀じゃ間合いの外だ。故に『長月丸』の刃渡りは身の丈の2倍。伸び縮みして変幻自在。魔法金属武器の特性をよく活用できている。


 残った敵はあと3人。3人は逃げることなくサキに立ち向かった。矢が効かないとわかれば、石の投擲で応戦した。

 だがそれも無意味。熱風に煽られた石はサキに当たらず後方へ。当たったとしてもダメージにならなかっただろう。

 ムチのようにしなった刀が斜めに振られた。黄金に光る刃が1人目の首を刎ね、2人目を袈裟斬りにし、3人目の両脚を奪った。


「張り切ったねぇ」


 立ち上がる者が居なくなったころ、ようやくケーが声をかけた。加勢せずに存在を消して見守っていたらしい。


 サキは火炎のオーラを仕舞った。地肌に冷たい潮風が当たる。着ていた衣服は焼失してしまった。

 しかし裸を見られることはない。ケーゾウのおかげだ。薄く伸びるように変形して、下着の代わりになってくれている。高熱を帯びた細長い指で冷たい鱗を優しく撫でた。ケーゾウがいなければ恥ずかしくて全力が出せなかっただろう。


「どうや、初めて人を殺した気分は」


「……斬った感触が手に残ってる。ただ、思ってたよりも心が痛んでない。相手が悪人だったからかね」


「悪人かどうかは知らんけど。平気そうで良かった」


「ううっ……」


 そのとき、うつ伏せの女がうめき声を上げた。最後に両脚を切られた人だ。


「まだ息のある奴がいたみたいやな」


 ケーはゆっくりと近づくと、下肢なき女を持ち上げた。股下からとめどなく血が流れる。これ以上血を失えば死んでしまう。


「あっ、あっ、あん、あ、なんで、ば、ばけもの侍従長が……やだ、やだ」


「へぇ、まだまだ元気そうやんか」


「こ、こうさん、降参、します、助け、助けて」


「ごめんな。うちの車は6人乗りなんや。捕虜の面倒は見られんのよ」


「やだ、やだ、死にたくない、やだ」


「いいこと思いついた」


 下肢なき女の傷口に手が触れた。感覚を忘れた足に焼けるような痛みが走る。


「ぎぃゃぁあアあああアア゛ああ゛あぁッッ!」


「痛いのは治ってる証拠や。ほら、見てみ」


 下肢なき女の傷口は塞がっていた。しかし、両足は無いままだ。治療の施しようもなく、綺麗に塞がっている。もう二度と二本足で歩けない。下肢なき女は新しい人生の幕開けに声を上げた。


「嫌ァァああァァッ!」


「もし次の援軍が来たら伝えてくれ。死体は片付けないようにと。あとで生き返らせるから。ちゃんと伝えられたなら、おめぇの足も元通りにしてやる」


 自分の足のためにもやらざるを得ないはずだが、下肢なき女は足ばかり気にして返事をしなかった。

 肝心なのは聞いたかどうかだ。ケーは悲嘆する下肢なき女の肩を掴み、繰り返し言い聞かせた。

 しかしそれがまずかったらしく、女の脳がキャパシティをオーバーし、そのまま気絶してしまった。

 これでは話を聞いたかどうか確認しようがない。ケーは大きくため息を吐き、合図の花火を打ち上げた。

 そして黒いバンを待つ間、橋の両端で看板を立てた。


『この橋、渡るべからず』


 サキは思った。「これじゃあ結局コイツらと同じじゃないか」と……。

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