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45-1 こいつ、変な液出したよ!

 クロッグが目を覚ました。起きても泣かず、以前のクロッグよりも少し落ち着いていた。


「成功だ。定着したみたいやな。よかったよかった」

「よくない!」


 声を張り上げたのはユーキだった。なんの相談もなく一瞬でケージを消し去り、それを良しとするケーの理不尽さに怒った。


「先生はなんも思わないんか! 先生の子やろ!」

「そうやけども。そんなにケージのことを気に入ってくれてたんか。ありがとうなユーキちゃん」


「『気に入って』って……

 先生は! 先生はケージをどう思っとるん!

 オラたちの大事なお守りじゃなかったんか! それとも使い捨ての道具なんか!」


「どっちもやな。使い捨てのお守りよ」


「そんな簡単に……。ならなんで感情なんか持たせたん。優しい子に育ててくれって。そげん言ったやん……」

「言ったけども。ああ、そうか。ユーキちゃんは純粋な子やったか。ごめんな。ほら、俺の分身はみんなに実験体扱いされるからさ。ユーキちゃんがそれほど愛着もってくれるとは思わんかった。

 なんか大事に育ててくれてありがとうな。きっとユーキちゃんが優しく育ててくれたおかげでクロッグは助かったんよ。ほら、クロッグもそう思うってさ」


 声に反応したが言語を理解していない。クロッグはどこか遠くを見つめて静かにしている。


「ケージ、そこにおるん? ケージ……」


 ケーに抱かれたクロッグの頬を撫でる。ユーキの顔は涙で濡れていた。突然の別れで心の整理ができていない。


「ほんじゃあクロッグを渡す。普通の能力値じゃないから優しい子に育てるんやぞ。力を悪用させないようにな」


 クロンプは複雑な表情でクロッグを受け取った。


「わかりました。必ず優しい子に育てます」

「ありがとうケー。ありがとうユーキさん」


「ううっ……お礼なんか……

 赤ちゃんが生き返ってよかっただ……」


「あの、ユーキさん。もし、よかったらですけど。もし、クロッグに会いたくなったら、いつでもうちの家においでくださいね」

「えっ……」


 サボは驚いた顔でクロンプを見た。反地球主義者のクロンプが地球人のユーキにそのような言葉をかけるなんて驚きだった。


「地球人にも私たちと同じで、良い人と悪い人の両方がいるって気づいたの。ユーキさんは良い人なんだと思う。だからユーキさんだけは特別にクロッグと会わせてあげてもいいって、そう思えたの」

「よかと?」

「もちろん。あっ、でも来るときは他の小人に見つからないように隠れて来ないと危ないかもしれませんわ」

「行く! 絶対また会いに来る!」

「そのときが来たら、たーんとご馳走しますわ。地球人の大きな胃袋が満足するくらい!」

「うん!」


「ええな。そんときは俺も行くぜ。ユーキちゃんを案内しちゃろう」

「ムーも行く❤︎」


 急にどんよりと空気が重くなった。しかしケーをのけ者にする理由もない。大勢の小人に第二の人生を与え、ブート夫妻にとっての宝までくれた。ケージを生贄にするという一悶着はあったが、この感動は全てケーのおかげだ。


「……ええ、もちろんですわ。みんなでいらしてくださいね」


 だからクロンプは苦笑いを浮かべながらもそう言うしかなかった。



 ケー一行は墓場を出た後、ブート夫妻に別れを告げ、東口からグフロートを抜けた。小人が舗装した道路を荷車が進む。猛獣たちがひしめく森エリアにもかかわらず道路は長く続いていた。


 進む間も荷車の方からえんえんと聞こえた。ユーキがずっと泣いている。ケージを失ったことが相当こたえているらしい。


 荷車の中では、隣に座るムツキがユーキの背中を撫でて慰めている。


「ケーちんは人の気持ちがわからないわけじゃないの。人の醜い面を見すぎておかしくなっちゃったってカンジなの。ケーちんそういうとこあるから」

「うっ、うっ……」


 ヤヨイはスマートフォンをいじる手を止めてムツキを見た。密着してヤヨイの服に手を入れているウヅキも反応した。


「そうでもないけどねー。初めて会った時からおかしかったわよ。泳がせなきゃよかったと後悔するくらいにはおかしかった」

「あれからパトロールの時間を増やしましたもんね。まさかダンジョンで迷子になってるとは思いもしませんでしたよ」


「ふ、ふーん。でもムーの方が知ってるもんね。ムーが一番ケーちんの中身を知ってるもんね」

「張り合うか慰めるか、どっちかにしろっつーの」


 ヤヨイは目線をスマートフォンに戻した。


「ヤヨイちゃんは何してるの❤︎」


 指輪を交換したことで女の余裕が出てきたのか、ムツキは小言に対して反応することなく話題を変えた。


 ヤヨイはポチポチとスマートフォンをいじっている。文字を打ち込む動作が多く、ネットサーフィンやゲームをしているわけでは無さそうだ。

 一度、ケーと二人きりで話をすると言って荷車を降り、戻ってきてからというものヤヨイはずっとこの調子だ。急に態度を変えてムツキに指輪交換のアドバイスをしたり、スマートフォンをいじり続けたりとおかしな行動が増えた。


「地上と連絡取り合ってんのよ。もー大変よ。色んな厄介事が山積みになってるんだから」

「ムーも手伝ってあげよっか」

「アンタも厄介事のひとつよ。ムツキちゃん」

「え? ムーが?」

「当たり前じゃない。アンタこれから牢獄行きよ。ここを出たら特製の護送車も用意させてるわ。手伝いたいなら大人しく従ってくれるわよね」

「ムーをケーちんと引き離すつもり?」


 背中をさする手が鋭くなった。ガリガリと音を立ててユーキの皮膚を引き裂いている。

 ガリガリされてるユーキはというと相変わらず泣き続けている。痛みはそれほど強く感じていないらしい。その背中はボロボロになった先から再生していた。


「引き離す? 違うわよ。むしろ近づくから。ちゃんと婚姻届も提出して、正式に夫婦になってもらう。アンタの家が牢獄なだけ。つまりは人質よ。家にいるムツキちゃんのためにケーちゃんが働くわけ。

 ほら、徳川幕府がやったでしょ。妻子を人質にする慣習を制度として成立させた。それのモンスターバージョンよ。

 既に怪物証人法として制定されて公布済み。正式にムツキちゃんを人質にすることが決まったわ。ムツキちゃんは指定モンスターじゃないから、指定モンスター法にも触れない。ムツキちゃんにとっても悪い条件じゃないわよ。監視付きで外出は許可される。処刑されるよりはマシでしょ」


「よくわかんないな。ケーちんと一緒にいれるんだよね❤︎」

「それはケーちゃん次第よ。今までの仕事内容なら、たぶん半年に一度くらいは休暇ができるわね」


「ムーはずっとケーちんのそばに居たいんだけど。すぐに抱きつけるくらいの距離に」


 毛を逆立たせるムツキだが攻撃まではしない。ヤヨイを攻撃して解決できる問題じゃないからだ。


 ムツキにできる選択は二つ。

 1.人質になる道を選び、ケーを待ち続ける。

 2.拘束を拒み、ダンジョンでケーを待ち続ける。


 1を選べば、半年に一度しかケーと遊べないだろう。そしてムツキを理由にケーは利用される。

 2を選べば、ケー次第でいつでも会える。もしくは二度と会えない。そのかわりムツキを気にせずにケーは仕事を選べる。


 力づくでケーと一緒に行くことはできない。そんな真似をしたらケーまで悪人扱いされる。ケーにはヒーローでいて欲しい。

 ムツキは決めた。荷車を突き破り、ケーに飛びついた。


「ケーちん! なんか変な法律ができたって!」


 とりあえずチクる。まずは相談からだった。もう二度と同じ失敗をして処刑されたくない。ムツキひとりで決めてしまうより、ケーに気持ちを伝えて一緒に決めるのが最適だと判断した。


「怪物証人法ねぇ。なるほど。さすがヤヨイさんや。ダンジョンにいながら、政治家を動かすなんて凄すぎるぜ」

「ムーも褒めて」

「ムツキは偉い。俺が最も苦手とする『相談』を真っ先にやっちゃうムツキは本当に凄い」

「えへへ❤︎ それでケーちんどうしよっか」

「ムツキはどうしたい?」

「半年に一度は絶対に嫌。ずっと一緒じゃなきゃ嫌」

「うーん。ずっとは難しい。俺は日本のために働きたい」


「じゃあ毎日ムーのところに来て」

「毎日か。時を止めて会いにいけるかもしれんが、長いこと一緒にはいられんのよな。ここ数年の任務は急な対応と挨拶と長期任務が多い。復興作業も加えたら暇な日は年に一度か二度しかない。それはムツキも知っとるやろ」

「育児休暇……」

「ああ、もちろん一年もらう。その間は一緒にいような。ただ大事なのはその後の長い人生よ。これからは仕事を選ぶ。少なくともダンジョンの征服は後回しにする。休憩時間は増えるやろうけど、それでも年に一度か二度しか休日が取れない。すまん。

 あとはムツキの所在やな。地上か、ダンジョンか。どっちがいい?」


「連絡を取らせてくれるなら地上がいいよ。でも、ムーが人質になったらケーちんは仕事を選べない……」

「そんなの気にすんな。とにかくムツキは自己強化に専念しといてくれたらいい。下手に手を出せんようにな。それと……」


 ケーは片手で荷車を引き、もう片方の手のひらに寄生虫型の分身を生み出した。


「飲み込んでくれ。これを飲めば居場所がわかる。俺から遠ざけることが目的なら、見つからない場所にムツキを隠すやろうからな。俺に隠し事が通じないってわかれば譲歩させやすくなる」

「これを飲むのはちょっとこわいよ……」


「それもそうやな。ならもう卵が孵るのを待つか。後で設定すればいいけん」

「……飲む」


 ムツキの体内には既に分身の卵が入っている。そう受け取れる発言だった。おそらく他の三人にも入っているのだろう。


 ムツキは寄生虫を指でつまむ。開けた口に寄生虫を運び、唇の手前で止まった。


「これにはどんな機能があるの?」

「その寄生虫には居場所を教える機能しかないぜ」

「他にもつけれるの?」

「ああ。色々とつけれるぜ」

「つけたい。他に何があるの?」

「その話は飲んでからにしようか」


 妻に寄生虫を食わせる夫の図。ケーは笑顔だ。その笑みがこわい。


 ムツキは再び口を開き、寄生虫を舌で迎える。唾液に触れると寄生虫が元気に動き始めた。

 指はまだ離していない。寄生虫がムツキの舌に穴を開けた瞬間、口から取り出した。


「ねえ! こいつ、変な液出したよ!」

「溶解液や。安心しろ。麻酔も修復もするけんな」


 ムツキは思う。これらも寄生虫の機能に含まれるのかと。脳でもこれらの機能を持ち続けるのではないかと。


「脳に穴あけるの?」

「当然あける」


 不思議だった。愛しているのに怖い。この寄生虫を信じきれない。治験にいく時よりも勇気がいる。


「そ、その、溶解液とかが、間違いで漏れたりとか〜?」

「脳に根を張ったあとそれらの機能はオフになる。間違いでオンになることはない、とは言い切れなくもなくもない」

「ど、どっち? 言い切れるの言い切れないの?」


「まぁ気にすんな。今のムツキにはコアが無いみたいやしな。俺の分身と同じで、脳が溶けたくらいじゃ死にはせん」


 ムツキは寄生虫を信じられなくなった。しかしそれを口に運んで指を離した。自分の体を信じ、寄生虫を飲み込んだ。


 寄生虫は食道に穴を開けて脊髄に潜り込み、脳幹を伝って大脳に入る。大脳に入ると寄生虫は極細の触手を伸ばす。触手は脳全体に根を張るだけでなく心臓にまで至った。


「よし。いいぞ。消えた。もう見えない。空洞も見えんぞ。さすが〖存在消失〗やな。ほんじゃあ、どんな機能を付け足そうか」


「じゃあ、心を読めなくして欲しいな❤︎ ケーちんにはムーの気持ちを考えて欲しいの」


「面白い。そうきたか。何か企んでるな?」

「事前にサプライズがわかっちゃったら白けるじゃん❤︎」

「いいね。楽しみにしてるぜ」


 ケーはムツキの脳に思念を飛ばす。それを分身が受け取り、ムツキの心を読めなくした。


「読めなくなった。すごい。完璧や。維持に必要な魔力総量をちゃんと増幅させとる」

「ケーちん好き❤︎」


 抱きしめる力を強めてケーの頬に口付けする。果たしてどんな意味が込められたキスなのか。それはムツキにしかわからない。



 やがて荷車が止まった。ムツキによって破壊された屋根は修復済み。問題が解決したムツキは車内に戻っている。

 なんの合図もなく荷車が止まったことを不審がり、荷車の扉が開けられた。


「ケーちん着いたの?」

「降りてくるな。乗ってろ」


 荷車は青い花畑の前に停められた。天とケーが初めて出会った場所。名もなき精霊王の墓だ。

 青い花を踏み潰しながら、ケーは花畑の中心へと歩いていった。


「見たか。神はああやって殺すんよ。おめぇは形にこだわるから負けたわけ。玉座に座りながら神の座も奪おうとするなんて欲張りすぎや」


 ケーの中に沈んだ精霊王の残留思念へ語りかけた。残留思念は消えかかっている。経年劣化とケーの圧力でボロボロになっていた。今まで消えずにいたのはケーの気まぐれだ。消えるギリギリで残されていた。


「エルフの姿を捨てていればワンチャンスあったかもな」

『いや……』


 精霊王の残留思念は受け答えができないほど衰弱していた。微弱な反応を感じる程度であり、わかるのは肯定否定の違いくらい。今、否定の反応があった。


「血縁は滅ぼされ、名前は消され、功績は奪われ、墓の一つも満足につくられず。まるで他人のような気がしなかったぜ。そこに至るまでは全く別物やけどな」

『ああ……』


「そんなおめぇに、体を借りたお礼がしたい」


 ケーは自分の胸に手を当てた。指を突っ込んで肋骨の模様を握ると、引っ張り出して骨を折った。肋骨の模様はすぐに元通りになる。


 手に持った骨がどんどん大きくなり、太陽を象ったモニュメントへと変わった。


 天高くモニュメントを掲げ、青い花畑の中心に深く突き刺す。誰にも抜けないよう地中深くまで伸びて固定された。


 これでよしと言って、ケーはモニュメントの前で屈む。モニュメントの平たい面へ光る指を押し付け、文字を刻み込んでいった。


「参拝客は来んかもしれんが、おめぇの歴史はここに刻んだ。これ見て誰かが思い出してくれるといいな」


 用が終わるとモニュメントに背を向けて歩き始めた。精霊王の残留思念はここに置いていく。かなり弱っているため、じきに完全消滅するだろう。


『ありがとう』


 かつて精霊王と呼ばれたエルフは哀愁漂う背中に思念を飛ばした。雑に扱われていたにもかかわらず精霊王はケーに惚れていた。その崇高で孤高な姿を見ているだけで、残留思念でありながらも尻が疼いて仕方なかったくらいだ。


『ありがとう我が半身よ』


 ケーは歴史と言ったが、モニュメントに刻まれたのは精霊王の本名と生没年月日のみだった。精霊王の功績を知っているからこそ、これだけで良いと考えたのだろう。

 なにせ精霊王の活躍はジュフタータ大陸の外にまで広がっている。ジュフタータ大陸では触れられざる過去でも、他国では扱いが禁じられていない。いずれ大陸間の交流が栄えることになれば、謎の皇帝のその後について調べ始める学者も現れるだろう。


 消えかけながらも精霊王の残留思念はモニュメントを見る。


"スマイル・ダーク・ジュフタータ・エルフェン。ここに眠る。"


 久しく使われなかった本名に懐かしさを感じ、残留思念は長い眠りについた。

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