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42-幕間5 ドラゴンも驚愕、eスポーツで討伐チーム臨む

「起動準備オーケー。魔石エンジンオールクリア。天候不良。暴風雨アリ。依然問題ナシ。滑走路クリア。タキシングスタート!」


 VRゴーグルを装着した少年はコントローラーのボタンを押した。


 その少年の名前はゼイン。エジプトがドラゴン問題を解決するため、パキスタンから誘致した12歳のプロ格闘ゲーマー。


 ゼインが操縦するのは《セト・ケー》。ケー・スマイル・ダークが寄贈したクローンの改造機だ。

 日本から送られてきたデータをもとに停止した脳へ改造を施し、遠隔操縦可能な状態にした。

 エジプトの空軍基地と通信接続できるよう設定されており、《セト・ケー》の視界はゼインのVRゴーグルと管制室の巨大画面に繋がっている。


 この作戦の成否にはエジプトの威信がかかっている。コントローラーを握るゼインの背中には、大人たちから期待の視線とライフルの銃口が向けられていた。


 《セト・ケー》によるドラゴン討伐作戦は国家プロジェクトである。作戦失敗にお咎めはないが、もしもゼインが裏切って《セト・ケー》の力をエジプトに向けた場合、ライフルの引き金が引かれる。


 大人たちの欲望渦巻くきな臭い現場。そこに巻き込まれたゼインはというと、かなりワクワクしていた。


 国家プロジェクトに参加できたことが嬉しい。自分の実力が一国に評価されたことが嬉しい。祖国から応援されて嬉しい。高額の金が受け取れて嬉しい。


 そんな嬉しい気持ちを上書きしてしまうほどのワクワクがある。それは自分の手でケーを操縦してドラゴンを倒すということ。


 イランと隣接するパキスタンでは、ケーの功績が最高の評判で知れ渡っていた。

 日本の報道に中東のサブカルチャーは届かなかったが、パキスタン国内ではケーをモデルにした産業が活発化し、一大ムーブメントを巻き起こしていた。熱狂した大人たちはダンジョン攻略へ情熱を向け、子どもたちはケーに憧れて夢を見た。


 少年ゼインもまた、ケーの力に魅了された人間のひとりだった。エジプトに到着して《セト・ケー》に触れる機会を得たときには泣いて喜び、名状しがたい触り心地の肌に頬を擦り付けるほどの信奉ぶりだった。


 そんなゼインは今、《セト・ケー》の目を借りてギザの大ピラミッドを見ている。


 景色はあまり良くない。どしゃ降りの雨が吹き荒れている。


 ゼインは苛立ちを強めた。せっかくの晴れ舞台が天候不良とは何事か。


 コントローラーを握りしめたゼインは目を瞑る。コントローラーの感度は最大。デッドゾーンはゼロ。スティックを動かせば、微弱な揺れでも《セト・ケー》が反応する。


「最大出力!」


 無数にあるボタンから戦闘コマンドを的確に選び、スティックと同時入力してケーを回転させる。


 目まぐるしく動く巨大画面の映像。偉い大人たちは、たった1秒にも満たない時間で酔った。


 映像が急停止した。それと同時にゼインは瞼を開く。


 画面は晴れやかな景色で広がっていた。雲に隠れていた太陽が顔を出し、暴雨は降り止んでいる。

 画面の奥では天候不良が続いている。《セト・ケー》の周りだけが晴れていた。


 上空に浮かぶ《セト・ケー》が見下ろす。すると暴雨で見えなかったドラゴンが画面に映し出された。


 ドラゴンの名称は【メヘン】。太陽の船を守る蛇メヘンを由来とするドラゴンだ。石材のように角ばった鱗を持つ。外見はアスプコブラに似ており、円盤のように広がった頚部(けいぶ)には青い模様がある。


 メヘンはスフィンクスの背に頭を乗せ、三大ピラミッドの間を縫うように長い体を這わせていた。


「標的を発見。ピラミッドから隔離します」


「いいか! 何度も言うが! 絶対にピラミッドを傷つけるな!」

「了解」


 うるさい大人の指示にも素直に従う。ゼインのメンタルはケーとシンクロしている。eスポーツの公認大会でも、ケーのイメージを自らに憑依させて前向きなメンタルで試合に臨む。怒られても謝罪せずにヘラヘラして対戦相手のみに集中する。


 目標のメヘンは天候が変わっても微動だにしない。相変わらずスフィンクスの背を枕にして眠っている。起きて暴れられる前に砂漠へ運ぶプランで作戦を開始した。


 巨大化した《セト・ケー》は66メートル・6万トンある。少し動くだけでも周囲に凄まじい影響を与えてしまうため、繊細な操作が求められる。

 メヘンの首を脇で挟み、持ち上げるように引っ張った。起こさないように運ぶため、《セト・ケー》の動きはゆっくりだ。動きが遅くてもかかる力はとてつもなく大きい。


 ドカン!


「あ゛ぁぁああああああああ!」

「へへっ……」


 大丈夫。ピラミッドは無事だ。スフィンクスの頭がもげただけだ。スフィンクスは度々復旧されるため、被害はそこまで大きくないだろう。


 ガチャリ ガチャリ ガチャリ


 ライフルを構え直す音がした。ゼインの頬を汗が伝う。


「スゥー……」


 深呼吸してメンタルを整える。雑音でトランス状態が解けかかったため、再びケーのメンタルをイメージしなおす。


「続行します」


 ピラミッドの角に硬い鱗をぶつけないよう気をつけながら、時間をかけてメヘンを牽引する。ズルズルと引きずってできた溝に雨水が流れ込み、巨大な川のようになっていた。


 住民の避難は完了しているが、ナイル川方面には町が広がる。出来るだけ被害を減らすため、砂漠方面でメヘンを退治する手筈となっている。


 ギザの三大ピラミッドから充分に離れたところで、メヘンの尻尾を振りまわし、砂漠方面へぶん投げる。


 円盤状の頚部が風に乗り、メヘンは想像以上の滑空を見せた。

 ゼイン焦る。すぐさま《セト・ケー》を進ませ、追いかけながらコマンドを入力。


「いけ! アイオンビーム!」


 コントローラーのボタンを押すと同時に、《セト・ケー》の前腕から荷電された粒子が発射された。

 アイオンビームは曲がることなく真っ直ぐと飛び、滑空するメヘンを爆発させた。


「やった!」


 うおおおおおおおおおお!

        しゃあああああああああああ!

わっらああああああああ!

  オオオオオオオオオオオオオオ!



 閑静としていた管制室が観戦していた大人たちの歓声で溢れかえった。大はしゃぎする大人たちに囲まれるなか、ゼインは小さくガッツポーズする。まだやることは残っている。帰るまでが仕事だ。


「任務完了。帰投します」



 滑走路まで来ると自動操縦に切り替わる。《セト・ケー》は巨大化を解除し、自力で格納庫まで戻っていった。ゼインは自動操縦モードが好きだ。ケー由来の動きが見えるのはこの瞬間だけだからだ。


「ふぅ……」


 ここでやっとVRゴーグルを外した。その瞬間、盛大な拍手が巻き起こる。


 椅子から立ち上がり、ゼインは手を振って拍手に応える。すると大人たちは一層盛り上がった。


「素晴らしいコントロールだった! メヘンの討伐完了に免じて、スフィンクスの件は目を瞑ろう」


 寛大な心を見せたのはエジプト大統領。ゼインの失敗を功績で上書きしてくれた。


「ありがとうございます」


「報酬に関しては契約通り、パキスタンと二国間で自由貿易協定を結ぶことが決定した。しかし、ゼイン君はそれで構わないのかね。ドラゴンがいようがいまいが、じきに結ばれる予定だった協定だよ。それに国同士の交渉なんて君には関係ないだろう。ぜひ君自身の要望が聞きたい。できる限りのことは叶えてあげよう」


「いいえ、そんな。ボクはエジプトさんともっと仲良くなれたらいいなと思っただけですから」


「しかし国を救ってくれた英雄に土産も持たせず帰らせるのは、エジプトを代表する者としての沽券に関わる。何かしてあげられることはないかね?」


「そこまで言ってくださるのでしたら、ひとつだけ無理を言ってもよろしいでしょうか」


「はっはっは。お手柔らかに頼むよ」


「では……もう一度、《セト・ケー》を操縦させてください。今度はエジプトじゃなく。日本で」


 これに反応したのはエジプト空軍大将。


「馬鹿なことを言うな! こっちはスフィンクスに目を瞑ってやってるんだぞ! 《セト・ケー》をエジプトから出すだと!? ふざけるのも大概にしろ!」


 悪天候で戦闘機の出撃を見送られ、空軍が立場をなくしていたところ、追い討ちするように《セト・ケー》がメヘンを単独で討伐成功してしまった。立場のない空軍大将は腹を立てていた。


「まぁまぁ、落ち着いてください。子どもに当たってどうするんですか。ゼイン君が怖がっていますよ。あなたも大人ならみっともない真似はやめて、素直に褒めてあげたらどうでしょう。ご自分の立場が可愛いならね、空軍大将殿」


「はっ! すいませんでした!」


 大統領がギロリと空軍大将を睨みつけ、アイコンタクトでゼインに謝罪するよう促した。


「……ゼイン殿、申し訳なかった。先ほどの発言は撤回する。どうか許してくれ」

「あ、はい」


「《セト・ケー》の件ですが、前向きに考えてみます。《セト・ケー》を輸送する際には数カ国の領域を横切りますから、我が国の一存だけで決めることはできません。パキスタンと日本にもコンタクトを取らなければなりませんし、すぐには叶えられないと思います。それでも気持ちは変わりませんか?」


「はい! ぜひお願いします!」


 日本はケーの本拠地。そこにいけばケーのことがもっとわかる。朝倉ピラミッドにいけばもしかしたらケーと会えるかもしれない。観光を兼ねての要望だった。


「わかりました。すぐに取り掛かりましょう。エジプトから世界中に希望を与えられるように」


 エジプトに現れたドラゴンはメヘンだけではなかった。世界で666体現れたドラゴンを世界196ヵ国で割ると、単純計算で1ヵ国に平均3体いる。

 

 エジプトには2体のドラゴンが出現した。もう1体の名は【アペプ】。見た目はメヘンと似ており、見た目の違いは丸みを帯びた鱗と頚部に広がる円盤の模様が赤いくらいしか違わない。獰猛な性格のアペプはナイル川付近で暴れ、大勢の犠牲者を生み出した。

 そのアペプもゼインと《セト・ケー》によって倒された。

 メヘンはそれほど大きな被害を出していない。アペプよりは優先度が低いため後回しにされたが、観光地に大きな傷跡を残す可能性がある。さらに住民からの抗議もあり、メヘン討伐は先延ばしにされていた。

 本日、メヘン討伐が決まったのはゼインの帰国が迫っていたからだ。メヘンはアペプのついでに倒されたと言っても過言ではないだろう。


 急遽行われたメヘン討伐作戦だったが、快く応じたゼインに対してエジプトは大きな借りができた。

 トントン拍子とは行かなかったが、のちにゼインはイスラム圏代表としてエジプト・パキスタン両軍の討伐チームと共に日本へ派遣されることとなる。


 日本では8体という世界各国と比べても多い数のドラゴンが出現している。

 しかし出現から半年近く経った今でも、日本のドラゴンは1体も討伐されていない。

 日本のドラゴンは近辺のドラゴン同士で結託して身を守ることから、少人数チームによる討伐が難航していた。各県のスタンピードも収まっておらず、人員がそちらの対処に割かれている現状もある。

 ゼインの派遣が決定したのは、日本が猫の手も借りたい状況にあったからだった。


 ゼインの他にも《ケー・シリーズ》と共に、日本列島へ向かうeスポーツ選手がいる。


 アメリカ、中国、ナイジェリア、オーストラリア。それにイスラム圏代表のゼインを加えた代表者達が日本列島に集結しようとしていた。

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