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58-1 それよりも、救命ボートの話をしよう

「《これはすごい!

  力がみなぎる……!

  心が高鳴る……!

  体の芯から温まる!

  我は無敵だ!》」


 長い立ち話の末、李中華民国総統にもパトロン・ケーが授けられた。

 決め手は日本と友好関係を築き続けていることと、中華民国(台湾)に憲法があること。

 中華人民共和国よりも歴史が長い中華民国憲法に基づいた選挙で総統となった李は、パトロン・ケーを持つに相応しい人物と認められた。


「思い上がるな。俺がいる」


 ハッと我に返った李は深々と頭を下げた。


「《ありがとうございます陛下》」


「李総統に忠告がある。日本は外交上の問題で、"台湾が中華人民共和国の一部"という中国の主張を尊重する立場にあり、日本はこの主張を足蹴にできない。

 国の代表に配ると宣言した以上、パトロン・ケーは一国につき一体のみ。台湾がパトロン・ケーを所有する限り、中国にはパトロン・ケーを譲渡しない。中国国内で独立を望むチベットや香港など、その他多くの地域の代表にもパトロン・ケーを譲渡しない。李総統が中国全土の責任を負うことを肝に銘じろ」


「《そ、そんなこと聞いていませんわ!

 す、すみません。失言でした。ご無礼をお許しください。

 それで、あの、聞かせていただきたいことがあるのですが……》」


「答えられることなら答える」


「《ありがとうございます。では、その……

 その話は台湾の独立が認められた後どうなりますか?》」


「具体的に聞いてくれないと答えようがない」


「《で、では、仮の話をいたしますわ!

 も、もしも話ゲーム! もしもの話ですので、どんな答えでも笑い話ということで……》」


「いいぜ。付き合っちゃる」


「《あの、例えばですね。それを望む国民の声も多いわけですが……

 例えば、台湾が独立したと仮定します。その場合、パトロン・ケーを中華人民共和国に渡しますか?》」


「新しい国にパトロン・ケーは与えない」


「《そ、それは台湾からパトロン・ケーを取り上げるという意味でしょうか?》」


「違う。パトロン・ケーの所有権は李総統にあるという意味だ。台湾が独立した場合、中華人民共和国が新しい国となるだろう」


「《あ、もう結構です。怖くなってきましたわ》」

「《もしも話ゲームに私も加えてください》」


 縮こまる李の肩を抱き、アダムズが参戦した。これはケーの本音を探るチャンスだ。ゲームだからこそ公式にはならない。言質を取られずに会話するちょうどいい機会だ。


「いいぜ。17時までに全部片づけなきゃならんから、次の予定を削ることになるが」


 次の予定とはアダムズとの対談だ。日台交流の立会人にアダムズがなるという条件で約束された対談だ。

 続いて17時には小畠トラジを捕まえるゲームが始まる。トラジとの約束はケーが勝手に言い出した時間制限なため、律儀に守る必要などないが、大統領との対談を縮めるほど楽しみにしているらしい。


「《問題ありません。では、先ほど李総統がした質問の続きから始めましょう。国が二つに分かれた場合、片方にパトロン・ケーを渡さないのはどういった理由からですか?》」


「日本が最も恐れているのは、国際社会で民族間の分断が加速することだ。パトロン・ケーを手に入れるために国が乱立する事態になるのは避けたい。

『新しい国を作って奇跡を手に入れよう』という考え方ではなく。

『自分の国を大事にして奇跡を起こそう』という考え方を持って欲しい。

 新しい国を作ろうとする勢力が既に行動しているようだが、建国してもパトロン・ケーは渡さない。現在、パトロン・ケーは配ったものを含めて150体用意している。この数に聞き覚えがあるかもしれないが、俺を元首と認めた国の数だ。この配布数は減ることがあっても増えることはない」


「《その声明はいつ頃出すのでしょうか》」

「声明を出す予定はない」


 改めてアダムズは日本で内部工作しておいて良かったと思った。富、名声、力、この世のどんなステータスもパトロン・ケーがあればねじ伏せられる。これは早い者勝ちのレースだ。ケーのもとへ到着した先着150人の首脳が地球を支配するゲームだ。

 アフリカ3兄弟がアフリカ州・ヨーロッパ州で暴れているのは、ゲームのルールが定められていないことにいち早く気づいたからだ。アダムズの考えを裏付けるように、ケーはアフリカ3兄弟を止めようとしない。日本に危害を加えない限り、ケーは日本から出ないつもりだ。

 声明を出さないというのは、とどのつまり人間同士の争いが起きても混乱を収める気がないという意味だ。新しい国を作ろうとして、これまでの国家を破壊したなら、それはもうゲームから降りたと受け取られる。



「俺ばっかり答えても面白くないし、今度はこっちから質問させてもらおっかな」


 攻守交代に背筋を正す2カ国の代表。どんな質問が来てもいいように頭の中を整理する。


「確認やけど、これってゲームよな。何を言っても非公式よな?」


「《はい。もちろんですSir》」


「よーし。だったら腹を割って話そうぜ。

 純粋に気になるんだけどよ……

 おめぇらさ、パトロン・ケー使って何すんの?」


 ケーは笑顔だ。どんな答えが返ってくるのかワクワクしているようだった。


 ゾワ〜ッと寒気がしてアダムズと李の肌が粟立った。気温が変わった様子はない。攻撃を受けたわけでもない。問いかけられた瞬間から、緊張で二人の脇汗が止まらなくなっていた。必要だったのは頭の整理じゃない。しなければならなかったのは心の準備だった。

 これまでアダムズと李が普段通り接していられたのは、ケーが建前で話していたおかげだと気づいた。本性剥き出しのケーは恐ろしい。まるで猛獣の前に立っているようだ。『侍従長』という見えない檻の中にいた猛獣が、鍵を開けて檻から出てきてしまった。


「《も、もちろん。Sirと同じ考えですとも!

 自国民を一番に考え、全体のために奉仕し、豊かな国にしよう思います!》」

「《お、同じ気持ちですわ!》」


 するとケーの笑顔が固まり、ゆっくりと真顔になった。二人から目線を外し、虚な表情で遠くを見た。


「実に立派。身の丈にあった欲望だ。その実現を楽しみにしている。

 では、そろそろゲームを終わりにして李総統の実技演習に移ろう。その辺の死体を集めさせておいたから、それを練習台にして試そうか」


 ケーは瓦礫の間を歩いて消防車と救急車の群れのもとへ向かう。

 壊された建造物や道路などの修復はいつでも可能だが、直さずそのままの状態にしている。損害賠償金を算定するためだ。


「《お待ちくださいませ陛下!

 誠に僭越ながら、陛下に献言があります》」


 背後から呼びかけられ、ケーは立ち止まった。そして、そのままの姿勢でゆっくりと首だけ180度回転させ、頭を下げる李を見た。


「なんて?」


「《はっ。献言します。日本の外交問題に口を挟むわけではありませんが、この辺り一帯の修復をどうか我にやらせてくださいませ。元はと言えば、我が日本へ不法入国したことがきっかけです。後片付けもせず台湾に帰ることはできません。どうか、どうか、我のわがままを聞き入れてくださいませ》」


 ケーは今日ここにきて初めて、人前で悩む表情を見せた。ひじを逆側に曲げ、指で顎を掻いている。


「どうすっかな……どげんしたらいいと思う?」


 その目線は李の隣に向いていた。そこに誰かがいるようには見えない。しかしケーは相槌を打つようにウンウンと頷き、口を開いた。


「いいぜ。好きにしろ。ただし一つ注意事項がある。パトロン・ケーは完璧じゃない。全ての願いを完璧に叶える力はない。使い続けていれば、痒いところに手が届かないその不器用さに気づくだろう。

 修復にしてもそうだ。慣れないうちは修復したときにゴミが出る。俺の都合で悪いが、ゴミを亜空間に収納する力は付けていない。最も早いゴミ処理手段はパトロン・ケーに食わせることだ」


「《ご忠告ありがとうございます陛下。のちほど後片付けに取り掛かりますわ》」


「こちらこそ李総統の温情に感謝している。俺からやろうとすると壊れた物を直すだけでも特別な理由が必要になるんよ。皮肉よな、偉くなるほど不自由になる」


「《大いに同感ですわ》」


 ケーはねじれた首を李に向けたまま、背中を反ってお辞儀し、手首と指を逆側に回転させて握手を求めた。


「だから李総統の申し出には心から感謝する。ありがとう」


 その言葉を聞いて、ようやく李は頭を上げる。


「キャ……あぁんむ……」


 関節のないケーにとってはおかしくもない体勢だが、握手を求められた李は悲鳴をあげそうな気持ちを抑え切れず、声を殺すために拳骨を口に突っ込んだ。


 やっと駆けつけた記者がその瞬間をカメラに収めた。写ったのは、複雑骨折した見た目のケーと拳を食う李が友好的な握手を交わすシーンだ。記事に載せられるかはわからない。



◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆▼▲▼◆



 囚われの身となったトラジはキエフ公国に全てを話した。

 ケーを暗殺しようとしたこと、自分とカンタのステータス、警察庁のデータベースにアクセスするパスワード、キエフ公国を追った理由、聞かれたことは洗いざらい早口で話した。

 タイムリミットの17時が近づいている。それまでに信用を勝ち取り、ユーキを取り戻さなければケーが処刑しにくる。


「如月ユーキがケーちゃん殿との取引材料になることはわかったであります。ですが、如月ユーキをあなたに渡すメリットが全くありませんね」


 救命ボートの上に寝かされたトラジは、自分が捨てられる寸前であることを悟っていた。


「如月ユーキが俺のように発信器を飲み込んでいるかもしれないのにですか?」

「その可能性はありません。如月ユーキに発信器が付いていたら、我々をあなたに追わせる理由がありませんから。

 それにあなたはケーちゃん殿との交渉を有利に運べるという前提で動いていて危うい。はっきり言って、如月ユーキを渡した瞬間に始末されるのがオチでありますよ」


「失念してました……」

「それも無理ないであります。ケーちゃん殿を前にして正常に思考が働く人なんて滅多にいませんから」


「そうかもしれないっすね……」


「お別れの時間が近づいてきたようであります。おしゃべりはこの辺りにして、そろそろ移動しなければ」


「これから俺、死にますかね?」

「……あまり期待しないで聞いて欲しいでありますが、ケーちゃん殿は常識を外れた振る舞いばかりする人ですから、意外と生かされるかもしれませんよ」

「《出発します! 戻ってください!》」


 船からロミを呼ぶ声がした。


「ではそろそろ。……幸運を祈ります」

「最後に出会えたのがあなたでよかったですよ。顔くらいは見たかったっすけど」


 トラジは未だに布を被せられ、両手両足を鋼鉄のワイヤーで縛られたまま寝かされている。ロミの顔も見ていない。


 やがて救命ボートからひとり分の重みが消えた。しばらくすると低い汽笛が鳴り、船が出航した。大きな波が救命ボートを揺らす。水飛沫が肌を濡らした。


 トラジはほぼ全裸の状態で置き去りにされた。どうせ死ぬと思われたのだろう。服を着せる時間も与えられなかった。

 

 強い潮風が目隠し袋を軽くめくった。トラジは大きく息を吸い、限界到達者の肺活量を最大に使って息を吹いた。固く結ばれた紐が顎に引っかかる。占めたと思い、息を吐きつつ首を動かして袋の口を持ち上げる。

 袋の外に下顎が出た。今度は舌を伸ばして袋の口を持ち上げ、紐を噛む。太麺を食べるように吸いながら紐を噛み切ると、袋が潮風に飛ばされていった。


 体を起こしてキエフ公国の船を探す。遠くに見えたのは高速旅客船の後ろ姿。ウォータージェットを噴射して、海を飛ぶように航走していた。のちほどケーとの交渉に使えるかもしれないと思い、目ん玉をひん剥いてヒントを探す。

 外装が白い超高速船。船尾外部に記載された船名はボヤけて見えない。日本には現在200隻近い高速船がある。ドラゴン問題で日本船の航路が制限されており、稼働中の船舶の数は更に絞られる。それを踏まえて航路沿いの港を探せば、怪しい高速船の情報を入手できるはず。なんとかこの情報で命拾いできればいいが、取引継続できるかはケー次第だ。


 ケーが来るまでに言い訳を考えていると、太陽が赤くなってきた。気温も下がってきて肌に触れる潮風が痛い。

 限界到達者とはいえ五感は人並みなのがツラいところだ。春の終わり頃だから寒さで死ぬことはないが、時期が悪ければ死んでたかもしれない。トラジは人体の弱さをしみじみと感じた。


「はぁ……」


 船首に頭を預け、船酔い気味の気分を落ち着かせる。目線は水平線の先、超高速船はもう見えない。船が進んだ方角から推理すると、関西方面に向かった可能性が高い。鳥羽市の海上保安庁に確認を取れば、正確な方角がわかるはずだ。


「このまま救助されないって可能性もあるか……ははっ……」


 ここは湾口が狭い伊勢湾。外洋から入り込む穏やかな潮流に任せていれば、いずれは浜に流れ着く。その頃生きているかはわからないが、確実に陸の方へ向かっている。


「まぁ……もし生きて陸に上がれてもアイツには見つかるのか……くそっ……」


 悪態を吐いて上を見上げる。夕焼け空に一番星を見つけた。夕月は雲もかかっていないのに、淡く霞んでいておぼろ月のようだ。


 ぼんやりと空を眺めていると、遠くの方から微かに音楽が聞こえてきた。波の音に掻き消されてしまうほど小さな音楽だ。その音楽は頭の中で補完され、トラジを懐かしい気持ちにさせた。最後に聞いたのはいつの時代か。幼き日の記憶。社会の荒波に揉まれて消えてしまったと思っていたのに、トラジの賢い脳みそはそのメロディを忘れることなく覚えていた。


「カラスが鳴いたら帰りましょー……カエルと一緒にだっけ……なんだっけ……」


 歌詞までは不確かだった。わかっているのは、これが夕方のチャイムだということだ。制限時間の17時になった。

 時間切れ。不干渉の約束は破棄され、これからケーが追いかけてくる。海の上という逃げ場のない空間で、しかも裸で身動きできない今の状態を見られるのは恥ずかしい。一目で失敗したとわかるだろう。


 トラジは処刑されることを見越して、カンタのステータスとその詳細をキエフ公国に渡していた。カンタがケーを追い詰めたのは事実だから、この情報と引き換えに生かしてもらったのだ。

 当然、警察内部の情報も一緒に漏れる。そのしわよせは現役の警察官へいくだろう。心は痛むが、トラジは罪悪感よりも復讐心を優先した。警察官としての尊厳なんてもうどうでもよくなっていた。ロミの拷問を受ける中で、警察内部の裏切り者が明らかになったからだ。その人物の顔と名前が思い浮んだ時、警察への信頼は失墜した。


 警察に裏切り者がいると知れば、内部の自浄機能を高めようと正義の心を燃やす者が世の中にはいるかもしれない。大半の警察官がそうだろう。

 だが、トラジは違った。その失望は復讐心を燃やす燃料となった。心を鬼にし、自分の権限を復讐のためにとことん利用すると決意した。裏切り者と同じ目線に立ち、キエフ公国をケー打倒の切り札とするために全てを託した。だからもう、処刑されても悔いはない。



「Game Overぁぁ……」


 ケーだ。

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