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51 冗談はこのへんにして、みんなば助けようよ

 宮城県で生まれた蜘蛛竜【カシコブチ】は主に鳥類を餌にしている。そのためカシコブチの被害に遭った人間は食われずに残っていた。カシコブチは東京へ向かって一直線に進んでいたはずだ。しかしケーたちが現れてからというもの動かない。これでは何のために住処から飛び出てきたのかわからない。


 タイミングからして、ダイダラボッチの死を感じ取ったのを機に宮城県から移動した可能性は高い。気になるのはその理由だ。

 想定される理由は3つ。東京へ巣作りのため、ドラゴンの死骸を食糧とするため、脅威を排除するため。

 可能性が高いのは巣作りだ。野生動物として考えるならばテリトリーを広げたいという本能があってもおかしくはない。

 次に食料説だ。野生動物に該当するかは不明だが、他者が残した餌を食べる腐肉食動物はいる。

 わざわざ危険をおかす必要がないため、脅威を排除するために巣を出た可能性は低い。

 どれもカシコブチが動くに値する理由である。全てセットで考えることも視野に入れて観察した。


 進むか、逃げるか、戦うか。カシコブチの反応を見守る。


 カシコブチはどう動く?


 周囲で悲鳴を上げる怪我人たちをよそに、ケーはカシコブチを眺め続けた。


「ウヅキさんの連絡先と引き換えか。場の勢いでアンフェアな取引をしちまったな」


 カシコブチは動かない。日本にはこの状況をあらわすことわざがある。猫の前の鼠。

 二つの宇宙の脅威であるケーに睨まれたら、日本の脅威であるカシコブチは格下も格下。恐ろしさで身をすくめてしまう。

 果たしてカシコブチはケーに歯向かうことができるのか。それともケーが立ち去るまで固まり続けるのか。


 しばらく待つと急にケーの気配が無くなった。急に現れたときと同じで、消えるときは急に消えるのだろう。カシコブチは賢い。歯向かうことはせず、留まることを選んだ。ただただ無害を装い、石ころのように固まった。

 そしてケーが何のために現れたのかを周囲の状況から推理する。吹き飛ばされた瓦礫。うめき声を上げる怪我人たち。何も変わらない。ケーはただ様子を見にきただけのようだと結論づけた。


 カシコブチは目的を遂げるために進む。その場から離れるように全速力で直進。


 しかし次の瞬間に全ての脚が切り離された。痛みを感じる前にドラゴンコアを削り取られ、カシコブチは機能停止した。


「カシコブチの目的は脅威の排除ではない。それだけわかりゃいい」


 ケー達はまだその場にいた。〖存在消失〗で姿を消していただけだった。観察するならこれが最適だ。


「ほーらユーキちゃん。オヤツの時間だよー。食べなー」

「やんやんやん!」

「嫌じゃない! ユーキちゃんは仕事を放り出すつもりなんか?」

「別の仕事がよか!」

「ったく。せっかく仕事を取ってきたのによー。強くなりたくないんかユーキちゃんは」

「ならんでいい!」

「あのさユーキちゃん。もしも今後ドラゴンを倒せと命令されたら死ぬぞ。俺にくっついていられる今のうちに強くなれ」

「ずっとくっつく!」


 ケーはため息を吐いた。ユーキは命令を聞かない子に育ってしまったらしい。年齢的に反抗期なのかもしれない。

 指定モンスター調査委員会もなく、大和天皇の指示も仰げない今、指定モンスターの処分はケーに委ねられるだろう。だからこそ指定モンスターが起こした不祥事の責任はケーに重くのしかかる。毅然とした態度で臨まなければ世の中に示しがつかない。

 まだ若いとはいえ、ユーキは指定モンスター。命令に対して反抗的な態度を続けるならば、ユーキがそれなりの立場につかない限り、処刑を望む世論の声が高まるだろう。そのせいで指定モンスター法を改正する流れになれば高橋の思うツボだ。


「くっつくって? 困っちゃうな。そんなこと言われたら照れちまうよ。えー。重婚は認められんぜー」

「結婚するとか言ってない!」

「あれ、そう意味じゃなかったの。

 ほんじゃあペット……じゃないや。養子?」


「先生。冗談はこのへんにして、みんなば助けようよ」

「冗談じゃないぜ。命令に背くなら養子にする。俺が救助活動する間にカシコブチを食え。いいな?」


 突き放されたユーキはしぶしぶ〖竜化〗を唱え、以前よりも大きなドラゴンに変身した。


 ケーはユーキの変身を見届けてから救助へ向かう。すると瓦礫の陰に隠れた要救助者たちから悲鳴が上がった。国内ではケーの名は知っていても姿を知る者は少ない。特に新しい姿を知る者はごく少数。

 人々からすれば、ドラゴンを容易に屠ってしまう新たな怪物の登場。これからみんな殺されるんだ、という感想しか浮かばない。


 しかし要救助者の予想に反して、ケーは倒壊した家屋や転がった自動車を修復していく。怪我人には治療を施し、遺体は一ヶ所に集められた。



 群れなす被災者たちが何か言いたそうにしている。ただでさえ恐いのに、ケーは5メートル級の巨体となっていた。ありがとうの一言を述べるのも勇気がいる。人数集まったのに誰も勇気を出せなかった。

 数分ほど言い合いをしたのち、いかにも気の弱そうな少年が周りから押される形で言葉を絞り出した。


「た、助けていただき……あ、ありがとうございます……」

「感謝の気持ちなら大和天皇に手向けてくれ。陛下のご遺志のおかげで俺はここにいられるんやからな」

「は、はぁ……」

「そんな畏まるなって。俺もしがない一市民よ。助け合っていこうや」

「はぁ……」


 少年のそばに寄ってきたケーに驚いて足をすくめる者もいれば、珍しい光景をおさめようと撮影する者もいる。本気で感謝を捧げる人間は誰一人いない。今この場にいるのは生存本能からだ。

 ケーの後ろでは新しいドラゴンがカシコブチに食らいついている。あのドラゴンが襲ってこない保障はない。逃げて助かるならいいが、安心できる場所があるならそっちを選ぶ。一番安心できる場所、それはカシコブチを殺したうえで人を救ったケーの近くだ。


「おいそこぉ!」


 急にケーが叫んで指を差した。指差す場所から人が離れて丸く開いた。円の中心には男がいる。腰を抜かし、録画中のスマートフォンを落としていた。

 撮影していたのはその男だけではない。察した者たちは次の標的になるまいとスマートフォンを隠した。


「撮るなら正面から撮ってくれよ。ほら、そこに丁度いい土台があるやろ。みんなも撮っていいぜ!」


 ケーの目線の先には被災者の遺体が重ねられていた。遺体を土台にして撮影しろと言っているようだ。

 もう誰もスマートフォンを構えなくなった。周囲の人間は事を荒げるなと目で牽制している。


「なんだ撮らねぇんか。ほんじゃあそこで見てろ」


 ケーは重なった遺体に近づいて手をかざした。ここはマナガスではなく地球。〖墓守〗の発動前に死んだ遺体は生き返えらない。だがそれも昔の話だ。マナガスのモンスターが闊歩する今なら復活させられるかもしれない。

 もちろん冒険だ。ダメだったなら全員お陀仏。それでもやる価値がある。成功すれば不幸な死を遂げた者に再スタートの機会を与えられる。


 損壊した遺体が次々に修復されていった。奇跡の光景を目の当たりにしてスマートフォンを取り出す者が現れる。しかし次の瞬間には近くの者に叩かれていた。


「壊れんなよー。頼むぜ……」


 遺体が〖念力〗で立たされる。秦の始皇帝陵で出土した兵馬俑のごとく等間隔で並べられた。遺体にはケーの背中から延びた細い糸が繋がっている。


 被災者たちはケーの背中のリールが回転するのを見て驚き、浮かんだ遺体を見てさらに驚いた。同時に疑問符を浮かべる。

 なぜ修復した後に遺体を弄ぶのか。土台発言といい、人を人と思わない怪物が何故そんな真似をするのか。人形遊びするほど人間に興味があるようには見られない。


 突如、遺体の指から強い光が放たれた。正確には指を繋ぐ糸が発光した。そんな光を見ても誰一人として瞬きをしない。ケーは何かをしようとしている。何が起きてもいいように、一部始終を見逃すまいと目を見開いた。


 そして、世界が壊れた。


─────────────────────


「短い間でしたがありがとうございました。

 もうこれ以上この世界で生きていくのは無理だと諦めていましたが、大勢の方々に励まされ、言葉にするのはなんだか照れくさいですけども、生きかえって良かったと心から思えました。

 これからは心を入れ替えて力強く生きたいと思います」


 復活させた人間の中には宮城県でそれなりに顔の利く者がいたらしく、気弱な少年に代わり、被災者たちを代表して別れの挨拶をした。


「おう、頑張れ」


 その一言で解散した。夕陽に向かって歩いていく被災者たち。その後ろ姿は赤く輝いていた。もう死を恐れなくていい。遺体があれば復活させるとケーが約束してくれたから。世界の常識は壊された。



 被災者の救助は終わった。あとはカシコブチの死骸処理だ。それを知ってユーキは苦しんだ。ケーの時間を奪ってる。

 予定では各国から公賓やドラゴン討伐チームが名古屋の国際会議場に到着した頃だ。国内の要人たちや経済界の重鎮たちも集まり、開会式前に友好関係を築いている段階だろう。

 食べるのが遅いせいで遅刻だ。良からぬ妄想がユーキの中で膨らむ。各国の要人たちがケーのいないところでいろんな悪口を言っているんだ。笑いながらケーを嵌めるための作戦を立てているに違いない。


 大方の話はケーから聞いている。これからの戦いは日本の歴史を守る戦い。敵は誰の心の中にもある妥協と諦念。世論が日本の象徴を軽んずるか、象徴を忘れずにいるかの長い戦いだ。

 国際社会は国益次第で敵にも味方にもなる。外国に頼りすぎれば、裏切られたときの損失が大きい。だからこそ肝心なのは日本国民一人ひとりの意識。日本がどんな国なのかを日本国民一人ひとりが忘れないこと。

 人は最初に形成された集合意識を守ろうとする心理的傾向があり、この集合意識を変えるには最初に形成された時以上のエネルギーを要する。例えば、一度教科書から天皇の名を消す意向を委員会が決めてしまった場合、教科書の改訂を決定した委員会メンバーはごく少数でも、元に戻すにはそれを遥かに上回る人数の同意が必要となる。


 高橋はまだそこまで手をつけてはいないが、準備は整えつつある。反対派を減らすための長期的な計画が進んでいる。高橋の代では叶わなくとも、この先数十年後には天皇が別の偉人の名前で上書きされるだろう。


 皇室制度の廃止と日本の大統領制化の認知は国際社会でも広がりある。先手が有利な状況でケーはかなり出遅れている。ちまちまと被災者からの印象を良くしている場合じゃない。たまたま有力者を復活させられて良い印象が広まる可能性は出てきた。だが所詮は小さなコミュニティだ。日本全体で見れば1%にも満たない印象改善でしかない。


 本日、日本で行われるドラゴン対策国際会議は世界に注目される。対外的に国家元首を認めさせる絶好の機会だ。当然、高橋がこの機会を逃すはずもなく、日本国大統領として出席する予定である。

 現在、日本国内では高橋大統領こそ国家元首だと広めているが対外的には認められていない。

 ドラゴン降臨とスタンピード発生に伴う混乱で多くの首脳は来日しないが、リモート会談で挨拶程度に出席する。一度国際社会に認められたならば高橋大統領の立場は固くなるだろう。


 ドラゴン対策国際会議の話を聞いて、急遽ケーも出席する声明を出した。政治に疎いユーキですら察する。ケーは国際会議に波乱を起こす気だ。



 ユーキは一心不乱にカシコブチの硬い殻を噛み砕く。喉の痛みを堪えて飲み込んだ。ダイダラボッチを食したことでユーキドラゴンは大きくなった。ステータスは1.1倍ほど上昇している。それでもカシコブチの肉は手強い。

 ダイダラボッチを食べた時のように火魔法で肉を温めても溶けない。パサパサして食べにくい。歯に殻と肉片が詰まって噛むたび痛い。それでも噛むのを止めない。

 水分補給を兼ねて水魔法を殻に流し込んだら勝手に沸騰し始めた。カシコブチの肉は茹でながら食べると美味しい。しかし味わう暇はない。急いで食べなければ開会式が始まってしまう。

 カシコブチの尻尾の内臓をすすりながら、ケーを横目に見る。黒紫食いしてくれれば一気に片付くのに、どうしてケーは手伝ってくれないのか。スパルナは手伝ってくれているがつまみ食いばかりで全然役に立たない。

 本当に日本のことを思うのならば、今すぐにでもカシコブチを黒紫食いして会議場へ向かうべきじゃないのか。


「開会式始まったぜー! 遅刻だ遅刻だー!」

『どがんすっがぁぁああああ!』


 ケーの声からは全く危機感が感じられない。国の命運を左右する大事な式典が始まったというのに、どうしてこんなにも堂々としていられるのか。

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