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63 愛する人のためならなんだってやるぜ ※ステータスあり


「ロシア皇帝との会談は延期になりました」


「へえ。やるやん高橋。電話したときはビクビクしてたのによ」


 皮肉っぽく言うが、ケーでは成し得ないことだった。テロを理由にパトロン・ケーの譲渡を待って欲しいなどとは言えない。なぜなら相手は大国ロシア。しかもキエフ公国はユーキを使ってロシアを攻撃するとまで言っている。人質の安全のために待って欲しいなどと、そんな言い訳が通るわけない。

 他国の人質よりも自国民の安全が第一。キエフ公国から国民を守るためにパトロン・ケーが必要ならば、それを得るために軍事技術的な手段にも出ると、キエフ公国の動画投稿からすぐ後にロシア皇帝が表明していた。



「……それでウヅキさん。ユーキちゃんの捜索はどうなっとんの?」


「あまり良い報告はありません」


 ケーがトラジから得た情報をもとに特捜班が捜索したところ、徳島県の漁港で未承認の高速船を発見した。すぐに捜査官が乗り込んで高速船を調べたが、船内はもぬけの殻だった。私物は全て回収されていたが、人がいた痕跡は多く残されていた。拉致被害者のものと思われる血痕が見つかったことから、未承認の高速船はキエフ公国が移動に使った船で間違いないと断定された。

 高速船を発見したすぐ後に、キエフ公国が動画撮影に使った場所も特定した。動画撮影はその船が停泊した港で行われていたのだ。残念ながら、人質を閉じ込めたコンテナは残されていなかった。現場に残ったタイヤ痕から推理すると、キエフ公国は動画撮影ののち、コンテナを載せたトラックで移動したと考えられる。

 本州四国連絡橋の検問所に確認を取ると、それらしきトラックは通っていなかった。つまり、陸路で本土に渡ることはできてない。船や飛行機での移動も考えられるが、強化した監視網を抜けるのは困難であるため、キエフ公国は現在も四国のどこかに潜伏しているというのが特捜班の見解だ。

 特捜班はその後も徳島県に残って捜索を続けている。しかし街の惨状があまりにも酷く、捜査協力してくれる人間を見つけられずに捜索が難航しているとのことだった。


「そうか。四国か。808の混乱に乗じて拠点を置いてたんやな。じゃなきゃロシアから遠い四国に移る理由がない」


「言われてみれば確かに……。どうやって四国からロシアを攻めるつもりだったんでしょうか」

「距離的に考えて、最初は京都にあるスサノオを奪うつもりやったんやろうな。パトロン・ケーのせいで予定が狂ったみたいやが」


「簡単に言いますけど、そんなの無理ですから。最大規模の警備で守られてるんですよ。そんな容易く突破できません」

「それができるわけよな。ロミさんひとり居ればな」


「そういえば限界到達者なんですよね。何か特別な力があるんですか?」

「ああ、俺があげた指輪を持っとる」

「バカぁ?」


 本気の声のトーンだった。ソファに座るケーを蔑むような目で見ている。


「一応、ロミさんのステータスを共有しておこうか」

「え? 自衛隊の資料で知ってますけど」

「それ偽装や」

「はぁ?」

「俺がやった」

「バカぁ?」


「それに関しては本当にすまんと思っとる。ただね、愛する人のためならなんだってやるぜ俺は」

「まったく、あなたって人は……」


 呆れてため息も出ないウヅキ。強めの指圧でおでこを揉み解す。


「……それで、リーダーの手代ロミはどんなステータスなんですか?」


「これや」


 メモ用紙を引っ剥がし、高速でロミのステータスを書いた。



──────────────────>

手代ロミ

【LV.2512】

【種族】ヒト

【重さ】     55

【戦闘力】MAX:15055+(0)

【タフネス】   13555+(0)

【魔力】     2457+(1000000)

【スペック】

『ケーの婚約指輪(呪い)』『限界到達者』

『静寂』

〈スキル〉

〖猫の爪〗〖スーパー黄色人〗

〖電撃〗〖恐慌無効〗

〖不老〗〖剣王〗

〖結界士〗


──────────────────>



「意外やが、俺のばあちゃんと似てんのよな」


 ウヅキがメモ用紙を見ている間に、ケーは紅茶を淹れていた。イチゴ味の香りを出す紅茶ポットをゆすり、ハート型のマグカップに紅茶を注ぐ。


「へー、サツキさんですか。……って、サツキさんも限界到達者だったんですか?!」


「そんなに驚くことないやろ。ウヅキさんだってアソコで限界到達者になったんやし」

「まぁ、たしかにそうですけど。でもサツキさんは戦いを避けるタイプだったんですけどねー……」


「あのムキムキマッチョでか?」

「はい。……いや、待ってください。そういえば再会したときにはもう筋肉モリモリだった気が……。じゃあ、まさかあの時にはもう既に……」


 ウヅキは落ち着かないのか、ケーの前でウロウロする。


「話が逸れたな」

「あなたが逸らしたんですよ」


 ゴクゴク。ケーは淹れたばかりの紅茶を一気に飲み干した。


「ふぅ。ほんじゃあ、そろそろ行きますか」


 紅茶セットを亜空間に仕舞う。ケーは応接用ソファから立ち上がると、執務机の隣にあるベビーベッドへ向かった。


 ベビーベッドには天がいた。ベッドの頭側では太陽系を模したベッドメリーが揺れている。ケーがやってきても天は笑いもせず、しかし泣きもせず、揺れる惑星を気怠げな目で追っていた。


 天を抱き上げる。するとスパルナの翼が「早く早く」と言わんばかりに羽ばたいた。


「ねぇ、天ちゃんは預けましょうよ」

「……誰に?」

「そ、それは…… あっ! そうだ! 高橋夫人はどうでしょうか。あの人は信用できます」


「淡路島研究所か。ダメや。あそこにはヤヨイさんがおる」


「じゃ、じゃあお父様に……」

「もっとダメや。キエフ公国の支援者やんけ」


 父親を悪く言われたようで、ウヅキの顔がカッと赤くなった。


「で、でもお父様は子どもを大切にします! きっとキエフ公国の支援も日本の未来を思って!」


「んなことどうでもいい。俺のそばが安全や」


 熱くなって声を荒げたが、全く気にしていないようなケーを見て、怒りが冷めてしまった。


「はぁ……。戦いになるかもしれないんですよ」

「まぁな。ただ今回は強力な助っ人もいる。俺の出る幕は無いかもしれんぜ」


「とか言って、楽をしたいだけじゃないですか?」

「ウダウダ言ってないで行くぜ。ほら」


 差し伸べられた手をウヅキは掴んだ。次に映った光景は一面に広がる草原だ。



 ──博多ダンジョン・草原エリア。


「メ゛ェェェエエエエエ!!!」


 ケーの足元でミドリヤギが鳴いた。ミドリヤギの首を片足で踏んづけている。


「おお、ごめんごめん」


 片足を上げると、ミドリヤギが暴走するコマみたく回って勢いよく立ち上がった。土を深く掻いて走り出す。まるで仕返しと言わんばかりに大量の土をかけて逃げて行った。


「良い度胸やな」


 汚れたウヅキの服を浄化し、逃げていくミドリヤギを指差して眺めるケー。だが何もせず、振り返って歩き出した。


「良い度胸やったな」

「そうですね」



 振り返ると、目の前には巨大な壁。壁の上では銃を持った自衛隊員が慌ただしく駆け回っている。じきに大きな門が開いた。


「「「おはようございます!」」」

「おはよう! 朝早くにすまんね!」


 整列した自衛隊員の道を通って博多ダンジョンを抜ける。


 二人の目的地は博多だ。博多ダンジョンではない。ワープをミスしないためにここを選んだようだ。今回のワープは、見える所まで行けた今までのワープとは違う。時を止めてから触手を伸ばしていた今までとは全く違う。正真正銘の瞬間移動(ワープ)だ。

 しかし、このワープには欠陥がある。それは着地点が見えないことだ。記憶にある座標には飛べるが、間違えればさっきのミドリヤギみたいになる。もしくは、もっと恐ろしいことになるかもしれない。


 トンネルを抜けた先、ダンジョン管理センターはガラリとしていた。受付にすら人がいない。国家元首のケーとケーを恐れるかもしれない訪問客のために、午前中だけ閉館されたからだ。

 人は居ないが明かりはついている。閑静としたセンターをモンスターと人が並んで歩いた。センターの外で黒塗りのリムジンが待っている。


「お待ちしておりました」


「車なんて用意しとったんか」

「だってあなた、この辺の地理知らないでしょう。どうやって道場にアクセスするつもりだったんですか?」


「んなの決まっとるやろ。バスや。なんでも、そこの道場は目の前にバス停があるそうやないか」

「……だろうと思いました。さ、早く乗ってください」


 会談が無い日のケーは160センチまで縮んでいる。この前みたく、縮み忘れでムツキに怒られるのはゴメンだからだ。モデル体型のウヅキと並べば威圧感も少しは薄れる。運転手も安心して車を発進させた。


「到着しました」

「ありがとうございました。帰りの分は必要ありません」

「かしこまりました。では、ドアが開くまでお待ちください」


「あー、ちょっと待ってくれ。ミルクタイムや。飲み終わるまで待ってくれ」


 天の食事は非常にゆっくりだ。いったん口を離して休憩すると、哺乳瓶の乳首を舌先でチロチロ舐める癖がある。飲み終わる頃にはミルクが冷えてしまう。しかし、残したことは一度もない。冷えたミルクも飲み干してしまう。


「ゲップよし。おー偉いねぇ。全部飲んじゃったよぉ。美味しい美味しいやったねぇ。あーお利口。ご馳走様やった」


 褒められても笑みひとつない。そして大きくあくびする。天は寝る準備に入った。


「寝るまで待つか」


 ルームミラーに映る運転手は呆れていた。バス停付近で停まり続けるのも良くない。バックギアを入れると、道場の駐車場を目指して進んだ。


 しばらく道場の駐車場で天が寝るまで待っていると、音が聞こえてきた。


 コンコンッ……

  コンコンッ……


 窓を叩きつけるような音。うたた寝していたウヅキが目覚めた。


「うわっ! 窓に! 窓に!」


 窓に怪物がいる。竜が片目を押し付けている。白い息で窓を曇らせ、血走った目は仁王像みたく飛び出ていた。


『ハァ…… ハァ……』


「早くここから出ないと!」

「うん? ああ、ハナマルくんや」

「うわ、冷静ぇ〜」


「運転手さん。降りるぜ」

「もうよろしいので?」

「ああ。わざわざすまんかったね」


 ドアに張り付く大吉(だいきち)ハナマルを押し除けるように、ドアとの間に運転手が入り込んだ。


「いってらっしゃいませ」

「ありがとうございます」


 ドアからウヅキが出ると、ハナマルが元気よくアピールした。


「おはようございます! えっと! 指揮官! おはようございます!」


 そう言って犬のように尻尾を振っている。


「おはようございます大吉ハナマルさん。わざわざ出迎えなくてもよかったのですが」


「いえ! はやく会いたくて!」

「よいしょっと」


 ズリズリと尻を引きずり、ケーがリムジンから降りてきた。


「ケーちゃん先生!!」

「シィー…… 声を抑えてくれるかハナマルくん。今寝たところや」


「赤ちゃん……?」

「この子は天。天道(てんとう)(てん)。ほんで、彼女は天道ウヅキ。俺の上さんや」


「カミさん……? え? 赤ちゃん……? え? え? なんで?」


「俺も改名して天道ケーになったから、ウヅキさんのことは下の名前で呼んでやって欲しい」


「え? え? あの、いいんですか?」


 ハナマルは理解するのをやめてウヅキを見る。本人の許可なく下の名前で呼ぶのは憚られた。


「ええ、ウヅキで構いません。それと『さん』付けで結構です」

「了解です。あの、それで、あの、ケーちゃん先生。動画見たんですけども、あの話題の。ケーちゃん先生は『テロ対策に関与しない』って。でも今日オレたちに会いに来たのはユーキを助けるためなんですよね?」


「ああ、そうや。キエフ公国を追って、ユーキちゃんを助けるぞ」


「いや、『助けるぞ!』じゃなくて……。あの動画はフェイクだったんですか?」


「いいや、本当のことや。ホビスタで言ったことは嘘じゃないぜ。あの時点ではな」


「あの時点?」

「ああ、ただその話をする前にサキさんのところへ案内してくれ」

「わかりました!」


 玄関の手前まで来ると慌ただしく走り回る音が聞こえてきた。


「モモコ! ケーちゃん先生が参りました!」

「はーい!」


 ガチャッと扉を開くと、小綺麗な見なりをしたモモコが正座で招き入れた。


「お久しぶりですケーさん。さ、どうぞ中へお入りくださいませ」

「清水さん久しぶりやな。下関での活躍は聞いてるぜ」


 玄関先で姿勢を正すと、モモコに向かって深くお辞儀した。


「今さらながら国を代表して心から感謝申し上げる。見返りも渡せない状況にも関わらず、命懸けで戦ってくれてありがとう」


 もてなすつもり満々で準備したのに、いきなりの感謝を受け、モモコはどう返すべきか混乱した。


「いえ、そんな。感謝される身ではございません。なす事も成せず、我が身可愛さで逃げ帰ることしかできませんでした。どうか頭を上げてください」


「探索者というだけでツラい目にもあっただろう。どうか謝罪も受け取ってくれ。何もしてやれず本当に申し訳なかった」


「ッ…… そのお気持ちだけで救われます。ただ、どうか私だけでなく他の探索者達にも同じ言葉を伝えていただけたら幸いです」


「わかった。記者会見の時に伝えさせてもらう。あと、それから後日改めて人を寄越す。今度は言葉だけでなく謝礼も用意させてもらう。止められても絶対に出させる。だから受け取ってくれるか?」

「あまり揉め事はお控えなさって」

「それは約束できないが善処しよう。モモコさんは優しい人やな。心から尊敬するぜ」

「いえ、そんな、ありがとうございます。お部屋に案内いたします。どうぞついてきてください」

「お邪魔します」


 ケーは浄化して上がり、ウヅキは靴を脱いで上がる。ハナマルはブラシで足の裏を擦ったあと、タオルで拭ってから上がった。


「靴を履けないっちゅーのも難儀よなハナマルくん」

「ははっ。そうですね。オーダーメイドできたら良いんですけど」

「頼んだらやってくれるんやないか? 金はいくらでも使えるんやし、今度暇な時にでも靴屋に行ってみたらよかよ」


「もう…… 先生ったら…… あんまりいじわる言わないで欲しいです」


 下関の敗戦から、ハナマルは人前に出ることを嫌がっている。気分転換でダンジョンに行くことはあっても、お店に立ち寄ったりはしない。買い物は全て清水家に任せている。オーダーメイドなど夢のまた夢。


「なんや嫌そうやんか。なら今日の帰りにでも靴買いに行くか?」

「はい!」

「ほんじゃあ決まりやな。おっきい店行こうな」

「やった! 嬉しいです!」


 ウヅキの眉がピクリと動く。何か口走りそうだったが我慢した。


「……ケーちゃん。あとで話があります」

「ん? ああ、わかった」



 モモコがリビングの扉を開く。リビングは綺麗に片付いていた。しかしサキはおらず、ソファで茶を飲む老人が一人だけいる。


「サキちゃんを呼んできます。自由にしていてください」

「ありがとうございます。あの、その前にそちらの方は?」

「あ、お父さんです」

「あの、席を外していただきたいので……」


 ウヅキが言い終わる前にケーが割り込んだ。


「エイゲツさん。久しぶりやな。御前試合以来やないか。あれ? 3年くらい前だっけ?」


 すると清水エイゲツは湯呑みを置き、ニッコリと笑った。


「ホッホッホッ。覚えておらんか。娘の研修について行ったんじゃがのう。あれ? モモ、あれって何年前じゃったっけ?」

「知りません。ではサキちゃんを呼んできますので」


 モモコはケーに礼をしてリビングを出て行った。


「いってしもうた。不出来な娘ですまんのう」

「いいや、そんなことないさ。モモコさんは心が広い人だぜ」


 モモコから自由にしていいと言われたものの、5人掛けソファのド真ん中にエイゲツが陣取っている。他に座れそうな場所もなく、落ち着ける場所がない。

 ウヅキとハナマルは突っ立ったままだが、ケーは絨毯の上で胡座をかいた。とても一国の主とは思えない姿勢だが、エイゲツは感心していた。


「相変わらず器量がデカいのうケーくんは。戦っても勝てる気がせんわい」


「いやいや、そう言って前は勝ったやんけ。今なら俺が勝つけどな」


 空気が変わった。歓迎ムードが一転、剣呑なムードに。バチバチ、バチバチ、と二人の間を稲妻の幻影が行き交うようだった。


「ホッホッホッ! ……やる?」


 エイゲツの口元は笑っているが、その鋭い目は血に飢えていた。いつのまにか手元に杖がある。杖を握る手がリズムよく揺れていた。それに腰が浮いている。ケーが望めば、その瞬間おっ始められるほど準備万端だ。



 ウヅキがゴクリと唾を飲む。一般開放後、ダンジョンで限界到達者となった者は国が記録するようになったため、エイゲツの名前を知らないということは、エイゲツのレベルがウヅキより下なのは間違いない。だが敵わないと思った。限界到達者故の嗅覚が、エイゲツの底知れない強さを感じ取った。



「やらんやらん。雑魚は相手にせんのや」




 視界からエイゲツが消えた。



「キェャアぁああアアアああああアッッ!!」



 ソファの方角から猿叫が遅れて聞こえた。ウヅキみたく姿を消すスキルじゃない。人の目が追いつけない速さで動いたのだ。ドップラー効果を利用して声の行方を探すと、絨毯の上で組み伏せられるエイゲツを見つけた。


「エイゲツさん。これで悔いなく死ねるよな?」


「ごほっ…… ごほっ…… 気ぃ使ってくれてありがとうケーくん」

「言われなくても『やりたいやりたい』ってうるさいくらい伝わってきたぜ。煽ったけど本心じゃないからね」


「優しいのう……」


 エイゲツは解放され、杖を支えに立ち上がった。


「なんでそんなに戦いたがる。勝っても喜べるもんじゃないぞ。俺の力はズルで手に入れたものやしな」

「ごほっ…… ならば尚のこと勝ちたくなるもんじゃよ。ホッホッホッ」


 咳き込みながらも、エイゲツは仲直りの握手を求めた。ケーはそれに応じる。そして、二人は固まった。笑顔のまま固まっている。


 これは仲直りなんかじゃない。ウヅキは見抜いた。二人の全身から衝撃波が出ている。エイゲツの激しい『動』の波動。それを抑え込むケーの『静』の波動。呼吸する間もなく技を繰り出し合っていた。だからこそ長くは続かない。エイゲツの生理機能が限界を迎えた。


「かはっ! かはっ!」

「もう満足やろ?」


「すぅーー! コォォオオオ……

 スゥゥウウウウ! ふぅ……」


 握手を解き、エイゲツは呼吸を整えた。口いっぱいに鉄の味がする。息を止める間も肺が活発に働いた証拠だ。


「少しは慢心せんかッッ!」


「はっはっはっ! そんな弱い心で神に勝てるもんか」


「ホッホッ! 竜の次は神ときたか!

 ……小生の負けじゃ。強いのう。全く敵わんわい」


「レベルあげたら勝てるかもしれんぜ?」

「ホッホッホッ! もうちと若ければ山籠りできたのにのう……」


 エイゲツは腰を叩いて老齢アピールすると、ケーに背を向けた。杖で肩を叩きながら二本足で歩く。


「では小生は部屋に帰るとするか。ゆっくりしていっておくれ」


 嵐は去った。リビングに静けさが戻る。エイゲツが居なくなったことでソファが空いた。今なら座って休めるだろう。だがウヅキは動けないままでいた。普段のエイゲツを知るハナマルまで汗だくで突っ立っている。

 息が詰まる。闘気の余波から回復しきれていない。戦いの最中、口を挟むことすらできなかった。あの一瞬の出来事が脳にこびりついて離れない。終わってから整理しても戦いの内容が何一つ理解できない。大体、『静』の波動とは何だ。『動』の波動とは何だ。感覚だけで捉えていた。強さの次元が違う。物一つ壊れていないのが奇跡のようだ。


 エイゲツの闘気に当てられて異常をきたしたのは二人だけじゃなかった。天もだ。スパルナの中でお漏らししていた。くぐもった泣き声が聞こえる。

 スパルナが翼を開くと、天は泣き止んだ。


「あらら天ちゃん。起きちゃったねぇ。ウンチ? オシッコ? それとも同時? オムツ替えようねぇ」

「あうー」


 人ん家の絨毯の上で堂々とオムツを替え始めた。自由にしていいと言われたが、これはマナー違反。放心状態だったウヅキも正気に戻らざるを得ない。自身のスーツを天の下に敷き、絨毯を守る。そのうえでケーを引っ叩いた。


「オムツ替えるときは何か敷いてください!」

「はい。ごめんなさい」

「それとゴミは持ち帰ること」

「はい」


 汚れたオムツとドライ&ウェットのお尻拭きを迷わず黒紫食いした。続いてウヅキのスーツと絨毯を【大黒紫星食点】で浄化しておく。

 ちょうどオムツ替えを終えたとき、モモコとサキがリビングにやってきた。

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