40-1 毎回毎回、騒ぎの中心は ※ステータスあり
感動の再会も今は後回し。ケーは歩き出し、ユーキとヤヨイとウヅキはその後ろについていく。ケージはユーキの服の中。
「ケージ。本当にケー先生だか?」
『えー。あー。うん』
ケージはエンカナロアの光魔法を受けて弱っていた。吹き飛ばされたあとに帰ってこれたはいいものの、それからずっと頭の中にモヤが掛かったような状態だ。ブレインフォグの症状が出てからはユーキの服から一度も出てこない。
「毎回毎回、騒ぎの中心はいっつも貴方ですよね。本当に迷惑です」
(……せやな)
「まぁまぁウヅキっち。そう言いなさんなって。ウヅ……ウヅっウヅキぃぃぃ!」
「また発作」
飛びつくヤヨイをしっかり胸で受け止め、頭を撫でる。昔とはまるで立場が反対だ。
「はいはい。せんぱ……ヤヨち。もー。恥ずかしいじゃないですか。大人にもなって。こういうのは寝るときだけにしてくださいよ」
「だってぇ! だって! ん゛ぅー!」
(なんで生きてんのかは気になるけど、今はそれどころじゃねえ。こちとら追われる身やからな)
カンカンカンカンッ!
カンカン……
鐘の音が弱まる。危機はまだ去っていないのにだ。大金烏の骸、ケーの存在、火災の発生、家屋の倒壊。色んな意味で鳴らされていた警鐘がついには止んだ。
(まずいな。近づいている)
魔海神エンカナロアはジュフタータ大陸における最高神だ。偶像崇拝が許されており、この迷宮国でもあちこちでその姿をかたどった像が祀られている。
そんなエンカナロアの姿を見れば、信者たちは礼拝する。もちろん警鐘なんて鳴らせない。
ケーは歩行速度を上げる。自然と三人も早足になった。
(見つかるのはまだまだ先だろう。信者なればこそ、簡単には神とおしゃべりできないからな)
「そーいえばウヅキっち。ケーちゃんに会ったら話してくれるって言ってたよねー。いったい何があったの?」
するとウヅキは助走をつけて、後ろから金色の翼を蹴った。片足で蹴りながら前進している。
「このっ! オラッ! バカッ! いいねが! なんだ!」
「ちょっ、ちょっとウヅキっち!」
「やめるだ!」
「ふぅ……。これくらいで許してあげます。ケーちゃんの苦労も知ってますから。あんまり責めないであげますよ」
(相棒……)
大金烏の翼が羽ばたく。付着したばかりの汚れが落ちた。
「そ、そんなに怒ることなの?」
「正直言って複雑ですよ。本気で怒れない部分もありますけど、失った時間分くらいは蹴らせてもらいました」
「ウヅキさん。オラはちょいと腹立っとんぞ」
「不快な気持ちにさせてごめんなさい。でもね。これは友情みたいなものですから。ね、ケーちゃん?」
(そろそろ大通りに出てワープしてみるか? まだ早いか?)
「返事してください」
後ろからプレッシャーを受け、ケーがコクコクと頷いた。ウヅキを突き放すような態度が滲み出ている。
「そうですかそうですか。いいですよ別に。責任とってもらおうなんて思ってませんから。
あの惨劇からもう5年ですか? 見てましたよ時々。せんぱ…ヤヨちの後ろで。大変でしたね。色々と。
助けてあげたかったですけど。何もしてあげられなくてもどかしかったですよ、ずっと。誰も探してくれませんし」
(今はいいから。追いかけて来てるから。そんなこともこの姿じゃ伝えられない。こっちがもどかしいわ)
「こうなったのも全部、貴方の[いいね]稼ぎに付き合ったせいですからね。あそこでモンスターを倒しすぎたから。だから私は。ずっと世界から取り残されて……」
(どういうことよ。そう言われると気になるやんけ。って、こういう時ほど話の途中に邪魔が入るんよな。その前に……)
ケーはウヅキのステータスを閲覧した。
おそらくウヅキは新しいスキルを得て、それを制御できなかったのだろうと推理した。
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【LV.6500】
【種族】ヒト
【重さ】 50
【戦闘力】MAX:15050
【タフネス】 13550
【魔力】 6450
【スペック】
『限界到達者』『消失』
『魔剣』『竜殺し』
〈スキル〉
〖武芸百般〗〖恐慌無効〗
〖存在消失〗〖不老〗
〖空腹〗〖魔力変換〗
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(『竜殺し』だと。いつ俺らに協力したんや? 色々気になる点はあるけど。原因は『限界到達者』で得たスペックとスキルか)
『消失』[〖存在消失〗のスキルを自身に使用しても意識を保てる。存在が消失したものを認知する。]
〖存在消失〗[所有物及び、自身の戦闘力以下のタフネスを持つ物体を消失させる。存在消失された物体は観測することも接触することもできない。完全に消滅するまで、その物体は時間の経過で劣化する。]
この場合の存在消失は宇宙から無くなるわけではなく、認知できなくなるという意味だ。透明化の上位互換である。
「いきなり色んな物が触れなくなって。誰にも気づいてもらえなくなって。外に出たら酷い惨状で。手元に残ったのは所持品だけ。それからずっと何も食べられないまま助かる方法を探して。
ヤヨちを見つけてからは、ずっとその後ろについて回って、やっと。やっと。ヤヨちを救いたい一心でこの力を手懐けたんです。こうなるまでに5年ですよ。本当に辛くて苦しかった。もう二度と消えたくない」
ドシッドシッ ドシッドシッ
大きな足音を立てて、人型の海洋生物が走ってきた。
「お前は! お前はいったい! なんなのであるかァー!!」
魔海神エンカナロアがケーを見つけた。
次の瞬間、ヤヨイの手を取ったウヅキが言い放つ。
「〖存在消失〗!」
ウヅキは消えた。ヤヨイと共に。そしてユーキは透明化した。
(ウソだろ。おい。真っ先に消えやがった!)
ケーはツッコミながらも、既にワープの準備を整えていた。
チュイーン……
光魔法が発射される直前の合図だ。ケーはその音を聞き逃さない。
(ワープ!)
座標は1.6キロメートル先の上空。翼を広げて滑空の体勢に入る。
「そう何度も同じ手に引っかかるか! 妙な術を使いおって!」
光の刀が空を切り裂いた。初太刀を寸前で躱す。翼を動かしているのはケーではない。新しい翼に慣れないケーの代わりに大金烏の残留思念がやってくれている。
一太刀では終わらない。光の刀は縦横無尽に雲を切り裂く。それらを避けようと体勢を変え、アクロバット飛行で回避行動を取る。しかし全ては避けきれず、熱が金色の翼をかすめた。
(ワープを読んできやがった! だが、これではっきりしたぜ!
奴はワープができない。いや、違うな。奴は〖神パワー〗を使えない!)
ケーは前から怪しんでいた。使者達が【電猫牢】をワープで越えてこなかった時だ。あれはムカエルに攻めさせるための罠。ケーに恨みを持つ使者ならば、簡単に【電猫牢】を越えてくると思っていた。
だが止まった。【電猫牢】の前で立ち止まっていた。それどころか、占星神ホロステポスは【電猫牢】の向こう側から攻撃してきた。
(おそらく〖神パワー〗を使える奴は少ない。だが何故だ。分裂神はみんな神っぽいことができるんじゃなかったのか?)
宇宙編集権限を知って、ケーには一つの疑問が生まれていた。
宇宙編集権限とは、分裂神にのみ扱うことが許された世界の仕組みだ。有限だが宇宙の法則を変えられる。
〖神パワー〗とは、宇宙の法則内で実現可能な現象を起こしたり、現象を再現するスキルだ。
つまり、〖神パワー〗と宇宙編集権限は別物だ。しかし両方とも神に相応しい能力なのは間違いない。
ケーは考える。分裂神になると、この二つの力が両方備わるのではなかったのか。確実に言えるのは宇宙編集権限が備わっているということだけ。
少なくともエンカナロアは〖神パワー〗を持たない。〖神パワー〗を持っているならば、使える場面が何度もあったはず。
(神様は嘘をついた? 違うな。与えられる力が〖神パワー〗とは断言していない。俺が勝手に思い込んでいたんだ。使者が全員〖神パワー〗を持っていると)
ケーは墜落の時間を活用して作戦を組み立てた。エンカナロアが〖神パワー〗を使えないと仮定しての作戦だ。
(このままでも武器がありゃあ勝てたな。まぁ、しゃあない。武器持ってる人は消えちまったもんな早々に)
ケーの墜落を見守るエンカナロア。その瞳は怯えで震えていた。
半壊した家屋で大金烏の死骸を見つけたとき、エンカナロアは悲しんだ。珍しいモンスターを捕らえられず、殺してしまって落ち込んだ。
せめて翼を持って帰ろう。そう思って探したものの翼が見つからない。
その後の聞き込みで翼の行方を知った。情報をもとに追いかけてみれば、未知のモンスターが裏通りの真ん中を歩いているではないか。
しかもそのモンスターは大金烏の翼を自分のものかのように扱っている。
エンカナロアはそこで初めて、ケーが生きていることに気づいた。
そして攻撃しようとした瞬間、ケーの姿が一瞬のうちに消える。この現象には心当たりがあった。大金烏を追いかけていた時と同じ不思議現象だ。不思議な力の出所は大金烏ではなくケーだったのだ。
この手には何度も引っかかったため、直線的な移動しかできない欠点に気づいていた。
移動先を予測し、光魔法で撃墜したはいいものの、完全には仕留め切れなかった。翼を掠めたくらいだ。そのくらいでくたばるような奴とは思えない。
エンカナロアはケーの墜落地点に詰め寄る。次の魔法を放つ準備をしながら──。
ケーは翼を修復する。黄金宮殿を前にして過剰な魔力消費は痛手だ。とはいえ、ワープ後の隙を狙われた時点でワープ連打による移動は危うい。
地上に激突する直前、翼を広げて滑空し、激突を回避する。外部を強化した〖スーパー黄色人〗に加え、〖硬質化〗で骸の内部を補強していたが激突は危ない。
使者が邪魔してくることは予想していた。そのための対策は考えてきていたが、その前に確かめなければならないことがある。
今のケーには内臓がある。激しい動きから天を守るため、揺かごに大金烏の内臓を変形させたクッションを作っていた。
魔力を貯蔵できるわけでもなく、管を繋げたところで内臓としての機能は不十分だ。しかし最初からそんな機能は求めていない。内臓があるという事実だけが重要だった。なぜなら、内臓があることを条件とするスキルや魔法が数多くあるからだ。
もしも黄金宮殿へ向かう途中で使者と遭遇した場合、最悪の手段として天を〖結合〗させるつもりだった。それが大金烏の死で回避された。大金烏がケーについて行くことを望まなければ、最悪の手段を取っていただろう。
(後方から熱源を感知。熱か。これまでとは一味違うってか。だったらこっちも冒険だ。今この瞬間に、地球の命運を賭けるぜ)
内臓にゴポゴポと液体が供給される。内臓から液体を吸い上げ、翼に繋がれた細い管から霧状の神経毒が噴射された。
さらに翼から火魔法が発現し、神経毒に点火。
ボッ! ドカン!
背後で凄まじい推進力が生まれる。翼ではバランスが取れないほどの速度で吹き飛ばされた。
直後、爆風を熱線が貫いた。だがそこにケーはいない。
「奇怪な技を!」
(さて、ワープ準備だ)
「時よ止まれェい!」
周囲の動きが止まる。雲も爆風も〖針の世界〗の中では塊になる。
写真のように固まった世界の中。ケーはどうなったかというと、しっかり止まっていた。だが何故か思考は働いている。
『針の世界の支配者』のスペックは元の肉体に染み付いたもので、【イトカラクリボーン】には備わっていない。
今働いている思考は別のスペックによるものだ。それは『くたびれた宇宙』。ケーはそれをまだよく理解できていない。
ケーのいる上空へエンカナロアがジャンプしてきた。それを感知し、ケーはワープを発動する。また少し黄金宮殿に近づいた。
「な、何ッ? 動いたである!」
(〖高速思考〗。さてと。ちゃんと魔法は発動したな。相棒の内臓のおかげだ。それがわかったのは僥倖やけど。
やべえな。時を止められた。スキルは使えるけど動けん。ワープは使えたけど、流石に次は読まれるよな。とはいえ今はワープしか移動手段がないんだよな)
また冒険する気だ。今度は動けない。避けられない状況でやれることといえば冒険しかない。
(となると、やってみっかなセレクトマジック。俺がただ遊んでたわけじゃないと思い知らせてやるか。
グフロートにいる頃から、使者と対峙したときのために色んな魔法を練ってきたんだ。見せてやるぜ。
〖大魔王〗×〖神パワー〖ワープ〗×〖結合〗〗=
【ゼノン・エスケープ】 )
【ゼノン・エスケープ】を発動しても、ケーは止まったまま、次の座標すら設定していない。魔法がしっかり発動したかどうかもわからない。あとはただ待つのみだ。
隙だらけのケーをエンカナロアが見逃すはずがなく。次のワープが始まる前に三叉槍の魔法金属武器を突き出した。
三叉槍が触れる直前にケーはワープした。また少し黄金宮殿へ近づいた。
「姑息な手を!」
当然のようにエンカナロアはワープ先を読み、熱線を照射した。
しかし熱線が触れる直前、ケーがタイムラグなしにワープした。それどころか熱線の射程から外れるまでワープを連続で繰り返した。今までのワープとは何かが違う。
熱線はケーを押し出しながら、徐々に先細りして空へ溶けていく。
熱線が消えたのにケーは残っていた。同じ体勢で空中に止まったままだ。全くダメージを受けていない。
「ああああっ……… どうなってるであるかァ!!」
戦局を支配するのはエンカナロアだ。それなのにケーをとらえ切れない。ただただ不気味な存在を恐れ、エンカナロアは絶叫した。




