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65 人を裁く力もなければ、頼れる機関もない

 ロロは走った。重たい装備を物ともせず走った。門に車を待たせてある。大急ぎで用意したため、不要な物もあるかもしれない。それでも行き先を考えれば足りなく感じてしまう。なんせ古い記憶だ。スタンピードや核爆弾のせいで、思い出の場所が今どうなっているのかもわからない。


 思い出の場所に埋めたカプセルは金属製だと記憶しているので、金属探知機でも欲しいところだが、そんな装備を調達する余裕はない。

 ロミの処刑まで時間が迫っているのだ。もうすぐかもしれないし、明日かもしれない。ケーに見つかるまでがタイムリミット。それまでにロミを助けるための『切り札』を見つけて、ケーを探しに行かなければならない。


 急いで門を出ると、大きめの四輪駆動車がエンジンをかけて待っていた。ロロは車の後ろに回り込み、トランクを開けて土足で上がるとすぐ閉めた。


「発進させて! とにかく太宰府方面へ!」


 目的地は太宰府ではないが、必ず通る道だからそれでいい。走行中に荷物を置き、荷台から座席へ移る。


「急に呼んでごめんね」

「全然いいっすよ! 仲間じゃないっすか!」


 電話したら行き先も聞かず、すぐに森アルムが駆けつけてくれた。頼りになる仲間がいると心強い。ロロは心から感謝した。


「そうでござるよ」

「あ、ダイアも来たんだ」


 助手席に水無月ダイアが座っていた。そしてもう一人、ロロの手前の座席からひょこっと頭が出た。


「やっほー」

「え、ナギもいるし! いつの間に?!」

「ナギの方が早かったっすよ」


 ロロはひとつため息を吐き、困った目で運転席を見た。


「降ろしてやって」

「ええっ! なんでー??」


「これから危険な場所に行くんだよ。何があるかもわからない場所に」


「えー! 行きたい行きたい行きたいーー!」

「ほらもー子どもだし。ピクニックに行くのとはわけが違うんだよ。アルムもそう思うでしょ?」

「そうっすね」

「むっ……。そういえば朝がまだだったでござるな。サンドイッチ作ったから食べるでござる!」

「なんすか急にムグッ……」


 大きめのバスケットからチーズたまごサンドを取り出し、アルムの口へ押し込んだ。こっちもピクニック気分なようだ。


「別に覚悟してないわけじゃないし。ウチはいつでもバトルモードだし」


 ナギからおちゃらけなムードが消えた。いつになく真剣な表情で振り返る。


「ロロはお姉ちゃんを助けるためのなんかを探しに行くんよね。つまりは、人助けでしょ。だったらウチも手伝う」


「正直嬉しいよ。でも、本当に何が起こるかわからないんだ。もしかしたら帰れなくなるかもしれない」

「おっけーおっけー」

「まったくもー。帰りたいって言っても引き返せないんだからね」

「おっけーおっけー」


 ナギはいつもの調子に戻った。ロロは不安になりつつも、すぐに切り替えてロミの救出方法を考え始めた。


「まずはケーの居場所を突き止めておかないとね」


 ロミとは連絡がつかない。弟のロロすら警戒していて、以前接触してきたロミの部下モリ・リンも、居場所の特定に繋がるヒントは何も残して行かなかった。

 だからケーを見つける方が手っ取り早い。なぜなら、同行者にハナマルがいるからだ。ハナマルとは常に位置情報を共有しているため、アプリで居場所を特定できる。


 アプリを開き、リストからハナマルの項目を押してみる。すると日本地図が出てきて徐々にポイントが拡大された。


「嘘……」

「どしたん?」

「さっきまで家に居たのに……ハナマル、今、徳島県にいる!」

「ふーん」


 驚愕するロロに対して、ナギはひどく冷静だった。


「徳島県ってどこだっけ?」

「四国でござるよ」

「四国?」

「……えーっと。大阪に近いところでござる」

「えっ! 大阪!? めっちゃ遠いじゃん! 飛行機で行ったのかな!」


 ただただ徳島県の場所を知らないだけだった。それどころか大阪府との距離も誤解している。


「飛行機でも1時間はかかるでござる」

「じゃあリニアなら?」

「それは存ぜぬ」


「まだ20分も経ってないのにこれだけ移動してるってことは、ケーがみんなを運んだんだと思う」

「これ、追いつけるんすかね……」


 チーズたまごサンドを飲み込み、アルムが会話に参加した。


「わからない。……とにかく急いで!」

「わかったっす!」


 ブォンと車が加速した。アクセルペダルに気持ちが乗っている。


「交通ルール守らないと余計時間がかかるでござるよ!」

「わかってるっす」


 高速道路に乗るまでは安全運転で車を走らせる。しかし高速道路に乗ったら加速。アクセル全開でスピードメーターの針をグングン上げていく。


「飛ばすっすよォォオオッッ!!」


「ひぃぃィィィィ!! 事故るっ! 事故るでござるぅぅッッ!」


「Yeeイヤッッッホゥゥウウウゥゥooooッッ!!!」


「頼むよぉ……」


 悲鳴と歓声の中、車線変更を繰り返し、車と車の間を縫って、空いた道路をひた走る。ものの十数分で高速道路を駆け抜け、インターを降りた。やや交通量のある道路を道なりに進む。あと数十分で目的他に着くはずだ。


 前の車両が右折し、左折し、信号を潜るたびに見通しが良くなっていく。ノロノロと走る車を抜かして先頭に躍り出ると、ついに後ろの車も消えた。


「初めて朝倉に来たっすけど……」


 その惨状に絶句した。今走っているのは道路なのだろう。しかし整備されておらず、ひび割れたコンクリートの隙間から雑草が生い茂っている。田んぼも無いのにあぜ道を走っているようだ。元が田舎だったからだろう。国道沿いに荒れ果てた田畑が見える。全くと言っていいほどひとけが無く、あちこちに石碑が建てられている。復興の兆しが見えない。遮る建造物が無く、遠くの方まで石碑が見える。まるで市全体がひとつの霊園のようだ。


 目的地周辺で車を停める。車から降りて周りの状況を確かめた。


「放射能汚染が残ってるって話を見たんだけど」


 ガイガーカウンターを見ても正常値。福岡で試した時と変わらない。


「観光地って話も嘘?」


 人っこ一人見つからない。野良猫の方が見つけやすい。これだけ土地が余っていながら、誰も開発していない。タクシーのひとつでも走っていれば納得できるが、この有様では観光地と呼べるか怪しい。


「トイレどうしよう……」


 ナギが震えた。高速道路を降りた頃から我慢していた。姉のため急ぐロロの手前、コンビニに寄ろうとは言い出せなかった。その辺でしようにもこの辺りはどこも見晴らしが良い。陰になる場所と言えば石碑の裏だが、罰当たりなことこの上ない。目を細めて隠れられそう場所を探すと、スコップを手に取って駆け出した。


「ロロ、どの辺っすか?」

「確かこの辺りに寂れた神社があったはず。木の下に埋めたんだけど……」


 焼けた木がそこらじゅうに残っている。ロロが探している木もその中にあるだろう。全ての木の下を掘り返すには時間がかかる。薄れた記憶を手がかりに、記憶とは違う荒れ地を進む。


「記憶が正しければ、この辺りだ。ここにお賽銭箱があったと思う」


 アルムが竹ぼうきで積もった灰を掃くと、焦げた木材が出てきた。


「ここに何か建っていた形跡があるっす」

「この裏を進んで、森に入ったところだったかな。周りと比べて少し大きな木があって、そこでお母さんとカプセルを埋めたんだ」


「手分けして探すでござるよ。拙者はナギ殿と……

 およ? ナギ殿が消えたでござる!」

「えー……ちょっとナギのこと頼める?」


 ロロは困った様子で拝んだ。あえて理由は聞かないが、ダイアが着いてきた理由を知らない。そんなダイアにだからこそ頼める仕事だ。


「御意にござる!」


 そう言ってロロ達とは逆の方向へ走っていった。凄まじい速さだ。もう米粒のように小さくなった。


「ねぇー! ロロー! なんか見つけたよー!」


 その声に振り向くと、ロロ達が向かうつもりだった方向からナギが走ってきた。思わず振り返るが、侍の姿はどこにもない。しかし今はそれどころじゃない。ナギが持っているのは間違いなくロロの探し物だった。


 ステンレス製のタイムカプセル。腐食しておらず、太陽光で銀色に輝いている。


「それだよそれ! 見覚えがある!」

「これってうちのお手柄?」

「すごいっすよ! とんでもない豪運っす!」

「やっぱ? 神に愛されてんのよなー」


 ナギは「感謝してよね」と言って、タイムカプセルをロロに渡した。

 受け取ったはいいが開封の仕方で困った。蓋の部分がいくつものボルトで締められている。指では開けられない。力を入れても滑ってしまう。


「なんかちょっと濡れてない?」

「き、きっと雨水よ」

「でも少し臭うような……」

「ウワァァァッッ! 嗅ぐなーーッッ!!」

「ブフォ!」


 カプセルに鼻を近づけるロロの横っ面へ強めのグーパンがぶちかまされた。


「ちょっと! 何すんだよ!」

「濡れてるからって嗅ぐことないじゃん!」

「そうっすよ。いったんこれで洗うっす」


 ペットボトルの蓋を開けて、カプセルに水をかけた。流水で少しずつ土が洗い落とされていく。その間にナギの手が入り込んだ。爪の間まで念入りに洗っている。それを二人は冷めた目で見た。


「なによ。なんか文句あんの?」

「いいやべつに」


「みんなーー ハァハァ みんなーー!」


 ダイアが息を切らして戻ってきた。ナギと水浸しのタイムカプセルを見て安堵すると、すぐに真剣な表情に切り替えて車を指差した。


「早くここを出るでござる! モンスターが! 大量のモンスターがこっちに向かって来てるでござる!」


 指差した方向から砂煙が近づいてくる。小さく見えるのは、たしかにモンスターの群れだ。


「なんでこんなところに……朝倉にダンジョンは無かったはずじゃ……」


 2市に1ヶ所という多くのダンジョンを持つ福岡県だが、スタンピードの被害は少ない。博多ダンジョンは街中に出現したが、その他多くのダンジョンは山や川沿いなど、ひとけの無い場所に出現したからだ。

 人里に降りてくるモンスターも居るには居るが多くなかった。現地に住む探索者の手で駆除できる程度だ。他県の報告では、ゲート周辺の草食モンスターを全て片付けることで肉食モンスターの数を減らせるとのことだった。

 そのため、腕に自信のある探索者と共に管理センター勤務の公務員がスタンピード発生中のダンジョンへ赴くが、他県の報告とは違ってゲート周辺にモンスターの溜まり場は無かったと云う。


 今、その理由がわかった。モンスター達はここに居たのだ。山や大きな川と繋がっていて移動しやすく、敵の居ない朝倉市へと移り住んでいたのだ。


「来てるっ! 来てるよ! アルム! 早く出して!」

「シートベルトはちゃんと締めたっすか?」

「いいから! 早く!」

「よーし! 飛ばすっすよー!」


 窓から見えるのは草食モンスターの群れ。トナカイのように枝分かれした大きな角を持つ『木鹿(モクシカ)』だ。

 そんなモクシカを巨大なイタチが追いかけている。その巨大イタチの名は妖怪を由来とする『シイシイ』。クマよりやや小さい程度の大きさで、走る速度はクマより遅い。しかしそれでも人より速い。車じゃなければ逃げきれない。


 獲物を狩ろうと連携するシイシイの群れ。モクシカの群れはまとまって走り続ける。その攻防はまるでアフリカサバンナの過酷な環境を彷彿とさせる。


 最後尾のシイシイが車に気づいた。一番遅れたシイシイだ。今日のワースト1位は間違いない。成果なき者は少ない量しか食べさせてもらえないから明日もワースト1位だろう。そんな彼に朗報だ。そのシイシイは目をキラキラと輝かせると、呼吸を変えてスピードを上げ、追いかける対象を車に変えた。



◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆



「やめてください……もう構わないでください……」


「ここまで付いて来てそりゃないよサクラちゃーん」

「そうそう。自分の意思で乗ったじゃんねw」

「そんな顔しないでさ。また一緒に楽しもうや」


 男三人に囲まれて震える一人の女の子。壁を背にして逃げ場もない。去年までは海運業に使われていた港も今じゃ不良の溜まり場。悪事に使われるほど、ひとけの無い場所になってしまった。


「もう関わりたくないんです……警察には言いませんから……本当に……あの動画消してください……」


「あの動画? どれだっけ?」


 茶髪キノコヘアの男がそう言うと、黒髪パーマの男がスマートフォンを操作した。すると端末から、女の子の嬌声と男たちの笑い声が聞こえてきた。映像の中の女の子に抵抗の意思は感じられず、男たちもただただ楽しんでいるようだった。

 だが女の子にとってそれは不本意な行為だったようだ。辛い記憶が蘇って苦しくなった女の子は胸を押さえて泣き出した。金髪ウルフカットの男はその泣き声に興奮している。


「カキてー! はやくやろーぜ!」


「じゃあ『この動画』は消すからさ。その代わりに言うこと聞いてよ」


 そう提案する茶髪キノコの目は楽しそうに歪んでいた。人の痛みを全く考えない邪悪な笑みだ。意図を汲んだ黒髪パーマも邪悪な笑みで動画を消した。希望が見えた顔をする女の子。しかし次の瞬間、絶望に歪むこととなる。


「よーし、着地成功。みんなを連れてくるか」


 ケーだ。ここは四国地方徳島県。キエフ公国が動画撮影に使用した港だった。


「あぁ……あぁ……」


 涙の味が恐怖の味に変わり、女の子は口を塞いで存在を消すことに専念した。


「ん?」


 茶髪キノコは振り返ると同時に絶句した。両脇にいたはずの金髪ウルフと黒髪パーマがいない。その代わり、目と鼻の先に怪物がいる。



「メンバーか?」



 何の? その疑問を口に出す前に茶髪キノコの首が絞められていた。金色に光るその黒い手はあり得ないほど固く、逃れようと引っ掻いても傷ひとつ付けられない。茶髪キノコは目だけ動かして他の二人を探す。するとケーの後方で宙に浮く二人を見つけた。見えない力に首を絞められているらしく、自身の首を引っ掻いていた。


 三人の次は女の子だ。質問は女の子に向けたものだった。女の子は念力で壁に押し付けられた。


「キエフ公国のメンバーかと訊いている」


 再度質問が投げかけられた。今度は質問の内容がはっきりしている。女の子は首を横に振った。


 女の子はキエフ公国を知らない。そしてケーのことについても知らない。808が倒されたからといって、昔と同じ日常には戻れず、自分のことでいっぱいいっぱい。世情を調べる余裕もなかった。だから、ケーのことを人語を解する怪物だと思った。


「最近、怪しい集団を見かけなかったか?」


 女の子は即答できない。なんせ四国には怪しい集団がごまんといる。目の前の男たちだってそうだ。808が倒されて尚、昔の生活に戻ろうとせず、欲望を満たすためになら人を傷つけることも厭わない残酷な連中がのさばっている。


 女の子が答えないから男たちの苦痛が増えた。茶髪キノコも宙に打ち上げられると、三人は両手両足をピンと伸ばされ、爪先から指が逆方向に折られた。首が締められて思うように叫べない。呼吸はさせてくれるらしく、力が緩まる瞬間はある。だが、その瞬間を与える権利はケーが握っている。男達は楽器を奏でるかのように遊ばれていた。叫び声で『猫踏んじゃった』を演奏中だ。


「フンニャ!」「フンニャ!」


「おめぇらはここで何をしていた?」


 女の子は即答できなかった。改めて自分の口から言う勇気が無い。脅されて関係を迫られていたとは言いづらかった。


「逃げられそうだったのにっ……あ、あなたが邪魔したっっ……!」


 邪魔されたことが悔しくて、女の子から新しい涙が出てきた。


「フンニ゛ャー!」「フンニ゛ャー!」「フンニ゛ャッッニャッ!」


 男たちの演奏が激しくなった。演奏スピードがどんどん上がっている。三人の指がペロペロキャンディーのようだ。

 気分良さげなケーは女の子に背を向けて、指揮者の動作を真似ている。


「んー? なんか言ったかー?」


 女の子まで壁に張り付けられた。足が地面を離れて上昇していく。男たちが苦しむ様子を見て、内心ほくそ笑んでいたのに急に怖くなってきた。


「その人たちに脅されました。その……808のせいで……その……動画を……」


「大体わかった」


 だが降ろさない。変わったのは男たちの悲鳴が無くなったことくらいだ。


「ちょっと触ってよかか?」

「ひっ……」


 ケーは許可を得ることなく、女の子の腹に手を押しつけた。そして、勢いをつける。


「ふん!」

「ぎゃ!」

「ふむ。これなら大丈夫そうや。記憶は無理だが身体だけなら昔に戻せるぜ。戻したいか?」


 信じられないような顔でケーを見る女の子。怪物と思ったが魔神なのかもしれない。もし今の言葉が本当だとして、無かったことにできるなら是非とも戻して欲しいところだ。だがその代わりに何を要求されるのか。時を戻すとするならば、代償に魂を要求されてもおかしくない。

 女の子は葛藤する。しかしケーの興味が男たちに移りつつあることに気づき、急いで首を縦に振った。


「何年前に戻したい?」

「できたらその……1年前に……」

「よしわかった」

「あのっ。私はなにを支払うんですか」


 ケーはぼんやりとした顔をする。対価について何も考えていなかった顔だ。


「たしかに、無償というわけにはいかんのやろうな。特別扱いされたあなたに嫉妬して攻撃する輩が現れるかもしれない。だが、そうなったとしても俺はあなたを守れない。それでもいいなら処置を施す」


 それが代償ならば安いものだ。一考するまでもなく答えを決めた。


「お願いします」


 光が女の子を包み込む。光が収まると、さきほどより血色も肌艶も良くなった女の子が舞い降りた。髪の艶が戻っている。吐く息も全く臭くない。菌が入り込んで変形した爪も健康さを取り戻している。鏡を見なくともわかる好調さ。女の子は感動で涙があふれた。


「さてと。次はこっちやな」


 笑顔を強めたケーが男三人の顔を覗く。男たちはガタガタと歯を鳴らし、恐怖の涙を流した。女の子のことなどもう忘れたかのように、ケーから逃げることだけを考えている。


「あ、あの。その人たちをどうするんですか」


 女の子は心配そうな声を出した。


「あなたはもう帰ってよかぞ」

「その人たちのスマートフォンにまだ動画が残ってるかも」

「警察に相談してくれ……いや、すまん。警察が機能しとらんかったわ。ほんじゃあ安心するまでそこに居ろ」


 ケーは男たちに向き直り、それらのポケットからスマートフォンを回収した。そしてスマートフォンの画面をなでる。ロック画面が解除された。写真フォルダを開くと、女の子の名前のフォルダがズラリと並んだ。一人だけじゃない。大勢の女の子の名前で保存されていた。

 行政権を移譲したとはいえ、ケーが無答責なことに変わりない。不正アクセスもお構いなしだ。普段は違法行為を抑えているが、今日のケーは感情的に正義を執行している。


 フォルダの中身を確認すると、ケーは金色の歯を剥き出しにして笑った。


「証拠を残しておくなんてラッキーだぜ」


 ケーが指を振る。すると三人の拘束が解かれた。


「おめぇらには別件で訊きたいことがあった。たがもういい。彼女のことについて話し合おう。謝罪の気持ちはあるか?」


 三人はお互いの顔を見合って頷いた。代表して茶髪キノコが答える。


「はい」

「そうか残念。殺さずに済みそうやな。ただ、謝罪の気持ちが本心かどうか、彼女に伝える手段は限られている。わかるね?」


 三人は土下座して謝る。腹の奥底から声を出し、謝罪の気持ちを女の子に伝えた。


「「「すみませんでしたー!」」」


 だが、ケーは困った顔をしていた。女の子も怒っている。


「違う違う」


 三人の前でカランと金属音がした。目の前に落ちたそれを見てギョッとする。三人はそれに見覚えがあった。普段愛用している解体ナイフだ。


「使い方はわかるよな? 謝罪の気持ちを見せようや」


 ナイフは三人分ある。代表者だけに責任を取らせるような甘い考えは無いらしい。普段茶髪キノコに頼り切りな二人はガクガクと震えた。


「お、俺はこいつに誘われてっ……!」

「そ、そうだよ! お前だけやれよ!」


 そして自己保身に走った。茶髪キノコに責任を押し付けた。


「お前らッ……!」


「どうやらナイフは一本でよさそうやな」


 希望の表情を見せる黒髪パーマと金髪ウルフ。その言葉の真意を汲み取れなかったようだ。二人の身体が浮き始めた。


「う、うわわ」

「なんで? なんで?」


「宇宙飛行士を夢見たことはあるか?」


 二人を地球外まで飛ばす気だ。地上に死体は残せない。だからといって黒紫食いするのも亜空間に収納するのも嫌なのだろう。あくまで手は汚さない。謎の現象を装う気だ。


「助けてェェェ! 嫌だァァァ!」

「お母さん! お母さぁぁぁん!」


 打ち上がる二人をケーは笑顔で見送る。土壇場で裏切られ、目を伏せる茶髪キノコ。なんとも言えない表情でケーを見る女の子。


「あのっ! 殺さないでください……」

「え、なんのことや?」


 自分は何もしていないと言いたげに手を広げた。


「私のせいで人が死ぬのは嫌です!」


 とぼけるのは無駄だ。女の子はケーの力を体験している。


「こいつらを野放しにしてどうなる。こいつらが無事に帰してくれると思ってんのか」

「それは……」


「俺が……俺が責任を持ってその子を家に送ります。だから二人を助けてください。お願いします」

「おめぇはさっさとケジメつけろや」


 ケーは決して許さない。言葉だけの謝罪は絶対に認めない。二度としないと謝っておきながら、過ちを繰り返す者たちを知っているからだ。証拠は全て揃っている。絶対にタダでは帰さない。


「俺が、俺が二人の分もやります。四国に逃げようと誘ったのは俺です。全部俺が悪いんです。だから二人を助けてください」


 震える手で解体ナイフを握り、ナイフの刃先を小指に当てる。コンクリートで刃こぼれしないよう狙いをつけて呼吸を整えた。


「二人の分? それは無理やな。おめぇ1本しか生えてねぇだろ」


「……は?」


 2本目は薬指、3本目は中指を切るつもりだった。それなのに1本しか生えてないとはどういう意味か。


「指なんかいらねぇよ。二度と繰り返さないようにパイプカットするんだろうが。違うか?」


 茶髪キノコは勘違いしていた。任侠映画で学んだせいか、指を詰めるものと思っていた。恐怖で手が震えている。指から力が抜けてナイフを落とした。


「謝罪の気持ちは嘘だったようだな」


「わわっ……やだ! やだぁぁ!」


 茶髪キノコも空に打ち上げられた。他の二人と同じように命乞いをしながら上昇していく。


「ちょっと待ってください」


 女の子の静止を聞いても止まらない。男たちは刻一刻と天に召されていく。


「公の場で裁いて欲しいんです。同じような目に遭った人たちに勇気を与えるためにも……」


「一理ある。だが裁判が勇気を与えるとは限らない」

「どういう意味ですか?」

「裁判は冷酷な勝負の世界だ。平時ならまだしも、今の四国はあまりにも加害者に有利すぎる。勝てたところで少ない刑期を与えて低額の賠償金を貰うことになるだろう。そんな結末を辿れば、被害者達に与えるのは無力感になりかねない」

「それでも!」

「それに加えて、今はあなたを守る盾が無い。司法も行政も充分に機能していない。あなたのような人をもう二度と悲しませたくないんだよ。だから俺が裁く」


「……なんなんですか。あなたはいったい何者なんですか」

「俺は、天皇の国事行為を代行しとる指定モンスターだ」

「天皇の代理……それでもやっぱり殺人は嫌です」

「ほんじゃあ、どうする? あなたには人を裁く力もなければ、頼れる機関もない。希望があるとするならば今この瞬間だけ。俺がここにいる間だけだ。処刑が嫌なら他に希望はあるのか?」

「希望……希望を言っていいんですか?」

「あなたは被害者やろ。被害者の願いは叶えてやれる。本当の望みを言え」


「本当の願い。本当は……あいつらにも同じ苦しみを味わって欲しい……」


「んなのできるわけねぇだろ」


 苦痛は主観的な感覚である。その人にとって辛いことでも、また別の人にとっては快感だったりする。性別が違えば多くのすれ違いが生まれる。男と女とでは体のつくりも境遇も全く異なるからだ。同じ苦しみなど与えられるわけがない。


「いや、わかった。試してみよう」


 地上に戻された三人はブルブルと寒さで震えていた。生きているという安堵と何故生かされたのかという疑問を同時に抱えている。


「おめぇらは彼女に生かされた。だが罪を許したわけじゃない。感謝も償いもいらない。償えと言って素直に従う人間でもないやろう」


 男たちは償いたい気持ちでいっぱいだった。だがケーは知っている。一時的な感情に支配され、罪を犯してしまった人間は継続できない。償いたい気持ちは一時的なものだ。いずれ忘れる。


「だからわかりやすく罰を与える。彼女と同じ苦しみを味わうがいい」


 突如、男たちの胸が膨らみ始めた。

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