34-幕間 ドラゴン事情、下関にて ※ステータスあり
世界中のダンジョンから666体のドラゴンが同時に出現した。
まるで作為的な意志を感じさせるような……
終末を思わせることを目的としたような……
ドラゴン達はただ出現しただけで、人類を狂わせるには充分すぎるほどの絶望を与えた。
日本には全8体のドラゴンが陸海空を我が物顔で闊歩している。
北海道、宮城県、静岡県、
福井県、島根県、山口県、
愛媛県、鹿児島。
突然これらの都道府県にドラゴンが出現してから1ヶ月。日本国民はドラゴンとの共同生活に慣れ始めていた。
北海道泊村に出現した有翼の蛇竜【ホヤウカムイ】は、泊村を荒らしたのち飛び立った。日本列島上空を旋回したあと、急に巡航飛行を止めて洞爺湖の中島へと降り立った。その後ホヤウカムイは中島を離れなくなり、商魂逞しい地域住民によって観光グッズ化されている。
宮城県石巻市に出現した八本足の蜘蛛竜【カシコブチ】は河川を渡り歩いて被害を拡大させながら南下し、広瀬川に繋がる竜の口渓谷に巣を張って定住した。巣に近づく者は食べられてしまうため、立ち入り禁止とされた。定期的に生配信される定点カメラ映像は1億回再生を突破。それに目をつけた動画配信者達のドローンが渓谷を飛び回っている。
静岡県御前崎市に出現した二足歩行の巨大竜【ダイダラボッチ】は、各地を踏み均しながら富士山の山頂に登ったのち、富士山火口に穴を穿つがごとく蹴り始める。その後何事もなく下山し、現在は焼け野原と化した東京に寝そべっている。
福井県敦賀市に出現した女人の巨人魚竜【ヤオビクニ】は、出てきてすぐ陸地を這って海洋へと渡った。日本海周辺で目撃された情報はあるが、現在行方はわからない。その名前を付けたのは福井県知事であるため古来の伝承との関連性はないが、伝承を信じてヤオビクニが落としたウロコを売る連中が現れた。ウロコを削った粉を瓶詰めし、これを飲めば不老不死になるというパッケージで始まった商売は民放テレビで放送されて一躍ブームとなった。しかしその後、購入者から大勢の慢性中毒者を作り出し、一週間も経たずにブームが終わる。
島根県松江市に出現した八つの首を持つ竜は【ネットリドラゴン】と名付けられた。島根県と鳥取県を毎日往復するため、被害を受けた県がわからないという理由で【ヤマタノオロチ】から改名された。島根・鳥取県民とネット民からは名称が変わってからもヤマタノオロチと呼ばれている。
愛媛県西宇和郡に出現した腹が膨らんだ狸竜【808】は、四国全域に眷属竜を撒き散らした。眷属竜は番いになって子どもを作る。四国に行けば、交尾を繰り返す眷属竜たちの様子をどんな場所でも見ることができる。竜による直接的な被害は見られないが、人間同士の性道徳が乱れている。
鹿児島県薩摩川内市に出現した虹色の鱗を持つ美しき竜【オオワタツミ】は、九州近海を回遊し、さまざまな地域で目撃されている。愛媛の【808】や福井の【ヤオビクニ】と交尾する様子が確認されており、既に卵を産んでいるのではないかと噂されている。人的被害はゼロ。物的被害もほとんど出していない。
手代ロロ、大吉ハナマル、森アルム、江野久美虎がいる山口県下関市周辺もパニックだった。
熊毛郡に出現した大顎サメの竜【ワニザメリュウ】は、海洋生物めいた姿とは裏腹に海へは入らず、陸地を歩いて街を破壊し、餌を求めて徘徊した。他のドラゴンとは違って、現在も積極的に人間を襲っている。
被害の状況は、ドラゴン出現から1ヶ月が経過した現在でも把握できていない。それは毎日ドラゴンに関連した被害件数が増えているからだ。
ドラゴンが直接的被害をもたらす件もあれば、正気を失った人間による暴力事件も増えている。だが、それはまだ官民連携によって特定できる範疇にあった。事件発生地域が限定されているからだ。1ヶ月経過した現在、被害が把握できない理由は他にある。
最初の異変は目に見えにくいものだった。ドラゴンが吐く息によって大気質指数が大きく変動した。その数値と比例するように、普段は広がりにくい感染病の蔓延や植物の生育不良などの報告が相次いで増え始めた。
劇的に被害を増やしたのはその後だった。ドラゴン出現から2週間が経過した頃、ダンジョンからモンスターが地球進出したとの報告が増えた。スタンピードの発生だ。
地球の大気がマナガスの大気と同化したことで、ダンジョンゲートが大きく成長した。障害となる管理センターの壁や自然を飲み込み、ますます広がったダンジョンゲートから、マナガスのモンスターたちが地球にやってきた。
最初は草食モンスターによる農作物の被害報告が増え、ゲート周辺に集まったモンスター達は地元警察や住民の力だけで沈静化できた。しかしそれは間違った対応だったと翌日に気づく。
ダンジョンゲートから腹を空かせた肉食モンスターが群れを成し、餌を求めて地球にやってきた。草食モンスターが地球に逃げてきたために、従来の生息地では餌の調達が困難になっていたのだ。
勝利を祝っていた地元民たちの喉元に肉食モンスターが食らいつき、瞬く間に勢力を拡大していった。
ドラゴンによる直接的な被害は進路上の地域にしか出なかったが、ダンジョンは世界中に存在する。他人事のように暮らしていた地球人も危機感を覚えて慌て始めた。
これが被害を把握できない理由だ。立て続けに始まったモンスターの襲撃による被害件数まで数えるとなると、国民の力を借りたところで国家の能力の範疇を超えていた。
そして現在。ロロ一行は下関にある高級旅館で海鮮料理を嗜んでいた。
指定モンスターである大吉ハナマルは現場に駆り出されていて旅館にはいない。ロロたちは福岡へ帰らず、ボランティアでハナマルと合流し、事態の鎮圧に毎日協力している。そして夕方には現場を離れ、貸し切り状態の旅館で休んでいた。
「いやー、下関のフグはサイコーデシタネー」
「そうだね。じゃあ、そろそろ本題に入らない?」
現在、ロロは姉の所在を知る謎の女と会食していた。以前、ロロの自宅にメンテナンス作業員の姿で押しかけた二人組のうち、片方だけがロロの部屋に来ていた。
「まず自己紹介からしまショー。ワタシ、モリ・リンと申します〜。偽名です〜。どうぞよろしくお願いしまーす。ちょっといいですカー?」
わざわざ席を立ってテーブル外まで移動し、モリリンは名刺代わりにステータスカードを渡した。丁寧にカードの端を持っている。
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【LV.600】
【種族】ヒト
【重さ】 50
【戦闘力】MAX:15050
【タフネス】 13550
【魔力】 550
【スペック】
『限界到達者』『無温』
〈スキル〉
〖高速思考〗〖暗殺者〗
〖恐慌無効〗〖硬質化〗
〖不老〗〖氷結〗
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「フフッ……驚きましたカ?
レベルはアナタのお姉さんより下ですガ。初めて見たでしょう?
『限 界 到 達 者』を」
「あ、はい」
ロロは確かに『限界到達者』のスペックを初めて見た。そしてモリリンのステータスは自分より高く、レベルも高い。スキルも知らないものがある。だが……
「ナンダカ反応が薄いですネ……」
「いや、そんなことないよ。すごいです本当」
「他の『限界到達者』を見たことあるんですカ。お姉さんは見せてないですよネ?」
「ないですないです」
これまでに規格外のステータスを知りすぎて普通の反応ができなくなっていた。隣の部屋にいる江野久美虎ですら『限界到達者』を持っていない。それは事実なのだが、なんだか普通に見えてしまった。
「僕のことは知ってるだろうけど。手代ロロです」
ロロも礼儀としてステータスカードを渡す。
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【LV.361】
【種族】ヒト
【重さ】 51
【戦闘力】MAX:12271
【タフネス】 11049
【魔力】 310
〈スキル〉
〖恐慌無効〗〖槍LV.12〗
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「スゴイスゴイ。いやー、レベル高いですネー」
「はは……」
モリリンの褒め言葉はロロの自尊心を大きく傷つけた。たしかにレベルは高い。ハナマルと合流してから、短期間でロロとアルムは大きくレベルを上げた。
もし世間がマシな状況なら、ロロとアルムは記者のインタビューを受けていただろう。日本一レベルが高いプロ探索者として脚光を浴びたかもしれない。
素直に喜べないのは上を知っているからだ。今まさに話している相手も格上だし、共に行動するハナマルは更に格上、隣の部屋にいる江野はまさに究極。
「ン? どうかしました?」
目の前のモリリンはステータスを誇らしく思う気持ちがある。それは話を通じて感じられた。社交辞令ではなく、本心からロロを褒めているとわかった。
そんなモリリンをロロは羨ましく思う。この程度のステータスを自信満々に開示できるモリリンと、それを見るまで恥ずかしくてステータスカードを渡せなかった自分自身を比べて卑屈になっていた。
「いや、なんでもないよ。お姉ちゃんは生きてるの?」
「ハハ、死ぬわけないじゃないですカ。ロミお姉さんは人類最強の存在ですヨ」
「そうだね」
悪魔の顔が脳裏に浮かんだ。首を振ってそれを振り払う。あれは人類の範疇にない。
「お姉ちゃんは今どこに?」
「まだ日本にいますヨ。それ以上は言えませんネ。本当ならアナタと一緒にロシアへ渡る予定でしたガ……ほら、ネ?」
現在、空海港は封鎖されている。モンスターがいて危険という理由と、富裕層の国外脱出を防ぐ意図がある。デジタル化が進んだ昨今、無形資産は端末ひとつで国境を超えるが、人の移動に関しては国の支配下にある。富裕層の移動は余計な混乱を招くため、国民感情を理由に移動を制限していた。
「ふーん。でも僕は着いていく気ないよ。お姉ちゃんはなんで僕を連れて行こうとしてるの?」
「知りませン。連れてこいとの命令ですカラ」
「気にならないの?」
「そういう考えは任務の邪魔です」
「僕は気になるな。だってさ。今までお姉ちゃんは探しもしなかったんだよ。僕のことを」
そう。ロミは博多ダンジョンでロロに気づくまで、ロロが生きていることすら知らなかった。知ろうともしなかった。
モリリンが2度も押しかけてきたということは、ロミは本気でロロを誘っている。
それを踏まえてロロは考える。なぜ安否も調べようとしなかった姉がロロを必要としているのか。逃げるためにロシアへ渡りたいなら一人で勝手に行けばいい。ロロと暮らしたいという理由なら、ロシアから指示を出してロロを攫えばいい。
それでも日本を離れず、ロロに執着する理由を考えた。
(なんか、わかっちゃったかも)
自分のわがままで弟を連れてこいと人に命じるほど、ロミが傲慢な性格ではないと知っている。
ロロが生きていると不都合なら、目の前にいる暗殺者に消してもらえば済む話だからそれはない。
絶対にロロが必要ならば、核ミサイル事件の後、真っ先に安否を調べて会いに来たはずだ。だがロミはそれをしなかった。
それは何故か。ロロを探す必要がないほど、ロミ自身の身分が安定していたからだとしたら?
ロシアへ行く理由がロミになかったからだとしたら?
もしもロロの存在が、ロミにとっての保険ではなく、一発逆転を狙う宝の地図のような存在だったなら?
ロロは思い出を振り返る。母親とした約束を思い出す。
『もしもロロが大人になって、ママの故郷に逃げたいと思ったら、お姉ちゃんと一緒にこのタイムカプセルを掘り出しなさい。絶対に忘れちゃダメよ』
ロロはタイムカプセルの中身を知らない。でも埋めた場所は覚えている。
もしもロミがタイムカプセルの中身を知っていて、埋めた場所を知らなかったとしたら。
それはロロを頼る理由になる。
「多分、あれのことだよね。なるほどね。お姉ちゃんの企んでることがわかったよ。モリリンさん。お姉ちゃんに伝言頼めるかな?」
「連れてこいとの命令ですガ」
「事は穏便に運びたいよね。どうせまだ日本から出られないんだからゆっくり進めようよ。伝言頼める?」
「わかりました」
「じゃあお姉ちゃんに言っといて。『あの場所を知りたいならコソコソ隠れてないでドラゴン退治を手伝って』ってそう伝えてくれるかな」
モリリンは頷いて姿を消した。
和室に一人だけ残されたロロ。窓側に移動し、椅子に座って夜景を楽しむ。
ちょうどその時、夜の海を優雅に泳ぐ【オオワタツミ】の尾鰭が見えた。月の光を反射して虹色の飛沫をあげていた。




