62-幕間2 なんでもって、それどこまで? ※ステータスあり
「あーしは文月リュウカ。……ひさしぶりだねトラジくん」
しばらくの沈黙の後、うわの空になっていたトラジが正気に戻った。
「そんな……まさか……。
葬式まで行ったんだぞ。火葬されるところまで見た。同姓同名だ……」
正気に戻って現実逃避した。
「あー、それね。ケー先生が作った本物そっくりのダミー。あーしが本物」
本気で告白するためにリュウカは兜を外した。沼の水を被ったと見間違えるほど大量に緑色の触手が垂れる。その隙間から病的に白い肌が見えた。触手を指で掻き分ける。すると触手が動いてヘアースタイルを整えた。
露わになった顔は人間とは程遠い見た目だった。意気込んで顔を晒しても文月リュウカの面影はない。
顎が無く、ぷっくりとした円形の口。口のまわりにキラキラ光る謎の器官がある。鼻は無く、毛も無く、耳も無い。剥き出しの白い骨が耳の代わりをしている。眼球はある。ただし瞼がない。目のまわりが骨でできていた。眼球は血管が見えないほど真っ白で、真っ黒な瞳は深淵に繋がっていた。
「う、嘘だっ!」
トラジはたじろぐ。リュウカの変わり様は想像を遥かに超えていた。とても受け入れられない。やはり夢だと思う。それも悪夢だ。死んだ初恋の人が怪物になって出てくる夢を悪夢と言わずになんと言うのだ。頬を叩いて夢を終わらせようと試みる。
しかし目覚めない。今日一日、トラジは夢など見ていない。
「……別人だ。文月は死んだ」
現実逃避するトラジを見てショックを受けたのか、リュウカは兜を被って顔を隠した。
「あははははっ! 予想通りの反応をしちゃいましたね! ウケるー!」
トラジを指差して高笑いした。空笑いだ。おかしくもないのに無理に笑ってる。
「ははっ……ったく。でもちょっと納得しかけた。そういうところ文月にそっくりだ」
「んだから本人だってば! トラジくんってホントに鈍感! 証拠がないと信じないわけ?」
「そりゃあ信じないよ……腐っても警察官っすから」
「なら証拠出しちゃおっか。昔話でもする? ちんちんを洗いっこした時のこととか。竜虎コンビって言われてた時のこととか。そうだ。トラジくんってあーしのこと好きだったでしょ。あーしがミッキーと付き合ったときどんな気持ちだった? 悲しかった?」
「は、はぁ? べ、別に好きとかじゃねーし!」
「わかりやす。でも、これで信じてくれたでしょ?」
「いや全然」
「なんでよ」
「過去なんて調べられる。さっきの話も親に聞けばわかるしな」
「トラジくんを騙して何の意味があるのよ……。
んじゃあこれ。あーしのステータスカード。国に出すのと同じやつ。指定モンスター候補はみんな名前を記す規則があるから信じられるよね。これで信じないならもう知らない」
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【LV.100】リュウカ
【種族】極複製神製ダークマター魔法存在
【重さ】 10
【戦闘力】MAX:10^50
【タフネス】 不滅
【魔力】 10^50
【スペック】
『極娯楽神の魔石』『極複製神の魔石』
〈スキル〉
〖神パワー〗〖千里眼〗
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リュウカから貰ったステータスカードを握りしめると涙がこぼれた。次第に涙の量が増え、トラジは声を上げて泣いた。悲しみ、憎しみ、嬉しみ、いろんな感情が渦巻いている。もう何がなんだかわからなくて泣いた。どうしてこんな目に遭っているのか。最初は復讐のためだったのに。脱出不可能な場所に閉じ込められ、生きるために虫を食い、モンスターと化した幼馴染と再会している。地獄かここは。
「本当に。本当に文月なのかよ。なんでだよ。なんで。なんで……」
トラジの知るリュウカは元気で、活発で、イタズラ好きで、恋愛漫画が好きで、純粋な乙女だった。望んでモンスターになるような人間じゃなかった。警察官になったのも純粋に正義を信じたからだ。しかしリュウカは現実にモンスターの姿で現れている。
「なんでここにいるんだよッッ……! なんでそんな……! なんでお前が……!」
しゃがれた声で叫ぶ。そうなった理由を欲して嘆く。この世を恨んで憤る。
「心配してくれるんだ」
「するよそりゃあ!」
「……知りたいんだ」
「知りたいよ」
「なら秘密にしちゃおー!」
ガクッとなった。そこは教えてくれるところじゃないのか。リュウカのためにみんなが泣いたのに。無神経にも程がある。
「なんでだよ!」
「知ったら満足しちゃうじゃん」
「ずっとモヤモヤしろってか!」
「いつか話すから。……それよりもさ、あーしが居なくなってパパとママどんな感じだった?」
「さあな。ここを出られたら確められるんじゃないか」
「ふーん。そっちもイジワルしちゃうわけね。拗ねちゃって、まぁ」
「なあ、ひとり娘を失った親が平気でいられると思うか。言いづらいことを聞かないでくれよ」
「……急に会いに行っちゃってもいいかな」
今の姿をリュウカの両親が見たら、きっと今のトラジよりも取り乱すだろう。
「そりゃあ、ちょっと考えた方がいいんじゃないか?
……それにここからは出られない。入り口がとんでもなく重い扉で閉じられてんだ」
「出られるよ普通に」
「え?」
「玄関から」
「だからそれが無理なんだっ……て」
何かに気づき、トラジはステータスカードを見直す。リュウカの戦闘力は10の50乗。途方もない数字だ。途方もなさすぎて何をできるのかすら見当がつかない。
「開けられるのか? あの扉を」
「まあね」
「いつからだよ」
「どのくらい経ったっけ。えーと、1年くらい前?」
「なんで閉じこもってんだよ。こんな何もないところに居ないで地上に出てくればよかったじゃないか」
「うっさいなー! そういうところよトラジくん。聞かなくてわかることはいちいち聞かないの」
「はいはいそうっすか……」
リュウカは存在が抹消された指定モンスター候補。その生存を知る者は次々とこの世を去り、今となってはケーのみとなった。つまりリュウカの正体がバレたとき、誰も守ってくれないということだ。もし外に出て問題でも起こしたら敵として指定される。問題が起きる前にケーと接触することだけが生き残る道。
ケーを探すために、時々扉を開けて〖千里眼〗で外を見ていた。見つけられなければ閉じこもり、自己強化する日々を過ごしていた。昨日トラジが助かったのは、たまたま外を見に行く日と重なったためだ。
「トラジくんがここにいるってことは、もう出ちゃっても良いのかな。ケー先生の居場所とか知ってる?」
「……いや、知らない」
「じゃあ自分で探しちゃいますか」
リュウカは寝室を出て行った。トラジはその背中を追いかける。階段を降り、何もないリビングを歩く。突如現れた巨大な扉。扉と言うよりほぼ壁だ。威圧感が凄まじい。
「トラジくんは下がっててね」
「あ、おう」
スクワットの姿勢で力を溜めるリュウカ。
「ふぅ……よーし! ふんっ!」
ドスンと凄まじい音が鳴った。まだ扉には触れていない。今のはリュウカの足音だ。
扉の穴に両手を入れて持ち上げた。重たい金属が擦れ合う音が鳴る。ドスンドスンと足音を鳴らし、扉を横にスライドさせていく。ちょうど子どもひとり分入れそうな隙間ができたところで扉が止まった。
そして扉が落ちる。扉から手が外れた反動でリュウカが転がった。その勢いは落石の如し。
「あぶねぇ!」
リビングまで転がると、リュウカは仰向けに倒れた。
「はぁはぁ……ね?」
「なにが『ね?』なんだよ。でもすごいぞ文月。横向きならギリギリ通れそうだ」
「下手に出ちゃダメ。〖千里眼〗でケー先生を見つけるまで待って」
「わかったけど、その千里眼ってどんな能力なんだ?」
「ふふん。最強の探知スキルよ。地球の裏側まで見渡せちゃうの」
〖千里眼〗 [物質を透過して遠くを見通せる。魔力を消費して見える範囲と距離を増やせる]
「なら先に探してから開ければよかったんじゃないか?」
「無理無理。この家、能力通さないようにできてるもん。扉を開ける以外にここから出る方法は無いみたいだよ。
それはそうと見つけちゃったよ。でもケー先生忙しいみたい。なんだか偉そうな人達と会ってる。どうしよう」
「出るぞ。こんなところに居続けてたまるか」
「どこか行くあてはあるの? 外見はまだ人間っぽいけど、トラジくんもモンスターになっちゃったんでしょ。通報されたら殺されちゃうよ」
「……博多だ。博多に行こう。人は多いけどスラム街なら身を隠せる場所も見つかるはず」
「同棲しちゃう? もー、意外と積極的? 大人になっちゃったんだー。やることやってんねートラジくん」
「バーカ。未だに彼女いない歴イコール年齢だよ。それに別の目的もある。博多に行けばミツキの場所もわかるかもしれない。福岡にあるどこかの医学系大学に搬送されたって聞いたし」
「ミッキーになんかあったの?」
「ああ、ケーに殺された。ミツキを生き返らせる約束でここに連れてこられたんだ」
「ミッキーが……殺された? ケー先生に? じゃあ、ミッキーもモンスターになったの?」
「んなわけないだろ。なんでそうなる」
「だって、先生が人を殺すなんて信じられないもん」
「ミツキは俺の目の前で死んだんだ! アイツを撃とうとしていたのに、次の瞬間には銃で自分の頭を吹っ飛ばしたんだぞ! アイツがやったに決まってる!」
「怒鳴らないでよ。あーしトラジくんのそういうとこキラーイ」
「ミツキを殺したんだぞ」
「だから? もっとマジになれって?」
トラジの顔は本気だった。おちゃらけた空気を吹き飛ばすほど真剣にリュウカを睨め付けている。
「……わかったよ。出るよ。行っちゃいましょう博多。ミッキーに会いに行きましょう!」
無理矢理テンションを上げて起き上がる。トラジより先に扉の隙間に肩を入れ、スルッとリュウカが出て行った。
「ばいばーい」
扉が音を立てて浮き上がった。徐々に扉が閉まり始める。
「あ、ちょむ! 待て! 待って!」
閉まる扉にグッと肩を入れて割り込んだ。ギュウギュウでそれ以上進めない。押し返そうとしてもビクともしない。
挟まったトラジを嘲笑うように、隙間からリュウカがジッと見ていた。
「文月! これちょっとどかして! あーこれ! いたた! 死んじゃうぞこれ! 助けてくれ!」
「はっはっはっはっー!」
リュウカは笑う。隙間から消えた。笑い声が遠のいていく。
「おーい! あれぇ? 文月さーん? どしたのぉ? 一緒に行こうよ博多ぁー! 文月さーん! おねがぁい! なんでもするから帰ってきてぇ!」
するとスッと顔半分だけ出してトラジを見つめた。
「なんでもって、それどこまで?」
「あ! 文月! 開けてくれ!」
「なんでもって、それどこまで?」
「脅す気かよ!」
「なんでもって、それどこまで?」
「全財産渡す!」
全財産。推しに貢ぎすぎて破産寸前のトラジにとっては無いに等しい物だ。これに引っ掛かれば儲け物だが。
「なんでもって、それどこまで?」
望む答えが出るまで繰り返す気だ。
「一生のお願いだよ! こっから出してくれ!」
「なんでもって、それどこまで?」
「できることならなんでもする! 何が望みっすか!」
「トラジくんにしかできないことをして欲しいな」
「……俺にしかできないこと? そんなこと言われてもわかんねーよ。たとえば?」
「うーん。……マッサージとか」
「え、それならお安い御用さ!」
「毎日」
「エ?」
「毎日30分ね」
「え、毎日って。期限は?」
「期限設けちゃうんだ。なんでもするって言ったのに」
「……わかった。やるよ。ここに閉じめられるよりマシだ。早く出してくれ文月」
「リュウカ」
「は?」
「下の名前で呼んで」
「わかったよ……」
「うそうそー冗談! 今開けるから離れててー!」
──扉が閉まる。外に出たトラジは数日ぶりの陽光を浴びた。
「くぅー! 空気が美味ぇー!」
背伸びして手のひらを太陽に向ける。透かして血潮を見ようとしても甲羅が影を差すだけだった。
「そうかなー。コォーォォォォ……」
兜の眼窩から掃除機のごとき音がする。大量の空気が入っていた。つづいてドロドロとドス黒い液が眼窩から漏れた。リュウカはそれを手で掬い取り、トラジに見せつける。
「これだけゴミ取れたよ」
「や、やめろよそういうの! びっくりするだろ!」
「へへへ。それじゃあ出発しちゃいますか」
「お、おう。でも歩きか。千里眼でタクシー探せる?」
「この辺は走ってなかったよ。最近は人いないし。それじゃあ行こっか。ん」
そう言って手を差し伸べる。トラジは照れながらもその手を握った。
「手ェ繋いで行くのかよ」
「うん。着いたよ」
「エ?」
そこは紛れもなく大濠公園だった。周りに人はいない。立ち入り禁止の日本庭園にワープしたようだ。
「管理人に見つかる前に脱出しちゃお」
「脱出しても……俺パンツ一丁なんすけど!」
「はははっそうだった。服を調達しないとね。ちょっと待ってて」
身長的にはLかなー。そう言いながらリュウカは指で四角を作る。ジリジリと後ろに離れて四角の中にトラジを収めた。
「寒いから早くしてくれると嬉しい」
「はいはーい」
四角が黒く濁った。「色を足すか」と言うと緑色が混ざる。黒と緑のマーブル模様に歪んだ。
「何してるんだ?」
「ジッとしててー」
まるでゴムでも引っ張るかのように、見えざる手が四角の膜を後ろへ伸ばしていく。
「おい、おいちょっと。おい! 何する気だよ!」
「だいじょーぶ! だいじょーぶ!」
「いや大丈夫とか言われても安心できないんすけど!」
「動くなっ!」
パチーンッッ!
不意にきた衝撃を正面からモロに受けた。トラジは目から火花を飛ばし、大の字で地面に倒れている。
しばらく目を回したあと飛び起きた。
「あ、ある。生きてる……おいリュウカ! 首から下が無くなったと思ったぞ!」
「え? 今リュウカって言った?」
「え、お、おおう。言ったからなんだよ」
「嬉しいなーっ! いつぶりだっけ? 昔は普通に呼んでくれてたのに。いつから名前呼んでくれなくなっちゃったんだっけ?」
「お、お前が下の名前で呼べって言ったから勇気出したのに! そんな茶化すなよ!」
「へへへ。ごめんごめん。もう痛み引いたでしょ。どう? 新しい服は」
上下黒と緑のレザースーツ。開いた本革風ジャケットの下は当然裸だ。鍛え上げられた肉体、修羅場で研がれた鋭い人相、手の甲羅も相まって見た目は完全にその筋の者だ。
「ちょっと派手すぎやしないか?」
「そう? ばっちり似合ってるよ」
「まぁいいや。はやく出よう。なんかここ人が居なさすぎる。まさか人ん家の庭じゃないだろうな」
「大濠公園だよ。大丈夫。あーしの千里眼があれば人目を避けて移動できちゃうんだから」
「わかった。まずはミツキを探そう。俺たちゃ一文なしだからな。ミツキを見つけてワンチャン金を貸してもらおう」
「ずるい人」
「ケーを見つけたみたいにミツキを探せるか?」
「ううん。無理。ケー先生のようにはいかないよ。存在感が違うもん。かなり時間がかかると思う」
「それなら献体を募集している大学に行って聞き込みしよう。確か福岡には3校くらいあったはず。くそっ、覚えときゃよかった」
「覚えてないの?」
「ああ。あの時はもういっぱいだったから」
「じゃあちょっと頭の中見るね」
「エ!?」
「見てもいい?」
「ああ。リュウカに見られるなら幾分かマシだな。でもあんまり深くは見ないで。。。お願い。。。」
「おっけー。じゃあいくよー。うぬぬぬー神パワー!」
トラジの頭を両手で挟むと、両耳を擦りおろすかのように前後にこすった。
「あだだだだだだっっ!」
「東区の大学に預けられたみたい」
「今の本当にいる!?」
「いるいる。ほら行くよー」
伸ばされた手を掴むと瞬きのうちに景色が変わった。
「なんか匂わないか? ……ってここトイレじゃねえか!」
「ひとけが無いところ選んだだけだよ。いちいち驚かないの」
「お、おう」
二人はトイレから出る。女子トイレの表札を見て嫌な顔するトラジ。それに気づいて静かに笑うものの、リュウカは気づいていないフリを保って受付に向かった。
少ないとはいえ医学部の受付には客がいた。施設内から現れた怪しい二人組を見て、目を合わせないように下を向いて怯えた。
受付のスタッフも見覚えのない二人組に怯える。しかし目を逸らすわけにはいかない。案内するのが仕事だからだ。
「こ、こんにちはー…… 本日はどのようなご用件でしょうか……」
全身鎧のリュウカは威圧感がありすぎる。リュウカには後ろで待つように指示し、ここはトラジが対応する。
「小畠ミツキの兄の小畠トラジです。ミツキが献体としてこちらに預けられたはずなのですが、会えませんか?」
「確認を取ります。こちらにご記入のうえ、おかけになってお待ちください」
「お願いします」
全身鎧がカチャカチャと音を鳴らして椅子に腰掛けると、他の客が離れていった。予定をキャンセルして待合室を出て行く。新しい客も中に入ったと同時に踵を返して帰っていった。
「空いてるね。早めに来てよかった」
「ああ、ツいてるな」
「小畠トラジさーん」
「はい!」
あまり時間を掛けることなく名前が呼ばれた。
「確認が取れました。小畠ミツキさんのご遺体は現在歯学部にて使用されております」
「は?」
トラジは思った。
(使用されてますじゃねぇよ。約束と違うじゃねぇか!)
「ケー侍従長から何か連絡はありませんでしたか?」
「? そのような話は聞いておりません」
ミツキは死んだままだった。しかも連絡すら来ていない。火葬されたらどうするつもりだったのか。
地面が無くなるような感覚を覚え、トラジは膝から崩れ落ちた。
「危ない! トラジくん大丈夫?」
「あの野郎ッ…… 騙しやがって……」
リュウカに支えられて立ち上がる。その様子を受付スタッフが怪訝な目で見ていた。
「あの…… どういたしますか?」
「会いたいです。せめて。最後にもう一度」
「ご遺族の見学はあまりオススメできません」
「一回でいいんです」
「しかし……」
「いいから会わせろって言ってんだろうが!」
ドンッ!
凄まじい音。受付台にヒビが入った。
「トラジ! 大きな音出しちゃダメ!」
「……すいません。気が動転して。歯学部ですよね。今から行くと連絡してください」
受付スタッフにそう伝えると、受付に背を向けて玄関へ向かった。トラジは無理矢理突破する気だ。
「あっ! ちょっと! ちょっと待ってください! 警備員を呼びますよ!」
「うちのトラジがすいません。これには深い事情がありまして」
「お連れの方ですか? あの人を止めてください!」
「それはちょっと……。難しいと思います。顔を見たらすぐ帰らせますので、そうお伝え願えますでしょうか」
それだけ言い残し、リュウカも受付を離れていった。
リュウカが玄関を出た瞬間、受付スタッフは警備員を呼ぶ。それから歯学部の受付へ避難するよう伝達した。
「だ、だれか! 警察を呼べブホゥォッ!!」
警備員は総動員で囲むが、二人の歩みを止められず、既に半数が伸びている。
やむを得ず警棒を使用するも、リュウカの場合は殴った側が痛い目に遭うし、トラジの場合はそもそも殴る前にやられている。倒れた警備員は全てトラジに負けた者たちだ。リュウカは一切手を出していない。だから警備員は無抵抗のリュウカを先に捕まえようとするが、鎧に手をかけた瞬間それ以上触れるなと言わんばかりにトラジが割り込んでくる。
警察が来るまで時間稼ぎするのが最後の仕事だ。警備員は少しでも進行を遅らせるために包囲した。だがトラジは少しも休まない。警備員を全員倒す勢いで暴れている。
「加勢に来たぞ!」
「ば、馬鹿! 江野さんアンタは来るんじゃない! 逃げるんだ!」
駆けつけたのは薄紫色の長髪をした美女だった。
「警察も呼んだ。"元"だがな」
意味深な発言に江野の教育係を務める先輩警備員が首を傾げた。江野の隣にスーツ姿の大男がいる。
「やれ」
その一言を受け、大男が目の前の警備員をねじ伏せた。動かなくなったのを確認すると、次の警備員へ、更に次へ、どんどん警備員が減っていく。
「うわああああ!」
「ぎゃああああ!」
「ふ、不審者の仲間か!」
「江野さんアンタなんてもん連れて来てんガハァぁ!」
「や、やべえ! 逃げっ!」
「逃げんじゃねぇよ!」
逃げようとした警備員も潰された。
大男は瞬きのうちに全ての警備員を倒してしまった。状況に混乱するリュウカ。助っ人にしては荒々しい。トラジは別の理由でも混乱していた。
その暴れ方。その声。その輪郭。どこかの誰かの面影がある。
「山本先輩……?」
山本カンタは死んだはず。その最後を見たトラジは、きっと他人の空似だと思う。だが死者が復活する時代なら何が起きてもおかしくない。しかも戦った相手はケーだった。キエフ公国を追いかけるために別れた後、ケーはカンタの方向へ飛んでいた。その時、復活させられたのかもしれない。だが何かがおかしい。名古屋で死んだカンタがなぜ今ここに現れたのか。警備員はカンタを知らない様子だった。唯一、知っているそぶりをしたのは江野と呼ばれた人物のみ。
「文月リュウカ。ついでに小畠トラジ。貴様らをケーに会わせるわけにはいかない」
光る弓に光の矢。極娯楽神は江野のスキル〖七七始終弓〗を構えた。カンタも魔力を全開にする。
「トラ、すまんがここで死んでくれ」




