38-1 トロール砦、忘れ物とヤタガラス ※ステータスあり
トロール砦の城壁から見下ろしたまま、ケーはしばし休憩した。体は骨、脳は無い。思考は魂で行なうとしても、半日動きっぱなしだと流石に疲れる。
時刻は早朝、少し様子を見たら火山エリアへ抜ける予定だ。
ブート家に滞在中、魔王軍との戦争が終わったことは新聞で知っている。しかし被害の状況やトロール砦のその後について詳しい情報が欠けていた。
ケーは色々な問題を放置したままトロール砦を去ったため、たとえ会えなかったとしても、アリルレと博霊隊の現在が少しでも知りたい気持ちだった。
「ケー様……?」
どこからか声が聞こえた。だが周りには誰もいない。
(誰だ……? どこにいる?)
すると何もない空間が色づいていき、エルフェン国第四王女アリルレ・エルダース・カンモリ・エルフェンが現れた。その指にはオリビアに与えたはずの『透明指輪』が嵌められている。
「ケー様!」
ケーは現在、精霊王の骸を改造した三足歩行型運搬用ロボット【イトカラクリボーン】だ。なんの疑いもなくケーと見抜いたアリルレを怪しく睨む。
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【LV.4023】
【種族】ヒト
【重さ】 40
【戦闘力】MAX:10040
【タフネス】 9040
【魔力】 12983
【スペック】
『限界到達者』『カリスマ』
『透明指輪』
〈スキル〉
〖射手王〗〖風魔王〗
〖光魔王〗〖回復魔王〗
〖魅了〗〖高速思考〗
〖威風堂々〗〖不老〗
〖威光〗〖光学迷彩〗
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(ああ、そうか。〖威光〗スキルか。確かステータス見れたっけな)
戦闘力の限界に到達した称号『限界到達者』により獲得できるユニークスキル〖威光〗。その効果は範囲内にいる味方のステータスを1.5倍強化させるというもの。副次効果として他者のステータスを看破できる。城壁にいた赤い骸を怪しんでステータスを見たのだろう。
アリルレは頭骨と同じ目線に屈み、ジッと眼窩の窪みを見つめた。
城壁からケーが飛び降りる。
「あっ! 待ってケー様!」
釣り針を城壁に引っ掛け、壁にくっついた状態で止まった。
「あっ……待ってくださるのですね」
ケーは背骨で下を指し示し、アリルレに降りるようジェスチャーした。ケーは喋れない。文字は使えるが石造りの城壁では書けない。地面ならば文字を書けるため、アリルレを下に誘導したいわけだ。
眼窩からゆっくりと糸を延ばして、慎重に壁を降りていく。〖スーパー黄色人〗で強化された今ならば城壁から飛び降りても壊れはしないが、揺かごの中には死体の天がいるのだ。横着するためだけに天を傷つけたくなかった。
ケーが地面に着地する頃には下でアリルレが見守っていた。揺れる骸の下で手を広げて待ち構えている。
おそらく骸をキャッチするつもりなのだろう。ケーは素直にアリルレの胸へと飛び込んだ。
「わわっ。危ないですわ」
落下する骸をしっかり受け止め、優しく地面にケーを降ろした。
今ならばケーを倒せるだろう。しかし、アリルレはそんな素振りを見せるどころか受け止めた。
(アリルレを信じよう)
ケーの良心はそう言っている。疑う時間は無駄であると。そして土を掘って文字を書いた。
{無事だったか? 戦いはどうなった?}
「まあ! あっ……申し訳ありません。少し驚きました。ケー様が私の身を案じてくださっていたなんて」
{悪いと思っている。全部任せてしまったことを詫びる}
「ケー様……とてもお変わりになられましたね。
あっ、いい意味でです。他意はなく。前よりもずっと魅力的になられましたわ」
赤い頭骨を撫でながら、アリルレはうっとりとした表情を浮かべた。
{皮肉か。この体の抱き心地は悪いぜ。そんなことより話を進めよう。俺がいない間に何があった?}
「ふふ。そんなに焦らなくて大丈夫。ケー様には誰にも手を出させませんわ」
{俺には急ぐ理由がある。落ち着いて肋骨の中を見ろ。騒ぐなよ。それと触るな}
ケーは背骨を張り、頭骨を持ち上げて肋骨を開く。気になるアリルレ。指示された通りに肋骨の中を覗いた。
「ああ……なんという……息をしていませんわ」
{死んでいる。腐る前に先へ進みたい。ここへ寄ったのは道中に立ちはだかったからだ。無駄話を続けるつもりならばここを出ていく}
「ああ……なんてお美しい……
ケー様……私は貴方のようになりたい……」
{話せ。砦のこと、仲間のこと、その後のことを}
「はい。わかりました。手短にお話します。ケー様が不在の間の出来事を」
アリルレは話した。トロール砦で起きたことの全てを包み隠さず。
ケーが居なくなってから最初に始めたのは城館の改造だった。砦の守りはトロールの全滅により絶望的。援軍が来ればなんとかなるとケーは言ったが、ムカエルの襲撃で捕虜たちの士気は下がっており、魔王軍と戦う気力は失せていた。
元気のある者たちを率いて、城内でうろつく亡者達を誘導した。城壁の外側へ亡者を配備した後は、防衛を諦めて衛生的な環境づくりに尽力した。
手の空いたエルフや小人にトロールの死骸を運ぶ仕事を与え、疾病の原因となる条件を徹底的に除去してもらう。城館内を区分けして食料や怪我人を管理しやすいように空間を整理し、怪我人や病人を女エルフに看病させた。
アリルレの作戦は砦を完全に医療施設化させること。そうすることで魔王軍に攻められた後、敵から少しでも同情を引き出せるように環境を整えた。当然ながら敵に生殺与奪の権利があり、上手くいくかは敵の思惑次第のギャンブルだ。しかし直接対決するよりかは死者が減ると見越していた。城館に女を集めることで敵の欲望を揺さぶる戦術もある。生きのびるためには手段を選ばない強かさがあった。
その環境整備の途中で思わぬ来訪者があった。白田ヤヨイと如月ユーキだ。
{二人は今どこにいる?}
「トロール砦に来たのは、そのお二人だけではありませんでした。それからまもなく魔海神エンカナロア様と生命神アンカーネ様までお出ましになりまして。お二人の行方はその後わからなくなりました」
{アリルレは何かされたのか?}
身内のヤヨイとユーキではなく、真っ先にアリルレの身を心配するような問いかけだった。
身内より優先。地球より私。打ち震えるような喜びでアリルレは高揚し、胸の高鳴りが抑えられない。胸に手を当てて動悸を隠す。心の中で高らかに勝利宣言を叫んだ。
「ハー、ハー、はい……ご挨拶だけさせてもらいました」
{他の二人はどこにいる? サキとハナマルはどこだ?}
「離脱したと聞きました。詳しいことはオリビアが知っています」
{案内してくれ}
「はい!」
探るような質問もなく、疑う様子もまるで見せない。完全に信頼を置いているとアリルレは確信した。破裂しそうなほど膨れる胸。歓喜は人を殺せるのだと、全身の血流が教えてくれている。
ひどい頭痛。血管がヒクヒクと動く。めまいと吐き気までしてきた。なんとしても案内するという使命感がアリルレを動かすも、足がおぼつかない。不安定な歩調を支えようとケーが隣に寄り添うも、その優しさがアリルレの鼓動を加速させて寿命を縮めた。
(かなり疲れているようだな)
「ハー、ハー。オ、オリビア……話を……」
「アリルレ様! いかがなされましたか!?」
アリルレの顔が真っ赤に染まり、高熱を出している。呼吸も荒い。これはいったい何の病なのか。オリビアはその原因を探すと赤い骸が目に入った。
「貴様がアリルレ様を!」
「お、オリビア……違う……違うのよ」
なんらかの誤解が発生している。それを察知したケーは城館の床に文字を書いた。が、しかし、床をこするだけで傷跡も残らない。トロール用に作られた床は頑丈にできていた。
「レッドスカルめ!」
身の危険を察したケーはすかさず逃避行動に移る。後ろに下がりながら、天井に釣り針を飛ばし、木造の梁に糸を巻きつける。急速にリールを巻いて上昇した。
「弓を貸せ!」
廊下の隅で縮こまって寝る女エルフに怒号を浴びせ、背負っていた弓と矢を奪い取った。
オリビアはアリルレと同様『限界到達者』の称号を持つ。最高のステータスをもって素早く弓を引き絞り、連続で複数の矢を発射した。
それはまるで重力に逆らう鉄の雨。回避を間に合わせるために念力で自身を持ち上げ、ケーは梁の裏に身を隠した。
ザスザスザスザスザスッ!
梁や天井に矢が突き刺さる。とてつもない威力の矢だ。あんな物に当たれば天も骸も無事では済まない。
「『オリビアッ! やめなさいッ!!』」
突如、矢の雨が止む。
アリルレのユニークスペック『カリスマ』だ。魔力が篭った声はオリビアを震え上がらせた。弓と矢を落とし、背筋をピーンと伸ばして固まっている。
「ごめんなさいオリビア。使ってしまったわ」
「あ、あ、あ」
呼吸もままならないほどオリビアは硬直している。無理な急ブレーキをかけたため、全身の筋肉が痙攣していた。
パンパンパンッ! パンパンパンッ!
オリビアの緊張を解すように、体の表面を満遍なく叩いていく。すると次第にオリビアの呼吸が戻ってきた。
「ハァハァ……アリルレ様、あのレッドスカルを庇われるのですか?」
「もちろんです。オリビアと話をさせるために私が連れてきたのですから」
「ハナシ?」
オリビアは落ち着いたようだ。梁の上で様子を見ていたケーがゆっくりと降りてきた。
外に出ろ。というジェスチャーをして、いつ崩れたのかもわからない壁の大穴からケーが出て行く。
{サキとハナマルはどこだ?}
「文字が書けるのですかっ!?」
「静かに。このレッドスカルこそがケー様です。大きな声は慎みなさい」
「はっ」
「さぁ、はやく話しなさい」
オリビアを含む博霊隊は、連合拠点に到着する目前で白田ヤヨイと出会った。博霊隊の面々はヤヨイと話し始め、オリビアは拠点へと報告に向かった。
報告が終わりオリビアが博霊隊のもとへ戻ると、気絶したサキと戦いの跡が残っていた。その後、ハナマルは起きないままのサキをおぶって地球へ戻ったとオリビアは言う。
{そしてヤヨイとユーキがここへ来たと?}
「は、はい。途中までオリビアめもお供しておりましたが、小人とエルフの間で小競り合いがありまして、愚かな小人どもがお二人を先行させたのです。危険な森の中を護衛もつけずに!
我々は魔王軍の野営地を撃破し、お二人を探してトロール砦へと向かいましたが、その頃にはもう……」
オリビアは壁の大穴を見る。
{話せ。どちらでもいい。ここで戦闘があったのか?}
話したのはアリルレだ。そのときは生命神アンカーネに挨拶していたため、直に戦闘を見たわけではない。だが直前まで一緒にいたため、ある程度状況を推理できた。
「直接見たわけではありませんが、おそらく二人は魔海神エンカナロア様と戦闘したと思われます。この大穴はそのとき開けられたものです。今では片付けてしまいましたが、多くのヤタガラスの死骸がここに散らばっていました」
{ヤタガラスが力を貸したのか?}
これに返答したのはオリビアだ。
「はい。ユーキが言っておりました。ケージ様のお力でヤタガラスを81羽集めたと。おそらくケージ様が魔海神様と交戦したものと考えられます」
{証明しろ}
ケーはアリルレを信じているが、オリビアのことは信用していない。発言を裏付ける証拠の提示を求めた。
「オリビア、アレを持ってきなさい。私はヤタガラスの場所へとケー様を案内します」
「はっ!」
オリビアは駆け足で城館へ戻った。歩き始めたアリルレの後にケーがついて行く。




